第398話 ロボチューブ生配信です! その十七
「あ、はい、あ、はい。あ、始まりましたね。あ、ご主人様チャンネルのね、あの、配信がね、始まりましたよ。皆さん、夜分遅くにありがとうございます。あ、どうも、黒男です」
「助手のメル蔵です!」
画面に白ティー黒髪おさげ、丸メガネの上からグラサンをかけたのっぽの女性と、頭に紙袋を被った巨乳メイドロボが現れた。
『始まった!』
『大晦日に配信乙www』
『大晦日に貧乳www』
『メル蔵ー!』
「あ、三つのかべかべさん、今年はどうでしたか? あ、飛んで平八郎さん、来年もね、よろしくお願いしますよ。あ、おにぎりを一口さん、忙しくても落ち着いて食べてください」
「ご主人様! 今日はなにをしますか!?」
「あ、今日はですね、あの、皆さんご存知ないかもしれませんが、あ、大晦日なんですよ、えへへ」
『知っとるわw』
『なに言ってんだ、この貧乳』
『うぜえw』
「あの、大晦日ですからね、大晦日にやることといえば、あ、あれですよ。あの、年越し蕎麦〜!」
「パフパフパフ!」
「あ、今日はですね、みんなでね、お蕎麦を食べるんですけどね、あの、ただ食べるだけではね、この番組らしくないですから。あ、今日はね、『粋』に蕎麦をすするコンテストを開催するぞー!!!」
「おー!!」
『うるさッ』
『いきなり叫ぶなwww』
『粋ってなんだよw』
「あ、ではね、ここでね、『粋蕎麦コンテスト』のね、参加者を紹介しますよ」
「最初のゲストはこの方達です! どうそ!」
「オーホホホホ! 近所に住んでるマリ助ですわー!」
「オーホホホホ! お嬢様の助手のアンキモですわー!」
「「オーホホホホ!」」
画面に、グラサンをかけた金髪縦ロールの少女と、頭から紙袋を被った金髪縦ロールのメイドロボが現れた。
『きたー!』
『マリ助、マジかわwww』
『アンキモ! アンキモ! アンキモ!』
「あ、お嬢様たち、頼みますよ。続いてのゲストはこちら!」
「ミナサン、コンバンハ! シャチョーの部下の、FORT蘭丸子デス!」
「はうでぃー、ダーリンの主君の、織田ルビ長だよ〜」
画面に、頭から紙袋を被った見た目メカメカしいロボットと、グラサンをかけた銀髪ムチムチのアメリカ人が現れた。
『FORT蘭丸子ちゃんww』
『お肉がはみ出てるwww』
『エッロw』
『ルビー様! ルビー様!』
「あ、ではですね、この六人でね、粋蕎麦コンテストをやっていこうと思いますよ」
「一人ずつお蕎麦をすすります! 皆さんは一人一人に点数をつけてください! 最後に集計して、優勝者を決めます!」
「ではね、あの、じゃあ、メル蔵!」
「はい!」
「メル蔵からいこうか!」
「お任せください!」
メル蔵が用意したのは、『ざるそば』である。竹製のざるに蕎麦を盛り、そば猪口には真っ黒なつゆが少なめに入っている。
「お? メル蔵はざるか」
「はい! お蕎麦の元祖はざるそばなのです! 江戸時代のスタイルで、粋に食べたいと思います!」
メル蔵はそば猪口を持ち上げると、箸で少量の蕎麦をつまみ、その下半分をつゆにつけた。
「どっぷりとそばつゆにつけるのは粋ではありません! 先っちょを軽くつけます! そして、ズルズル」
メル蔵は小さな口を尖らせ、一息で蕎麦をすすりきった。
『かっけぇ!』
『王道だなw』
『粋だねえ』
メル蔵はそばつゆに天ぷらを浸した。
「お蕎麦も天ぷらも、江戸時代に流行しました。二つは切っても切れない関係にあります。お蕎麦を楽しみたいなら、天ぷらを忘れるなと言いたいですね。これはアスパラ天です。江戸時代に思いを馳せ、アスパラ天をいただきます」
『江戸時代にアスパラ天はないだろwww』
『まあ、蕎麦と天ぷらは鉄板よなw』
『ん? それほんとにアスパラ天か?』
メル蔵はつゆを吸い込んだアスパラ天に、勢いよくかじりついた。
「ヴォエ!」
「うわ!」
メル蔵はアスパラ天をカメラに向かって吐き出し、猛烈にむせた。
『汚ねえw』
『どうした!?』
『平気かww』
「ゲホゲホ! これ、アスパラ天ではありません! ごぼ天です! ヴォエ!」
