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うちのメイドロボがそんなにイチャイチャ百合生活してくれない  作者: ギガントメガ太郎


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第381話 ULキャンプです! その五

 十一月の昼前。差し込む日差しは弱々しく、肌を刺す冷たい空気を温めるほどではないものの、それでも右頬に感じる熱はペダルを漕がせる気力をわかせた。

 荒川の土手には黒乃達と同じように、サイクリングをするもの、ジョギングに勤しむ若者、大きな荷物を持ってビービーキュー場に向かう家族が列をなしていた。


「ご主人様、見てください。ビービーキュー場は満員ですね!」


 メル子は電動自転車を漕ぎながら、荒川河川敷のビービーキュー場を見下ろした。ひしめく人々。あちらこちらから立ち昇る煙。さながら河川敷は合戦前の野営地の様相を呈していた。


「キャンプシーズン到来だからねえ。ビービーキュー場もこの有様よ。しかし、ふふ」

「うふふふ」

「我々がいくところは誰も人がいない、穴場中の穴場だけどね」

「ですね!」


 ペダルを漕ぐ足に力を込めた。二人がたどり着いたのは、人がまったく入り込まない薮の中だ。夏の間に伸びきったヨシの林はすっかり萎れて見晴らしがよくなっている。黒乃とメル子は小さなポーチを手に持って薮へ足を踏み入れた。


「相変わらず荷物が軽くていいですね」

「ULキャンプだからね」


 いい加減読者の皆様も聞き飽きたかと思うが、改めて説明させていただこう。

 ULキャンプとは、昨今流行しているキャンプスタイルである。ULはUltra rightの略で、超軽量という意味だ。持っていく荷物を極力軽くして、気軽にキャンプを楽しもうという趣向だ。

 そして黒乃達が行おうとしているのは、そのULキャンプの中でもさらにお手軽な、モーニングキャンプであり、ザブトニングだ。

 モーニングキャンプとは泊まりもせず、テントを張ることもせず、午前中で帰る時短を追求したスタイルで、ザブトニングとは座布団一枚で行う究極のULキャンプなのである。


 薮を進むと、開けた空間に出た。ここが目的地である。すぐ目の前には荒川の水面が見え、都会から切り離された自然の空間が突如現れたように思える。ひとけのない、都会のオアシス……。


「と思ったら誰かいるやんけ」

「いますね。いつものが」


 薮の中に寝転がっていたのは金髪縦ロールのお嬢様たちであった。


「オーホホホホ! お待ちしておりましたわー!」

「オーホホホホ! 遠慮せずにいらしてくりゃりゃんせー!」

「「オーホホホホ!」」


 お嬢様たちは地べたに寝転がったまま高笑いを炸裂させた。その途端、水面を泳いでいたカルガモがいっせいに飛び立った。


「まあ、どうせいるだろうなとは思ってたけどさ」

「お二人とも、ただ寝転んでいて退屈ではないのですか?」

「ジベタニングは最新にして究極のULキャンプですので、黒乃さん達には理解できないかもしれませんわねー!」

「「オーホホホホ!」」


 ジベタニングとは、マリーが考案したキャンプスタイルであり、椅子どころか座布団すら、いや、あらゆる道具も持たずに行うものだ。もはや、ただ河原で寝転がっている人だ。


「うーむ、最新だろうが真似はしたくない」

「ですね」


 黒乃とメル子はお嬢様たちを尻目に準備を始めた。まずは座布団、これがないとザブトニングは始まらない。


「よいしょっと」

「ふー、自転車で走ったのでお尻が痛くなりました。座布団がありがたいです」


 軽量コンパクトだがクッション性が高い座布団は、疲れたおケツを心地よく受け止めてくれた。

 続いてポーチから焚き火台を取り出す。チタン製の超軽量のものだ。チタン板を組み合わせると、あっという間に箱型の焚き火台のできあがりだ。箱の中に固形燃料の缶を設置して火をつけた。その上に手のひらサイズの鉄板を置いた。お嬢様たちはその様子をしげしげと眺めた。


