第34話 スーパーロボ銭湯です!
朝から荷物が届いた。メル子はそれを受け取ると、いそいそと開封していく。
「最近よく荷物届くけど、なにしてるの?」
「家庭菜園を始めようと思いまして」
荷物の中身はプランターや培養土であった。鉢底石や有機肥料などもある。こかぶやほうれん草の種も一緒だ。
「この狭い部屋じゃあ無理でしょー」
「下の駐車場を借りてやっているのですよ」
黒乃が窓から下を覗くと、駐車場の一角にプランターがびっしりと敷き詰められているのが見えた。
「いつの間にあんなに!?」
このボロアパートは駐車場無料の物件であり、一部屋につき一スペースが割り当てられている。しかし実際に車を停めているのは三分の一程度である。
ただでさえ都心に近く、車が必要ないのに加えて、この時代は運転ロボによるロボットタクシーがとても便利に利用できる。ますます車の所有率は下がっているのだ。もちろん黒乃は車をもっていない。
「ご主人様の駐車スペースの他にも、大家さんにお願いして空いているスペースを使わせてもらっています」
「こりゃもう畑だな」
「しばらくしたら美味しいお野菜が採れますのでお楽しみに!」
「ほえ〜、すごいな。あ、そうそう」
黒乃はカバンをゴソゴソあさり、紙切れを二枚取り出した。メル子にそっと差し出す。
「メ〜ル子。これあげるよ」
「なんですか、この紙は?」
「いつも頑張ってるご褒美に、いい場所連れていってあげるから」
黒乃が渡したのは、銭湯のチケットだった。
「あ……ご主人様。ありがたいのですが、ロボットは普通の銭湯には入れないのです」
新ロボット法の『人間とロボットの安全な共生』の項に当てはめると、一般ロボットの銭湯の利用は、安全上の観点から禁止となる。しかし、一部上位のロボットはより高い安全対策が施されているため、特別に許可される。
「ムフフ、ご主人様を舐めるなよ。よく見なさい」
「え? スーパー……『ロボ』銭湯!?」
「そう! それ手に入れるのに、めちゃくちゃ苦労したから」
スーパーロボ銭湯とは、充分な安全対策を施したロボット用の温泉施設であり、厳しい審査に合格した銭湯のみが名乗ることを許されている。
「わぁ、すごいです! これ一度いってみたかったのです。嬉しいです!」
「そうであろう、そうであろう。ご主人様を見直したかね?」
「もちろんです! ではルベールさんかアン子さんを誘っていってみますね!」
「コラコラコラ、なんでやねん。私はお留守番かい」
「あ、ここ人間も入れるのですね。これは失礼しました」
そういうわけで、二人はさっそくスーパーロボ銭湯にやってきたのだった。場所は浅草寺の奥、隅田公園に面した通りにある。浅草には銭湯、スーパー銭湯は数多くあれど、スーパーロボ銭湯はここ一つだけである。
「ほえー、『浅草温泉ロボの湯』ですか。大きいですね」
「三十種の風呂が楽しめるらしい」
四階建ての巨大な建物に二人は侵入した。まだ昼前ということもあり、人はまばらだ。昭和レトロな演出がなされた館内は落ち着きがあり、長時間の滞在でもリラックスできるように設計されている。
まず入り口の銭湯の番台を模した受付でチケットを渡す。すると一枚のカードをもらえる。館内の設備はすべてこのカードを使って利用する。メル子は受付で首の後ろにあるIDをスキャンされた。これは機種ごとに最適なサービスを受けられるようにするためのものだ。
そのままロッカー室に進む。荷物はすべてロッカーに入れ、館内専用の浴衣に着替えなくてはならない。
「おお! メル子の浴衣可愛い〜」
「えへへ、どうですか。メイド服とお揃いの赤の花柄がありました」
「最高すぎるわ」
黒乃の浴衣は白い無地の浴衣だ。黒乃のサイズだとなぜかこれしかなかった。
ロッカー室を抜けるとカフェやレストランが並んでいる。温泉に入ったあとにゆっくりと食事が楽しめるようだ。二人はエスカレーターで二階に上がった。休憩室や仮眠室が並んでいる。さらに上の階に上がると、ようやく温泉ゾーンだ。
「さあ! 今日はバリバリ温泉楽しむぞ!」
「いきましょう!」
二人は脱衣所に入った。
黒乃はテキパキと浴衣を脱ぎ、タオルを肩にかけた。一方メル子はなにかモジモジしているようだ。
「あの、ご主人様。そんなにジロジロと見ないでください。脱ぎにくいです」
「見てませんが」
「はあ、そうですか。あと全裸で仁王立ちしないでください! 恥ずかしくはないのですか」
「私はそれなりにスタイルには自信あるから、どうってことないよ」
黒乃は背が高くほっそりしているため、スタイルだけはよく見える。
メル子はゆっくりと浴衣を脱ぐと、綺麗に折り畳み、ロッカーにしまった。アンデス山脈に頂く万年雪のように白い肌があらわになった。