「くくくく」
「ご主人様!? 入れ替えましたね!?」
メル蔵は真っ青な顔でご主人様を見上げた。
「どうした、メル蔵?」
「私がごぼうを嫌いなのを知っていて、入れ替えましたね!?(287話参照)」
「くくくく、嫌いなものを涼しい顔で食べてこそ、粋ってもんだろう?」
『鬼かよwww』
『やべぇwww』
『舞茸食えないくせにwww』
「さあ、皆さん! メル蔵の粋ポイントはいくつでしょうか!? 採点をお願いします!」
『5!』
『4!』
『6!』
『2!』
『5!』
「ゲホゲホ! ノーカン! ノーカンです!」
「くくく、もう遅い。では次の選手! 準備はいいかな!」
「わたくしがいきますわよー!」
マリ助が用意したのは『ざるそば』だ。竹ざるに盛られた蕎麦と、そば猪口のつゆのセットである。
「お蕎麦といえばざる! 江戸時代からの伝統ですのよー!」
『メル蔵のパクリwww』
『被せてきたなwww』
『マリ助、がんばれー!』
マリ助は本わさびを蕎麦の上に乗せた。そして蕎麦を箸でつまむと、そば猪口の中に軽く浸けた。
「おわさびをそばつゆに溶かすのは、粋じゃありませんのよ。風味が失われてしまいますものね」
「さすがお嬢様ですわー!」
『うぜぇwww』
『溶かしてもいいだろww』
『まあ、粋かもなwww』
「ではいただきますの。一息で吸い込むのが粋ですわ。ズズズ! ゴフッ! ガホッ!」
「お嬢様ー!」
「おわさびが鼻にツンと抜けて、実に粋ですわー! ガボボ! ゲフンゲフン!」
「お嬢様はおわさびが苦手なのですわー!」
マリ助はプルプルと震えたまま机に突っ伏し、動かなくなった。
『あーあー』
『苦手なのになんで食ったのwww』
『子供だしなww』
「マリ助の採点お願いします!」
『5!』
『6!』
『4!』
『5!』
『5!』
「次! アンキモ!」
「お任せくだしゃんせー! わたくしが用意したのは『ざるそば』ですわー!」
『だろうなww』
『知ってたww』
『なんか、その蕎麦おかしくない?』
アンキモは箸で蕎麦を持ち上げた。しかし、いくら持ち上げても切れ目がない。
「お蕎麦の醍醐味は、噛まずに『すする』ことにありますわー! できるだけ長くすするために、超長い蕎麦を用意しましたのよー! これで一本のお蕎麦ですのよー!」
アンキモは蕎麦の端をそばつゆに浸けた。そして勢いをつけてすすった。
「ズズズ! ズズズ! ズ! ……ズズ! ゴフッ! ズズ……ガフフン! ズ……無理ですわー!」
『アホwww』
『無理に決まってるだろwww』
『つゆに少ししか浸けてないから、滑りが悪いw』
「はい! 採点お願いします!」
『6!』
『4!』
『5!』
『6!』
『4!』
「次! FORT蘭丸子ちゃん!」
「ハイィ! ボクは『ぬき』で粋に食べマス!」
丼の中には、ゆらりゆらりと湯気が立つつゆだけが張られていた。
『蕎麦が入ってないやんけぇ!』
『なにこれwww』
『ぬきとは粋だねえ』
「説明しマス! ぬきトハ、かけそばカラ蕎麦をぬいたものデス! お蕎麦屋サンで、注文できマス!」
『まじかよwww』
『なんで蕎麦ぬくのww』
『かっけえwww』
FORT蘭丸子はつゆにエビ天を浸けてかじった。
「東京の濃いつゆは、天ぷらを食べるノニ、もってこいデス! 美味しいデス! 蕎麦が入っていナイので、伸びる心配がナク、のんびりとお食事を楽しめマス!」
「だーりん、かっこいいね〜、粋ね〜」
織田ルビ長は、FORT蘭丸子のツルツル頭を撫でた。
「エヘヘ! エヘヘ!」
「やるな、FORT蘭丸子ちゃん! では、採点をお願いします!」
『8!』
『9!』
『8!』
『7!』
『8!』
「高得点がでました! ではルビ長! いこうか!」
「れっつろーる、わたーしは〜、『釜揚げうどん』でいくよ〜」
ルビ長の前に置かれている桶という名の温泉の中に、真白い肌の蛇のようなうどんが優雅にたゆたっていた。
「わぁ〜お、粋ね〜」
「なんでうどんにしてんの!?」
『うどんじゃねーかwww』
