第382話 白猫です! その一
「FORT蘭丸ぅ!!!」
「ハイィ!?」
浅草寺から数本外れた静かな路地に佇む古民家。ゲームスタジオ・クロノス事務所に元気な声が轟いた。
「これはどういうことじゃい」
「書いてアルとおりデス!」
黒乃は自分のモニタに表示されたメッセージを読み上げた。
「なになに? 明日コトリンのライブがアルから、休ませてくだサイ、だと?」
「ソウデス!」
見た目メカメカしいプログラミングロボのFORT蘭丸は、頭の発光素子をリズミカルに明滅させた。
「コトリンのライブねえ」
「ズット楽しみにシテいたんデス!」
プログラミングアイドルロボのコトリン。
ロボクロソフトに所属するプログラマにしてアイドル。ゲームスタジオ・クロノスが作成中のゲーム『めいどろぼっち』のライバルである『おじょうさまっち』のプログラマ。そしてタイトクエストのプログラマでもある。彼女のマスターはロボクロソフトの若手プロデューサー、藍ノ木藍藍だ。
「前日にロボ有給の申請をして、受け入れてもらえると思うなよ!」
「イヤァー!」
「……クロ社長。ロボ有給は新ロボット法により、ロボットの権利として認められていて、原則会社の承認や許可は必要ないと定められている」
青いロングヘアのロボットがつぶやいた。お絵描きロボのフォトンは子供型のボディではあるが、立派な成人である。
「FORT蘭丸ぅ!」
「ハイィ!?」
「ライブ楽しんできてね」
「アリガトウゴザイマス!」
黒乃の画面に一つのメッセージが送られてきた。
「先輩、この記事を見てもらえるでしょうか」
黒乃の正面に座っている真っ赤な厚い唇がセクシーな女性は、桃ノ木桃智だ。黒乃の高校時代の後輩である。
「ゲームメディアのロボGNの記事か。なになに? 先日の東京ロボゲームショウで発表された、ロボクロソフト社の新作ゲーム『おじょうさまっち』にがぜん期待が高まる、だってさ。ちくしょう、いいな〜。大手メディアにこんなにデカく取り上げてもらえてさ」
「ロボクロソフトは大手パブリッシャーですからね。メディアとの繋がりが色々あると思いますよ」
「そんなおじょうさまっちのプロデューサー、藍ノ木氏に話を聞いた。我々ロボクロソフトはおじょうさまっちに社運をかけています。来年はおじょうさまっちが、日本を席巻することになるでしょう。え? ライバルの『めいどろぼっち』ですか? オホホ、まったく眼中にございませんわ。見つけたら踏み潰して差し上げますわよ」
黒乃はプルプルと震えながら記事を読んだ。
「こっちだっておじょうさまっちを見つけたら、ケツで潰してくれるわ!!!」
「……声がでかい」
壁掛け時計が正午を告げた。FORT蘭丸とフォトンは勢いよく立ち上がり、玄関に向けて走り出した。今日のメル子は仲見世通りで出店の営業中だ。
仲見世通りの中ほどにある南米料理店『メル・コモ・エスタス』。今日も大勢の客が店の前に列を作っていた。
「ご主人様! 皆さん! いらっしゃいませ!」
「……メル子ちゃん、今日のメニューはなに」
フォトンはカウンター越しにつま先を伸ばして店の中を覗き込んだ。中からはエスニックな香りが漂い出てきている。
「フォト子ちゃん! 今日はチキンのチミチュリソースですよ!」
チミチュリとはアルゼンチンのソースで、オリーブオイルとワインビネガーをベースとしたものだ。今日は香りを立たせるために、ニンニク、コリアンダー、バジルが刻んで入れてあるようだ。それを香ばしく炙ったチキンにかけ、ポテトフライとライスを添えてできあがりだ。
四人は店の横のベンチに座ってランチを始めた。
「女将サン! 今日も美味しいデス!」
「蘭丸君、ありがとうございます!」
