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うちのメイドロボがそんなにイチャイチャ百合生活してくれない  作者: ギガントメガ太郎


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第385話 はじめてのおつかいです!

 仕事終わりの夜。黒乃とメル子はボロアパートを目指して浅草の町を歩いていた。十一月の夜の空気は冷たく、法律により光量を抑えられた街灯は心許ない。


「ふいー、今日も疲れた〜」

「お疲れ様です、ご主人様」


 足をふらつかせて歩く黒乃を支えるメル子。連日の業務による疲労がだいぶ蓄積してきているようだ。しかしここで手を休めるわけにはいかない。ゲームスタジオ・クロノスの社運を賭けた新作ゲーム『めいどろぼっち』の発売が、刻一刻と迫ってきているからだ。


「少しは休みませんと」

「うーん、そうだね。でもここが踏ん張りどころだから」


 二人はボロアパートの階段を上った。扉に鍵を差し込んで捻る。


「あれ? 鍵をかけ忘れたかな」

「まさか! そんなはずはありません」


 家を守るメイドロボがそのような失敗などするはずがない、という確固たる自信をみなぎらせてメル子が答えた。

 黒乃は扉を開けた。もちろん部屋の中は真っ暗だ。手を伸ばし、電灯をつけた。


「お帰りなさいませ、ご主人様」

「ぎょばばばばばばば!」

「ぎゃあ!」


 部屋の真ん中で正座をしていたのは、黒い和風メイド服のメイドロボだ。帰還した主に対して丁寧に頭を下げた。


「黒メル子! ここでなにをしていますか!?」

「もちろん、ご主人様のお帰りをお待ちしておりました」

「なんでわざわざ真っ暗な中で待ってたのさ」



 三人は床に座り向かい合っていた。手にはメル子が淹れた紅茶のカップだ。


「えへえへ、黒メル子。今日はなにしにきたのさ」

「そうですよ、黒メル子。ここはご主人様と私の部屋なのですから。部外者は立ち入り禁止です」

「私もメル子ですから、部外者ではありませんよ」

「メル子は私ですよ!」


 猛牛のように取り乱して抗議するメル子。それを鎮めるマタドール黒乃。


「実は、紅子(べにこ)ちゃんのことで相談がございまして」


 二人はぴたりと動きを止めた。紅子の話を出されては聞かないわけにはいかない。データベース上のことではあるが、紅子は黒乃の娘という扱いになっている。


「ほうほう、紅子がどうしたんだろ」

「はい、小学校で『おつかい』の課題が出されまして」

「おつかいですか」

「子供がおつかいをしている様子を、保護者が観察をして提出するという課題なのです」

「なるほどなー。それは保護者である私がやるしかないわな」

「はい、お願いできるでしょうか」


 黒乃とメル子は目を合わせて頷いた。


「可愛い娘のためだ。いっちょ、やったるか!」

「はい!」



 翌日の昼前、紅子は小汚い部屋にいた。背中にはリュックサック。腕には青と白の宇宙服を着た小熊のぬいぐるみを抱えていた。


「じゃあ、紅子。おつかい頼んだよ」

「紅子ちゃん! おつかいできますか!?」


 黒乃とメル子は不安そうな様子で紅子に迫った。紅子は鼻息を荒くして立ち上がった。


「できる〜、がんばる〜」


 小さな拳を握り締め、天に向けて三回突き上げた。

 小学一年生にとっておつかいとはいかなるものであろうか。この年齢であれば、多くの子供達は経験済みであろう。過保護な親なら、一人でのおつかいは許さないかもしれない。

 紅子はどうであろうか。紅子は近代ロボットの祖、隅田川博士の娘であり、何十年もの間、量子状態でこの世を彷徨ってきた、言わば幽霊のようなものだ。もちろん、おつかいなどできる状態ではなかった。