『さすがアメリカ人、自由すぎるwww』
『無粋だろwww』
ルビ長は箸で不器用にごんぶとうどんをすくいあげた。すると、ツルリと滑り落ちたうどんが桶の中に落下し、辺り一面に熱湯を撒き散らした。
「いーく! あついね〜、あふん」
「あじゃじゃじゃあじゃ!」
熱湯をはみ出たお肉にくらったルビ長は、全身をくねらせて悶えた。
『これは……粋だわ』
『粋だな!』
『めちゃくちゃ粋やん!』
「ハァハァ、採点どうぞ!」
『9!』
『9!』
『8!』
『8!』
『10! ルビー様!』
「貴様らーッ! ちゃんと採点しろーッ!」
「最後! ご主人様、お願いします!」
「ハァハァ、よし、私の粋な蕎麦の食べ方を! ごろうじろ!」
黒男の前に置いてあるのは、竹ざるに乗った蕎麦だ。
『あれ? つゆは?』
『蕎麦だけ?』
『なにこれw』
「ふふふ、皆さん、『ざるそば』には『つゆ』が必要だと思い込んでいませんか? 『通』はね、『蕎麦』だけを楽しみます」
黒男はざるから蕎麦を数本持ち上げ、そのまま口に運んだ。
「ツルリ、まずは『蕎麦』そのものの『香り』を楽しみます。ああ、この『草原』を駆け抜ける『春風』のような『香り』、『野原』を『一歩』踏みしめるたびに湧き上がる『土』の『香り』」
『なにいってんだこいつwww』
『大丈夫かw』
『括弧の使い方が野暮だろww』
「次に、塩でいきます。つゆなんてもういりません。通は塩」
黒男は指でつまんだ岩塩を、蕎麦に振りかけた。塩がついた指を口に含み、まぶたを閉じる。
「おお……おお……! ドイツはアルプスの麓、豊かな自然に囲まれたベルヒテスガーデン地方の温泉街バートライヒェンハル。そこで採掘される、悠久の時を経て生まれた岩塩。その風味は、精製された塩化ナトリウムとは違う、優しさ。おお……! 舌に感じるのは鉱物特有の冷たさではなく、有機物特有の温かみ。おお……! まぶたの裏に浮かぶはアルプスの雄大な景色……いや、違う。これは……塩を採掘する、屈強な男達だ。彼らは危険を顧みず、ツルハシを振るう。キンコンカン、キンコンカン、トンテントン。くる日もくる日もツルハシを振るう。そんな男達が流した汗の結晶……おお……!」
『汚ねえ!』
『最終的に汗になってるじゃねーかw』
『どこが粋なんだよwww』
「採点お願いします!」
『2!』
『3!』
『2!』
『2!』
『4!』
「よし! 全員終わったな! これより集計に入る……ん?」
「女将、この蕎麦は本物か?」
突然、画面に着物を着た恰幅のよい初老のロボットが入り込んできた。
「美食ロボ!?」
「女将、ざるを一つもらおうか」
『!?』
『うわ、でた!』
『やべーのがきたぞwww』
「ほう、玄そばのむき実のみを使用し、石臼を一回転だけさせて挽いた最高級の蕎麦だな。香りが違う。むう、この刻み海苔は有明海で採れた秋芽のりだ。これはめでたい」
「いや、どっちもスーパーの特売品だけど」
美食ロボは大胆に箸で蕎麦を掴み上げると、豪快にそばつゆに浸けた。そして一気にすすった。
「ズゾッ! ズゾッ! ズゾッ!」
「うわ!」
竹ざるの上は、たったの三口で空になっていた。
『すげえ!』
『はええ!』
『粋だ!』
「女将、腕を上げたな。フハハ、フハハハハハ!」
そう言い残すと、美食ロボは大笑いしながら帰っていった。それを呆気にとられて見送る一行。
「……」
『10!』
『10!』
『10!』
『10!』
『10!』
その時、年明けを告げる時報が鳴り響いた。
『明けたwww』
『美食ロボで一年を締めくくるなwww』
『あーあー、もうめちゃくちゃだよ』
『¥6000。今年もよろしくね』
「あ、大晦日に結婚報告さん、お幸せに。あ、ずんだごんさん、明けましておめでとうございます。あ、ニコラ・テス乱太郎さん、ロボチャットね、あの、ありがとうございますよ。あ、それではね、これで今日の配信を終わりたいとね、あの、思いますよ。ハッピーニューイヤー!」
『ハッピーニューイヤー!』
『ハッピーニューイヤー!』
『ハッピーニューイヤーwww』
(粋なBGM)




