第38話 ロボハザードやるぞ!
秋の夜更け。いつもより遅い夕食。
「あー、苦しい! カルディージョ・デ・コングリオ食べすぎた」
「私の分まで食べるからですよ」
「うますぎたから」
カルディージョ・デ・コングリオはチリの魚と野菜のスープだ。コングリオとは大アナゴのことである。
「だって、しっかり食べて味を覚えておかないと」
「どうしてですか?」
「メル子の料理のレパートリーが多すぎて、次いつ出てくるかわからんし。もう永久に食べられないかも」
「そのうち一巡しますから、ご心配なく」
そこに夕食後のまったりとした時間をぶち破るが如き、恐ろしい音色が響き渡った。
オーホホホホ……オーホホホホ……。
「ぎゃあ! ご主人様! また出ましたよ! お嬢様たちですよ!」
オーホホホホ……オーホホホホ……。
その声は次第に黒乃達の部屋に近づいてきた。
ピンポーン。
「ご主人様! どうしましょう!? ヤりますか!?」
「ふふふ、そう慌てなさんな」
黒乃は落ち着いて扉を開けた。
「オーホホホホ! お招きにあずかりまして、光栄ですわー!」
「オーホホホホ! 今日はおパーティーと聞いて、お料理を持って参りましたわー!」
フランスからきた金髪縦ロールのお嬢様マリー・マリーと、金髪縦ロールのメイドロボ、アンテロッテが立っていた。
「え? パーティー? 聞いていませんが。お帰りください」
「こらこら、メル子。招待したのは私だよ」
黒乃はお嬢様たちを部屋にあげた。メル子は座布団を二枚用意し、床に座らせた。狭い部屋に四人集まるとかなり窮屈だ。
「あら? おパーティーと聞いていたのに、お料理がなにもありませんのね?」
「お嬢様、お庶民のおパーティーですから、期待をしすぎてはいけませんわ」
「「オーホホホホ!」」
お嬢様の声が夜のボロアパートに響き渡った。
「やかましいわ。それにしても、いい匂いするなその料理。スンスンスーン」
黒乃は料理の匂いを嗅ぐふりをして、アンテロッテの頭の匂いをスンスンした。
「こちらはわたくしが作りましたアナゴのフリットですわ。食べておくんなましー」
「お嬢様言葉がなんか変なんだよなぁ。アナゴも被ってるし。ありがたくいただきます」
メル子は紅茶を四人分淹れ、アナゴのフリットを皿に盛った。それぞれが紅茶を飲み、緊張がほどけた瞬間を狙い黒乃が切り出した。
「それではゲームパーティーを始めたいと思います」
「え!?」
「ゲームをやるんですの?」
「なんでこんな夜遅くにゲームなんですの? お嬢様は寝る時間ですわ」
黒乃は部屋の隅に置かれたモニタの電源を入れた。その画面に表示されたのは……。
『ロボハザード9』!!
「これ、ロボハザードの最新作ではないですか! まだ発売されていませんよね!?」
「ムフフ、これうちの会社が作ってるゲーム。私も開発に参加してる」
「ご主人様のお仕事って、ゲーム制作だったのですか!?」
「今知ったんかい」
ロボハザードはホラーゲームの金字塔で、世界中でカルト的な人気を誇る。迫り来るゾンボ(ゾンビロボット)と戦いながら、生き残ることを目指すサバイバルアクションゲームだ!
