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うちのメイドロボがそんなにイチャイチャ百合生活してくれない  作者: ギガントメガ太郎


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第337話 修行です! その三

 ——浅草寺仲見世通り。


 その中程にあるメル子の南米料理店『メル・コモ・エスタス』は今日も好調な客足だった。

 ブータンは懸命に寸胴をかき混ぜていた。灼熱の厨房はもはやロボット豚(ろぼっとん)にとって日常だ。棚から器を出し、スープを盛る。野菜を刻み、プレートに飾り付ける。食器がきたら速やかに洗う。

 ブータンは頼もしい戦力になっていた。


「メル子のアネキー! 仕上がったブー!」

「ブータン! ありがとうございます! 次はお肉の方をお願いします!」

「ブー!」


 メル子との連携も徐々に出来上がってきた。ちょこまかと出店の厨房を走り回るその姿は、もはやペットではなく一人の料理人であった。



 昼を過ぎ、客の列が途切れた。今日は天気が悪いということもあり、仲見世通りの活気もいつもより穏やかだ。


「ブータン! 一旦休憩してください!」

「わかったブー!」


 白い小さな体のマイクロブタロボは、厨房から出ると、店の横に設置されたベンチに腰掛けた。


「だんだんと慣れてきたブー。早くみんなに美味しいお肉を提供できるようになりたいブー」


 ブータンは自らの使命を果たすために現実世界へとやってきた。そしてそれは黒乃のためでもある。ブータンが使命を果たすことが、黒乃のゲーム企画を推し進めることに繋がるのだ。それは巫女サージャとの契約である。


 ふとブータンの小さな体が影で隠された。顔を上げると空を覆っていたのは、二メートルを超える巨体を持つゴスロリメイド服のメイドロボであった。


「マッチョメイドブー」

「おで さしいれ もってきた ブータン たべる」

「ブー!?」


 はち切れそうな前腕から伸びるごつい手には、それに似合わぬ可愛らしい和菓子が乗っていた。


「すごい細工だブー!」


 それは豚の形をした串団子であった。頭、胴体、ケツを模した三つの団子に、尻尾を模した竹串が刺さっている。


「じしんさく ゆっくり たべる」

「ありがとうブー!」


 マッチョメイドは団子を渡すと隣の自分の店に帰っていった。

 ロボット豚(ろぼっとん)は前足で器用に串を挟むと、団子の頭に齧り付いた。


「おいしいブー! 頭の中には味噌味の餡が入っているブー! 胴体は酸っぱい梅ブー! そして……」


 ふとベンチの前を見ると、母親に手を引かれた幼女がこちらをじっと見つめているのに気がついた。指を咥えた幼女はブータンを指差した。


「……」

「……」


 幼女とロボット豚(ろぼっとん)の視線が絡み合った。ブータンはゆっくりと串を差し出すと、幼女はそれを受け取り齧り付いた。


「かれーあじ」

「ブー」


 幼女と母親はそれぞれブータンの頭を撫でると、仲見世通りの人混みの中へ消えていった。


「マッチョメイドもみんなに愛されるお菓子を作っているなんて、すごいブー」



 その時、ブータンは異変を感じ取った。突き出た大きな鼻を鳴らした。


「フゴフゴ、またブー! またあの香りブー!」


 ベンチから飛び降り、地面を嗅ぎ回る。鼻を鳴らしながら四足歩行で通りを進んだ。人の足の林をかきわけ、向かいの店の横の路地へと入る。


「あれだブー!」


 それは奇跡だった。なんと地面に謎の黒い物体が転がっていたのだ。トリュフだ!

