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第377話 パジャマパーティです!

 十月の夕方、ゲームスタジオ・クロノス事務所は子供達でひしめいていた。


 一人は紅子(べにこ)。赤いサロペットスカートが可愛らしい、くるくる癖っ毛の女の子だ。データベース上のことではあるが、黒乃の娘である。

 一人は持子(もっこ)。メガネをかけた笑顔が眩しい、元気溌剌な少女。

 一人は睦子(むっこ)。嘘みたいに長い黒髪の、やや影がある少女。


 三人は小学一年生。同じクラスのお友達である。その三人が作業部屋を走り回っていた。


「おお、おお。こらこら、まだお仕事中だよ」


 黒乃はデスクの上に設置されたモニタから目を外して三人を嗜めた。その様子を桃ノ木はうっとりと眺めた。


「紅子ちゃん、お姉さんが抱っこしてあげようかしら」


 しかし紅子は桃ノ木をスルーし、FORT蘭丸のデスクの下に潜り込んだ。それに驚いたツルツル頭のロボットは発光素子を明滅させた。それをめざとく見つけた持子が、背後から発光素子を指でつまんで抜き取った。


「なにこれ! ひかってる!」

「イヤァー! 取らナイで!」


 睦子はフォトンの隣に立ち、青いロングヘアをまじまじと見つめた。あまりに熱心に見つめるので、フォトンの髪の毛が七色に変化した。


「わぁ、すごい。いろがかわった。すてき」

「……えへへ、先生がつけてくれた特別製」


 ちびっ子達が暴れまくるので、作業場は混沌と化した。もうじき終業の時刻ではあるが、完全に集中力を削がれてしまった。皆、もう仕事は諦めて子供達の相手をすることに決めたようだ。


「ふふふ、故郷の妹を思い出すわね」


 桃ノ木は睦子を捕まえると、抱きしめて頬擦りをした。桃ノ木は黒乃と同じ尼崎出身であり、朱華(しゅか)という中学生の妹がいるのだ。朱華は黒乃の妹の鏡乃(みらの)のクラスメイトでもある。

 持子はFORT蘭丸の頭にコンパウンドをつけて布で磨いている。顔が映るほどに磨き上げられた頭部は、電灯を鮮やかに反射した。


「シャチョー! コノ子達なんデスか!?」

「ああ、今日はみんなで集まって衣装を作るんだってさ」

「先輩、もしかしてハロウィンの衣装ですか?」


 ハロウィン。

 毎年十月に行われるアメリカのお祭り。その発祥は紀元前のヨーロッパにまで遡る。子供達がお化けに扮装し、近隣の家を回ってお菓子をもらうという、子供達にはたまらない催しだ。

 浅草でも大々的にハロウィンのイベントが行われる。彼女達は泊まりがけで、ハロウィン用の衣装を作ろうというのだ。


「……いいな」


 フォトンは三人のちびっ子達を恨めしそうに眺めた。フォトンはお絵描きロボ。衣装のデザインには造詣があり、衣装作りが気になるようだ。


「フォト子ちゃんはハロウィンやったことないのかい?」

「……先生は西洋のお祭りには疎いから」


 フォトンのマスターである影山陰子(かげやまいんこ)は著名な書道家である。日本の伝統と規律を重んじる厳峻なる人だ。ハロウィンなどという外国のイベントには興味を示さなかったのかもしれない。