「なにを作る気ですの?」

「道具が小さすぎますわ」

「ふふふふ」

「うふふふ」

「ワロてますの」

「なにワロてんねんですの」


 続いてポーチから取り出したのは食材だ。タマネギ、バンズ、レタス、トマト、スライスチーズ……そして練り肉。


「これはもしかして、おバーガーですのー!?」

「ロボドメカドですのー!?」

「正解! 今日は河川敷でハンバーガーを作るのだ」

「名付けて川バーガーです!」


(調理の様子は作者のX/Twitterに載っているよ。合わせて見てみてね)


 二人はテキパキと作業を開始した。タマネギは折りたたみナイフで薄くスライス、ピクルスは歯応えが出るように厚めの輪切りだ。


「ふふふ、ご主人様はTERIYAKI(てりやき)チーズバーガーを作るよ」


 まずはTERIYAKI(てりやき)ソース作りだ。シェラカップに醤油、酒、みりん、砂糖をぶちこみ、タマネギと一緒に煮込んでいく。焚き火台から漂う甘い香りは、河川敷を一気にバーガー屋に変えた。


「いい香りですのー!」

「お店の香りですのー!」

「私はベーコンエッグチーズバーガーを作ります!」


 メル子は鉄板の上に輪っか状の金型を置いた。そこに卵を割り落とし入れた。ジュージューという音とともに、夜空に浮かぶ黄身のお月様は、白身という名の雲に覆われた。その横でベーコンを焼いていく。小さな鉄板なので、ベーコンが横からはみ出してしまっている。


「カリカリに焼けていますのー!」

「お二人とも! そんなに顔を近づけたら危ないですよ!」


 次の瞬間、鉄板を覗き込む二人の顔にベーコンの油が派手に跳ねた。


「ぎゃあですのー!」

「目をやられましたのー!」


 お嬢様たちは縦ロールを振り乱して地面を転がった。


「だから言ったではないですか!」


 地面でプルプルと震えるマリーとアンテロッテを尻目に、いよいよパティの焼きに入る。


「ぐふふ。黒毛和牛100%の贅沢お肉ちゃん」

「当然、ダブルでいきますよ!」


 二人はそれぞれの鉄板に二枚ずつ肉のエアーズロックを置いた。鉄板が肉に覆われて見えなくなった。油が弾けるけたたましい音が荒川の水面を揺らした。


「このまま弱火でじっくり焼くよ」

「育てていきましょう」


 鉄板の向こうに見える景色に目を移した。秋の空には微かな雲。肉から立ち昇る煙が、その雲に紛れて消えた。カルガモが水面から飛び立つ水音と肉が焼ける音が一体となり、今自分が肉を焼いているのか、それとも自然を焼いているのか、区別がつかなくなった。


「意味のわからない地の文はやめてほしいですの」

「お嬢様の言うとおりですの」

「こらこら、暇だからって地の文に割り込んでこないでよ」

「マナー違反ですよ」


 黒乃はTERIYAKI(てりやき)ソースを肉に塗りつけた。甘辛い香りが鼻腔を刺激した。みるみるうちに肉は艶やかさを得て、官能的ともいえるテカりを見せた。荒川の水面に反射する太陽の光、肉に反射する太陽の光、その美しさは水浴びをする裸婦の絵画のような艶かしさを湛えていた。