「おおおおあおあああ、なんちゅう綺麗な肌じゃあ。シミ一つない!」
「シミの類はナノマシンが修復しますので」
続いて巨大なブラの番だ。ホックを外すと肩紐がするりと落ちる。両手で胸を覆いながら器用にブラだけをとった。すぐさまタオルで前を隠す。
「でっか! でも何色か見えなかったぜ」
「メイドロボのカスタマイズページで、しっかり色まで指定しましたよね?」
「でへへ、そうでした」
周囲を見渡すと、何体かのロボットが浴衣を脱いでいた。
「見てよあのロボ。すっげぇ筋肉。格闘ロボかな?」
「人をジロジロと見てはいけません! ご主人様、このリングをつけるみたいですよ」
ロッカーの中には四つの赤いリングが置いてあった。人間用とロボット用のものがあるようだ。ロッカー室の説明によると、このリングを両手首、両足首に装着するらしい。これによって体の状態をモニターし、安全を図る仕組みだ。
二人とも赤いリングを装着した。
準備完了。温泉スペースへの扉を開けると、そこはシャワー室だった。ここを歩いて通過するだけで、全身を先体できるシステムである。
前に進むと洗剤入りのミストを浴びせかけられた。天然由来の飲んでも無害な洗剤である! さらに進むとシャワーが噴出するゾーンにきた。
「アヒャヒャヒャ、くすぐったいなこれ」
全身をくまなく洗浄され無菌状態になった二人は、とうとう温泉エリアに到達した。
「うわー、見てください! すごいたくさんのお湯がありますよ!」
「いやー、すごいな」
広々としたスペースにはぱっと見ただけでも十種類の温泉がある。パルス風呂、滝風呂、電撃風呂、マグマ風呂。上の階は全面露天風呂になっているようだ。
「さっそく入りましょう! この受付のカードを温泉にかざすと、入っても大丈夫か表示されるみたいですよ」
『パルス風呂』
メル子がパルス風呂にカードをかざすと『安全度100%』と表示された。黒乃もカードをかざしてみたが『{E68}』と表示されるだけだった。
「なんだこれ? まあいいか」
二人はパルス風呂に入った。風呂の床と壁からずんずん振動が発せられる。
「ぁあぁあぁぁああ。きもちえー」
「あわわあわわ。これ最高ですねー」
『電撃風呂』
「私は『安全度100%』です。入りますね」
「私は……『ゲフェーアリヒ』? イマイチ読めないな。まあ平気だろ」
風呂に入るとビリビリと体が痺れる。
「これは極楽ですね。バッテリーがみるみる回復していきます〜」
「あ゛あ゛あ゛あ゛痺れる〜」
『ナノマシン風呂』
「銀色で綺麗ですねー。『安全度100%』です」
「『ヤメトケ100%』? どういう意味だ?」
銀色のドロリとした湯に浸かる。なにかが肌にまとわりついてくる感触が黒乃を襲った。
「お肌が修復されていくのがわかります。ツルツルになってきましたよ」
「なんか……肌がかいーな。チクチクする」
二人は一通りの湯を堪能した。
「ご主人様、次は上の露天風呂エリアにいきましょうよ! ご主人様? そんなお肌の色でしたか?」
「ええ? ああ、うん。血行がよくなったからかな。露天風呂いこうか。それにしても肌が痒い」
四階は露天風呂エリアで、天井がオープンになっている。太陽の光と風を感じながら湯を堪能できるエリアだ。壁はマジックミラーになっており、四階から浅草の景色が味わえる。
「見てください。隅田川の水上バスが見えますよ。おーい!」
メル子は水上バスに向かって手を振った。
「ははは、向こうからは見えないよ。メル子は子供だなあ。かいかい」
『電解風呂』
「ここも『安全度100%』ですね」
「『・・・』だって。とうとうなにも表示されなくなったな。壊れたかな? ケツが痒い」
二人は電解風呂でしばらくくつろぐことにした。
秋の太陽は素肌にはまだ少し強い刺激を与えるが、たおやかな風がそれを優しく癒す。隅田川を行き交う船だけが二人に時間の流れを感じさせた。空を見上げれば、わずかな雲の切れ端が地上にいることを忘れさせてくれる。
「あー、いいお湯ですね。ボディもAIもリフレッシュできました。今日は本当にありがとうございました」
「ムフフ、それはよかった」
「ご主人様!? 全身がシルバーになっていますが!?」
「なんか銀メッキされたみたいね」
「大丈夫なのですか!?」
「ははは、大袈裟だなあ、メル子は」
どうやら黒乃は体につけるリングを間違えて、人間用ではなくロボット用のものを装着してしまったようだ。
その後、二人は一階のレストランで食事をとって帰路についた。全身シルバーの液体金属のような長身のお姉さんは、メイドロボ以上に周囲の視線をひいてしまった。
結局黒乃は一週間、銀メッキ状態で過ごした。