「じゃあさ、フォト子ちゃんも一緒に衣装を作ろうよ」

「……いいの?」


 フォトンは隣の席の黒乃を見つめた。


「今日はみんなで事務所に泊まって、衣装を作るんだよ。フォト子ちゃんもおいで」


 その時、壁掛け時計から終業を知らせるベルが鳴り響いた。フォトンは弾かれたように立ち上がり、玄関に向けて走り出した。


「……先生に許可もらってくる」

「パジャマも忘れずにね」


 そう、今日は事務所でパジャマパーティーが行われるのだ。フォトンは古民家を出て浅草寺の方へ走り出した。フォトンの道場と事務所は目と鼻の先だ。


「シャチョー! ボクもいいデスか!?」

「男子はダメに決まってるだろ」

「ヒドイ!」



 業務が終わった事務所は光と音と香りに溢れていた。子供達の賑やかな騒ぎ声、メル子の料理、食器の音、笑い声、コップをひっくり返す音、熱々のスープの香り。

 本日集まったのは、黒乃、メル子、紅子、持子、睦子、フォトン、マリー、アンテロッテ、小梅だ。さすがにこの大人数だと事務所も手狭だ。


「オーホホホホ! ご招待ありがとうございますわー!」

「オーホホホホ! コスプレ衣装ならアン子にお任せですわー!」

「「オーホホホホ!」」


 お嬢様たちは衣装用に大量の布を持ってやってきた。


「力仕事なら私にお任せください!」


 メル子の料理をがっつきながら力んでいるのは、黒髪ポニーテールが美しい梅ノ木小梅(うめのきこうめ)だ。このボーイッシュな爽やかさを持った大和撫子は、マリーの同級生である。マッチョマスターの空手道場に通っている力自慢だ。


「小梅さん、ハロウィン衣装作りにそんなに力はいりませんわよ」

「そんなー……」


 マリーに嗜められてしょんぼりする小梅。それでもメル子の料理は遠慮なくがっついた。



 食事が終わったら、いよいよ衣装の作成に入る。作業部屋の床に座り、思い思いに布と小物を手に取った。定番のカボチャ、魔女の杖、ランプ、吸血鬼の牙。これらを組み合わせてオリジナルの衣装を作るのだ。


「さあ、皆さん! 縫い合わせが必要ならミシンがありますよ! 裏手の奥様から借りてきました!」


 事務所の隣はメイドロボ、ルベールの紅茶店『みどるずぶら』であり、その裏にあるのがルベールのマスターの奥様が経営する洋装店『そりふる堂』だ。ハロウィンの衣装作成のために、快く貸してくれた。


 紅子は白い布と青い布を手に取った。それとプラスチックの金魚鉢だ。


「おや、紅子はなにを作るのかな?」

「もんげった〜、つくる〜」


 黒乃の問いかけに、紅子は納得の答えを返した。小熊ロボのモンゲッタはジャイアントモンゲッタのパイロットであり、紅子のペットとして一緒に暮らしている。紅子はモンゲッタの白と青の宇宙服を再現しようとしているのだ。


「なかなか難しそうだな。ん? フォト子ちゃんは?」


 フォトンは既になにを作るのか決めているらしく、テキパキと素材を揃えていた。


「……えへへ。キョンシー」

「ひぇっ、キモいもの好きのフォト子ちゃんらしいや」


 キョンシーとは中国の妖怪で、死んだ人間が勝手に動き出したものをいう。ハロウィンのコスプレとしては定番だ。


「わたくしは赤ずきんちゃんでいきますわよー!」

「さすがお嬢様ですのー!」

「私は格闘家なので、オーガのコスプレをします!」

「小梅さん、オーガってなんですの?」

「地上最強ですの?」


 布を引っ張り回し、小物を漁り、それぞれがそれぞれの作業に没頭した。裁縫はメル子とアンテロッテの担当だ。メイドロボに裁縫は、弁慶になぎなたである。ミシンの軽快なリズムが事務所に鳴り響いた。



 作業に没頭するあまり、庭に一人のメイドロボが立っていることにしばらく気が付かなかった。


「……ルーちゃん」


 フォトンは掃き出し窓を開けてメイドロボを迎え入れた。クラシックなヴィクトリア朝のメイドが入ってきた途端、一瞬部屋の中が静止したような気がした。


「皆さん、精が出ますね」

「あ、ルベールさん、えへえへ、お騒がせしています」

「頑張っている皆さんに、差し入れを持ってきましたよ」


 机に置かれた菓子に一同は釘付けになった。


「これはバノフィーパイですのー!」お菓子に詳しいアンテロッテが解説をした。

「イギリス伝統のパイで、パイ生地の上にバナナとクリームがこれでもかと乗っていますのよー!」


 アンテロッテの言うとおり、輪切りにされたバナナが、綺麗な紋様を描いて敷き詰められていた。その上からかけられているのは、チョコレートソースだ。見ただけで感じるその甘さに、口の中が涎で溢れた。