「まあこのゲーム、おフランスでも人気ですのよ」
「ご主人様! 発売前のゲームを家に持ってきてしまったのですか!? 訴えられますよ!」
「勘違いしなさんな。これはクローズドテストだよ。発売前に限られた人だけで遊んで、テストするのだ」
「楽しそうですわー!」
こうして夜のロボハザードパーティーが幕を開けたのだぁ〜。
黒乃は開発者のためゲームには参加しない。メル子は黒乃のデバイスで、マリーは自分のデバイス、アンテロッテはモニタでプレイをすることになる。
雰囲気を出すために、部屋の電気を消すことにした。
「メル子、ゲーム開始して」
「はい、ポチッと」
『ロォボォ ハザァードォ ナイィ〜ン!』
「ぎゃあ!」
「おいおい、メル子。タイトルコールでビビってたら、この先思いやられるぞ」
「声が怖くてびっくりしました。あ、もう動かせますね。このマッチョが私ですね」
身長二メートルはあろうかという筋肉モリモリの男性警察官が、メル子の操作キャラだ。
「わたくしはこの小さい金髪ニンジャですのね!」
「お嬢様、見てくださいまし。わたくしは金髪の女スパイですわー」
「なぜ私だけマッチョなのですか!?」
ニンジャは動きが素早く、物陰に隠れるのに長けている。スパイは各種スパイグッズを使いこなすことができる。
「まあまあ、メル子。そのキャラにもちゃんとスキルがあるから」
「どんなスキルですか?」
「パンチで岩をマグマに突き落とせる」
「スキルといいますか、それ!?」
三人がいる場所は古い洋館のようだ。全体的に薄暗く、物音ひとつしない。入口は閉ざされており、この館を探索するしかなさそうだ。
「まだ武器はないんですの?」
「なにもないですね。これで襲われたらどうするのですか」
「お嬢様! 向こうに扉がありますわー」
お嬢様たちは扉に殺到した。
「待ってください。うかつに動くと危険です……ぎゃあああ!」
その時、突然メル子の足元のゾンボが立ち上がり、マッチョメル子につかみかかった。
「ちょっ! 助けてください! 離して! 誰か……マリーさん、ここにゾンボがいます! どこにいきましたか!? アン子さん、噛まれています! 助けて!」
「こっちの部屋に武器がありそうですわー」
「ロケランありますのー?」
「クソお嬢様たち!」
マッチョメル子がゾンボを振り解き、パンチをお見舞いすると、ゾンボの頭が粉々に砕け散った。
「ハァハァ、助かりました。もう足を引きずっています。瀕死です。マッチョのくせに体力がない!」
「なにしてるんですの。こっちの部屋に武器がありましてよ」
「ハイハイ……」
武器庫と思しき部屋に入ると、お嬢様たちが武器を構えて待っていた。ニンジャマリーはスナイパーライフル、スパイアン子はロケットランチャーを装備している。
「お二人とも、その武器のチョイスであっていますか? 私の武器は……」
部屋に残されていた武器は『刺股』であった。
「どこの世界に、刺股でゾンボと戦うマッチョがいるのですか」
メル子はげっそりとした表情を浮かべた。
「メル子、警察官は刺股使うでしょ」
「すごいドヤ顔ですね」
マッチョとニンジャとスパイは慎重に館の通路を進んでいった。
「待ってくださいまし。スパイレーダーにゾンボの反応がありますわ」
次の瞬間、窓ガラスが割れ、ゾンボ犬が飛び込んできた。マッチョメル子に襲い掛かる。
「ぎゃああ! 噛まれる! 助けて!」
ゾンボ犬の首を押さえてかろうじて噛みつきを防ぐ。
「どこにゾンボおりますのかしら?」
「お嬢様、気をつけてくださいまし。かなり近いですわ!」
「ここ、ここ! 助けてください! アン子さん! ロケランを撃ってください!」
今にもマッチョメル子は噛みつかれそうだ。
「ロケランは一発しかありませんので、もったいないですわ」
「私の命の方はもったいなくないのですか!!!」
マッチョメル子は持っていた刺股でゾンボ犬を押さえつけた。
「マリーさん今です! 押さえつけていれば、スナイパーライフルでも当てられますよね!?」
「マリーにお任せですわー!」
スパーン!
