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第28話 修理に行ってきます!

 朝。柔らかな日差しが窓のカーテンの隙間から差し込み、黒乃の顔を照らした。メル子はむくりと起き上がり伸びをすると、自分の布団をテキパキと片付けた。黒乃の横に跪き、布団の上に手を乗せてユサユサと揺らす。


「おハよウごザいマす、ゴ主人様」

「ああ、おはよう、メル子」

「キョうもイイ天気でスネ」


 黒乃はモゾモゾと布団から這い出ると椅子に座り、布団を押し入れにしまうメル子を見ながらこう言った。


「声がおかしくない!?」



「どうやラ、この前の脱臭イオンを作るためニ、放電をしすぎて喉がやられテしまったようデス」

「ああ、あの時はやりすぎだったね。マジでゴメン」

「問題ありマせん」


 メル子は朝食の準備を始めた。黒乃はいつもそれをじっと眺めるのが習慣になっている。メル子の見事な料理の手際を見ていると、朝の眠気が霧が晴れるかのように霧散していくのがわかる。

 今日のメニューはスクランブルエッグ、ベーコン、ソーセージ、ハム、トマト、マッシュルーム、ベイクドビーンズ、ブラックプディングがワンプレートに乗ったもののようだ。


「いやー、美味しそうだな〜……ってこれイングリッシュ・ブレックファストだ!」

「どうゾ召し上がレ」

「いやいやいや。どうした、メル子!?」


 メル子がイギリスの料理を作ったことは今まで一度もない。メイドの本場のような国の料理をなぜ避けるのか、よく理解できないが。


「お味はどうデスか?」

「うまい……けど見た目通りの味だな」

「コチラはお弁当のスターゲイジーパイです」


 メル子はドンと机に弁当の包みを置いた。こんがりと焼けたパイ生地から、イワシの頭がツノのようにいくつも伸びている。イギリスの伝統料理である!


「やっぱ、メル子のAIぶっ壊れてるわ!」


 黒乃は今日は仕事にいっている場合ではないと判断した。メル子を一刻も早くなんとかしなければならない。


「あああ、こういう時はどうすればいいんだっけ?」


 黒乃は慌てて部屋の中を探し回った。押し入れを開け、布団の奥に押し込まれている箱を取り出した。以前使ったメンテナンスキットである。


「これだこれこれ。これで検査しよう」

「ゴ主人様、お仕事ニ行く時間デスよ」

「いいからメル子、こっちおいで。ここ座って!」


 メル子は言われたとおりに床に座った。黒乃はメンテナンスキットを開き、プラグをメル子の体に差し込んでいく。


「えーと? どうすりゃいいんだ? どの検査なんだ?」


 するとメンテナンスキットの画面にメッセージが表示された。


「なになに、『異常を検知しました。検査Bを実行してください』だって? おお! 親切設計だ」


 黒乃は検査Bのタブを開き、実行ボタンを押した。検査は十秒で終了した。

 表示された検査結果は、Aが八個とDが二個。


「『喉の裂傷による漏電。それによるAIへの影響』、あかーん! やっぱり故障だ!」

「大袈裟デスよ、ゴ主人様。イギリス料理サイコー!」

「ああああ、おかしくなってる。キットに入っているナノマシンじゃ直らないのかな」


 画面には対処方法が書かれている。それによると、工場で修理をするしかないようだ。


「ふんふん、『工場での修理を予約しますか?』。するする! 今日の九時から!」

「フィッシュ&チップスはオヒョウにかぎりマスよねー」

「メル子〜、心配するなよ〜。ご主人様が絶対直してやるからな〜」


 黒乃はメル子を抱きしめた。



 黒乃はメル子を部屋の外に連れ出した。これから工場に向かわなくてはならない。


「おんぶしていくから、私の背中に乗って。さあ」

「失礼しマスー」

 

