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第33話 逆襲のメル子です!

 休日の朝。メル子はキッチンでしきりになにかを作っていた。その後ろ姿は鬼気迫るものがあり、声をかけるのを一瞬躊躇した。


「メル子さん? 朝食を作ってらっしゃるのですか?」

「朝食でしたらそこにありますので、ご自由にどうぞ」


 メル子はテーブルの上の皿を指差した。それはチャングアと呼ばれるコロンビアの朝食で、ミルクのスープである。黒乃は椅子に腰掛け、チャングアをすすった。


「メル子さん? そちらはなにを作ってらっしゃるのですか?」

「ペルーのお菓子『アルファフォレス』です」

「ほうほう、仲見世通りの店でだす用かな?」

「いえ、おすそわけ用です」

 

 イマイチ話が見えてこない。しかし熱心にコーンスターチを練って生地を作っている。その生地を分けて、煎餅ほどの大きさに伸ばしていく。今度はオーブンで生地を焼くようだ。


「うわー、すっごい甘い匂い。そっちはなによ」

「これはドルセ・デ・レチェというキャラメルクリームです。牛乳から作ります」


 焼きあがった生地にキャラメルクリームをたっぷりと塗った。さらにそれを別の生地でサンドするのだ。最後にグラニュー糖をたっぷりまぶして完成である。他にもチョコをまぶしたものや、抹茶パウダーをまぶしたものとバリエーションがあるようだ。