 紅子は小汚い部屋の扉を開けた。


「黒乃〜、メル子〜、いってきます〜」

「いってらっしゃい」

「気をつけてください!」


 紅子は大股で、腕を元気よく振りながら階段を下りた。一度こちらを振り返り、手を振ってからまた歩き出した。


「よし、出かけたな」

「はい、出かけました」

「追跡開始じゃ!」



 ——仲見世通り。

 言わずと知れた浅草の観光名所。雷門と浅草寺を繋ぐ商店街だ。


「はわわ、はわわ、今日もすごい人だよ。紅子、大丈夫かな」

「追いかけましょう!」


 紅子は雷門の巨大な提灯の前でしばらくうろちょろしていた。腕に抱いたモンゲッタを強く抱き締めると、意を決して門を潜り抜けた。

 おつかいの内容はこうだ。普段、小学校では給食が出されるのだが、明日はお弁当の日なのである。故に、買うものはお弁当の素材だ。メル子は材料の一覧を紅子に渡してある。


 黒乃とメル子は見失わない距離を保ちながら紅子を追った。


「ねえ、メル子」

「なんでしょうか」

「お弁当の材料ってさ、仲見世通りで揃うの?」

「揃わないですね……」



 紅子が最初に立ち寄ったのは団子屋だ。どうやら、先日のハロウィンで食べたお団子が気に入ったらしい。熱心に店先に並べられた団子を吟味している。


「あら、可愛いお嬢ちゃん。おつかいかな?」


 団子のような体型をした女性の店員が紅子の前に屈んだ。紅子は店員に迫られると、無言で首を左右に振った。


「あれ、ビビってるな」

「紅子ちゃんは結構人見知りですから」


 ずっと現世と離れて暮らしてきたのだ。それも無理はない。しかし、最近小学校に通うようになり、少しずつ変わってはきている。

 紅子はしばらく店員とやり取りした後、ようやく団子を十本買った。


「買えました!」

「いや、ずいぶんたくさん買ったな。団子弁当にするつもりか?」


 ご満悦の表情を見せて仲見世通りを練り歩く少女。腕のモンゲッタも手足をバタつかせて喜んでいるようだ。



 次にやってきたのはマッチョメイドの和菓子店『筋肉本舗』だ。メル子の南米料理店のすぐ隣である。商品棚には綺麗に細工された和菓子がずらりと並び、その奥には筋肉モリモリのマッチョメイドが仁王立ちをしていた。買った商品はすぐに食べられるように、店の中にはベンチが設置されている。

 紅子はたむろする女子学生達に紛れて商品棚に張り付いた。


「今度は和菓子かい」

「お菓子弁当にするつもりなのでしょうか……?」


 すると、可愛いお客さんの到来に女子学生達が色めきだった。


「なにこの子、かわいー」

「モンゲッタ抱いてる!」

「マジヤバ!」


 あっという間にもみくちゃにされてしまった。顔を真っ青にして怯える少女。


「ああ、ああ」

「紅子ちゃんは可愛いですから、しょうがないです」


 すると店のカウンターからマッチョメイドが出てきた。女子学生達から紅子を取り上げると、その逞しい腕に座らせた。そしてしゃがみ込み、一緒に和菓子を選んだ。


「ナイスです! マッチョメイド!」

「一応買えたか。しかし熊さん饅頭十個とは、買いすぎじゃろ。お金は大丈夫なのかな」

「三万円ほど渡しましたので、問題ありません」

「どうしてそんなに渡したの!?」



 がぜん気をよくした紅子は、スキップをしながら仲見世通りを進んだ。少し歩くと浅草神社へと辿り着いた。浅草寺とは違う人が少ない落ち着いた空間。紅子はほっと息をついて本殿に向かった。賽銭箱に小銭を投げ入れるフリをしてから、吊り下げられた鈴をモンゲッタと二人で豪快に揺らした。そして手を合わせる。

 すると突然、本殿の戸が勢いよく開き、中から御神体ロボ、サージャが現れた。


「おー、紅ピッピ、佇立(ちょりっす)佇立(ちょりーっす)

「おそなえもの〜、もってきた〜」


 紅子とサージャは賽銭箱の横に仲良く並んで団子と饅頭を食べ始めた。黒乃とメル子は本殿の横からこっそりとその様子を窺った。


「なるほど、浅草神社でつまむためにお菓子を多めに買ったのか」

「それにしても多いですが……あ、チャーリー達がきましたよ」


 あくびをしながら歩いてきたのは、グレーのモコモコことチャーリーだ。その後ろには、びっくりするほど真っ白な白猫ロボのモカとムギが控えている。


「チャーリーも〜、たべる〜」


 三匹は差し出された団子を仲良く分け合って食べた。


「あいつら〜、うちの娘の弁当を食いやがって〜」

「まあまあ、ご主人様」



 紅子は再び歩き出した。仲見世通りから一本外れた飲食店が集中するエリアだ。この付近は、店の前で買い食いをしている観光客が山ほどいる。紅子は辺りをきょろきょろと見回しながら進んだ。


「わぁ〜お、この子〜、見たことあるね〜」

「ルビー! コノ子は黒ノ木シャチョーのムスメサンデスよ! コンニチハ!」


 メンチカツ屋の前でたむろしていたのは、乱れまくった銀髪とムチムチボディが悩ましいアメリカ人のルビー・アーラン・ハスケルと、メカメカしい見た目のロボット、FORT蘭丸だ。