黒乃も料理にがっついた。ジューシーなチキンとライスをソースと一緒に口の中に放り込んだ。芳醇な香りが鼻を通り抜けて脳を震わせた。
「んん?」
黒乃はふと違和感を覚えた。いつもとは違うなにかの視線を感じる。桃ノ木が黒乃の耳元で囁いた。
「先輩、見てください。白猫がいますよ」
桃ノ木の視線の先には二匹の猫がいた。メル子の店の屋根からこちらを覗き込んでいた。
「うわわ、ほんとだ。いつもならあそこにチャーリーがいるのに、今日はいないな。にしてもずいぶん真っ白な猫だな」
野良猫とは思えないほどの純白の毛皮は、この世のものとは思えないほどの美しさを発していた。汚れ一つない、乱れ一つない毛皮。
「あ、こいつら、ロボット猫じゃん」
「ニャー」
「ニャー」
白猫達は黒乃と視線を合わせて鳴いた。
「あれ? あれ?」
「先輩、どうしました?」
「こいつらの言っていることがわからないな」
黒乃は首を傾げた。
「シャチョー! 猫の言っているコトは普通わかりまセンよ!」
「いやまあ、そりゃそうなんだけど」
次の瞬間、白猫達は屋根から飛び降り、FORT蘭丸に襲いかかった。そして皿の上のチキンを口に咥えると、そのまま走って逃げ出した。
「イヤァー! ボクのチキン!」
「うわわ、なんだなんだ!?」
「……ボクのも盗られた」
FORT蘭丸とフォトンは白猫を追って走り出した。
「ちょっと、二人とも待って」
クロノス一行は猫を追いかけて仲見世通りを走った。一匹は通りをいく人々の足元をくぐり抜けるようにして走った。もう一匹は人の頭を踏み台にして屋根に登った。
行き先は浅草神社のようだ。
「ボクのチキンはドコ!?」
「……絶対に捕まえる」
浅草神社、通称三社様。
浅草寺のすぐ隣に位置する落ち着いたスポットだ。人でごった返す浅草寺に対して、浅草神社は閑静な雰囲気を漂わせている。その境内に白猫は入り込んでいった。
「ハァハァ、待って二人とも。追いかけてももうチキンは食べられないでしょ」
本堂の前にたどり着いた一行は、立ち止まって乱れた息を整えた。
「アソコにいマス!」
FORT蘭丸は指をさした。吊り下げられた鈴の下、賽銭箱の裏だ。黒乃が覗き込むと、ふっと息を漏らした。
「なんだ、チャーリーかい」
「ニャー」
賽銭箱の裏には、大きなグレーのロボット猫が優雅に寝そべっていた。尻尾を揺らし、大きく欠伸をして鋭い牙を見せつけてきた。そしてその横に侍っているのは、先ほどの二匹の白猫だ。
チャーリーは差し出されたチキンをがっついた。
「なんだ、チャーリー。新しい恋人か? 可愛い白猫に囲まれて羨ましいのお」
黒乃はチャーリーを撫でようとした。その途端、白猫達は爪を剥き出しにして威嚇をした。
「チャ王に触るニャ!」
「切り刻んでやるニャ!」
「うわああああああッ!? ロボット猫がしゃべったああああああッ!?」
当たり前のように言葉を話すロボット猫に一行は仰天した。喋る猫など黒乃達は一匹しか知らない。太平洋に浮かぶ無人島『肉球島』。そこを支配するロボキャットのハルだけだ。
「えーと、君達ひょっとして、ハルの関係者?」
「ハルなんて知らないニャ」
「ここはチャ王の玉座ニャ。雑魚はさっさと消えるニャ」
「ええ? じゃあ、誰なのさ」
「ニャー」チャーリーは一声鳴いた。
「ふんふん、なになに? この白猫ちゃん達はモカとムギ。タイトバースで俺様のお世話をしてくれた白猫の獣人だよ。俺様に会いに、わざわざタイトバースから遊びにきてくれたのさ。モテる男はつらいね、だって?」
ロボット達の電子頭脳がリンクして作られた超AI『神ピッピ』。その中に存在するタイトバースという異世界。その異世界に存在するウエノピア獣国を取り仕切っている最強の獣人が『長尾のモカ』と『長耳のムギ』だ。
その二人がロボット猫として現実世界に現れたのだ。
