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第370話 お誕生日です! その二

「さ、いこうか!」

「はい!」


 メル子は差し出された手を握るとボロアパートの小汚い部屋を出た。休日の昼、よく晴れた十月の爽やかな日差しが、赤い和風メイド服を照らした。

 若干の緊張と、大きな興奮。メル子は今から、自分の誕生日パーティーに出かけるのだ。


「ご主人様、皆さんきてくれますかね?」

「そりゃくるでしょ」


 メル子が黒乃の元へきてから一年、最初の誕生日となる。

 新ロボット法により、すべてのAIはネットワーク上にあるAI空間で教育を受けることが義務付けられている。ほとんどの場合、AI高校かAI大学を卒業しているので、実質十八歳以上ということになるが、ごくまれにそれより早い段階で現実世界に出てきてしまう場合もある。

 メル子はAI高校卒業なので、十八歳で黒乃の元へやってきた。そして本日、十九歳になったのだ。


「ごきげんようですのー!」

「一緒に会場にまいりますのー!」


 ボロアパートの下で二人を待ち構えていたのは、金髪縦ロールのお嬢様と、金髪縦ロールのメイドロボであった。今日の二人は一段と黄金色に輝いて見える。


「マリーちゃんとアン子さん! お二人もお誕生日会にきてくださるのですか!?」

「当たり前ですのー!」

「わたくし達が参加しないでどうするんですのー!」

「「オーホホホホ!」」


 いつもは恐ろしい高笑いも、今日ばかりは頼もしい。四人は会場へ向けて歩きだした。


「ご主人様、今日の会場はどこなのでしょうか? 浅草部屋ですか?」


 以前の黒乃の誕生日パーティーは、大相撲ロボが所属する浅草部屋で行ったのだ(第250話参照)。


「ううん、今回はね、浅草演芸ホールだよ」

「浅草演芸ホール!? あんな大きなところを借りたのですか!? どこからそんな資金が出てきましたか!?」

「オーホホホホ! マリー家の力ですわー!」


 マリーが腰を反らして高笑いを炸裂させた。反りすぎて後ろに倒れかかったので、アンテロッテが体を支えた。


「マリーちゃん……」メル子は目を潤ませてプルプルと震えた。

「わざわざ私のためにありがとうございます!」



 浅草寺の西、四人は浅草演芸ホールにたどり着いた。レトロでド派手な外見、軒にずらりと吊された提灯、風に揺らめくのぼり。入り口の立て看板には、本日の演目が記されていた。

 『黒ノ木黒乃主催、お誕生日パーティー』


「はわわ、はわわ。貸切です! 浅草演芸ホールが貸切です!」


 建物の入り口には小さな受付カウンターがあり、そのすぐ横にはホールへの入り口が開いている。覗いてみると既に大勢の人が詰めかけているようだった。


「ええ!? すごい人が集まっています! どうしてこんなに人が多いのですか!?」

「ふふふ、もう片っ端から関係者を招待したからね」

「すごいです!」


 しかしメル子達は出演者なので、ここからホールへは入らない。入り口にある階段を登って、一旦楽屋で待機するのだ。


「ハァハァ、緊張してきました。私はなにをすればいいのでしょうか?」


 メル子は小さな楽屋の床に正座をして待機をしていた。白い座布団がなんとも心許ない。体を右に左にゆすり、周囲を見渡した。隣であぐらをかいている黒乃がメル子をなだめた。


