第366話 脱出ゲームです! その二
「さあ、次の部屋にいくよ!」
「れっつご〜」
黒乃と紅子はお城を模した施設の扉を開けた。
「ハァハァ、お待ちください!」
椅子に手錠で縛り付けられたメル子は、重い椅子を背負ったまま開いた扉をくぐり抜けた。
『ガチ脱出ゲーム お嬢の子』
ここ浅草ロボ屋敷にて、期間限定で開催されている体験型ゲーム。施設内に設置された様々なギミックを、知恵と勇気で解き明かし、制限時間六十分以内に脱出を目指す。
部屋の中で三人を待っていたのは、衣装部屋のようだった。
「今度はなにをするんだろう?」
「たのしみ〜」
「ハァハァ、椅子が重いです!」
その時、薄暗い部屋の灯りが消え、スポットライトが灯った。
「ぎゃあ!」
「おお、なんだなんだ」
スポットライトに照らされていたのは、お嬢様二人組だった。
「お、マリーとアン子」
「また出ました」
「……」
「……」
お嬢様たちは光に照らされたまま微動だにしない。
「あの、マリー。説明してくれないかな」
「この部屋でなにをすればいいのですか? あと、この椅子を外してください」
「……」
「……」
しかし二人は突っ立ったまま視線を合わせようともしない。そうこうしているうちにスポットライトが消え、部屋は暗闇に包まれた。
「ぎゃあ! 暗いです!」
「なになに、なによもう」
部屋全体が明るくなった。先ほどまで二人が立っていた場所には、二体のマネキンが置かれていた。
「どういうこと?」
「わかりました! このマネキンを破壊すればいいのですよ!」
「こらこら」
三人は改めて部屋を確認した。
入口と出口の扉はもちろん鍵がかかっている。部屋の真ん中には大小のマネキン。クローゼットの中には、様々な衣装がかけられている。棚にはウィッグやアクセサリーなどの小物が陳列されていた。
「わかった〜」
紅子はそう言うと、棚のウィッグを掴み、小さい方のマネキンの頭に被せた。
「このマネキンを〜、おじょうさまにする〜」
「ああ、なるほどね」
「マネキンに衣装を着せて、お嬢様にすればいいのですね! さすが紅子ちゃんです!」
三人は一斉に作業に取りかかった。メル子は椅子で動けないので監修に回った。メル子指示の元、黒乃と紅子が衣装をかき集めてマネキンに着せていく。
みるみるうちにいつものお嬢様が完成した。
「どんなものですか! お嬢様なんて毎日見飽きるほど見ていますから、バッチリ電子頭脳に記録されていますよ!」
「おお、さすがメル子。完璧な再現だよ」
「すごい〜」
メル子は鼻を高くしてふんぞり返った。「さあ、次の部屋へ急ぎましょう! 制限時間がありますから!」
メル子は椅子を背負ったまま出口の扉に突進した。後ろ手に手錠をかけられた状態で器用にドアノブを掴み捻った。
その瞬間、猛烈な電撃をくらいメル子は吹っ飛んだ。
「ぎゃあ!」メル子は椅子ごと床を転げ回り悶絶した。「ビリッときました!」
「あーあー、大丈夫?」
「しっかり〜」
「痛かったり怖かったりすることはない安心安全設計と言っていたのはなんだったのですか!!!」
黒乃は首を捻った。
「あれ〜? なんでダメなんだろう? 完璧にお嬢様を再現したのにさ」
紅子は黒乃の白ティーを手で引っ張った。顔を見ると、小学生にしてはキリリとした瞳が輝いて見えた。
「さっきの〜、おじょうさまたち〜」
「うーん? ああ! そういうことか!」
「ご主人様! どういうことですか!?」
メル子は床でもがいた。
「最初にお嬢様たちが出てきたじゃない? 無言でさ。なにをしているのかと思ったけど、その時の通りに衣装を選ばないとダメなんじゃないの」
「なるほど!」
「だからさ、メル子の電子頭脳に記録されたさっきの映像を再生して確認しようよ」
「……」
「メル子?」
