第393話 浅草場所です! その六
決勝戦
・黒乃山x鏡乃山
「音楽ロボのエルビス・プレス林太郎でェす! 戦いの前にィ! 決勝を競う偉大なる力士にィ、インタビューをしてみましョう! 黒乃山ァ! 決勝進出、おめでとうございまァす!」
「ぷっしゅ、ありがとうございましゅ」
「これまでの戦いを振り返ってみてェ、いかがでしたでしょうかァ!」
「正直、ぽきゅー、どの戦いもしんどかったでしゅ。生きているのが不思議っしゅね」
「確かにィ! ルベール選手、マッチョメイド選手、マヒナ選手ゥ! 作中屈指の強キャラでェす! 決勝の相手は妹の鏡乃山となりましたがァ! 実の妹と戦う心境はどうでしょうかァ!」
「もっしゅ、妹だからといって手加減をするつもりはないぽき。むしろ遠慮なくぶつかっていけるふぉい」
「ありがとうございましたァ!」
「ぷしゅー! もちゅー!」
「気合いが入りまくっている鏡乃山ァ! ごっちゃんでェす!」
「ごっちゃんです!」
「ここまでの戦い、感想を教えてくださァい!」
「ふもっふ、メイドロボと戦えたし、ぷしゅー、変なメガネとも戦えたから、楽しかったにょり!」
「決勝は実の姉との対戦ですがァ!」
「ふしゅー、クロちゃんと戦えるのは嬉しいぽき。でも絶対に鏡乃が優勝するっしゅよー!」
「ありがとうございましたァ!」
暗雲が垂れこめ、ポツリポツリと雨が滴る浅草寺の境内に、二人の力士が現れた。東からは白ティー丸メガネ黒髪おさげの力士、西からは白ティー丸メガネ黒髪おさげの力士だ。
観客達はまるで神聖なものをみるかのような表情で、土俵の上の力士を見つめた。
『ギガントメガ太郎先生ィ! いよいよ決勝が始まりまァす!』
『まさかの組み合わせです。天のいたずらでしょうか、大地の気まぐれでしょうか。はたまた人の意志の巡り合わせでしょうか。まるで今日この場で戦うことが、運命付けられていたかのように、我々の目に映ります』
黒乃山はロボ盛り塩を掴むと、威勢よく天に向けて撒いた。それを受けて、鏡乃山もロボ塩を撒いた。徐々にみなぎる闘志、研ぎ澄まされる精神。観客達はもはや、十二月の寒さを忘れていた。
その時、足元に冷気が忍び寄った。
『ああッ! 出ましたァ! 第九十四代横綱、藍王関でェす!』
藍色の染抜きを羽織った藍王が、土俵下に現れた。最強の横綱の登場に、誰もが物音を立てることを憚った。それは土俵の上の二人も同じであった。静寂の中、横綱はその二人を見据え、ゆっくりと腰を下ろした。
『横綱は優勝した選手と試合をすると申し入れています。伝説の横綱との対戦。すべての力士にとっての憧れです』
藍王に見守られ、黒乃山と鏡乃山は土俵の中央で腰を落とした。
「ぷきゅー! 鏡乃〜! 覚悟はできているぽきねー!?」
「もきゅー! クロちゃんを倒して! 横綱も倒すっしゅおー!」
『いよいよ、始まりまァす!』
『見た目も口調も同じなので、どっちがどっちだかわからなくなりますね(笑)』
両者勢いよく立合った。肉と肉、骨と骨がぶつかり合う音が聞こえ、二人は後ろに弾かれた。
『互角だァ!』
『体型はほぼ同じ、身長は数センチメートルしか変わりません。あとはテクニックの勝負となるでしょうか』
黒乃山がぶちかましにいくと見せかけて、鏡乃山の前褌を取りにいった。指を引っ掛け、懐に引き入れようとするが、鏡乃山の小回りの効いた張り手で引き剥がされてしまった。
『いったん仕切り直しかァ!?』
『いえ、よく見てください』
黒乃山の右手の小指が、辛うじてマワシに引っかかっていた。そのまま小指の力だけで鏡乃山をたぐり寄せ、もろ差しの体勢となった。
『お見事でェす! 対して鏡乃山はマワシを取れていなァい!』
『テクニックでは黒乃山に分があるのは仕方がないでしょう。さあ、ここから挽回できるでしょうか』
「ふにゅにゅにゅにゅ!」鏡乃山は黒乃山の腋に腕を差し込み、無理矢理投げにいった。当然、体勢が不十分のため、バランスを崩されてしまった。