ニンジャマリーの銃弾がマッチョメル子のケツに命中した。
「ぎゃあ! なにをしているのですか! 死ぬー!」
「メル子。フレンドリーファイアはダメージないから安心して」
「ごめんあそばせ〜!」
結局ゾンボ犬はマッチョメル子が踏んづけて倒した。
「ハァハァ、体力がヤバいです。回復アイテムはないのですか?」
「こちらにおハーブを発見しましたわよ」
「アン子さん、ナイスです! 私にください」
しかし次の瞬間、スパイアン子の持っていたロケランが炸裂し、ハーブは粉々に吹っ飛んだ。
「アン子さん!?」
「おハーブを取ろうとして、間違えてロケランを撃ってしまいましたわー!」
「アンテロッテってば、慌てん坊さん」
「「オーホホホホ!」」
「もうおしまいですよ!!」
三人はなにもない殺風景な部屋に侵入した。
「お待ちくださいまし。スパイレーダーにまたもや反応ですわ!」
入ってきた扉にガチャンと鉄格子が降りた。部屋に振動が走り、地響きのような音とともに天井が下がってきた。三人は閉じ込められてしまったようだ。このままでは、天井に押し潰されてしまう。
「これは罠の反応ですわ! 気をつけておくんなまし!」
「また変なお嬢様言葉出ました! もう遅いです! 罠が発動しました! どうしますかこれ!」
お嬢様二人を見ると、なぜか入口の鉄格子の向こう側にいた。
「この鉄格子、普通に潜り抜けられましたわ」
「なんだ逃げられるのですね。よかった……これダメです! 通り抜けられません! マッチョだから! 私だけマッチョだから!」
その間にも天井は下がり続けている。
「マリーさん! アン子さん! 罠の解除方法を探してください! レバーとかありませんか!? 早く!」
「なにもなさそうですわね」
「メル子、ヒントいる?」
「ください! 早く!」
「天井の穴だよ」
黒乃に言われたように、天井をよく見ると小さな穴が空いているのを発見した。もう天井は手が届くところまで下がってきている。
「この穴がスイッチですね! 指で……入らない! マッチョだから! 指が太くて入らない! そうだ!」
天井の動きが停止した。
マッチョメル子が持っていた刺股の柄の先を穴に差し込んだのだ。
「やりました。間一髪です! 刺股すごい!」
「ムフフ、刺股を見直したかい?」
「見直しました!」
三人は順調に館を進んでいった。廊下を歩いていると、奥に巨大な蛇が這っているのを目撃した。体長三十メートルはくだらない、巨大ゾンボ蛇である。
「なんですか、今のは!?」
「あれがクローズドテストのボス『ロボコンダ』。めちゃ強い」
「ロボコンダを倒せばクリアですのねー!」
「お嬢様、二人で突撃ですわー!」
お嬢様たちはロボコンダが入っていった部屋に突入した。
「待ってください! 危ないです!」
マッチョメル子が慌てて追いかけた。瀕死のため歩くのが遅い。
遅れて部屋に入った時には、ニンジャマリーとスパイアン子は、ロボコンダに捕まったあとであった。二人ともロボコンダの尾に締め上げられている。
「助けてくださいですわー!」
「お嬢様ー! こっちも無理ですわー!」
「お二人とも!」
ロボコンダが大口を開けて、マッチョメル子に噛みつこうとする。その一撃をなんとか刺股で弾いた。
「こんな巨大な敵、どうすれば……」
「メル子、ヒントほしい?」
「ください!」
「刺股」
「やはり刺股ですか!」
ロボコンダがさらに攻撃を仕掛けてきた。マッチョメル子はロボコンダの目を目掛けて刺股を突き出した。丁度二つに分かれた刺股の先端が、ロボコンダの左右の目を同時にえぐった。
「怯みましたね! 今です!」
マッチョメル子が宙高く飛び上がると、刺股が巨大刺股に変形した。そのままロボコンダの頭を挟み込んで地面に固定する。
「スキル発動です!」
マッチョメル子が岩のようなロボコンダの肌にパンチを叩き込む。凄まじい衝撃を受けて、ロボコンダは壁をぶち破って吹っ飛んだ。そのまま崖の下のマグマに落ちていった。
「ハァハァ、やりました……神器『刺股』の勝利です!」
「おお、すごい。まさか初見でクリアするとは」
「すごいですわー!」
「お見事ですわー!」
「どうですか。見直しましたか?」
マリーとアンテロッテは顔を見合わせた。するとメル子の方に向き直った。
「メル子さん」
「この度は調子こいてしまって」
「本当に申し訳ございませんですわー!(ございませんですわー!)」
ぺこぉ〜。
「このオチ、私のと被ってるんだよなぁ」




