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うちのメイドロボがそんなにイチャイチャ百合生活してくれない  作者: ギガントメガ太郎


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第384話 白猫です! その三

 ゲームスタジオ・クロノスの事務所。今日も社員達は懸命に業務に取り組んでいた。


「FORT蘭丸ぅ!」

「ハイィ!?」


 見た目メカメカしいプログラミングロボのFORT蘭丸は、頭の発光素子を忙しなく明滅させた。


「コトリンのライブ、どうだったんだい?」


 黒乃は丸メガネの下でニッコリと笑顔を作った。それを感じ取ったFORT蘭丸は大喜びで感想をぶちまけた。


「極上でシタ! 特にバブルソートからのクイックソート、挙句の果てにヒープソートの流れはモウ、アイドルの領域を超えたウィザード級でシタ!」

「ライブを楽しめたのかは聞いていないんだよ。怪しそうな連中はいたのかいと聞いているんだよ」


 ロボクロソフト社のプログラマにしてアイドルであるロボット、コトリン。FORT蘭丸は業務を休んで彼女のライブに参加していたのだった。突然のロボ有給が認められたのは、ライブ偵察の任務を与えられたからなのだ。


「イマシタ! 指を全部切り落として、代わりにペンライトを装着したロボットがイマシタ! カッコよかったデス!」

「それは単なる制約を高めたアイドルオタだろ。タイトバース関係者はいたのかい」


 FORT蘭丸は必死に記憶を辿った。


「ナンカ、見たコトあるようなスゴイ美人のロボットがいまシタ!」

「美人?」

「キリリとしてて、チョット邪悪さを感じまシタ!」

「で、誰なんだいそれは」

「思い出せまセン!」

「電子頭脳の代わりにリンゴシャーベットを詰め込んでやろうか!」

「イヤァー!」


 大騒ぎの作業部屋に緑色のメイド服のメイドロボが現れた。


「さあ、皆さん。ランチのお時間ですよ」


 それを聞いたFORT蘭丸とフォトンは椅子から飛び上がった。


「……いつもより早い。なんで」


 青いロングヘアのお絵描きロボはメル子の腕にしがみついた。メル子はその頭を撫でると言った。


「午後から寄るところがありますので、早めのお昼にしようかと思います」

「早い分にはナンでもいいデスよ!」


 一行は事務所の台所でランチを存分に楽しんだ。



 ——浅草神社の境内。

 浅草寺の混雑具合に比べ、閑散ともいえるその場にゲームスタジオ・クロノス一行はやってきた。


「先輩、浅草神社になにか用なんですか?」


 神社には似つかわしくない色気のあるスーツ姿の桃ノ木は、黒乃の耳元に真っ赤な唇を寄せてつぶやいた。


「うん、ここで修行の手伝いをしようかとね」

「修行ですか?」

「……チャーリー、いた」


 御神木のすぐ前、一目ですぐわかるほどの大きさを持つグレーのモコモコ。フォトンは走りよると、チャーリーを抱き上げて頬擦りした。ロボット猫はお返しにフォトンの頬を舐めた。


「……チャーリー、なにしてるの」

「なんニャー! この魔女ー!」

「チャ王を離すニャー!」


 足元で喚いている白猫二匹は、タイトバースからやってきた獣人のモカとムギ。チャ王を戴き、浅草を支配しようと目論んでいる。

 チャーリーは慌ててフォトンの腕から抜け出ると、二足歩行になりシャドーボクシングを始めた。


「やる気ですね、チャーリー!」メル子はチャーリーの前足に猫用のグローブを装着させた。


「よし、じゃあ始めるか」黒乃も手にミットをはめると、チャーリーの前で片膝をついた。

「こい!」


 チャーリーは二足歩行で軽やかにフットワークを決めると、鋭い右ストレートをミットに叩き込んだ。


「それ、ワンツー! いいぞ、ボディ! そこで回ってワンツー!」


 パパパパ、ボボッ、パンパン。

 キレのよい音が浅草神社の境内に響いた。


「女将サン! コレはナニをしてるんデスか!?」

「蘭丸君、見てのとおりボクシングの特訓です」

「ナンのタメに!?」


 そう、もちろんハント博士に勝つためだ。先日チャーリーは獣王軍を率いて、黒猫のハント博士と戦った。結果は惨敗。実力の違いを見せつけられてしまったのだ。


「チャ王ー! そこですニャ!」

「股間を蹴るんですニャ!」


 必死に応援するモカとムギ。可愛い白猫の後押しを得て、俄然やる気を出す獣王。


「女将サン!」

「どうしました、蘭丸君」

「猫にボクシングは向いていナイと思いマス! 四足歩行デスから!」


 メル子はプルプルと震えたまま黙ってしまった。


「うふふ、ボクシング猫。結構可愛いわね」桃ノ木はご満悦のようだ。


 その時、一行は異変を感じた。背中に迫りくるような威圧感を感じたのだ。


「……あ、ハント博士だ」フォトンが指をさすと、一行はそちらに視線を向けた。


 神社の鳥居の下に大きな黒猫が歩いていた。遠くからでもわかるくらいの鍛え抜かれた筋肉。鋭い眼光。真昼の日差しを吸収し、黒さが際立つ毛皮。浅草生猫界の帝王ハント博士だ。


 その姿を見たチャーリーは勢いよく飛んで御神木の背後に隠れた。「ニャー」そして弱々しく鳴いた。


「ふんふん、なになに? ややややや、やるってのか? こっちはいつでも受けてたつぜ? こっちには何人いると思っているんだ? どうしたかかってこいよ? ビビってんのか? だって」

