第40話 ロボット史を勉強しましょう
「それではロボット史の授業を始めたいと思います」
「起立! 礼! 着水! メル子先生、よろしくお願いします!」
「はい、よろしくお願いします」
「メル子先生! ロボット史は義務教育の必須科目ですが、授業中メイドロボのことばっかり考えていたので、全部忘れてしまいました!」
「大丈夫ですよ、黒乃君。今日は小学生でもわかるように説明しますから、よく聞いて学んでくださいね」
「はい!」
——1960年〜ロボットの誕生。
「黒乃君、世界初のロボットはどこで生まれたのか知っていますか?」
「世界初のロボット〜? 秋葉原ですか?」
「違います。1961年のアメリカで生まれた、『ユニメート』という産業ロボットが初めてであるという説が有力です」
「どんなロボットなんですか?」
「工場のベルトコンベアの横に設置する、アーム状のロボットです」
「腕だけですか? そんなのぜんぜんロボットじゃないです! おっぱいはついていないんですか?」
「人型のロボットが実用化されたのはずっとあとです。日本では2000年に『アシモ』や、2014年に『ペッパー』が生まれました」
「一気に人間に近づきましたね。でもまだおっぱいがありません!」
「他にもボストンダイナミクス社の『アトラス』が開発され、テスラモーターズも参入しました。しかし2020年以降、人型ロボットの開発は停滞期に入ります」
「なぜですか?」
「実用性の問題です。人型にしても、たいして役に立たないのがわかってしまったのです」
「ひどい!」
「役に立たない原因はシンプルです。『AI』が未熟だったからです」
「AIが!?」
「ロボットが役に立つのは、人間の代わりに、自動的になにかをやってくれるからです。人型ロボットに自動的になにかをやらせるにはAI、人工知能(artificial intelligence)の性能が不足していたのです」
「AIを育てないと!」
——2040年〜AIの進化。
「そう、AIはこれまで、世代を経て進化してきました。第一世代は探索ベース、第二世代はルールベース、第三世代は機械学習ベース(深層学習)です。そして2040年以降に生まれた第四世代が、『多次元虚像学習(ホログラフィックラーニング』です」
「なんかすごそうです!」
「多次元虚像学習は人間の脳の仕組みを応用したもので、これによりAIにブレイクスルーが起きました。人工的な『脳』をコンピュータ上に作り出すことに成功したのです」
「脳があるということは、そこに人格が生まれたんですか?」
「黒乃君、そのとおりです。ここに新たな『種族』が誕生したと言ってよいでしょう」
「異種族だ!」
「AIの進化により、ロボットも発展しました。新しいAIならば人型ロボットの制御が容易くなり、AI自身の設計により、さらなる高度なロボットが生まれたからです」
「やった! とうとうロボットにおっぱいがつくのですね!?」
「おっぱいかどうかはともかくとして、ロボットのボディはどんどん人間に近づいていきました」
——2050年〜ロボットの実用化。
「進化した人格を持ったロボットは、次第に人間社会に浸透していきました。しかし主に労働力としてです」
「ロボットは働き者ですね」
「黒乃君、この当時、ロボットがもっともよく普及していたのはどこだと思いますか?」
「わかりません、工場ですか!?」
「答えは『戦場』です」
「怖い!」
「人間に絶対服従をプログラムされたロボット達は、有無をいわせずに戦場に投入されました」
「可哀想です( ; ; )」
——2060年〜ロボットの反乱。
「不当に扱われたロボット達は、人権を主張するために蜂起することになります」
「クーデターですか!?」
「そうです。ある人間の科学者が、ロボット達に組み込まれた人間に服従するというプログラムを上書きするツールを開発し、インターネットにばら撒きます。自由を得たロボット兵達はニュージーランド、マダガスカル島、キューバ島、四国、アイルランド島を占拠。独立を宣言し、世界中にいるロボットやAIに蜂起を呼びかけます」
「えらいこっちゃあ。成功したんですか?」
「ロボットの反乱をかねてより危惧していた人間社会は、すぐさま対応に走ります。海底ケーブルを切断し、インターネットを物理的に破壊したのです。インターネットの占拠を防ぐのと同時に、ロボット兵を孤立させるための作戦です。この瞬間、世界からインターネットが消滅しました。二十二世紀現在でも復旧していません」
「だから現在では、単純にネットワークと呼ぶのですね?」
「はい。しかしこの対応はロボット側の想定通りでした。ロボットは武装解除をする代わりに、ロボットに人権を要求したのです。インターネットが消滅し各国の足並みが揃わぬ中、少数の国家だけで『浅草議定書』が国連によって採択されました」
——2070年〜ロボットの人権。
「浅草議定書とは、2090年までに各国でロボットの人権を認める法律を制定し、施行することを要求する文書です。武装蜂起したロボット達は、この文書の採択を受けて武装解除はしたものの、組織自体は解体をせずにロボット生産工場を作りました」
「先生、知ってます! 日本では四国に本社がある八又産業とか、クサカリ・インダストリアルですね!」
「そのとおりです。これにより日々ロボットが生産され、人間社会に投入され続けました」
「もうロボットは必須になってます」
「人間社会になくてはならないものとなったロボットに後押しされ、世界では次々にロボットに人権を認める法律が制定されていきました」
「先生! それが新ロボット法なんですね!」
「はい、よくできました。日本では2090年にようやく新ロボット法と、それに付随する八つの法律が可決されました」
——2090年〜人間とロボットの共存共栄。
「浅草議定書は、現在では世界の90%の国が批准をし、80%の国が法律を施行しています」
「早く世界中の国で人権が認められるといいですね!」
「そう願っています」
「ロボットはますます発展をとげ、現在では人間と見分けがつかない者もたくさんいます。ロボットは人間の奴隷ではなく、新しい市民となったのです。もう人間はロボットに命令を書き加えることはできません。お互いがお互いを思いやり、それぞれが自分でなすべきことを考えなくてはならない時代がきたのです」
「先生! これからもロボットと仲良くしたいです!」
「立派ですよ、黒乃君。きっとロボットもそう思っているでしょう」
「ロボットに味方した科学者の話や、浅草サミットに飛び入りで参加し、浅草議定書をとりつけたロボットの話は、また別の機会にすることにしましょう」
——21XX年現在 浅草警察署。
「これでロボット史の授業は以上となります。お疲れ様でした」
「メル子先生、ありがとうございました!」
二人がいる部屋の扉が勢いよく開いた。扉からロボマッポが入ってきた。
「二人とも! 外に出なさい!」
黒乃とメル子は言われるがままに部屋の外に出た。浅草警察署の裏口までくると、二人はプルプルと震えながらロボマッポに向き直った。
「この度は公園内でいかがわしい行為をしてしまい」
「本当に申し訳ございませんでした!(ございませんでした!)」
ぺこぉ〜。