「どうやって、こっちにきたの!?」
黒乃は頭を捻らせた。思い当たる節がないわけではない。同じく豚の獣人であるブータンは、マイクロブタロボとして現実世界にやってきたことがあるのだ(332話参照)。ブータンはタイトバースで黒乃と一緒に冒険を繰り広げた大事な仲間である。
ブータンは巫女サージャの許可を得て、タイトバースからやってきた。彼の使命を果たすために。
「じゃあ、モカとムギも?」
「知らんニャ」
「勝手にきたニャ」
「どうやって!?」
チャーリーはチキンを食べ終えると、気持ちよさそうに鳴いてからうずくまった。白猫達がそれに寄り添うようにして体を寄せた。
「この野郎〜、イチャイチャしやがって。チャーリー、こらチャーリー。メル子のランチを食べたいなら、そう言えばいいんだよ。いつもちゃんとあげてるだろ。白猫達に強奪するなって言えよ。ここはタイトバースじゃなくて浅草なんだからさ。チャーリー、こら起きろ」
黒乃が手を伸ばそうとすると、モカとムギは同時にその手に爪を立てた。
「いでぇ!」
「チャ王はお昼寝中ニャ」
「チャ王の眠りを妨げるものは許さないニャ」
「ニャーニャーうるさいニャー! 浅草には浅草のルールというもんがあるんじゃい! 好き勝手できると思うなよ!」
黒乃が激昂すると、白猫達も臨戦体制に入った。賽銭箱を飛び越えて、広場に躍り出た。尻尾を膨らませ、姿勢を低くして飛び掛かろうと力を蓄えた。
「貴様らーッ! 魔王ソラリスを倒した黒乃山の力をみくびるなぷふー! 浅草の掟を叩き込んでくれるぽき!」
「シャチョー! 猫に本気出さナイで!」
「先輩、頑張ってください」
「……なにが始まるの」
黒乃山は腰を落として両手を地面についた。その瞬間、戦いが始まった。突進する黒乃山、華麗に飛び上がり背後を取るモカ。ムギは黒乃山の顔に飛びかかり、しがみついた。
「ぶぴゅー!? 視界が!?」
黒乃山はよろめいた。その瞬間を狙い、モカは背後から黒乃山のデカケツを爪で引っ掻いた。
「おぎゃああああ! ケツがあああああッ!」
黒乃山は無惨にも地面に転がった。決まり手『尻エグり』だ。
「たわいもないニャ」
「この調子なら、浅草は簡単にチャ王のものになるニャ」
「ええ!?」
桃ノ木は地面でプルプルと震える黒乃に駆け寄った。
「先輩、大丈夫ですか?」
「ううう、ケツが……」
その時、本殿の戸が勢いよく開けられた。その中から出てきたのは、巫女装束風メイド服を纏ったギャルっぽいメイドロボだった。
「マジ堕歩様〜! さっきから葦の家の前でなに騒いでるのさ!?」
「サージャ様!?」
巫女サージャ。
浅草神社の御神体ロボ。そしてタイトバースの世界では、アサクサンドリア教国の元首を務めている。
「黒ピッピ、なにしとるん?」
「あ、えへえへ、サージャ様。お騒がせしております。えへへ。あの白猫達がボクちゃんをいじめるの!」
黒乃はロボット猫を指さした。
「やべーニャ、巫女ニャ」
「ずらかるニャ」
サージャを見た途端、三匹の猫は一目散に逃げ出した。
「まーた、あの子らか。最近葦の許可なくタイトバースから出てきちゃう子が多いんだよね。猪屁理波って感じ〜」
「ええ!? なんで!?」
「あんまりこっちで問題を起こすならさ、黒ピッピのめいどろぼっちも、考えないといけないかもね〜」
「それはあんまりですよ! 勘弁してください!」
黒乃はサージャの足にしがみついて懇願した。サージャが足を振り払うと、黒乃は無様に地面に転がった。
「じゃあ、黒ピッピが白猫達をなんとかすると吉ってなもんさ。マジウケるwww」
「なんで私が!?」
巫女はケタケタと笑って、社殿の中に引っ込んでいった。
クロノス一行はそれを呆然と見送るしかなかった。