メイドロボは床でプルプルと震えた。
「今の電気ショックで記録が飛びました……」
「安物のメモリーカードじゃないんだから」
しかし、紅子がしっかりとお嬢様たちの姿を記憶していたので、無事衣装の着せ替えができた。いつものシャルルペロードレスよりも袖が短くなっていたのと、フリルのデザインが異なっていたのだった。
部屋に正解を告げるファンファーレが鳴り響き、出口の扉の鍵が開く音が聞こえた。
「やりました! 順調です! ハァハァ」
椅子に縛られたメル子は必死になって次の部屋を目指した。それを呆れ顔で追う黒乃と紅子。
「メル子〜、おちついて〜」
「そんなに急いだら危ないでしょ」
「制限時間があるのですよ! 一生このお城で暮らすのはまっぴらごめんです!」
「これ、アトラクションだからね?」
続いての部屋はこれまでとは違い、殺風景な薄暗い石牢であった。天井にはランプが吊り下げられ、風もないのに左右に揺れている。ぬめりとした質感の石壁は湿度の高さを演出していた。
「ハァハァ、なんですかこの部屋は?」
「うわぁ、不気味だなあ。ここでなにをすればいいんだろう?」
紅子は床を見つめ、めざとくなにかを見つけたようだ。
「黒乃〜、メル子〜、ここにバミリがある〜」
「バミリて」
「紅子ちゃん、ナイスです!」
バミリとは撮影などで演者の立ち位置を示すために床に貼られたテープのことである。三人は律儀にその位置に立った。すると部屋の照明が落ちてスポットライトが灯った。もちろんそこには、光に照らされたお嬢様二人組がいた。
「お、またマリーとアン子だ」
「次はなにをするのですか!?」
「オーホホホホ! お嬢様裁判所へようこそですわー!」
「オーホホホホ! ここではだれを生贄にするのかを決めてもらいますわー!」
「「オーホホホホ!」」
すると天井から大きな音をたてて鉄格子が降りてきた。それによって三人は鉄格子で分断されてしまった。
「ぎゃあ! なんですかこれは!?」
「うわわわ、なにこれ」
「ろうや〜」
黒乃は鉄格子を掴んだ。かなり頑丈な作りで揺さぶってもびくともしない。
「ぎゃあ! 捕まりました! ご主人様、助けて!」
「では、お嬢様裁判の説明をいたしますの」
「お嬢様の説明を大人しく聞くのがよいですの」
「ここから出してください! 新ロボット法により、ロボットには人権があります! 不当な拘束、監禁は罪に問われます!」
「メル子、静かに」
その時、メル子の頭上からなにかが滝のように降り注いだ。それはメル子をずぶ濡れにし、ヌルヌルテカテカとまとわりついた。
「ぎゃあ! ゔぉえっぷ!」
「静かにしないとベビーローションの刑ですの」
「これ、ベビーローションソラリスです!」
ベビーローションに足を取られたメル子は椅子ごと床に転がった。
「改めて説明をしますの。皆さんの前には三つのボタンがありますの」
それぞれ『黒乃』、『メル子』、『紅子』と書かれている。
「この牢屋から出られるのは二人だけですの。つまり牢屋に置いていく一人を、三人で話し合って決めてほしいですの。決まったらそのボタンを押しますの。三人のボタンが一致したら、その人以外は牢屋から出られますの。一分ごとに判決が行われ、十分経ってもボタンが一致しなかった場合は、全員地下のお嬢様墓場送りですの」
「ルールが複雑すぎてAIの処理が追いつきません!」
「いやいや、そこまで複雑じゃないから」
お嬢様たちが一礼をするとスポットライトが消え部屋が暗くなった。再び照明が灯った時には、牢の中にいる黒乃達三人だけになっていた。
すると壁にかけられたデジタル時計が五十九秒を表示した。一分のカウントダウンが始まったのだ。制限時間以内にボタンを押さなくてはならない。
「ぎゃあ! 始まりました!」
