第391話 浅草場所です! その四
一回戦取組結果
Aブロック
・第一試合 ◯黒乃山xルベール
・第二試合 ◯マッチョメイドx梅ノ木小梅
・第三試合 ◯マヒナxフォトン
・第四試合 ルビーx◯コトリン
Bブロック
・第五試合 ◯藍ノ木藍藍xマリー
・第六試合 メル子x◯黒メル子
・第七試合 サージャx◯黒ノ木鏡乃
・第八試合 ◯ノエノエxアンテロッテ
怒涛の一回戦を終え、興奮の坩堝にあった浅草寺は、やや落ち着きを取り戻していた。青い空の下、十二月の寒さをものともしない観客達は、今か今かと力士達の登場を待ち侘びた。
『どうもォ! 音楽ロボのエルビス・プレス林太郎でェす!』
『おっぱいロボのギガントメガ太郎です』
『先生ェ! 一回戦の総評をお願いしまァす!』
『どの試合も素晴らしい戦いでした。全員正々堂々と戦い、勝利を掴み、そして散っていきました。全力を尽くして取組むその姿は、勝とうが負けようがすべて美しさで輝いていました』
『ありがとうございまァす! そして二回戦の取組表でェす!』
二回戦取組表
Aブロック
・第一試合 黒乃山xマッチョメイド
・第二試合 マヒナxコトリン
Bブロック
・第三試合 藍ノ木藍藍x黒メル子
・第四試合 黒ノ木鏡乃xノエノエ
『強者が出揃ったという感じですね。ここからは小細工は通用しません。生きるか死ぬか、綺麗事抜きのバトルが開幕します』
『さっきと言っていることがちがァう!』
・第一試合 黒乃山xマッチョメイド
黒乃山は土俵に上がった。すでに待ち構えていたマッチョメイドは、オーラをほとばしらせて出迎えた。二人は一瞬目を合わせ微笑むとお互い背を向けた。
『両者、背中で語っているゥ! 前大会でも熱戦を繰り広げたこの二人ィ!』
『二人は大事な仲間であり、ライバルです。そして、今大会最重量の二人でもあります。正統派大相撲が見られそうですね』
両者土俵の中央で睨み合った。お互い小細工はないと確信している目だ。力と力のぶつかり合い。技と技の凌ぎ合い。覚悟は決まった。
『両者、勢いよくぶつかったァ!』
『さすがに純粋なパワーではマッチョメイド選手に分があるようです』
黒乃山は一気に土俵際まで押し込まれた。タワラに足をかけ、ギリギリのところで耐えた。
「ぎゅぴょぴょ、さすがマッチョメイドっしゅね」
「このまま おしきる」
黒乃山は両下手、つまりもろ差しの体勢になっていた。マワシを制しているのは黒乃山の方だ。懐に潜り込み、右から投げにいった。それを敏感に感じ取ったマッチョメイドは、すかさず上手投げで応酬しようとした。だがそれは黒乃山の罠であり、素早い足捌きで左側に回り込み、切り返しでマッチョメイドを土俵の外に追い出そうとした。
『ああァ! 土俵際の熾烈な攻防だァ!』
『どこでこんなテクを身につけたのでしょうか(笑)』
客席からどよめきが巻き起こった。マッチョメイドは左足のつま先だけで残っていた。黒乃山が全力を込めて押したが、足の指一本で耐えていた。
「ぷふー! ぷふー! とんでもないパワーにょり! ぷりゃあああ!」
黒乃山はマッチョメイドの右足を取り、さらなる力を込めた。そしてあり得ないことが起きた。マッチョメイドはタワラを左手で掴むと、そのまま大きく足を持ち上げた。
『うああああッ! これはァ! 足にしがみついている黒乃山がァ! クレーンに吊られたコンテナのように持ち上げられていくゥ!』
『嘘みたいなパワーですね』
マッチョメイドは逆立ちをしていた。真上に伸ばされた左右の脚に挟まれ、身動きが取れない黒乃山はジタバタともがいた。
「ぎゃぷー!」
「黒乃山 これで けっちゃく」
そのまま勢いよく両脚を振るうと、黒乃山はカタパルトから発射された戦闘機のように宙を舞い、客席にぶっ飛んでいった。
「ぷぎょおおおおお!」
「ご主人様ー!」
『ああああッ! 決着だァ!』