 メル子は黒乃の背中にしがみついた。黒乃はメル子の太ももに手を添えて立ち上がろうとした。


「よっこいしょ……って、重っ!!」


 想像より遥かに重い体重が、黒乃の腰にのしかかる。精一杯力を込めたが、立ち上がることができない。


「ゴ主人様ー、レディに対して失礼デスよー」

「これロボットだから? ロボットだから重いの!?」

八又(はちまた)産業製のメイドロボは、一般の人間と同じ重量を実現していマスー」

「そうなのか。人間の女の子ってこんなに重いのか」

「一般成人男性デスけどネー」

「じゃあ、無理だわ!」


 いくら黒乃が背が高くて力があるといえど、おっさんを背負って歩くのは無理があった。黒乃は諦めて、普通に手を引いて歩くことにした。別に足が故障したわけではないのだ。


 二人は浅草工場へ向けて歩き出した。ボロアパートから赤い壁が見えているとはいえ、実際に歩くとかなり距離がある。


「あ、メル子だ! メル子が朝から散歩してるぞー」

「キャキャキャ! 巨乳メイドロボの顔色悪いぞ、どしたー!」


 近所のちびっ子達は登校中のようだ。


「やかましいクソガキどもー、ぶちコロがしマスよー」


 二人は無言で歩き、工場がだいぶ大きく見えるようになってきたところで、メル子の足が突然止まった。


「どうした、メル子? 疲れちゃったのかな?」

「ゴ主人様ー、メル子はもういらない子だかラ、工場へ返されてしまうのデスかー」


 黒乃は言葉が詰まり、一瞬なにも言えなくなった。メル子の方へ向き直り、頭を撫でた。


「なにいってるんだよ。メル子はうちの子なんだから、どこにもいかないよ」

「ハイー、帰ったらウナギのゼリー寄せ食べましょうネー」

「そうだね、食べようか」


 二人は浅草工場に到着した。浅草には似合わないほど近代的な建物で、重厚感溢れる造りだ。

 赤いジャージのロボットらしき人が工場から出てきて走っていった。送料ゼロで購入されたのだろうか。いいご主人様に巡り合えることを黒乃は祈った。


 黒乃は正面の入口からメル子を連れて入った。入口すぐのカウンターに受付ロボがいたので話しかけると、受付はメル子のIDをスキャンして修理の予約を確認した。

 受付で指示された番号の部屋へと向かう。真っ白く清潔感のある壁と床。工場らしくほとんど飾り付けはないが、洗練されたデザイン性を感じる。途中何体かのロボットとすれ違ったが、丁寧に挨拶をしてくれた。


「この部屋かな?」

「オ待チシテ、オリマシタ」

「アイザック・アシモ風太郎先生!?」


 メル子を作ってくれた職人ロボである。メル子のお店『メル・コモ・エスタス』のプレオープンの時にも、応援にきてくれたロボットだ。


「先生〜! うちのメル子が〜、メル子が大変なんです〜」

「落チ着イテ。検査カラ、ハジメマス」

「お願いします〜」


 先生はメル子をゴツイ座席に座らせた。座席に付いているベルトでしっかりとメル子を固定する。


「ではゴ主人様、いってきマース」

「いってくるってなにが?」


 先生が端末のスイッチを入れるとモーター音がし、椅子が地面に敷かれたレールの上を走り、奥の壁にある扉をくぐり抜けて消えた。


「向コウノ部屋デ、各種電磁波ヲ使ッタ、計測ヲシマス」

「おお」

「オワリマシタ」

「早いな」


 先生が端末のスイッチを押すと、再びモーター音がして壁の向こうから椅子が走ってくる音が聞こえた。椅子に乗って現れたのは、マッチョボディのメイドだった。


「うわあああああああ! メル子がマッチョになってるううううう!」

「コレハ、前ノ検査デ、出シ忘レテタ、マッチョメイド、デス」

「誰に需要あるんだよ」


 その後にちゃんとメル子が戻ってきたので、黒乃はほっと息をついた。検査により破損箇所がわかったので、それを取り替えるだけでいいらしい。


「あーよかった〜。メル子、もうちょいだからね。がんばれー」

「ゴ主人様ー、コレ楽しいデスー」


 再び先生がボタンを押すと椅子が走り出し、大量のアームが壁から生えているエリアに進んだ。

 ニョキニョキとアームが動き出し、メル子の周りでウィンウィンと音を立てる。数本のアームがメル子の口の中に入り、なにやらパーツを取り替えているようだ。


「パーツノ、交換完了デス」

「修理って感じする!」

「アトハ、ナノペーストデ、傷口ヲ塞イデ、オワリデス」


 一本のアームからデロデロとした銀色に光るものが押し出され、メル子の口の中に注入された。


「おお、これで修理完了か……先生? なんかナノペーストが口から溢れてますけど? 先生! 多すぎません? 大丈夫なのこれ!?」

「スイッチ、止メルノ、忘レテタ」

「このポンコツが!」


 すべての工程が終わり、メル子の修理は完了した。受付で修理代を支払おうとしたが、メイドロボ購入から半年の保証期間内だったため無料となった。

 


 帰り道。二人は工場の赤い壁を背に並んで歩いていた。メル子はすっかり元通りになったようだ。


「ご主人様、ご迷惑をおかけしました」

「いいんだよ。メル子だって私がウイルスで倒れた時、看病してくれたんだし」

「でも、ご主人様を助けるのがメイドのお仕事です。それが逆になってしまうなんて……」


 メル子はばつが悪そうに下を向いている。


「メル子は確かに私のメイドだけど、家族でもあるからね。家族が助け合うのは当然でしょ」

「はい……」


 メル子は安心した表情で顔を上げた。黒乃の少し疲れたような顔が見える。


「今日は私が腕によりをかけてご馳走を作ります。それで快気祝いといきましょう!」

「フヒヒ、自分で自分をお祝いするのか」

「あはは、さあ帰りましょう!」



 その晩でてきた料理は、イギリスの伝統料理ウナギのゼリー寄せだった。


「これ、ホントにAI直ってる!?」


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