 漆黒の鱗のような肌をした新鮮なトリュフの横には棒が立っており、その棒には籠が立てかけられていた。


「たまらん香りだブー!」

 

 体を弾ませて道に転がったトリュフに飛びついた。口に咥えようとしたその時、ブータンはからくも思いとどまった。


「ハッ!? これは罠だブー! 危ないところだったブー。また罠にかかるところだった……ブー!?」


 棒が引かれ、籠が覆い被さってきた。ブータンは見事に籠の中の豚となった。


「かかりましたのー!」

「ちょろすぎますのー!」


 金髪縦ロールのお嬢様たちが店の中から飛び出してきた。マリーは籠からブータンを取り出すと腕に抱えて抱きしめた。


「うちで飼いますのー!」

「お嬢様ー! ボロアパートはペット禁止でごじゃりますわー!」

「こらこらこらー! お二人とも! なにをしていますか!?」


 向かいの店からメル子が大股で歩いてきた。マリーの腕からマイクロブタロボをもぎ取ると鬼の形相で叫んだ。


「うちの従業員を罠にかけるのはおやめください!」

「ごめんあそばせー!」


 アンテロッテは周囲を見渡した。誰かを探しているようだ。


「そういえばここ数日、黒乃様をまったく見ませんけど、どうされましたの?」

「ご臨終ですの?」

「生きています!」


 しかしメル子も同じ疑問を抱いていた。黒乃の帰りが遅い。


「確かにもう帰ってきてもいいはずです」


 黒乃達は現在、八又(はちまた)産業浅草工場のプレイルームにいるはずだ。そこでイマーシブマシンを使い、タイトバースにログインしているのだ。

 だが、既に予定していた日数をオーバーしている。現実世界ではほんの数日でも、ゲーム世界では何倍もの時間が経過しているのだ。

 メル子は不安に駆られた。


「またなにか、事件に巻き込まれたのでしょうか?」


 腕の中のブータンは、鋭敏な皮膚感覚でメル子の不安を感じ取った。


「メル子のアネキ、タイトバースへ様子を見にいってみますかい?」


 メル子はブータンを見つめて頷いた。曇り空から雨粒が滴り、メル子の頬を濡らした。





 ——タイトバース南方の国アキハバランド機国。


 メル子はバクロヨコ山を登っていた。赤いメイド服風の鎧で身を包み、背中には刺股を背負っている。

 先頭を進むのは豚の獣人ブータン。使い込まれた粗末な槍と粗末な革鎧は、丁寧に整備されその古さを感じさせない。

 そしてブータンが跨っているのは、巨大豚のブービーだ。


「ブータン、こちらで間違いはないのですね?」

「もちろんですブー! ブービーの鼻はオイラの百倍よくきくブー!」


 ブービーはひたすら黒乃の匂いを辿った。途中木の根元をほじくり返したりもしたが、順調に匂いの元に近づいているようだ。


「オーホホホホ! おブタさんの上におブタさんが乗っていますわー!」

「オーホホホホ! これが本当のブタダブルですわねー!」

「「オーホホホホ!」」


 お嬢様の高笑いがバクロヨコ山に炸裂した。それはやまびことなり、山に潜む魔獣達を怯えさせた。


「どうしてお二人までタイトバースにきたのですか!?」


 メル子は最後尾を歩く二人を横目でチラチラと窺った。

 マリーの背中には巨大な二丁の銃。アンテロッテの腰には立派な剣が下げられていた。


「久しぶりにきたくなったのですわー!」

「懐かしいですわー!」

「勇者様と剣聖様がきてくれるなんて、心強いブー!」


 実際その通りなので、メル子はそれ以上なにも言わなかった。

 とはいえ、さほどの危険があるとは思っていない。そもそもゲーム世界に囚われてしまったわけではないので、外部からログアウト処理をさせれば帰ってこられる。しかし、それでは黒乃達が時間をかけてやろうとしていることの邪魔になるのかもしれない。それを確かめるためにタイトバースにやってきたのだ。