「ひゃー、うまそー。どれどれ、一ついただくか」


 黒乃はこっそり手を伸ばして一つつまもうとしたが、麺棒で手を叩かれてしまった。


「ミァー! ごめんなさい!」


 こうして色鮮やかなアルファフォレスの山が出来上がった。木を編んだ籠に入れ、上からナプキンをかける。


「さあ、いきますよ、ご主人様。準備してください」

「え? どこへ?」

「お嬢様のところへカチコミです!」



 ボロアパートの一階、フランスからきた中学生のマリー・マリーの部屋の前まで二人はやってきた。黒乃の部屋の真下である。


「さあ、ご主人様。お願いします」

「なんで私が先にいかなきゃならないのよ」

「ご主人様が先にいくのが筋ですよ!」


 仕方なく黒乃はドアベルを鳴らした。


「どなたですのー?」


 この声はマリーのメイドロボのアンテロッテだ。


「あ、上の部屋の黒ノ木です。えへえへ。カチコミにきました」


 扉の向こうから、ドタバタと大きな音が聞こえた。ガチャガチャという音がしばらく続いたあと、急に無音になった。そしてキーと音を立てながら、ボロい扉が開いた。


「かかってこいですわー!」

「死ぬ時はお嬢様と一緒ですわー!」


 フルプレートメイルで全身を包んだマリーとアンテロッテが現れた。マリーの手にはグレートソード、アンテロッテの手にはパイク(長槍)が握られている。

 メル子が黒乃の後ろから声をかけた。


「新ロボット法XXX条により、ロボットの武装は五年以上のロボット刑務所への服役、または五百万円以下の罰金の刑になりますよ」

「……」

「……」


 マリーとアンテロッテは武器を置いてヘルムを脱いだ。


「この国ではお父様からいただいた兵器達は使えませんのね」

「残念ですわ、お嬢様」

「いや、フランスでも使えんだろ」


 黒乃達はフルプレートメイルを脱がすのを手伝った。黒乃はそのどさくさに紛れてメイドロボの香りをスンスン嗅いだ。

 中から出てきたのは美しい金髪の少女と、美しい金髪のメイドロボだった。二人とも動くたびに縦ロールが揺らめいて、光を反射した。


「四人中三人が金髪って、キャラ被りしすぎなんだよなあ」

「いったいなんの用ですの? メイドロボ戦争ですの?」

「ああ、そうそう。今日はお菓子のおすそわけにきたんだった。はい、メル子!」


 黒乃はパンパンと二回手を叩いた。


「こちらです、どうぞ」


 メル子がスススと前に出て、手に持っていたお菓子の籠のナプキンをとった。綺麗なアルファフォレスの山があらわになった。


「まあ! お美しいお菓子ですわー!」


 マリーが手を伸ばしてとろうとしたが、アンテロッテがそれを制した。


「いけませんわ、お嬢様。毒の可能性がございますわ」

「そんなんあるかい」

「わたくしが毒味をいたしますわ。クサカリ・インダストリアル製のロボットは、毒は効かない体質なんですのよー!」


 アンテロッテはアルファフォレスを一つとると、お上品に口に運んだ。


「デリシュウズ! めちゃうまですわー!」


 アンテロッテはさらに一つ手にとり口に入れた。


「アンテロッテだけずるいですわー!」

「私だって一個も食ってないんだぞ! よこせ!」


 マリーと黒乃も籠から奪い取るようにアルファフォレスを鷲掴みにして頬張った。


「甘さが脳天に刺さりますわー!」

「コーンスターチ生地のホロホロとした食感に、キャラメルクリームの濃厚な甘さが相まって、溶けるように口から胃に流れ込んでいく〜!」


 三人は次々にかじりつき、とうとう籠の中は空になった。

「お粗末さまでした」とメル子は得意げに空になった籠にナプキンを被せた。


「ハァハァ、どうじゃい。うちのメル子だって美味しいお菓子を作れるんじゃい」

「グヌヌヌ。まさかアンテロッテといい勝負ができるメイドロボがいるとは思いませんでしたわ」

「お嬢様、わたくしがもっと美味しいお菓子を作りますので、気を落とさないでくださいまし」


 アンテロッテはマリーの縦ロールを優しく撫でた。その姿を見て黒乃は感嘆した。なんと美しいのだろう。


「いやー、二人はまるで姉妹みたいだね。キャラ被りで似てるし」


 するとマリーはアンテロッテの腰にしがみついて顔をうずめた。心なしか悲しそうな顔をしている。


「実は……アンテロッテの姿はわたくしのお姉様の姿をコピーしたものなんですの……」

「え……?」

「お父様が遠くにいってしまったお姉様を忘れないでいられるようにと、お姉様の姿のメイドロボをオーダーしてくださったのですわ」


 マリーは話しながら力を込めてアンテロッテを抱きしめた。アンテロッテもそれに応えるように、愛おしそうな表情でマリーを抱きしめた。


「そうだったんだ……ごめん、知らなくてさ」

「いいんですの。お姉様も遠くでわたくし達を見守ってくださっているはずですわ。そう……上野の町から」

「うん、隣りの町だね」

「お姉様が日本に留学してはや数年。まちきれずに追いかけてきてしまったのですわ」


 黒乃はプルプルとしてなにかを言いたそうにしている。


「てことは、アンテロッテさんと瓜二つの姉がすぐ近くにいるってことかい! ただでさえキャラ被りしてるのに、まだそっくりさんがおるんかい! てか、普通家族とそっくりのメイドロボを作るか? ややこしいだろ!」

「この方、なんでキレていらっしゃいますの?」

「さあ、わかりませんわー? あ、それとわたくしのことはアンテロッテではなく『アン子』と呼んでくださいまし」


 黒乃はますますヒートアップしてきた。


「だからそれも被ってるっていっとんじゃろがー! だいたいなんでこのボロアパートにメイドロボが二体もいるんだよ! どんだけメイドロボ高価だと思っとるんじゃ! この小汚いアパートにぽんぽんいていいものじゃないんだよ! 希少性が薄れるじゃろがい!」


 黒乃の目が血走っている。もう止まりそうにない。


「そもそもマリー・マリーってなんだよ。どっちが名前でどっちが苗字なんだよ!」

「マリーが名前で、マリーが苗字ですわ」

「だからなんでわざわざ被せるの! 被せなくてよくない!?」

「あの……ご主人様。黒ノ木黒乃(くろのきくろの)も大概被っていますけど……」

「ああ、そう。じゃあそれはいいわ。あとアン子のメイド服ね! なんでそんなに胸が開いてるの!? そんなに開ける必要なくない!? メイドなんだから貞淑さと甲斐甲斐しさと……」


 メル子はマリーとアンテロッテに向かってペコリとお辞儀をした。


「もうダメみたいなので連れて帰りますね。今日はお世話さまでした」

「は、はぁ……」

「でぇい!」


 ビカッ!!

 メル子の目から猛烈な光が迸り、三人を地面に打ち倒した。


「ぎゃあああ! 目がー!」

「また目をやられましたのー!」

「お嬢様ー! どこですのー!」


 メル子は黒乃を立たせると、手を引いて歩きだした。


「メル子〜、このフラッシュライトオチ被せてくるのマジやめて」

「今後気をつけます」


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