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第29話 料理勝負です!

「正式オープン、おめでとー!」


 メイドとご主人様は手に持ったコップをチンと打ちつけた。


「ありがとうございます!」


 二人はドリンクをグビグビと喉に流し込み、コップを空にした。


「さあさあ、まずは軽く食べてよ、メル子」

「いただきます!」


 ゴーダとチェダーのクラッシュチーズに、塩と乾燥パセリとオリーブオイルをかけただけの前菜を、二人でパクパクつまむ。黒乃が小腹が空いた時に食べる、お手軽料理である。


 今日はメル子の仲見世通りの南米料理店『メル・コモ・エスタス』の正式オープンの日であった。

 黒乃は仕事があるため見にいけなかったが、初日は盛況だったようだ。昼前にオープンし、午後には完売していた。プレオープンの時にきた客が『可愛いメイドロボがやっている店』としてネットワーク上にアップロードしたのが少し話題になり、それ目当てで訪れた客も多かったようだ。

 もっともこの時代、プライバシーが厳しく保護されている。写真をネットワークに載せても自動的にフィルターがかかり、人物の認識ができないように加工されるので、本当に可愛いかどうかは実際に見にこないとわからない。

 恥ずかしかったのは、黒乃が手作りした店の看板がネットワーク上に晒されていたことだった。さすがに看板にはフィルターはかからなかったようだ。メル子はその手作りの看板が気に入ったようで、看板に保護コーティングを施してもらい、そのまま正式な看板にしてしまったのだ。ネットワークにはクソダサ看板として晒されている。


「私はメル子の料理なら絶対いけるって思ってたからね」

「私もご主人様のお墨付きがあるのでいけると思っていましたよ」

「こいつぅー」


 黒乃はオープンが成功するのを見越して、今日のお祝いパーティの準備をしていたのだ。


「ホントはねー、私がお酒飲めるなら用意しておきたかったんだけどね」

「ご主人様はお酒は飲まないのですね」

「飲まないんじゃないよ、飲めないんだよ。だから会社の飲み会もいきづらくてさ」

「あらら」


 二十二世紀現在では、酒の扱いはかなり厳しく制限されている。他者への飲酒の強要はもちろん違法、路上での飲酒も違法、泥酔した状態で路上をうろつくのも違法だ。酔い潰れてしまった場合は、車などで移送してもらう必要がある。


「まあ私が飲めたとしても、メル子が飲めないんじゃね。なんせ生後一ヶ月の赤ちゃんだしー」

「お言葉ですが、私は十八歳ですよ」

「え!? そうなの!?」


 新ロボット法ではボディの年齢ではなく、AIの年齢が実際の年齢として適用される。


「私はAI高校メイド科卒ですから十八歳です」

「まじでかー。今まで赤ちゃんみたいなものだと思ってたのにー」

「まあネットワークの中の時間の進み方は現実と違うので、十八年前に生まれたわけではないですが」

 

 AI高校はネットワーク上の仮想空間にあり、その中の時間は現実の何倍も早く進む。


「なんか急にメル子がお姉さんに見えてきたな」

「えっへん! 背は低いですが、お姉さんメイドロボです」


 メル子は胸を反らして自慢した。


「胸だけでも立派なお姉さんだけどな」


 一通りの談笑が済んだところで、黒乃は次の料理に取り掛かった。フライパンを取り出しオリーブオイルを注ぐ。あらかじめ湯を沸かしておいた鍋に、二人分のパスタを投入した。


「次はなにを作っていただけるのでしょうか?」

「ほとんど料理をしない私が、唯一得意な料理、ペロロンチーノだよ!」

「ペペロンチーノですけどね」


 ペペロンチーノとはイタリアの伝統的な料理であり、すべてのパスタの基本となるシンプルにして奥深い料理だ。具はニンニクとパセリと唐辛子のみで、懐にも優しい庶民の味方である。


「というかご主人様、鍋に塩は入れましたか?」

「あ、忘れてた」


 黒乃は塩をパラパラと鍋に入れた。


「まったく足りないですよ。1%の塩分濃度が必要です」

「そんなに!?」


 次に黒乃はニンニクの皮を剥きスライスしていく。


「ニンニクはスライスではなく、包丁で潰して丸のまま入れるのですよ。火が通り過ぎてしまいます!」


 唐辛子はヘタの部分だけ切ってフライパンに投入した。


「唐辛子の種は取ってください! 苦味が出てしまいますよ」

「あー! もううるさいな!」


 黒乃は後ろからガミガミ言われて、とうとうキレてしまった。


「私が作ってるんだから、私のやり方でいいんだよ!」

「でも、美味しいペペロンチーノを作るには……」

「メル子の専門は南米料理なんだから、イタ飯は慣れてないでしょ。ペロロンチーノは私の得意料理だから!」


 メル子は料理のことになると中々引き下がらない。


「確かに専門ではないですが、ご主人様よりは上手です」

「なにを〜言ったな〜。じゃあどっちがうまくペロロンチーノ作れるか、勝負じゃい!」

「受けて立ちましょう」


 こうしてご主人様とメイドロボの、仁義なき戦いが始まった。既に麺は鍋で茹でられている。茹で上がるまでの数分間の勝負である。


 メル子はニンニクを四個包丁で押し潰し、皮を剥いてフライパンに入れた。ピュアオリーブオイルをたっぷりと使う。

 黒乃はニンニクを二個スライスして入れた。エクストラバージンオリーブオイルの方を使用するようだ。


「ふふふ、ぬかりましたね。エクストラバージンオリーブオイルは生食用なのです。ペペロンチーノには加熱用のピュアオリーブオイルを使うのが正解なのです」

「え? そうなの?」


 二人は弱火でじっくりニンニクに火を通していく。次に唐辛子、乾燥パセリ、胡椒を投入する。ここは二人とも作業に違いはないようだ。


「本当は生のイタリアンパセリがよいのですが、仕方ありませんね」

「よし! ここでパスタの茹で汁をフライパンに入れるのだ。これは私が編み出した裏技で、これをやるとめちゃくちゃ美味しくなる!」

「そんなのは常識です」


 既にメル子は鍋からお玉で茹で汁を掬い入れていた。


「茹で汁を入れたらすかさず『乳化』をします! ペペロンチーノの美味しさを決定するのはこの『乳化』にかかっていると言っても過言ではありません! 『乳化』を制するものはパスタを制す! 『乳化』イズウィン!」