「ぽひひ、焦りは禁物でふ」
再び投げにいくが、またもや体勢を崩されるだけであった。じわじわと土俵際に追い込まれる鏡乃山。とうとう、タワラに踵が乗り上げてしまった。
「どうするにょ、鏡乃!」
「ふにゅにゅにゅにゅ!」
黒乃山の押しに、顔を真っ赤にして耐える。鏡乃山の背がそり返り、もう限界かと思われた。
「にょにょにょにょ! やっぱりクロちゃんは……強いぷり。でも……鏡乃だって負けたくないしん!」
鏡乃山は最後の力を振り絞った。二人の体から汗が噴き出た。白ティーが濡れ、肌に張り付いた。観客達はここぞとばかりに声援を送った。地鳴りのような応援が土俵の上の二人にも伝わった。
「ご主人様ー! 鏡乃ちゃん!」
土俵の下からメル子の声が聞こえた。この大歓声の中にあっても、はっきりとそれは聞こえた。
押す黒乃山。耐える鏡乃山。
限界が訪れる一瞬前のそのタイミングで、鏡乃山は最後の投げを放った。
「むきょー! 鏡乃はクロちゃんを超えるのらー!」
「くきょー! まだまだ妹に負けるわけには、いかんぜよー!」
黒乃山も渾身の投げを合わせた。二人の投げが重なり、もつれ合って土俵の外に落ちた。
『ああァ! どっちだァ!?』
『行司の軍配は黒乃山ですが……』
観客達がどよめき出した。両者が同時に落ちたからではない。横綱が手を上げていたからだ。
『物言いでェす! 横綱が物言いをつけましたァ!』
『ルール上は勝負審判だけでなく、控えの力士でも物言いをつけることができます』
そして、藍王は立ち上がった。審判長からマイクを奪い取り、土俵に上がった。
『いまげんざんせむと、ふかむをりぞこむとする。いももあねも心はおやじ。いま一度おこせかし。浅草のつはものどもかつにのってたたふべし』
その言葉に、観客席にざわめきが広がっていった。誰一人、なにを言っているのかわからないからだ。
『翻訳不能でェす』
『最新の翻訳AIでも無理ですね』
藍ノ木が慌てた様子で土俵に上がった。藍王からマイクをもぎ取ると、一つ咳をしてから喋り始めた。
『えー、お兄……藍王関は、両者の体が落ちるのは同時だったと言っています。よって取り直しをしたいところではありますが、両者の体力を鑑みて、同時優勝にしてはどうだろうかと申しております』
一瞬呆気に取られた観客であったが、ポツポツと拍手が起きた。それはゆっくりと大きくなり、会場を埋め尽くした。
黒乃山は鏡乃山の手を握ると、その手を頭上に掲げた。握られた手に向けて、この場にいる全員が拍手を送った。観客も、力士達も、横綱も。
『波乱の浅草場所はァ! 黒乃山と鏡乃山の同時優勝で幕を閉じましたァ!』
『美しいです。全力で戦った姉妹の姿は本当に美しいです。横綱の粋な計らいも見事でした。決まり手「LOVE」です』
土俵を下りた二人の優勝者を、出場者達が温かく迎えた。
「ご主人様ー! 鏡乃ちゃん!」メル子が二人に飛びついた。「おめでとうございます!」
『綺麗に終わった浅草場所だがァ! もう一つ、最後のイベントがあるぞォ!』
『優勝者と藍王との戦いですね。しかし優勝者は二人、この場合はどうなるのでしょう』
藍王は土俵の上で染抜きを脱ぎ捨てた。圧倒的質感を持つ、岩のような肉体が現れた。藍色のマワシ、王者の威風を持つ髷。まごうことなき大横綱が、戦闘体勢に入っていた。
横綱は四股を踏んだ。その一踏みで雨が止んだ。
横綱は四股を踏んだ。その一踏みで雲が消え、太陽が顔を覗かせた。
そしてなにやらつぶやいた。
『えー、藍王関は、二人同時にこいと申しております』藍ノ木はそれを翻訳した。
次の瞬間、黒乃山と鏡乃山は同時に土俵に上がっていた。二人の女性力士と横綱。そのあり得ない組み合わせに、観客達は弾かれたような歓声を上げた。
『うわああああッ! なんだこれはァ!? 前代未聞の相撲が始まってしまうぞォ!』
