第30話 キャラ被りお嬢様ですわー!
メル子は夕食のチキンファヒータを皿に盛り付けて机に並べた。チキンファヒータはメキシコの料理で、グリルしたチキンを小麦のトルティーヤにのせていただく。パプリカの食感とチキンのジューシーさが食欲をいや増す。
「この料理うめー。このせんべいにのせながら食べるのが楽しいよね」
「ありがとうございます。トルティーヤです」
「これってメキシコ料理なんだっけ?」
「そうです!」
「でも、メキシコって北米だよね」
メル子はプルプルと震えて黙ってしまった。あまり触れない方がよさそうだ。
「ところでご主人様。昨日から怪奇現象が起きているのですが……」
黒乃の食事の手がピタリと止まった。口の中のチキンファヒータをゴクリと飲み込む。
「ゆゆゆゆゆ、幽霊でも出たの?」
「下の部屋から変な声が聞こえてくるのです。『オーホホホホ』、『オーホホホホ』と……」
「鳩の幽霊かな」
その時。
オーホホホホ……オーホホホホ……。
「うわあ! 聞こえる! 恐ろしい声が聞こえる!」
「ご主人様! 冥界からの声がこの部屋に迫ってきています!」
謎の声がどんどんと黒乃の部屋に近づいてくる。部屋の扉の前で一瞬声が止んだと思った次の瞬間、ドアベルが鳴った。
「いやぁぁぁー!」
二人は抱き合って怯えた。
「ごめんあそばせー。いらっしゃいますことー?」
扉の向こうから聞こえてきたのは少女の声であった。黒乃は扉を開けた。
「はじめましてごきげんよう。昨日、下のお部屋に引っ越してきたマリー・マリーですわー!」
「苗字と名前が被ってんな。どうも黒ノ木です」
扉の向こうに立っていたのは金髪縦ロール、青い目、シャルルペローの童話に出てくるお姫様のようなドレスの少女であった。口元のホクロが可愛らしい。
「マリーと呼んでくださいな」
「だろうね」
見たところ少女はかなり小さい。小学生だろうか?
「引っ越してきたって、ご家族は? 小学生?」
「中学生ですわ! おフランスから一人で引っ越してきましたのよ」
「フランス人はおフランスとは言わんだろ(笑)」
しかし中学生がフランスから一人でお引っ越しとはただごとではない。しかもこのボロアパートでは尚更だ。
「その点はご心配なく。頼れるメイドロボを連れてきていますわ!」
新ロボット法によるとメイドロボはこの場合『保護者』として扱われる。
「え? マジ!? メイドロボいるの? どこどこ?」
「アンテロッテ! いらっしゃい!」
マリーは手を二回鳴らしてメイドロボを呼んだ。
「オーホホホホ! ご紹介に預かりました、マリーお嬢様のメイドロボ、アンテロッテでございますわー!」
マリーの横から現れたのは金髪縦ロール、青い目、シャルルペローの童話に出てくるお姫様のようなドレスをメイド風に改造したものを着ている、きらびやかなメイドロボだった。黒乃ほどではないが、背は高くグラマラスである。口元のホクロが色っぽい。
「被ってるわー。いや、ちょっと待って」
黒乃は思わず割って入った。
「メイドがお嬢様風っておかしくない?」
「なにがですの?」
「ご主人様がお嬢様なのはわかる。でもメイドロボもお嬢様なのはおかしいでしょ。キャラ被りしてるよ!」
マリーとアンテロッテはキョトンとした表情でお互いを見合った。
「アンテロッテ、キャラ被りってなんですの?」
「わかりませんわ、お嬢様。日本語は難しいですわー」
「「オーホホホホ!」」
二人は口元に手を当て、背筋を反らして高笑いをした。
「わたくしのことはアンテロッテではなく『アン子』と呼んでくださいましー!」
「それもうちのメル子と被ってんだよなぁ……」
マリーは黒乃の背後をキョロキョロと見ている。
「こちらにメイドロボがいると聞いて伺ったのですが、おりますかしらー?」
「ああ、うん、いるいる。メル子ー」
黒乃の背後からメル子が前に出てきた。
「どうも黒乃様のメイドロボのメル子です」
メル子は両手を前に揃えてペコリとお辞儀をした。
