第376話 ゲーム大会議です! その三
——ROBODEC。
毎年横浜で開催される、ゲーム業界人が集まる大会議。数千の開発者達を飲み込んだパシフィコ横浜は、夕日に照らされてある種の侘しさを湛えていた。
ビルの四階の会議室にゲームスタジオ・クロノス一行はいた。広い会議室には黒乃達と数名のスタッフ以外誰もいない。しかし閉じられた扉の外には、講義の開始を待つクリエイター達が列を成しているはずだ。その熱気が扉を通して伝わってきた。
ロボデックの会議室は大小様々ある。事前のアンケートによって講義の参加者数を予想し、その大きさが決められる。黒乃達に割り当てられたのは、中規模の会議室だ。
見た目メカメカしいプログラミングロボのFORT蘭丸は、自身のデバイスをステージ上の演壇に繋いで動作を確認している。黒乃と桃ノ木は資料の最終チェックだ。
ここまでくるとメル子のすることはなにもない。ステージ脇のパイプ椅子に腰掛け、黙ってその様子を見つめた。その膝の上には、疲れて寝てしまった子供型ロボットのフォトンがいる。フォトンは朝から熱心に会場を走り回っていたらしい。主にデザイン系のセッションに参加していたようだ。
「入場五分前です」スタッフが告げた。
すべての準備を終えた一同はステージ袖にはけた。フォトンは眠そうな目をこすりながらメル子に寄りかかっている。
「フォト子ちゃん、もうすぐ始まりますよ」
「……うん」
いよいよ開場の時間だ。スタッフが扉を開けた。それと同時に受講者達が会議室になだれ込んできた。次々に席が埋まっていった。
「おお、おお! やった、みんなきてくれたよ!」
「先輩、やりましたね!」
ステージ袖からその様子を眺めていた黒乃と桃ノ木は、ほっと胸を撫で下ろした。頑張って準備を整えてきた甲斐があったというものだ。
会議室の席はすべて埋まった。立ち見の参加者までいる。
「よしよし、やる気が出てきたぞ!」
「応援しています! あら?」
桃ノ木は一人の女性が近づいてきているのに気がついた。その途端、顔を真っ青にして黒乃の白ティーの裾をつまんだ。
「先輩!」
「ん? どした?」
黒乃もようやくその人物に気がついた。現れたのは細長い角メガネをかけたクールな印象のお姉さんだった。頭の上の大きなお団子と、藍色のタイトなスーツが特徴だ。
「藍ノ木さん!?」
「オホホ、黒ノ木社長、ごきげんよう」
腰をくねらせ迫ってきたのは、藍ノ木藍藍。ロボクロソフトの若手プロデューサーであり、最強の横綱藍王関の妹でもある。そして黒乃の高校時代のクラスメイトなのだ。
「なにしにきたの!?」
「激励にきただけでしてよ。そちらの『めいどろぼっち』、とても楽しみにしていますから」
「ええ? ああ、それはどうも」
気まずい沈黙が流れた。視線をぶつけ合う黒乃と藍ノ木。その沈黙を破ったのは、藍ノ木の背後から現れたすらりとした少女だった。
「ねえ、プロデューサー。この人が黒乃ちゃん?」
「んん!?」
それは少女型ロボットであった。フリフリのフリルがついたブラウスとミニスカート。長い緑色の髪には大きなリボン。眼球に刻まれた*。それはつい先ほど、嫌というくらい見たロボットだった。
「コトリン!?」
「はぁーい! そだよー」
「なにしにきたの!?」
コトリン。
ロボクロソフトに所属するプログラマにしてアイドル。午前のセッションでは謎の講義を行なっていた。その華やかな佇まいは、見るだけで心を躍らせるなにかがあった。
「どうして、藍ノ木さんとコトリンが一緒にいるの!?」
藍ノ木はコトリンの腰に腕を回して引き寄せるとお互いの頬をくっつけた。
「どうしてって、私はコトリンのマスターですから」
「うふふ、プロデューサー」
「ええ!?」
その時、ステージ袖でドタバタと走りよる音が聞こえた。
「イヤァー! ドウシテ、コトリンがイルの!?」
FORT蘭丸は頭の発光素子をこれでもかと明滅させて、黒乃の後ろに隠れた。そのままグイグイと背中を押す。
「こら! 押すな!」
「コトリンチャン! さっきの講義、極上でシタ!」
「わー! ありがとー!」
コトリンは両手を開いて前に突き出し、細かく振った。
「FORT蘭丸、お前は引っ込んでろ! 話がややこしくなるだろうが! 押すな!」
「シャチョー! コトリンのサインをもらってくだサイ!」
黒乃達が揉み合っているところに、スタッフがやってきて告げた。「開始五分前です」
「うふふ、では黒ノ木社長。健闘を祈ります。座席から見ていますので」
藍ノ木とコトリンはステージ袖から去っていった。
「ちくしょう! ハァハァ、講義前にペースを乱された!」
「先輩、落ち着いてください」
「開始一分前です!」スタッフからの最後の通告だ。
黒乃はステージに向けて立った。袖からでも受講者達の期待が窺い知れる。ヘタな講義はできない。
黒乃は人の前で話をすることに不慣れではない。元々そういう仕事だし、最近ではロボチューブなどの活動もある。数々のイベントもこなしてきた。だが、今日は別だ。今日相手にするのは、全員プロなのである。誤魔化しは効かない。
