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うちのメイドロボがそんなにイチャイチャ百合生活してくれない  作者: ギガントメガ太郎


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第400話 メイドロボは電気お嬢様の夢を見るか? その一

 ——21XX年、一月。


 ここは二十二世紀の浅草。

 この町の歴史は長く、レトロな雰囲気を色濃く残していた。見る人が見れば、昭和の時代にタイムスリップしたのではないかと疑うだろう。

 二十一世紀末に公布された『人間環境保全法』によって、その景観は古さを維持されているのだ。


 浅草の町の中心になっているのは浅草寺(せんそうじ)だ。遥か千年以上昔に作られたこの寺は、訪れるものに畏れと安寧を与え続けてきた。

 雷門と宝蔵門を繋ぐ浅草寺への参道は商店街となっており、仲見世通り(なかみせどおり)と呼ばれている。百店舗近くが軒を連ね、観光客がひしめいており、東京随一の観光名所と呼び声が高い。


 その浅草寺の横にひっそりと佇むのは浅草神社、通称三社(さんじゃ)様だ。浅草寺の喧騒はどこへやら。静かで穏やかなその空間は、参拝者に癒しを与えた。

 その社殿の奥に佇む神の化身は、大量に積まれたクッションの山から起き上がった。巫女装束をベースにしたメイド服に身を包んだそのメイドロボは、欠伸をしながら本殿の戸を開いた。

 薄曇りの空。それを見上げる巫女。


「マジ堕歩様(さげぽよ)。こりゃあ、一雨きそうだね」


 ギャル巫女メイドロボにして、御神体ロボであるサージャはそう呟くと、ピシャリと戸を閉め、クッションの中に埋もれた。





 浅草寺から数本外れた静かな路地。そこには知る人ぞ知る紅茶の名店『みどるずぶら』があり、店の前にはクラシックなヴィクトリア朝のメイド服を纏ったメイドロボが、ホウキで路地の掃除をしていた。

 棕櫚(シュロ)の細かい繊維が、冬の間に干からびた落ち葉を綺麗にすくいとっていく。朝の静かな路地にホウキが石畳をこする音だけが響いた。

 しかしその音は、唐突に破られた。隣の古民家から溢れてくるその声を聞き、ルベールはくすりと笑みをこぼした。



「貴様らーッ!!!」


 ゲームスタジオ・クロノスの事務所に怒声が轟いた。


「シャチョー!? ナンデスか!?」


 ツルツル頭に埋め込まれた発光素子を明滅させて驚いたのは、見た目メカメカしいロボットのFORT蘭丸(ふぉーとらんまる)だ。ゲームスタジオ・クロノスのプログラマにして唯一の男性ロボだ。


「……朝からうるさい」


 耳で手を塞いで抗議をしたのは影山(かげやま)フォトン。ゲームスタジオ・クロノスのデザイナーだ。子供のような見た目のロボットであるが、立派な成人である。

 青空のように真っ青なロングヘアが、今日の空模様を表したかのように、燻んだ色に変化した。


「先輩、どうしました?」


 小首を傾げて向いのモニタ越しに覗き込んできたのは桃ノ木桃智(もものきももち)。赤みがかったショートヘアと、真っ赤な厚い唇が色っぽいゲームスタジオ・クロノスの才女だ。主にゲーム制作におけるディレクションを担当しているが、会計、事務、なんでもこなす。


 白ティー丸メガネ黒髪おさげののっぽの女性は、鼻息を荒くして立ち上がった。


「本日! とうとうゲームスタジオ・クロノスの初タイトル『めいどろぼっち』の発売日を迎えた!」


 一行は一斉に手を叩いた。必死に叩いた。そうせずにはいられなかったのだ。


「シャチョー! ヤリましたネ!」

「……こりゃめでたい」

「先輩! おめでとうございます!」


 黒乃は目を閉じた。

 会社をクビになり、路頭に迷い、自ら会社を立ち上げ、ようやくここまで辿り着いたのだ。その道のりが瞼の裏に浮かんできた。

 富士山にキャンプにいった。月へもいった。無人島でサバイバルをし、挙げ句の果てには異世界で冒険をした。すべてはこのオリジナルゲームを作り上げるためであった。

 あまりにも長く、険しい道を突き進んできたと思う。一人では成し遂げられなかった道のりだ。頼もしい仲間達がいればこそだ。

 黒乃は目を開き、仲間達を見た。よくここまでついてきてくれたものだ。心から誇りに思った。


「みんな、よくやってくれた。みんながいたから……うう」


 丸メガネから雫が垂れた。


「……クロ社長、目からオイル漏れてるけど」

「グスン、よし、ふー」


 黒乃は自分の頬を叩き、気合を入れ直した。ここで気を抜くわけにはいかない。ただ、発売まで漕ぎ着けたというだけにすぎない。二十世紀のゲームと違い、発売したらそれで終わりというわけではないのだ。ここからが正念場なのだ。


「めいどろぼっちの予約は好調! サーバの稼働も問題なし! ここからどうサービスを運営していくのかが鍵となる! 気を緩めないようにいこう!」

「「はい!」」


 黒乃は巨大なケツを椅子に落とした。


 ゲームスタジオ・クロノスが販売を開始したゲーム『めいどろぼっち』は、手のひらサイズの『プチロボット』と一緒に暮らすゲームである。プチロボットは八又(はちまた)産業が製造するロボットだ。