「……ダメっぽい」


 ハント博士は鳥居の下から本殿をしばらく眺めたあと、ゆっくりと去っていった。安堵のあまり地面にへたり込むチャーリーを、白猫達は寄り添って慰めた。



 ——翌日。

 今日もチャーリーは特訓を続けていた。そしてハント博士が鳥居の下にいるのをメル子はめざとく見つけた。



 ——さらに翌日。

 今日もハント博士はやってきていた。



 ——一週間後。

「さあ! どうした、チャーリー! そこだ!」

「ニャー」


 今日も今日とて特訓に励むチャーリー。境内に響く猫パンチの音は、浅草神社の風物詩になっていた。


「ご主人様、今日もハント博士がきています」

「そうみたいだね」


 鳥居の下に佇むハント博士。その視線はまっすぐ本殿に向いていた。しかし今日はいつもと違った。いよいよハント博士が鳥居を潜り抜けてきたのだ。

 それを見たチャーリーと白猫達は臨戦態勢に入った。


「ニャー」

「やるのかニャー!」

「上等だニャー!」


 鼻息を荒くしてハント博士の前に躍り出る三匹。毛を逆立てて姿勢を低くした。だがハント博士は三匹を無視して、その間をゆっくりと通り抜けた。


「ご主人様、なにか様子がおかしいです」

「確かに」


 黒乃とメル子は黒猫をよく観察した。大きな体。陰影の深い筋肉。威勢のいいヒゲ。その目に宿るものがいつもと違った。

 メル子はそれを理解した。


「ご主人様……」

「うん?」

「私、全ロネ連の会員でして」

「ああ、そうだったね」


 全ロネ連こと、全日本ロボット猫連合協会は、ロボット猫を管理する組織である(95話参照)。その会員であるメル子は、普段から浅草中の猫達の面倒を見ているのだった。ちなみに生猫の管理はまた別の組織が行なっている。


「ハント博士は生猫で、私の管轄外ですが、生猫の習性というものは理解しています」

「ほうほう、それで?」


 メル子は口を開いたが、そこから言葉は出てこなかった。それを見た黒乃はメル子の頭をそっと撫でた。


 その時、神社の本殿の戸が勢いよく開いた。その中から出てきたのは、巫女装束風メイド服を纏ったギャル巫女メイドロボであった。


「メルピッピ、いいよいいよ。その先は(あーし)が説明するからさ」

「サージャ様……」


 浅草神社の御神体ロボ、サージャ。古くからこの浅草神社に鎮座し、浅草を見守ってきた浅草の守護神。白いメッシュが入ったブラウンのロングヘアを靡かせて段を下った。


 ハント博士は揺るぎない足取りでサージャの前まで歩いた。そして力尽きたようにうずくまった。


(あーし)はね、この子が子猫の時から知ってるんよ。もう二十年以上前かな」


 その言葉で一行はなにかを悟った。猫の二十歳。それは人間の年齢でいえば百歳近いのだ。

 サージャはハント博士の頭に手を置いた。


「この子はね、もう寿命が近いのさ。自分でそれがわかっているんよね」


 誰も言葉を発せなかった。浅草に君臨していたあの強いハント博士に対して、そのような感覚を持っていたものは誰もいなかった。ただ強い黒猫だと。

 ハント博士は一声鳴いた。


「いいよ、行きな。最後だからね」


 それを聞いたハント博士は、安心したかのような表情を見せ立ち上がった。そして鳥居に向けて歩き出した。


「サージャ様……ハント博士は……」メル子は言葉に詰まった。

「うん、旅に出るのさ」

「旅……」


 猫は死期が迫ると姿を消すという習性がある。それは弱っている動物が捕食者から身を隠すため、という理由付けがされることもある。単なる都市伝説ともいえる。

 死期が迫ったハント博士は旅に出ようとしているのだ。自分が死ぬ場所を探そうとしているのだ。二度と浅草には戻らないという決意を秘めて。


 誰も動けない中、チャーリーが一歩進み出た。一瞬、ハント博士の歩みが止まった。


「ニャー」チャーリーは鳴いた。しかしハント博士は微動だにしない。


「ご主人様……チャーリーはなんと言っていますか?」

「……」


 黒乃は答えなかった。


 ハント博士はゆっくりと歩き出した。一度もこちらを振り返ることもなく、鳥居を潜り抜けた。


 やがて、その姿は人ごみの中へと消えた……。




 ——言問(こととい)橋。

 隅田川にかかる橋の欄干の上でチャーリーは夕日を見ていた。その下で言葉もなく獣王を見上げるモカとムギ。


「お前、この場所好きだな」

「前回の終わりもここでした」


「ニャー」チャーリーは鳴いた。

「ふんふん、なになに? ハハハ、スッキリしたぜ? これで浅草はチャ王様のものだ? ハント博士のやつめ、獣王に恐れをなして逃げやがったな? 大したことなかったぜ? 俺様の勝ちだな? だって」


 すべての言葉が虚しく隅田川を下っていった。今はどんな言葉も、大きな川の流れには逆らうことはできないだろう。たった一つの言葉をのぞいて。


「ニャー」

「ふんふん、なになに? ダンチェッカーと子猫達は俺が守る、だって」


 黒乃とメル子はチャーリーの背中にそっと手を置いた。白猫達は涙を流して偉大なる獣王を見上げた。


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