ふと、背中に体温を感じた。渦を巻いていた黒乃の心が、大海に漕ぎ出すかのように軽くなった。振り向かずともわかる。最愛のメイドロボが背中に手を添えているのだ。それに押されるように黒乃は歩き出した。
スタッフによるアナウンスが流れる。「それではゲームスタジオ・クロノス代表、黒ノ木黒乃氏による『めいどろぼっち誕生秘話』です。よろしくお願いします」
参加者達の拍手に招かれるように黒乃はステージを歩いた。演壇に立ち、ちらりと客席の方を眺めやり、軽く頭を下げた。
「えー、皆様、ゲームスタジオ・クロノス代表の黒ノ木黒乃です。よろしくお願いします」
黒乃は手元のデバイスを操作して資料のページをめくった。背後の巨大スクリーンにはその資料が表示されている。
「本日のアジェンダは以下のとおりです」
1、めいどろぼっちとは
2、めいどろぼっちの仕組み
3、めいどろぼっちの画期的な技術
4、めいどろぼっちが目指すもの
5、質疑応答
「えー、ではまず、めいどろぼっちとはなにかから説明します。
めいどろぼっちは八又産業が開発した『プチロボット』を使った、メイド育成ゲームです。
めいどろぼっちにAIをインストールし、めいどろぼっちと一緒に暮らします。最初は言うことを聞かないめいどろぼっちですが、ご主人様と一緒に色々なミッションをこなしていくうちに、だんだんと一人前のメイドとして成長していきます。その絆を楽しむゲームです。
めいどろぼっちは着せ替えもできますし、ミニチュアハウスも販売します」
黒乃はいったん視線を客席に向けた。皆真剣にメモを取りながら話に聞き入っているようだ。黒乃は舞台袖の桃ノ木に合図を送った。すると、ミニチュアハウスを抱えた桃ノ木が演壇にやってきた。
「さあ、皆さん、この子達がめいどろぼっちですよ」
演壇の上に置かれたミニチュアハウスの天井を開けると、中から小さなメイドさんが現れた。黒乃が手のひらにそれを乗せたが、どうやら寝ているようだ。桃ノ木はその様子をカメラで撮影して、巨大スクリーンに映した。
「あらあら、メイドさんのくせにねぼすけですねー」
会場から笑いが沸き上がった。
その後も軽快なトーンで説明を続けていった。めいどろぼっちのAIについて、ボディのコスト、タイトバースとの関係、タイトバースにアクセスする方法。どれも誰も直面したことがない問題、技術、倫理が含まれていた。
「フゥフゥ、では最後にめいどろぼっちが目指すものとはなにか、についてお話をします。
めいどろぼっちはゲームです。ゲームは楽しむことが目的です。めいどろぼっちと一緒に楽しむことができる仕組みを、たくさん用意しました。リリース後も継続的に新たな楽しみを提供し続けます。
ですが、めいどろぼっちは単なるゲームではありません。ゲームの域を超えた大きな役割もあります。それは異世界との交流です。めいどろぼっちのAIはタイトバースからやってきます。タイトバースには生きたAIがたくさん暮らしています。
人類は二十一世紀にロボットという異種族と出会いました。そして今日まで人類の大事なパートナーとして、ともに歩んできました。それは皆さんご承知のとおりかと思います。
そして二十二世紀、とうとう人類は異世界と出会いました。タイトバースはロボット達の頭の中にある異世界です。その異世界とともに歩んでいけるのかどうか、まだわかりません。
めいどろぼっちはその架け橋になると信じています。まずは皆さん、めいどろぼっちを楽しんでください。そして異世界を知ってください。それが地球とタイトバースの、未来への第一歩だと思っています」
黒乃は演壇から一歩下がり、頭を下げた。その瞬間、大きな拍手が黒乃に浴びせかけられた。それはいつまでも続き、終わりがないかと思われた。黒乃は大きく息を吐いて顔を上げた。
「黒ノ木様、ありがとうございました。では質疑応答のコーナーへ参りたいと思います。ご質問があれば遠慮なくお手を上げていただきますよう、お願い申し上げます」
スタッフが促すと大勢の受講者が手を上げた。
「ハイですのハイですのハイですのハイですのハイですのハイですの!」
小さな手を伸ばして、猛烈な勢いでアピールを繰り返す少女に驚き、周囲の受講者は手を引っ込めた。
「あ、では、そちらのお嬢様、どうぞ」
「マリー・マリーですの! どうしてタイトバースから連れてきたAIがグレムリンなんですの!? グレムリンなんて怖いですの!」
「え? いやだって、グレムリンは……」
「では、次の質問どうぞ」
「ハイですのハイですのハイですのハイですのハイですのハイですの!」
「あ、では、そちらのお嬢様、どうぞ」
「マリー・マリーですの! ライバルの『おじょうさまっち』の存在はどう思っていますの!? 百四十文字以内で答えてほしいですの!」
「え? いや、あの、知らんけど……」
「では、次の質問どうぞ」
「ハイですのハイですのハイですのハイですのハイですのハイですの!」
結局、質疑応答タイムはお嬢様に独占されてしまった。
こうして黒乃達のロボデックは幕を閉じたのであった。