「結構えぐいギミックだな」
「どうする〜」
この牢から出られるのは二人だけだ。一人は牢に残らなくてはならない。その一人を三人で決めるのだ。
「私は絶対にいやです! 絶対に残りません!」メル子は必死に主張した。
「じゃあだれにするのさ」
「ご主人様が残ってください!」
「なんでよ」
「おケツがでかいからです!」
「関係ないでしょ」
黒乃はメル子のボタンを問答無用で押した。
「ぎゃあ! なぜ私のボタンを押しますか!?」
「だって、椅子に縛られてるから一番不利でしょ」
「メル子が〜、のこる〜」紅子も遠慮なくメル子のボタンを押した。
「ぎゃあ! 紅子ちゃん! ママになんてことをしますか!」
その時、時計のカウントダウンがゼロ秒を示した。「ブブー!」という音と共に、天井からベビーローションが降り注いだ。三人はローションまみれになった。
「ぎゃあ!」
「うわうわ、すっごい滑るよ」
時計が再び五十九秒を示した。
「ほら、メル子もボタンを押さないから、失敗になっちゃったでしょうが」
「なぜ自分で自分のボタンを押さないといけないのですか! 押すわけがないですよ!」
「だってそうしないと、全員地下のお嬢様墓場送りになっちゃうよ」
「そんな恐ろしいところには、絶対にいきたくありません!」
今度は紅子が堂々と自分のボタンを押した。
「アタシが〜、のこる〜」
「紅子ちゃん! やってくれますか!」メル子も堂々と紅子のボタンを押した。
「こらこら、子供を一人で置いていくわけにはいかないでしょ」黒乃は再びメル子のボタンを押した。
「ぎゃあ!」
そうこうしているうちに、十回のチャンスはすべて失敗に終わった。一度もボタンが揃うことはなかった。
足元の床が開き、三人は細い穴の中に吸い込まれていった。ベビーローションまみれなのでよく滑る。お嬢様墓場送りである。
マリーはお城の玉座に座っていた。その傍らにはアンテロッテが控えていた。二人の前には真っ赤な絨毯が広がり、今や今やと来訪者を待ち構えていた。
玉座の間の扉が乾いた音をたててゆっくりと開いた。扉から現れたのは白ティー丸メガネの女性と、赤いサロペットスカートの少女と、椅子を背負ったメイドロボであった。憔悴しきった顔で玉座の前にまでくると、折り重なるように倒れた。
「……」
「……」
「……」
その様子を見てマリーとアンテロッテはご満悦の表情を見せた。
「オーホホホホ! ガチ脱出ゲームお嬢の子。クリアおめでとうございますのー!」
「オーホホホホ! お三人はこのゲーム最初の脱出者でしてよー!」
アンテロッテは三人に踊りかかると、それぞれの頭に金髪縦ロールのウィッグを被せた。
「クリアの賞品ですわー!」
「大事にしてくださいましー!」
黒乃とメル子と紅子は、床に這いつくばったまま恨めしそうな視線をお嬢様に向けた。
「いや、ひどいゲームだったよ」
「お嬢様墓場は地獄のようでした……」
「こわかった〜」
三人が口々に文句を言った。しかしお嬢様は確信していた。三人の絆が深まったことを!
「それにしても、よくお嬢様裁判に正解できましたわねー!」
「ほとんどの挑戦者はお嬢様裁判で失格になりますのよー!」
そう、お嬢様裁判では一人を犠牲にして脱出するルートは不正解だったのだ。それでは正解のルートとは? それは『だれも選ばないこと』だ。十回の判決すべてに不正解することで開かれる道。お嬢様墓場へのルートこそが正解だったのだ。
「……」
「……」
「……」
三人は真っ青な顔でプルプルと震えた。
「だれも犠牲にしないという、お三人の絆。お美しいですわー!」
「それこそが一人前のお嬢様の証ですのよー!」
「「オーホホホホ!」」
お城に、浅草ロボ屋敷に、お嬢様の高笑いという勝利のファンファーレが鳴り響いた。