「らんまる〜、はろーわーるど〜」紅子はFORT蘭丸のツルツル頭を撫でた。

「わぁ〜お、そーきゅ〜と」


 ルビーは紅子を抱き上げると、メンチカツより脂っこいボディに顔をうずめさせた。紅子はその感触とアメリカンな香りに目を回した。


「こらこらこら〜! スキンシップが激しすぎる〜!」

「けしからんですね」


 黒乃とメル子ははらはらしながらそれを見守った。


「らんまる〜、るび〜、これあげる〜」紅子は団子と饅頭を差し出した。

「いっぴー、デザートにちょうどいいね〜」


 代わりにメンチカツをもらった紅子は、満足顔で店を後にした。



 続いてやってきたのは焼き鳥屋だ。さすがに若者は少なく、おじさんが多い。しかし決して昼間から飲んだくれているわけではない。二十二世紀のこの時代、路上での飲酒は違法だ。酔っ払いを見る機会はほとんどなくなった。


「焼き鳥とは渋いな〜」

「子供にも人気ありますから。おや、あの二人は……」


 店の前でプロテインドリンクを片手に焼き鳥をパクついているのは、褐色肌の美女マヒナと、そのメイドロボ、ノエノエだ。十一月だというのにその肌からは汗が滴っていた。


「やはりトレーニングの後の焼き鳥とプロテインは最高だな」

「さすがマヒナ様です。鶏はタンパク質が豊富ですし、プロテインもタンパク質が豊富です」

「ハハハ、タンパク質祭りだな」


 二人はプロテインドリンクで乾杯をした。


「なに言ってんだあいつら……プロテインはタンパク質豊富に決まってるじゃろ」

「相変わらず、筋肉界隈の人達の話はよくわかりませんね」


 紅子はモンゲッタを頭の上に掲げると、マヒナに突進していった。


「ぶいーん、モンゲッタ〜、正義のヒーローを〜、やっつけろ〜」そう言いながら、モンゲッタをマヒナの引き締まったケツに激突させた。


「お? なんだこの子は?」

「黒乃山の娘の紅子ですね」

「ハハハ。なんだ、お前もトレーニング中か?」

「ちがう〜、おつかいちゅ〜」


 紅子はマヒナとノエノエに団子と饅頭を差し出した。お返しに焼き鳥をもらった。


「なんだか、お菓子と引き換えに色々もらえるな……」

「すごいです……」


 こうして紅子は浅草の町を歩き回り、お弁当の食材をゲットしていった。



 黒乃とメル子はボロアパートの前にいた。紅子に先回りして大急ぎで戻ってきたため、激しく息を切らしている。呼吸を整え、紅子の帰りを待つ。


「あ、ご主人様! きました!」

「お、おお、手を振ってる」


 黒乃とメル子を見つけた紅子は、足を早めた。待ちきれなくなり駆け出した。黒乃とメル子も思わず前に出た。


「黒乃〜、メル子〜」二人の胸に飛び込んでくる紅子。

「ただいま〜」

「お帰り」

「お帰りなさい!」


 それは日常に溢れた、よくある光景だった。




 クラシックなヴィクトリア朝のメイド服を纏ったメイドロボ、ルベールは箒を持って店の前に出た。ゲームスタジオ・クロノスの事務所から正午を知らせるベルが聞こえてきた。


「ヤリまシタ! お昼デス!」

「……お腹ロボペコ」


 FORT蘭丸とフォトンは事務所の台所に突進した。しかし、いつもは美味しそうな香りで溢れているはずのその場所には、二つの弁当箱が置かれているだけであった。


「アレ!? 女将サン! 今日のランチはどうなっていマスか!?」

「……これがランチなの」


 メル子は弁当箱の蓋を開けた。その中にはおにぎり、メンチカツ、焼き鳥、団子、饅頭などの具材が詰め込まれていた。


「うふふ、今日は紅子ちゃん特製お弁当です」

「早起きして、メル子と紅子で作ったんだよね」


 黒乃とメル子はテーブルに着き、弁当を食べ始めた。


「うまい! なんか元気が湧いてくるわ」

「美味しいです! 紅子ちゃんも学校でお弁当を食べているころですね」


 幸せそうに弁当を頬張る二人を見つめるクロノス一行。


「アノ、シャチョー」

「どした?」

「ボク達のランチはドコデスか!?」

「知らん。どっかで食べてこい」

「イヤァー!」

「……ランチ無料のはずなのに契約違反。ロボット裁判所に申し立てる」

「ハァハァ、先輩、一口ください」


 今日も大騒ぎの事務所。その声にクスクスと笑いつつ、ルベールは箒で石畳を掃くのであった。


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