 お嬢様たちは観光気分で、メル子達は不安を抱えながら山を登った。



「ここですブー!」


 一行は森の中の泉にたどり着いた。神聖な雰囲気を湛えた泉は、メル子の顔を見事に反射した。周囲から聞こえてくる音は、泉の奥に流れ落ちる滝の水音のみ。


「ここにご主人様がいるのですね?」

「匂いはこの泉で途切れていますブー」


 メル子はメイド服風鎧の懐から草の束を取り出した。


「これはUDXで売られていた浮気草です。妖精郷のクエストをクリアするのに必須アイテムなので買ってきました」


 メル子は黒乃の足取りを調査した結果、妖精達の楽園である妖精郷に向かったのではないかと推測した。どうやらそれは当たったようだ。


 メル子は浮気草を泉に撒いた。鏡のような水面が一瞬乱れたのち、再び煙った景色を写した。

 しばらくすると異変が起きた。透明な少女のような姿をした精霊がいくつも現れ、メル子の体にまとわりついてきた。


「みなさん! 覚悟はよろしいですね!」


 メイドロボはそう言うと、自ら泉に飛び込んでいった。


「もちろんですわー!」

「全員ぶった斬ってやりますわー!」

「ブー!」


 お嬢様と豚の獣人もそれに続いた。





 ——妖精郷。


 森に覆われた妖精達の楽園。バクロヨコ山のおどろおどろしい雰囲気とは異なり、穏やかさと暖かさを感じる森だ。

 メル子達は森を歩いた。木々の隙間から妖精達が興味深そうにこちらの様子を窺っているのが見えた。どこからともなく歌が聞こえてきた。ときおり何者かが膝を撫でていく。イタズラ好きの妖精だろうか。

 お嬢様たちは木に生ったリンゴをもいで口に運んだ。


「モグモグ、美味しいですわー!」

「お店で出せるレベルですわー!」


 花が咲き乱れる石畳の道を歩いた。蝶が頭の周りを旋回している。目の前を巨大ななにかが横切った。全身を蔦に覆われた大男だ。丸太を担いでいる。岩を担いだ岩人間がその後を追った。

 道の先に館が見えた。赤い館だ。近づくにつれ、その赤色の理由がわかった。バラの花に覆われていたのだ。


「ここが妖精の女王ティターニアの館ですね」

「綺麗ですわー!」

「鮮やかですわー!」

「いい香りブー!」


 メル子は館の扉を押し開いた。

 その途端、むせかえるような香りの洪水に襲われた。館の中にはありとあらゆる花が咲き乱れ、足の踏み場もないほどだ。


 花の海の中を進んだ。突き当たりに大きな扉があり、それも押し開けた。


「ご主人様!」


 メル子は声をあげて走った。部屋の床に横たわっているのは白ティー丸メガネ、黒髪おさげの力士と、露出が高いセクシーな衣装の盗賊、トンカチを握った見た目メカメカしい職人ロボット、青いロングヘアの魔法少女であった。全員、虚ろな目でヨダレを垂らしている。


 そしてその奥にいたのは……。


「あなたがティターニアですね?」


 巨大な蝶の羽を生やした女性が、巨大な花のベッドに埋もれていた。もぞもぞと動くとその豊満な上半身が露わになった。


「うーん、いかにも、ふぁ〜。わらわがティターニアである。ああ、だるい」

「いったい、ここでなにが起きているのですか!?」


 ティターニアは大きな欠伸をすると再び頭を花のベッドに埋もれさせた。


「みんなでお昼寝である。仕事なんてやめて、そなたも共に眠ろうぞ」

「お断りします!」

「ああ、そう。ふぁ〜」


 メル子は黒乃を抱き起こすと、膝の上に頭を乗せた。


「ご主人様! しっかりしてください!」

「んん? ああ、メル子〜、久しぶり〜」

「ここでなにをしていますか? もう帰りましょう!」

「え〜? どこへ〜?」

「現実ですよ!」

「現実なんて帰ってどうするのさ〜? ずっと楽園で暮らそうよ〜。もう仕事なんてしたくないよ〜」


 気がつくとお嬢様たちも花に埋もれて横たわっていた。

 動くものはメル子とブータンだけになっていた。


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