第380話 ワープをしよう!
「それでは本日の授業を始めたいと思います」
「起立! 礼! 着任! メル子先生、よろしくお願いします!」
「はい、黒乃君。よろしくお願いします」
「メル子先生! 今日の授業はなにを学ぶんでしょうか!?」
「今日はワープをしたいと思いますよ」
「!? ワープ!? ワープってSFでよく出てくるあのワープのことですか!?」
「もちろんそのワープですよ。空間を飛び越えるワープの授業です」
「いやいやいや! ワープなんてそれこそ空想の話ですよ! 現実には不可能です!」
「ふふふ、黒乃君。人類はこの二十二世紀に、とうとうワープ技術を手に入れたのです」
「えええええ!? すごい!」
「とはいえ、ワープ技術は生まれたばかりの研究段階のものです。実用化はまだされていませんので、今日はほんの体験だけになります」
「それでもすごいですよ! どうやってワープするんですか!?」
「はい、このRobozonで百万円で売っている体験キットを使います」
「高い! Robozonってなんでも売ってるな!」
「さあ、黒乃君、箱を開けてみてください」
「はい! えーとえーと、なんだこれ?
ガラスのコップのようなものが二つ、
板が一枚、
金属の棒が二つ、
コインが一枚、
それと、あれ? これ見たことあるぞ? あれ? これ重力の授業で使ったやつです!」
「はい、よく覚えていましたね。それは第81話の重力の授業で使った『双弦体』です」
「重力を生み出すやつだ!」
「今回の授業は重力が密接に関連しているので、第81話を読み返しておくといいかもしれません」
「わかりました!」
「では、黒乃君。キットを使う前にワープの原理について説明します」
「お願いします!」
「そもそも、なぜワープが必要なのでしょうか? わかりますか?」
「なぜって、歩いていくより、一瞬でワープをした方が楽で早いからですよ」
「そうですね。この世界で一番速いもの、それは一般的に光です。それが宇宙の限界速度であり、そしてそれはあまりに遅いのです」
「遅い!? 光が遅いんですか!? でも光は一秒間で地球を七周半分進むんですよね?」
「そのとおりですが、その速度だと地球から太陽までいくのに八分かかってしまいます」
「!? それって遅いんですか?」
「遅いです。例えば太陽系から一番近い恒星の『プロキシマ・ケンタウリ』まで光の速さで進むと四年かかります」
「四年!? うーん、速いのか遅いのか、いまいちわかりません!」
「光の速さでそれですから、現在人類が保有している宇宙船ですと、数万年かかります」
「ええ!? それは遅い!」
「お隣の太陽まででそれですから、いかに宇宙が広いかがわかると思います。宇宙の広さに対して、光の速度は遅すぎるのです。だからこそ、ワープ技術が必要なのです」
「なるほど!」
「では、どのようにしてワープをするのか。簡単に言うと『四次元空間を通って、三次元空間をスキップする』という手法です」
「四次元空間!? それって漫画の話ですよね!? なんとかポケットの!」
「けっして漫画の話ではありませんよ。すでに四次元空間は、理論的に存在することがわかっています」
「そもそも四次元空間がなんなのかがわかりません!」
「では、四次元空間について解説をします。
まず一次元を考えます。一次元とはX軸だけの空間です。つまり線ですね。線に沿って前後にしか動けません。
次に二次元です。X軸に垂直なY軸を加えます。すると平面ができます。我々は平面を自由に動けるようになりました。
そして三次元。その平面に垂直なZ軸を加えます。するとどうでしょう、立体が出来上がりました。我々は立体の中を自由に動くことができます」
「これがボクちゃん達の世界ですね!」
「そうです。では四次元です。これまでと同じように立体に対して垂直なW軸を加えます。これが四次元空間です」
「立体に垂直な軸!? え!? まったく想像できません! 立体に垂直なW軸!? 意味がわかりません!」
「黒乃君の言うとおり、三次元に住んでいる我々からすると、四次元空間を想像するのは大変困難です。二次元の住人が高さの概念を理解できないのと同じなのです」
「四次元空間だと、どうして三次元空間をワープできるんですか!?」
「いい質問ですね。我々三次元の住人は、三次元空間を動くことができます。ですが、壁があるとそれ以上は進めません。閉じられた金庫の中には入れませんし、中を見ることもできません。しかし四次元空間にいる人には、その常識は通用しません。四次元空間では自由に壁をすり抜けることができますし、金庫の中を見ることも、金庫の中のものを取り出すこともできます。なんだったら、自分の体の中も全部見えるし、内臓を取り出すこともできます」
「キモい!」
「二次元の迷路を考えてください。二次元の住人は、迷路を歩いてゴールを目指すしかありません。しかし、我々三次元の住人はゴールが見えていますから、迷路の上を通ってゴールまでまっすぐ飛んでしまえばいいのです。二次元の住人には上という概念はないので、それは不可能なのです」
「なるほど! ずるい!」
「四次元空間を歩いて、自由に三次元空間をスキップする。これがワープの原理です」