 メル子がパイを切り分けると、皆一斉に齧り付いた。その間にルベールは自身の紅茶店から持ってきたティーポットを使い、カップに真紅の液体を注いでいく。ちびっ子組はミルクティーだ。

 パイと紅茶の組み合わせに、古民家がイングリッシュガーデンに変貌を遂げたかのように感じた。



 間食が終わると、ちびっ子達はうとうととし始めた。もう夜もふけてきた。子供は寝る時間が近い。床には散らばった衣装達。まだ未完成だ。


「お眠りの前にお風呂に入りましょう」


 湯の準備を整えたメル子が紅子、持子、睦子を風呂に促した。この事務所は古民家を利用したものなので、台所、風呂、寝室、すべて揃っている。

 三人はいそいそと服を脱いで風呂場に向かった。


「小学生だけだと不安なので、私がお風呂のお世話をします」


 メル子もメイド服の帯をほどきながら風呂場へと向かった。


「えへえへ、ご主人様も一緒に入ろうかな」

「五人は無理です」

「そのあとにわたくしが入りますのー!」

「マリーちゃん! 私がお世話をしますよ!」


 鼻息を荒くして小梅が申し出たが、それはアンテロッテの役目だと断られてしまった。結局、最後の組は黒乃、フォトン、小梅だ。


「なんでおっさんとお風呂に……」小梅は不満を漏らした。

「誰がおっさんじゃい」

「……うふふ、みんなでお風呂。嬉しいな」



 お風呂の後は、いよいよ二階の寝室でパジャマパーティーである。布団を敷き詰め、その上に寝転がる。風呂上がりの甘い香りが部屋に充満した。九人もいるのでとても狭く、膝と膝がくっつく勢いだ。


「ハロウィン〜、たのしみ〜」


 紅子は布団の上をごろごろと転がり、そのまま黒乃の膝の上へよじ登った。黒乃はその頭を撫でた。


「そうかそうか。そういえば私もハロウィンなんてまともに参加したことないな」

「尼崎は世紀末区域ですものね」メル子が茶々を入れる。

「こらこら、尼崎をなんだと思っているんじゃい」


 持子と睦子は相当おねむのようで、メル子とアンテロッテの膝の上で動かなくなってしまった。自分の居場所を奪われたマリーは、指を咥えてその様子を眺めた。


「マリーちゃん! 膝なら私が貸しますよ! さあ、どうぞ!」


 小梅が自分の筋肉質の膝をパンパン叩いて促した。マリーはしばらく考えたが、プイと横を向いてしまった。


「……じゃあ、ボクがお邪魔する」


 フォトンが小梅の膝に頭を乗せた。青いロングヘアが赤く変色した。


「ああああ、これはこれでいいかも」


 小梅は体をプルプルと震わせて悶えた。


 緩やかな時間の流れが、秋の夜をオルゴールの音のように漂っていった。ぽつりぽつりと紡がれる言葉の旋律が、五本の糸の楽譜となり、それが子守唄のように部屋に覆い被さった。笑い声は低音のバスドラム、布団が擦れる音はバイオリンの弦の響き。


 いつの間にか、起きているのは黒乃とメル子とアンテロッテだけになっていた。子供達にしっかりと布団を被せると、三人は作業部屋に戻った。


「では、衣装の仕上げといきましょうか」

「明日までに間に合わせますわよ」


 メル子とアンテロッテはデスクの上のミシンに向かい合った。黒乃はその様子を夜遅くまで眺めていた。


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