『凄まじい戦いでした。やはり勝負を決めたのはマッチョメイド選手の圧倒的なパワーです。決まり手「倒立」で地面に手をついたマッチョメイド選手の負けです』
・第二試合 マヒナxコトリン
先程までの暑苦しい空気と打って変わって、土俵の上は華やかさであふれていた。
『褐色肌の美女とォ! プログラミングアイドルロボのォ! 華麗なる戦いが期待できそうだァ!』
『マヒナ選手が強いのは承知の上ですが、いまだコトリン選手の実力が見えてきません』
土俵の上でマヒナは短い黒髪をかきあげた。
「まいったな。また相手がこんな華奢な女の子とはな」
その言葉にコトリンは、眼球に刻まれた*を、&に変化させて言った。
「うふふー! コトリンをー、そんじょそこらのロボットと思ったらー、ダメだぞー?」
コトリンは唇に指を当てると、四方八方にロボキッスをばら撒いた。観客達のテンションは俄然盛り上がりを見せ、ライブの様相を呈してきた。
「なら、遠慮はいらないな」
二人は見事な立合いを見せ、がっぷり四つに組み合った。
『おっとォ! 意外と普通の立ち上がりでェす!』
『さあ、ここからどういう戦いに発展するのか。楽しみにしましょう』
コトリンはマヒナの胸に顔をつけてしきりにつぶやいていた。
「リバースエンジニアリング開始、コード整形クリア、静的解析クリア」
「どうした? 全然パワーが足りないぞ?」
「ふーん、やっぱりトーマス・エジ宗次郎博士のコードは癖が強いのよね〜。ルビー様のコードの美しさには、遠く及ばないもん。ほいほい、コンパイルしてデプロイ」
「なに?」
「はぁーい! コトリンのプログラミング講座終了〜!」
コトリンはマヒナから離れた。棒立ちで見つめ合う二人の力士。
『おやァ? 動かなくなってしまいましたァ!』
『これはいわゆるハッキングですね。マヒナ選手は人間ではありますが、人体の一部を機械化したサイボーグです。その機械部分を乗っ取られてしまったようです』
コトリンは人差し指を自分の唇に当て、その指をマヒナの唇に添えた。その途端、マヒナは後ろを向いて土俵の外へ向かって歩き出した。
「ぐっ!? これはハッキングか! 体が勝手に!」
「セキュリティがお砂糖みたいに甘々だぞ〜?」
このまま土俵を割って決着かと思われた瞬間、マヒナは自分の右腕を引きちぎった。
『うわぁああああッ! 機械化された腕を取り外したぞォ!』
『ついでに左足も引っこ抜きました。グロいですね』
「ふふふ、ハッキングが効くのは機械部分だけ。だったらそこを取り外してしまえばいいのさ」
取り外された手足を上空へ向けて放り投げた。これが地面に落ちるまでに勝負をつける気だ。
片手片足で不敵な笑みを向けるマヒナを、真っ青な顔で見つめるコトリンの目が、?に変化した。
「嘘でしょ!? マジキモーい!」
背中を見せて逃げようとするコトリンの退路を、マヒナは片足の跳躍で塞いだ。怯えるコトリンのマワシを掴んで宙に放り投げた。落下してくる可愛らしいケツ目掛けて、渾身の張り手を炸裂させた。
「社会不適合ロボにはお仕置きだ!」
「ママー!」
コトリンはなにかが破裂したような音とともに、観客席にぶっ飛んでいった。
『勝負あったァ!』
『決まり手「女王のお仕置き」でマヒナ選手の勝利です』
・第三試合 藍ノ木藍藍x黒メル子
『次はァ! 今大会優勝候補の一人ィ、藍ノ木藍藍選手とォ! メル子選手からお乳を吸収して完全体になったァ、黒メル子選手でェす!』
『横綱藍王関の妹にどう対抗するのか、楽しみです』
両者、腰を落として構えた。
「あなたが黒ノ木社長のメイドロボですね。おほほ、丁度いいですわ。社長からすべてを奪って差し上げます」
藍ノ木は細長い角メガネを光らせ笑った。
「なにやらご主人様と因縁があるようですが、私は影。ご主人様のために尽くすだけです」
黒メル子は突進した。それを悠然と迎え撃つ藍ノ木の虚をつき、素早く身を翻した。