「先生! 理屈はわかりましたけど、どうやって四次元空間にいくんですか!?」
「はい、それはこのキットを使って説明していきましょう。キーワードは『重力』です」
「はい!」
「まず、キットの板にガラスのコップを逆さまにして設置してください」
「よいしょ、よいしょ、できました! 逆さまのコップが二つ並んでいます! メル子先生のおっぱいみたい!」
「はい、その左のコップの中に入ったコインが、右のコップの中にワープします」
「ええ! すごい!」
「では二つのコップの上にそれぞれ、双弦体とアルミニウム合金の棒を接続してください」
「よいしょ、よいしょ、できました! 簡単です!」
「ここで動力を与えると、双弦体の作用により重力が発生します。これはすでに81話で勉強しました。そして、アルミニウム棒が絶対零度付近まで冷却されます。それにより、双弦体で発生した重力子を、アルミニウム棒の中に閉じ込めることができるのです」
「重力子!? なにそれ、かっけー!」
「するとこの重力子は、四次元空間に『引っ張られる』のです! ひもを引くように! そのひもに掴まって、四次元空間に移動します!」
「きたー! ああ! アルミニウム棒がめっちゃ冷えてます! 冷たい! ここに重力子がたまっているんですか!? ん? ああ! 先生! 先生! コインが左のコップから消えて、右のコップの中に現れました! うわああああああッ! ワープしたああああああッ!」
「見事、実験成功です!」
「先生! どういう原理なんですか!?」
「解説します。それにはこの宇宙に存在する四つの力を理解しなくてはいけません」
「四つの力?」
「強い力、電磁気力、弱い力、そして重力です」
「なにそれ!? 強い力!? 弱い力!? ネーミングぅ! この四つの力が宇宙には存在するんですね!?」
「宇宙にはこの四つの力『しか』存在しないというのが正しい表現です。まず電磁気力はわかりやすい力です。電気と磁力のことです。重力は誰でもわかりますね。これらの力を我々は常に感じていると思います」
「電気も磁力も重力も身近にあります! でも強い力と弱い力ってなに!?」
「強い力と弱い力は素粒子に働く力で、ものすごく小さな世界の力です。電磁気力の強さを1とすると、強い力は100、弱い力は0.001の強さです。そして重力は0.00000000000000000000000000000000000001の強さです」
「え? 重力よっわ! 重力だけ異常に弱すぎませんか!?」
「はい、そこがキモなのです。四つの力を統一するための理論『超ひも理論』によると、重力は別次元に逃げているから力が弱いのだと説明しています」
「ひも!? 別次元に逃げる!? あ! さっきの重力子が四次元空間に引っ張られる話ですか!?」
「よくできました。そこに繋がります、ひもだけに。重力が別次元に逃げているから弱いのであれば、逆に重力を強めてやれば四次元の方から三次元にやってくるのです。そのために双弦体とアルミニウム棒を使って重力子を集めたのです。集まった重力子は四次元空間への門を開きます。そして力を均等化しようとする作用により、重力子は四次元空間へ引っ張られます。その力に便乗して、四次元空間へと移動するのです! コインは四次元空間を通り抜けて、三次元空間へと戻ってきたのです!」
「うわあああああ! わからん! けどすごい!」
「さあ、黒乃君。八又産業の浅草工場へとやってきました」
「ええ!? なにしにきたんですか!?」
「小さなコインだけでは物足りないでしょう。工場に大きなワープ設備があるので、そこで実験をしてみましょう」
「これですね! うわぁ! でかい! メル子先生のおっぱいくらいでかい! 人間がすっぽり入れるくらいの大きなカプセルがある!」
「ではここにチャーリーを連れてきました」
「ニャー」
「チャーリーを左のカプセルから、右のカプセルにワープさせてみましょう。世界初のロボットによるワープです」
「ニャー」
「さあ、装置を起動しますよ。チャーリー、大人しくしてください。いきますよ。スイッチオン!」
「あ、こら、ずるいぞチャーリー! 世界初のワープはボクちゃんのものだ! ボクちゃんもワープをするんだ! どけ、チャーリー! わあああ? わあああああああッ! メル子先生ーーーー!!!!!」
「なんということでしょう。黒乃君とチャーリーが一緒にワープをしてしまいました。実はここで皆さんにお知らせがあります。このワープ技術には欠陥があります。我々三次元の存在は、四次元空間では形を保っていられないのです。一旦バラバラに分解されます」
「ニャー!? ニャにこれ!? ニャンだこれ!?」
「その結果、一緒にワープをした黒乃君とチャーリーは、混じり合って合体をしてしまったようです。世界初のロボ猫人間の誕生です」
「ニャー!? どうすんニャこれ? メル子先生! 元に戻して! ニャアアアアアアアアア!」
「では、今日の実験は以上となります。ワープ技術は、まだ人類には早かったようですね。しかしいずれくる大宇宙時代に、ワープは必須の技術です。皆さんはワープ、したいですか?」
「ニャアアアアアアアア!」