『二人同時て(笑)』
「こちやとこのこたへぬ山はあらじとぞ思ふ」
「上等だほーい!」
「クロちゃん、いくっしゅよー!」
二人は同時にぶちかました。横綱は慈愛に満ちた表情でそれを迎えた。金属にぶつかったような音が響いた。
「いだっ!」
「いたいっ!」
二人は弾かれていた。横綱の微笑みが絶望を煽った。
『うああああッ! やっぱりダメだあッ!』
『強すぎて勝負にならないですね。まあ、当たり前といえば当たり前ですが』
その後もぶちかましを仕掛けるが、ダメージを受けているのは黒乃山と鏡乃山の方だけであった。横綱はただの一歩すら動いていないのだ。
「ダメにょりか……」
「ううう……クロちゃん」
その時、黄金色に輝くバトルスーツを纏った少女が、天から土俵に舞い降りた。
「黒乃さん! 諦めてどうするんですのー!」
「らしくありゃりゃせんわいなー!」
もう一体、光り輝くバトルスーツを纏ったメイドロボが降り立った。そう、マリアンマンとアンアンマンだ。
『なんだあッ!? マリー選手とアンテロッテ選手が加勢にきたぞォ!?』
『勝手に土俵に上がったらまずいですね』
「黒乃山! 私達も戦うぞ!」
「鏡乃山、あなたは一人ではありませんよ」
褐色肌の美女、マヒナとノエノエも土俵に上がった。
「黒乃山 おでも たたかう」
「師範! お供します!」
マッチョメイドと小梅の空手コンビだ。
「……クロ社長、勝ったらお賃金上げてね」
「黒乃様も鏡乃様も、お怪我をなさらないように」
フォトンとルベールもやる気のようだ。
「わぁ〜お、なんだか楽しそうね〜」
「ルビー様がやるなら、コトリンもやっちゃうぞー! ほら! プロデューサーも!」
「こら! コトリン、やめなさい!」
へっぴり腰で土俵に上がるルビー。藍ノ木を引っ張り上げるコトリン。
「黒ピッピ、鏡ピッピ、やっちゃおうか。マジ昇歩様〜!」
サージャは黒乃山と鏡乃山の頭を優しく撫でた。
「ご主人様! 鏡乃ちゃん!」
「私達も戦います!」
白いメイド服のメイドロボと、黒いメイド服のメイドロボが最後に土俵に上がった。
「メル子……みんな……」
「一緒に戦ってくれるにょり?」
総勢十六名の出場力士達が、土俵の上に勢揃いした。
『なんだァこの光景はァ!? 常軌を逸しているぞォ!』
『土俵の中に十七人。狭すぎてお互いくっついています。コントでしょうか(笑)』
ひしめく土俵。横綱を睨みつける力士達。闘気が湯気となり、上空へ立ち昇っていった。もう戦いは始まっている。
全員、藍王に向けて突進した。しかし狭すぎるのでうまく動けない。
『おしくらまんじゅうかァ!?』
『あーあー、もうめちゃくちゃですね』
藍王が四股を踏んだ。その振動で、フォトン、ルビー、コトリン、メル子、黒メル子、サージャは土俵の外にふっ飛ばされた。
『弱ァい! なにしにきたァ!?』
『戦闘能力のない力士は、ワンパンでお陀仏です』
次に藍王は柏手を打った。その衝撃で、小梅、マヒナ、ノエノエ、藍ノ木がふっ飛んだ。
『次々に始末されていくゥ!』
『魔法ですか、これは?』
空を飛んで難を逃れたマリアンマン、アンアンマン、ルベールが一斉に上空から襲いかかった。藍王が手刀を切ると、制御を失った三人は遥か彼方にふっ飛んで星になった。
『よい旅をォ!』
『また星になっています(笑)』
残った三人もぶちかましを食らって、黒乃山は本堂の賽銭箱に、鏡乃山は五重塔の九輪に、マッチョメイドは宝蔵門の提灯に突っ込んだ。
『一瞬で全滅でェす!』
『せっかくの感動の大会が台無しですね。まあこの作品はいつもこんな感じですので、これでよしとしましょう』
『それでは皆さん、また来年会いましョう! 実況のエルビス・プレス林太郎とォ!』
『解説のギガントメガ太郎でした。さようなら』
観客達は土俵の上で一人立つ横綱に、惜しみのない拍手を送った。
こうして浅草場所は幕を閉じたのであった。