『黒メル子選手ゥ! 立合い変化でェす!』
『藍ノ木選手もそれになんなく対応しました。おっと?』
黒メル子は顔面に向けて手を伸ばした。藍ノ木は慌てた様子で大きく距離を取った。
『顔面への張り手は禁止でェす!』
『いえ、張り手ではないようですが……』
その後もしつこく藍ノ木の顔に手を伸ばす。しかし大きな実力差がある相手に、そのような手はいつまでも通じない。あっさりとマワシを取られてしまった。
「フゥフゥ、いったいなんのつもりかしら?」
「うふふ」
藍ノ木は問答無用で寄り切ろうとした。土俵際に追い詰められ、絶体絶命と思われたその時……。
『ああッ!? なんだァ!? 藍ノ木選手が悶えているぞォ!』
『ですが、黒メル子選手も土俵を割っています。その瞬間を映像で見てみましょう』
黒メル子は藍ノ木に寄り切られ、右足が外に出てしまっていた。藍ノ木が勝利により気が緩んだ瞬間を狙って、黒メル子が角メガネに指を伸ばしていたのだ。
「くぅ! なんてことを! メガネに指紋が! 悪あがきもいいところですね!」
「ふふふ、これで充分です」
黒メル子は大人しく土俵を降りた。
『なにかよくわからない戦いでしたが、藍ノ木選手の「寄り切り」で勝利でェす!』
『実力的には藍ノ木選手が圧倒していました。一矢報いてくれるかと思いましたが、残念です』
・第四試合 黒ノ木鏡乃xノエノエ
大きな歓声が起こった。前大会優勝者の登場に、再びボルテージが上がる観客席。
『さあ、二回戦最終試合ィ! ノエノエ選手の登場だァ!』
『対する鏡乃選手は背が高いだけの中学生。勝負はついているように思えます』
ノエノエは余裕の表情で塩を撒いた。鏡乃はそれを輝く丸メガネで見つめた。
「わぁ! すごい! またメイドロボだ! かわいい! ねえ、ノエ子は姉妹がたくさんいるの!?」
「私達MHN29は、皆マヒナ様に仕えるメイドロボ。二十九人姉妹といったところでしょうか」
「ええ!? すごい! 鏡乃は四人姉妹! ねえ! 一人ちょうだい! たくさんいるんだから、一人くらいもらってもいいでしょ!? ねえ!」
「私に勝てたら差し上げましょう」
「やった、すごい! がんばる!」
大興奮の鏡乃は足をばたつかせて仕切り線に立った。お互い顔を見合わせ、しっかりと立合った。
『見事な立合いィ! リーチで勝る鏡乃選手が上手を取りましたァ!』
『素早さを活かした取組がメインのノエノエ選手にしては珍しいですね』
鏡乃はマワシを引き寄せ密着した。
「わぁ! 柔らかい! いい匂い!」
「む!? 思ったより力がありますね」
ノエノエは上手を切り、投げにいった。大きく振り回される鏡乃であったが、間髪入れず体勢を立て直し、再び密着した。
「ふぅふぅ、お肌すべすべ! ねえ、どうやったらそんなにすべすべになるの!?」
「こら、相撲に集中しなさい!」
ノエノエは再び投げを打った。だが鏡乃は簡単に元の体勢に戻った。
『なんだァ!? 鏡乃選手を引き剥がすことができないぞォ!』
『メイドロボに抱きつきたいという思いが強すぎて、人智を超越した力を発揮しているようです』
「くっ、離しなさい!」
「いやだ! ずっと抱っこしてる!」
鏡乃はノエノエを締め上げた。「フンフンフン!」
『またでたァ! さば折りだァ!』
『黒乃山直伝のさば折りが炸裂です。ですが、ノエノエ選手のパワーは中学生がどうこうできるものでは……あれ?』
ノエノエは鏡乃の腕の中で息絶えていた。
「やった! 勝った! じゃあノエ子は鏡乃がもらう! やった! すごい!」
「こらこらこらー!」
ノエノエを担いで土俵から逃げようとする鏡乃を、皆で必死に取り押さえた。
『えー、謎のパワーが働いてノエノエ選手が失神KOでェす』
『やはり黒ノ木姉妹は侮れませんね。決まり手「ミラノ風さば折り」で鏡乃選手の勝利です』
浅草寺が暗雲に覆われ始めた……。