 三頭身のプチロボットには特殊なAIが搭載されており、高度な学習機能、運動機能が備わっている。

 ユーザーはプチロボットの『マスター』となり、彼女達と一緒に遊んだり、毎日サーバから与えられるミッションをこなしたりして仲を深めていくのだ。

 これはメイドロボのご主人様(マスター)である、黒乃ならではの発想のゲームだ。数々の冒険を愛するメイドロボとともに潜り抜けてきた、黒乃渾身の一作なのだ。


「みんなにも、ロボットのマスターになる気持ちを味わってもらいたい……」


 黒乃はポツリと呟いた。


「皆さん、お荷物が届いていますよ」


 赤い花柄の和風メイド服を纏った金髪巨乳メイドロボが、大きなダンボールを抱えて作業部屋に入ってきた。その軽やかな声と、華やかな雰囲気に一同の心がやわらいだ。


「お、メル子。なにが届いているのかな?」

「おそらく、めいどろぼっちかと」

「ああ、そうかそうか。みんな一台づつ買ってたんだっけ」


 めいどろぼっちは高機能ゆえ、八万円という、玩具にしては強気の価格設定になっている。ゲームスタジオ・クロノスの社員は、社員割引で格安でめいどろぼっちをゲットできるのだ。

 メル子は手際よく梱包を解いていった。中から出てきたのは、頑丈な作りの箱だ。社員達は瞳を輝かせて、自分の箱を受け取った。


「……うふふ、嬉しい」


 フォトンは箱を開け、慎重に中から本体を取り出した。


「お? フォト子ちゃんは『ろぼねこっち』にしたんだ」

「……うふふ、猫好きだから」


 めいどろぼっちには複数のボディタイプがあり、メイドタイプの『めいどろぼっち』、猫タイプの『ろぼねこっち』、丸メガネタイプの『まるめがねっち』が展開されている。

 フォトンの前に寝転がっているのは、ふてぶてしい顔つきのペルシャ猫型ろぼねこっちだ。


「……うふふ、ボクのデザインどおり。かわいい」


 めいどろぼっちのデザインはすべてフォトンが担当しており、その出来栄えにご満悦のようだ。


「おや? 桃ノ木さんはもしかして?」

「はい、私はまるめがねっちを選びました」


 まるめがねっちは白ティー丸メガネ黒髪おさげというデザインの、一風変わったボディタイプである。


「へー? どうして桃ノ木さんはまるめがねっちを選んだの?」

「それはもう、一番可愛いからですよ」

「だよね? うへへへ」


 へらへらと笑う二人に、一同は青ざめた表情を見せた。


「そんで、FORT蘭丸はなにを選んだのかな?」

「エ!?」


 FORT蘭丸は机に突っ伏して動かなくなった。


「ん? どした?」

「イエ! ナンでもないデス!」


 頭の発光素子が不規則に明滅しているため、動揺しているのが丸わかりなのである。


「蘭丸君! 照れなくてもいいのですよ!」メル子は茶々を入れた。

「ははーん、こいつぅ! まるめがねっちを選んだことを、恥ずかしがっているのか? うぶなやつめ!」

「違いマス!」


 黒乃はFORT蘭丸の背後に回り込むと、脇の下に腕を回して無理矢理起き上がらせた。


「イヤァー!」

「ん? なんじゃあこりゃあ!?」


 机の上に現れたものを見て、一行は驚愕した。そこにいたのはめいどろぼっちでも、ろぼねこっちでも、まるめがねっちでもなかった。


「貴様ーッ! これはどういうことじゃーい!」


 机の上に乗っていたのは、手のひらサイズの金髪縦ロールお嬢様であった。


「イヤァー! 見ナイで!」

「これは『おじょうさまっち』やないかーい! なんでこんなもんがあるんだ!?」

「ダッテ、シャチョーが好きなのを一つ選んでイイって言ったカラ!」

「他社製品を選ぶやつがあるかー!」


 FORT蘭丸が購入したのは、大手ゲームパブリッシャー『ロボクロソフト』が本日販売を開始した『おじょうさまっち』という類似品である。おじょうさまっちは、クサカリ・インダストリアルが開発した手のひらサイズの三頭身ロボ『プチドロイド』をベースにしたもので、マリーが発案したものなのだ。

 つまりライバル製品だ。


「蘭丸君! なぜ、おじょうさまっちを買ったのですか!?」

「ダッテ、可愛かったカラ!」

「まるめがねっちも可愛いじゃろがい!」


 黒乃は机の上からプチドロイドを取り上げた。


「これは没収する!」

「イヤァー! 返シテ!」


 黒乃とFORT蘭丸がしばらく揉み合ったあと、あまりにFORT蘭丸が泣くので、渋々おじょうさまっちを返した。


「……蘭丸、アホ」

「先輩、ここは競合製品のレビュー目的ということで、収めてもらえませんか」

「ハァハァ、しょうがないやつだな」


 皆の説得により、かろうじておじょうさまっちの所持は許された。ただし、使用してみてのレポートを提出することが義務付けられた。


「アリガトウゴザイマス!」


 FORT蘭丸はおじょうさまっちを大事そうに胸に抱えた。


「よし、じゃあ改めて、起動式を執り行おうか!」

「「はい!」」


 桃ノ木、FORT蘭丸、フォトンは、製品に付属している細長いスティックを手に取った。

 そしてTM NETWORKの『Get Wild』を歌った。熱唱した。めいどろぼっちを起動するには、『Get Wild』を歌ったのち、耳の穴の奥にある起動スイッチを押さなければならないのだ(おじょうさまっちはそんなことはない)。

 ゲームスタジオ・クロノス一行は歌った。これは彼女達の門出の歌だ。ここから物語が始まることを告げる、旅立ちの歌(オープニングソング)なのだ。

 彼女達の歌声(Get Wild)は、浅草から日本へと、世界へと響いていくのだ。





 ホウキで路地を掃除する手を止め、ルベールは空を見上げた。


「まだ朝なのに、もうエンディングなのでしょうか……」


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