「まあ、小さくて可愛いメイドロボですこと。実はわたくし達、日本にきて間もなくてまだ知り合いがいませんの。ぜひうちのアンテロッテのお友達になってくださらないかと思って参りましたのよ」
「おお! メル子、よかったじゃん。メイドロボのお友達だよ!」
「はあ、これはどうも」
しかし、メル子は黒乃の後ろに隠れてしまった。
「(どしたー、メル子ー。急に内向的になったな)」
「(ご主人様ー、あのメイドロボはクサカリ・インダストリアルのA2-OMA-8000です。うちのライバル企業のメイドロボですよ!)」
「(よくわからんな。猫の縄張り争いみたいなもんかな?)」
「フシャー!」
メル子は黒乃の後ろから威嚇した。
「あらあら、メイドロボのしつけができていないんじゃありませんこと?」
マリーは勝ち誇った顔をした。
「わたくしのアンテロッテのしつけは完璧でございますのよ。わたくしの命令には絶対服従ですわー!」
「もちろんでございますわー!」
「「オーホホホホ!」」
「いやそれ、ロボットの人権的にどうなのよ」
マリーは更にメイドロボの自慢を始めた。
「わたくし達いつも一緒ですのよ」
「ほうほう」
「お風呂も一緒に入ってますわー!」
「なにっ!?」
「寝る時も一つのベッドで寝ていますのよー!」
「うおおおお! 羨ましい!」
マリーは自分の右のほっぺを指でツンツンとつついた。するとアンテロッテがマリーの右のほっぺにキスをした。
「一日はおはようのキッスで始まり、おやすみのキッスで終わるのですわー!」
「ちくしょー! 見せつけてきやがる! メル子、こっちはベロチューで応戦するぞ!」
「しませんから」
「さて、今日はお引っ越しのご挨拶に、手土産を持ってきましたのよ」
「フランスからきたのに、日本の風習知ってて偉いな」
アンテロッテが取り出したのは、フランスはニースの銘菓『タルト・オ・シトロン』だ。
「うわあー、超綺麗で美味しそー!」
タルト・オ・シトロンとは、焼いたタルト生地にレモン汁とバターで作ったクリームを流し、その上にメレンゲをたっぷりとのせたお菓子だ。さらに上に輪切りのレモンを大量にのせるアレンジが施されており、鮮やかな黄金色が目を楽しませてくれる。
「アンテロッテはおフランス料理が得意なのですわ」
「よかったな、メル子。ここは被ってないぞ」
「ぐむむ……」
「さあ、召し上がれ!」
「えへへ、じゃあ遠慮なく」
黒乃はタルトを一欠片つまみ上げるとサクッとかじりついた。まず口の中にレモンの酸味が広がった。突き抜けるような香りの後にクリームの柔らかな甘さが広がり、酸味を優しく包み込む。生地のサクサクとした歯触りがそこに彩りを加える。
「うんまー! レモンが徹底的に柔らかく煮込んであるから、生地の食感を邪魔しないし、クリームにほどよく酸っぱさが移ってしつこさがない! こりゃ、いくらでもいけそうだわ」
黒乃はタルトを一瞬で平らげた。
「ほら、メル子も食べてごらんよ」
「ぐぬぬぬ……」
「あれ? メル子、どした?」
「オーホホホホ! そちらの小さなメイドロボさんに、こんな美味しいお菓子作れましてー!?」
「でぇい! 悪霊退散!」
ビカッ!!
メル子の掛け声とともに、目から激しい光がほとばしった。フラッシュをモロに受けたマリーとアンテロッテと黒乃は、悶絶して地面を転げ回った。
「目がー! 目がですのー!」
「お嬢様ー! どこですのー!」
「ぎゃああ! なんで私までー!」
アンテロッテは地面を這いずって転がっているマリーを見つけると、小脇に抱きかかえた。
「よくわからないけど、先制攻撃を受けましたわー! アンテロッテ、ここは一旦退きますわよ。覚えてやがれですわー!」
「これで勝ったと思うなですわー!」
二人はそのまま下の部屋へ退散したようだ。
「さ、ご主人様。お夕飯の続きですよ」
メル子は玄関に転がってピクピクしている黒乃を尻目に、テーブルへ戻った。
その晩、黒乃とメル子は下の部屋から聞こえてくる謎の声に怯えながら眠った。
オーホホホホ……オーホホホホ……。




