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うちのメイドロボがそんなにイチャイチャ百合生活してくれない  作者: ギガントメガ太郎


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第375話 ゲーム大会議です! その二

 朝の横浜。十月の心地よい日差しが、港の海面を美しく照らした。微かな潮風、ほどよい海の香り。その穏やかさとは裏腹に、パシフィコ横浜の巨大な建物の中は、人々の熱気でむせかえっていた。


 ——ROBODEC(ロボデック)

 毎年ここ横浜で開催される、ゲーム業界人達が集う大会議だ。大小二百ものセッションが開催され、様々な知識が交換される。参加者達は自由にそのセッションを選び、受講できる。ただし席数は限られる。早いもの勝ちだ。


「ご主人様! すごい人ですね! この人達皆さん、ゲーム開発者なのですか!?」


 メル子は狭い通路にひしめく参加者達を眺めて言った。


「ゲーム開発者だけじゃないよ。メディア関係の人もいるだろうし、熱心な学生さんもいるね」

「学生さん!?」


 ロボデックは基本プロが集まる場なので、受講料はバカ高い。デイリーパスは一万円以上する。学割は適用されるが、それでも決して安くはないであろう。また一部のセッションはライブ配信されるので、それを利用するのも手だ。もちろん有料ではあるが。


「よくそんなお金がありましたね」

「こらこら、メル子。忘れたのかい。我々はセッションを行う側だよ。入場は無料に決まっているでしょ!」

「さすがご主人様です!」


 黒乃達は一際長い列に並んだ。この列はメインホールへと繋がっている。黒乃達が行うセッションは午後に開催される。それまでは会場を自由に見て回れるのだ。

 列が進み、黒乃とメル子はホールの中に入った。千を超える座席はほとんど埋まりつつあった。


「ものすごい人気のセッションですね!」

「そりゃそうだよ。ロボゴンクエストの生みの親の講義だもん」


 ロボデック一日目のメインイベントは、超有名タイトルのゲームデザイナーである、ロボ井ロボ二(ろぼいろぼじ)氏による基調講演だ。


「ハァハァ、どうしてもこの講義だけは見たかったのです!」

「国民的タイトルの製作者だからねえ。面白い話が聞けそうだ」


 講演開始のアナウンスがホールに流れた。照明が落ち、ステージが照らされる。大きな拍手で迎えられたのは、サングラスをかけた柔和な雰囲気のロボットであった。


「でました! あの方がロボ井ロボ二さんですね!」

「雑誌とかでよく見る人だ。かっけー」 


 ロボ井はステージの中央の演壇に立った。ステージ脇の女子アナロボが進行を務めるようだ。


「まず、ロボ丼さん。ロボゴンクエスト四十周年、おめでとうございます」

「あ、ロボ井です。ありがとうございます。長らくロボゴンクエストを遊んでいただき、誠にありがとうございます。えー、本日はですね、我々がロボクエを通しまして、長年にわたって蓄積してきたノウハウをですね、皆さんと共有できたらと思います。開発裏話なんかも交えて話しますのでね、退屈はしないと思いますよ。寝ないでくださいね、うふふ」


 ホールに笑い声が響いた。しかし皆メモとペンを携えて真剣そのものだ。


「ハァハァ、ワクワクします! こんな貴重な話を無料で聞けてしまうなんて!」

「長年培ってきたノウハウを公開してくれるなんて人、あんまりいないからねえ」


 ロボ井はジョークを交えつつ、大作ゲームのディレクションや、当時の技術的難点、社会情勢を踏まえたゲームデザイン手法などを惜しげもなく語った。特にシリーズを通したファンに対する訴求力や、新規のユーザーに向けたアピール方法など、黒乃にとっても有益な情報が多く得られた。


 六十分の講義はあっという間に終わり、質疑応答の時間となった。


「では、ここで受講者の皆様から質問を承りたいと思います」


 大勢の人間が一斉に手を上げた。伝説のゲームクリエイターに直接質問できる機会などほとんどない。誰もがこのチャンスを逃すまいと精一杯腕を伸ばした。


「ハイハイハイハイハイハイハイハイ!」


 その中でも一際腕を伸ばしまくっているのは、我らがメル子である。必死の形相で猛アピールを繰り返した。その迫力に押されて、周囲の受講者達は手を下げずにはいられなかった。