「大丈夫、大丈夫。メル子は座っているだけでいいんだよ。みんなが勝手に祝ってくれるんだからさ」

「なるほど! ハァハァ」


 すると突然目の前に赤いサロペットスカートをはいた少女が出現した。


「ぎゃあ!」


 メル子は驚きのあまり、後ろにひっくり返った。


「メル子〜、おたんじょうびおめでと〜」

「紅子ちゃん!」


 明るい色のくるくる癖っ毛の少女はメル子の膝の上に飛び乗った。


「いきなり出現しないでください!」


 そう言いつつも、メル子は幼い少女を抱きしめて頭を撫でた。紅子の出現とともに楽屋に入ってきたのは、黒い和風メイド服を着たメイドロボだ。


「黒メル子! 黒メル子もお祝いにきてくれたのですか!?」

「いえ、私はお祝いされる側ですよ」


 黒メル子はメル子の向かいの座布団に正座をした。メル子の腕から抜けだした紅子は、黒メル子の膝の上に飛び乗った。


「どういうことですか!?」

「私もメル子ですから、お誕生日は同じですよ」


 黒メル子はマッドサイエンティストロボであるニコラ・テス乱太郎が作成したロボットであるが、そのAIはメル子のAIをコピーしたものなのだ。

 メル子は口をパクパクさせて黒乃を見た。


「まあ、そういうことだね。えへへ」

「ハァハァ、なるほどなるほど。今日は私と黒メル子のお誕生日パーティーということですか。なるほどー」


 メル子は懐からハンカチを取り出し汗を拭った。

 その時、ホールから大きな拍手が響いた。誰かがマイクで喋る音が楽屋まで届いてきた。その途端、メル子は背筋を伸ばしてかしこまった。


「そろそろ出番ですか!?」

「そうだね、いこうか」


 黒乃は立ち上がり、メル子と黒メル子の手を握った。そのまま高座の袖まで進む。


「すごいです! 浅草演芸ホールが満員です!」

「ふふふ、みんなメル子達をお祝いにきてくれたんだよ。よかったね」

「はい!」


 高座の袖で黒乃はマイクを握った。自慢の白ティーにヨレがないかを確かめる。左手でおさげの位置を正したらさあ開幕だ。高座へ向けて歩きだした。


「皆さん! よくぞお越しくださいました!」


 舞台に現れたのっぽのお姉さんに向けて、客席から大きな歓声が沸き上がった。ホールに鳴り響くBGMに合わせて手拍子が打たれた。


「うひょー! 浅草演芸ホールが満員ですよ!」

『わー』

『わー』

「皆さん、盛り上がってますかー!?」

『わー』

『わー』


 黒乃は満足気に客席を見渡した。


「ではね、出し惜しみしても仕方がありませんので。もう、今日の主役を呼んでしまいましょうか!」


 一際大きい拍手と歓声が渦巻いた。皆、本日の主役を心待ちにしているようだ。


「ハァハァ、なんですかこれは? これ、お誕生日パーティーですよね? お誕生日パーティーというのはこんなのでしたか!?」


 高座袖でメル子は震えた。その肩に黒メル子が両手を置いた。


「落ち着いてください、メル子」

「黒メル子……」


 そうだ、一人ではないのだ。いや一人なのだが、二人なのだ。少し心を落ち着けたメル子は、メイドらしくしゃんとした姿勢を作った。


「さあ、本日の主役の方々、どうぞ!」


 黒乃の合図とともに、メル子達は高座へと進んだ。先ほどまで冷え冷えだったボディが、一気にオーバーヒートしたかのように感じた。

 手を振りながら舞台の中央へと進んだ。体を客席に向け、正面から声援を受け取った。


『わー』

『わー』


 舞台の中央に立つ三人のメイドロボ。その姿はまさに舞台に咲く花。可憐な浅草の妖精。秋の空から舞い降りた天使。


「皆さん! 今日は私のお誕生日パーティーにきてくださいまして、本当にありがとうございます!」


 メル子は心から湧き上がってきた言葉をそのまま告げた。


「本日は、たくさん楽しんで帰ってくださいね!」


 黒メル子も思いの丈をぶつけた。メイドらしい振る舞いだ。


「美味しいお料理もございますから、たくさん食べてくだしゃりましぇねー! オーホホホホ!」


 アンテロッテも金髪縦ロールを揺らめかせて観客達を労った。


「ん?」

『わー』

『わー』


 客席が暖かい拍手の音色で満たされた。メル子は客から目を離して高座を見た。


「あれ? ちょっと待ってください」

「メル子、どしたの?」

「なにかありましたか?」

「うんこしたくなったんですの?」


 舞台の上の三人はメル子に視線を集中させた。


「いや、アン子さん」

「なんですの、メル子さん」

「なんですのではありませんよ。今は真打(しんうち)の紹介をしているのですから、裏方の人は下がっていてもらわないと」

「ちょっと言っている意味がわかりませんの」


 メル子は周囲を見渡した。ホールは静まり返っていた。


「え? いや、今日は私と黒メル子のお誕生日パーティーなのですから、我々の横に立たれるとまるで主役みたいに見えてしまうではないですか」

「今日はわたくしも主役ですのよ」

「主役は私ですよ。引っ込んでいてください!」

「舞台に上がりやがれですわー!」

「もう上がっています!」


 一触即発の二人の間に黒乃が割って入った。


「こらこらこら、メル子。落ち着いて」

「ハァハァ、落ち着いていられませんよ!」

「もう薄々感づいているとは思うけどさ、ほら、アン子も今日が誕生日なんだよね」

「またお誕生日被りですか!!!」


 そう、黒乃とマリーの誕生日が被っているのと同様に(第250話参照)、メル子とアンテロッテの誕生日も、当たり前のように被っていたのだ!


 メル子は後ろにひっくり返った。手足をバタバタと振るって床を転げ回る。


「どうして! いつも! 被ってばかりいるのですか!」

「まあまあまあ、ほらほら、お友達と一緒のお誕生日は嬉しいでしょ?」

「おぎゃああああああああ!」


 浅草演芸ホールに一歳児の泣き声が響き渡った。


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