「わけわからない地の文ですの」

「ほどほどにしてほしいですの」

「こらこらこらー!」


 肉が焼きあがった。鉄板から下ろし、余熱で中に火が入るまでしばし待つ。その間にバンズを焼く。ナイフで半分にカットし、切断面を下にして鉄板に乗せた。


「こうすると肉の油を吸い取ってバンズが美味しくなるんだよ」

「なるほどですのー」


 バンズを焼くのは一瞬だ。焦がしてはならない。香ばしさがほんの少し加われば充分だ。


「さあ、ここからがバーガー作りのお楽しみタイムだよ」

「腕の見せ所ですね!」


 ハンバーガーの醍醐味。それは『積み(ビルド)』だ。バンズを最下層と最上層に、その間になにをどう積むのか。発想力が試される。


「ご主人様はバンズのカリカリ感を出したいから、まずレタスを敷く。これによってTERIYAKI(てりやき)ソースがバンズに染み込むのを防ぐ。その上にパティ! マヨ! ピクルス! パティ! マヨ! レタス! そしてバンズ! ビルドアップ完了!」


 そそり立つバーガーという名のビルディング。盤石なバンズに支えられた頼もしいデッキだ。


「私は肉汁をたっぷり吸い込んだバンズが好きなので、まずはベーコン! パティ! そして目玉焼き! マスタード! ピクルス! ケチャップ! レタス! パティ! マスタード! バンズ! ビルドアップ完了です!」


 黒乃のダブルTERIYAKI(てりやき)バーガーが通天閣なら、メル子のダブルベーコンエッグバーガーはエッフェル塔だ。荒々しいTERIYAKI(てりやき)に対して、純白の目玉焼きが目に麗しい。


「完成でーい!」

「完成です! ではいただきます!」


 黒乃とメル子はバーガーを手に持ち、大きく口を開けた。しかし、二人の動きはピタリと停止した。


「……」

「……」

「……」

「……」


 よだれを垂らすお嬢様たち。交錯する視線。珍妙な音を出して猛アピールするお腹達。

 黒乃はため息をついた。


「ったく、手ぶらで河原にくるから〜」

「本当にしょうがないお嬢様たちですね」


 黒乃とメル子はバーガーを前に差し出した。呆気に取られてそれを凝視するマリーとアンテロッテ。


「よろしいのですの?」

「なにもお返しできませんわよ?」


 メル子はクスリと笑った。


「我々の仲ではないですか。遠慮せずにどうぞ!」

「嬉しいですのー!」

「いただきますのー!」


 黒乃とマリーは前後から同時にバーガーに齧り付いた。メル子とアンテロッテも同時に齧り付いた。

 ハンバーガーの一口目。それは特別な意味を持つ。それはバーガーに対する心意気だ。ハンバーガーはアメリカ生まれの伝統食だ。そしてそれはハンバーガーとともに歩んできた、アメリカの歴史そのものでもある。だからこそ大きな口で喰らいつくのだ。アメリカがそうしてきたように。あらゆるものを飲み込んできたように。

 二人のバーガーにはそれぞれ、大きな穴が二つ生まれた。上出来(グッジョブ)だ。


TERIYAKI(てりやき)おソースがお肉の旨みを出しきっていますわー! 甘辛さとピクルスの酸味が、肉汁というスープの中に溶け込んで、幸福感と一緒に喉に流れ込んできますのねー!」


 マリーは頬を両手で挟み込んで悶えた。


「カリカリのベーコンとシャキシャキのレタスの食感がまず電子頭脳を刺激しますわー! その後でやってくるのは半熟玉子の滑らかな感触。噛みしめることでケチャップとマスタードが混じり合い、一期一会のアンサンブルを生み出していますのー!」


 アンテロッテは縦ロールを弾ませて感じ入った。


「メル子のも一口ちょうだい!」

「私もください!」


 四人は奪い合うようにしてバーガーを堪能した。



 お腹を満たしたお嬢様たちは地べたに横になった。黒乃とメル子も座布団を枕にして空を見上げた。服が汚れても気にしない。これはれっきとしたキャンプなのだから。


「自由なキャンプに、自由なバーガー。自由っていいなあ」

「ですね」


 しばらく空を流れる雲を見つめてくつろいだ。十一月の風が体を冷やし出したころに、一行は帰り支度を始めた。


「……」

「……」


 黒乃とメル子はポーチの中を見てプルプルと震えていた。そこには包装されたままのスライスチーズが鎮座していた。


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