「ハイハイハイハイハイハイハイハイ!」

「あ、はい、ではそちらの赤いメイドロボさんに聞いてみましょうか」


 女子アナロボが指名すると、スタッフがマイクを持ってやってきた。マイクを受け取ったメル子は立ち上がり、メイド服を整えロボ井に向き直った。


「メル子です! よろしくお願いします!」

「あ、ベビ子さん、質問をどうぞ」

「メル子です! ハァハァ、ロボ井さんが一番好きなキャラクターを教えてください!」


 子供のような質問に周囲から笑いが漏れた。だがメル子はいたって真剣だ。ロボ井は朗らかな笑顔でマイクを握った。


「そうですね、一番はロボーニャですかね。褐色肌でセクシーですから。あとはロボティナもいいですね。バニースーツがお気に入りですよ。うふふ」

「ハァハァ、ありがとうございます!」


 メル子は顔を上気させて、ドスンと椅子に座った。黒乃は口を開けてメイドロボを眺めた。

 女子アナロボが次の質問者を募った。


「ハイハイハイハイハイハイハイハイ!」


 再びメル子が顔を真っ赤にさせて、手をこれでもかと伸ばした。


「あ、ハイ、ではバビ子さん、どうぞ」


 近づいてきたスタッフから、マイクをひったくるようにして受け取るメル子。


「メル子です! ロボゴンクエストの最強武器は『ロボメタルの剣』ですが、刺股の方が強いと思います! 刺股をロボクエに登場させてくれないでしょうか!?」

「刺股ですか、それは面白そうですね。検討いたします」

「ありがとうございます!」


 スタッフがメル子に渡したマイクを受け取ろうと手を伸ばした。マイクはがっちりと握られ、スタッフが力を込めても戻ってはこなかった。


「では、次の……」

「ハイハイハイハイハイハイハイハイ!」


 結局メル子は、質疑応答タイムを独占した。



 講義終了後、メル子は黒乃にもたれかかってホールから退出した。


「メル子、大丈夫?」

「ハァハァ、ハッスルしすぎました。申し訳ございません」


「シャチョー! 女将サン!」見た目メカメカしいロボットが入り口で待ち構えていた。

「お、FORT蘭丸。お前もこの講義に参加していたのかい」

「シテいまシタ! 女将サン、スゴかったデス!」


 FORT蘭丸は必死にパンフレットをめくり、講義のスケジュールを確認した。


「シャチョー! 次はコノセッションに参加しまショウよ!」


 頭の発光阻止を明滅させながら指を差した先には『多次元虚像学習ホログラフィックラーニングによるAIの多面性と、破局的次元忘却』と記されていた。


「ちょっとなにを言っているのかわからんな……」

「蘭丸君、この講義は我々が見てもわかりますか?」

「ムリだと思いマス!」

「じゃあ、いきたくないわ!」


 しかし、FORT蘭丸は食い下がってパンフレットを黒乃に押し付けた。


「コノセッションはロボクロソフトのプログラマが担当していマス!」

「ほう?」


 黒乃は少し興味を惹かれたようだ。


「そのプログラマの名前は『コトリン』チャンデス! プログラマ界のアイドルって呼ばれていマス!」


 黒乃はパンフレットをしげしげと眺めた。そこには顔写真が載っており、アイドルロボのような容姿のロボットが笑顔を振りまいていた。


「うわっ、かわええ! よし、見にいこう」

「ご主人様!?」



 エスカレーターでパシフィコ横浜の五階まで上ると、そこは異様な雰囲気に包まれていた。異常なまでに整った行列(matrix)。物音ひとつ立てない参加者達。ロボデックは大会議と銘打っているものの、お祭り的な要素も併せ持つ。しかし彼らはまるで、戦場(file)に赴く兵士(code)達のような緊張感を漂わせている。


「なにか妙だな」

「妙ですね」

「極上デス!」


 その時、会議室の扉が開いた。戦士達は速やかに侵入(insert)し、座席(format)に着く。一糸乱れぬ行動(process)に、黒乃達は戦慄した。


「ねえ、これなにが始まるの!?」

「怖いです!」

「極上デス!」


 座席の照明が落ち、ステージがスポットで照らされた。電子的なBGMと共に、一人の少女型ロボットがステージに現れた。


「みんなー! デスマってるー!?」

「「for(ふぉー)!」」


 緑色のストレートロングヘア。頭には大きなリボン。眼球に刻まれた(アスタリスク)。派手なフリルが二重についたブラウスとミニスカート。すらりと伸びた足の先には、ゴツい上底のヒールブーツだ。手にはマイクが握られている。


「じゃあ、今日のコトリンの講義(コーディング)いっくよー!」

「「when(うぇー)! コットリーン!」」


 黒乃とメル子は度肝を抜かれた。突如始まったライブのようななにかに巻き込まれてしまったようだ。参加者達は手に持ったペンライトを、一糸乱れず振り回した。


「電子頭脳の回路(サーキット)脳神経(ニューロン)!」

「「fun(ふわ)! fun(ふわ)!」」

「そこに別次元からの投影(プロジェククション)による再帰(リカーシブ)!」

「「break(ぶん)! break(ぶん)! コットリーン!」」


 コトリンは呪文のようなコードが表示された巨大スクリーンの前で、華麗なステップを踏みながら歌った。参加者(プログラマ)達はそれに呼び出し(コール)で応えた。こうして講義(コーディング)は、熱狂的に進行(コンパイル)し、つつがなく終了(デプロイ)した。



 黒乃とメル子はお互いの体を支え合いながら会議室から現れた。


「なんだったのこれ……」

「なにひとつわかりませんでした……」

「シャチョー! コトリン可愛かったデスね!」

「ええ? ああ、うん」

「覚えていません」

 

 こうしてロボデック一日目、午前の部が終わった。


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