「乳化乳化うっさいな!」

 

 乳化とはオリーブオイルと茹で汁を攪拌して細かく混ぜ合わせ、分離しないようにすることだ。乳化をしっかり行うとソースにとろみがつき、水っぽさや油っぽさが消えるのだ。


 黒乃がしゃかしゃかとフライパンを振って乳化をしている。しかしその横では……。


「メル子!? なにそのメカ!?」

 

 メル子は太い棒の先にスクリューがついた装置を取り出した。スイッチを入れるとスクリューがギュイーンと高速で回転を始めた。


「ふふふ、これはブレンダーと呼ばれる電動攪拌器です! これを使えば完璧に乳化ができるのです!」

「うわああああ! ずるいぞ、メカを使うなんて」

「ロボットがメカを使って、なにが悪いというのですかー! アハハハハハハ、ファビオオオオオ!」


 メル子がブレンダーをフライパンに差し込むと、あっという間にそれぞれの素材が粉々になり、一つのソースが出来上がった。これが二十二世紀のアーリオ・オーリオソースである!


 ピピピッ、ピピピッ。

 その時、パスタの茹で上がりのアラームが鳴った。九分茹でのパスタだが、あえて八分に時間がセットしてある。アルデンテで茹で上げ、フライパンの中で完全に火が通るように調理するのだ。


「よし、麺を上げるぞ! あ、こらご主人様が先だっての。よこせっ、アチチチ!」

「早い者勝ちです! 離してください。アツイ!」


 二人はなんとかパスタをフライパンに入れ、ソースをよく絡めていく。最後に皿に盛り付けたら完成だ。


「できました!」

「……こっちも完成っと」


 メル子のペペロンチーノは、平たい皿の中央にこんもりと山のように麺が盛り付けられており、その上からブレンダーで攪拌されたクリーミーなソースを纏わせている。美しい出来栄えだ。

 それに対して黒乃のペロロンチーノは、なんとラーメン用の(どんぶり)に雑にぶち込まれている。


「ご主人様!? ペペロンチーノはイタリアンですよ!?」

「むふふ、これでいいのだ」



 いざ実食である。

 メル子のペペロンチーノ。


「さあ、召し上がれ」

「おお、綺麗に盛り付けてあるな〜」


 黒乃はフォークでパスタを絡めとると、まず香りを楽しんだ。


「んー、ニンニクの香りがいい具合だ。ソースがパスタ全体によく絡まってるよ」


 そのまま口に運ぶ。ニンニクとパセリの爽やかな香りが相まって、濃厚かつフルーティな味わいを実現している。


「うまーい! これお店で出してもいいレベルだよ!」

「そうでしょう、そうでしょう」


 メル子のペペロンチーノは非の打ち所がない完璧な一品だった。



 黒乃のペロロンチーノ。


「なぜ丼なのですか!?」

「食べればわかる。さあ丼を手に持って」


 一般的に皿を手に持って食べることはマナー違反となる。当然パスタは手に持ってはならない。しかし例外がある。それは茶碗、お椀、丼だ。


「あっ、丼を手に持って顔に近づけることで、香りを楽しむことができるのですね?」

「そうそう」


 丼から立ち上ってくる香りがメル子を包み込んだ。あえてエクストラバージンオリーブオイルを使ったので、オイルのフレッシュな香りも清々しい。


「さあさあ、ドンブリ飯なんだからさ。遠慮せずにかっこんでよ」


 メル子は言われるままガツガツとペロロンチーノをかっこんだ。あえて半生にしたスライスニンニクは、シャクシャクとした食感を残している。


「なんだか、すごく料理が熱々ですね」


 それも丼の効果である。丼は半球になっているので表面積が小さい。同じ体積であるなら、球がもっとも表面積が小さくなるのだ。表面積が小さければ、それだけ空気に触れる部分も少ないので料理が冷めにくくなる。


「どうだった? ペロロンチーノ」

「美味しかったです……」


 メル子は下を向いてうなだれてしまった。


「いやー、まあでもメル子の勝ちかな。ほとんどプロレベルだったしさ。私のなんて結局素人料理だよ」

「いえ……」


 その時、メル子の目から一雫涙がこぼれ落ちた。


「ええ? どうしたの? 唐辛子入れすぎたかな」

「いえ、本当に美味しかったです。私には母はいませんが、いたらきっとこんな料理を作ってくれると思います」


 黒乃はメル子の頭を撫でた。


「じゃあ、私がメル子のご主人様であり、お母さんでもあるってことかな」

「えへへ、そうですね」


 二人はお互いの料理をしっかりと平らげ、戦いは幕を閉じた。今宵のパーティはまだ始まったばかりである。



 実は黒乃のペロロンチーノにはもう一つ秘密があった。

 それは味の素株式会社の『味の素®︎』をしっかり入れていたのだ! 味の素®︎とは天然のサトウキビの糖蜜を発酵させて抽出したグルタミン酸ナトリウムを主原料にしたうま味調味料であり、様々な料理に使える安心安全な食品である!!


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