第27話 ベロチューはちょっと……
ボロアパートの部屋の扉がバタンと開いた。そこには黒乃が決意の表情で立っていた。
「ハァハァ、ただいまメル子」
「お帰りなさいませ、ご主人様……って臭っ!」
黒乃の体から強烈なニンニク臭が漂っている。メル子は鼻をつまみながら、急いで部屋の窓をすべて開けた。
「どうしたのですか、その匂いは?」
「ニンニクチョモランマ食べてきた」
「珍しくお夕飯は食べてくると言うからなにかと思ったら、まさかラーメンロボ二郎にいってきたのですか?」
黒乃はフラフラと部屋に入り荷物をおろした。そのまま床に大の字になって寝転んだ。満腹で部屋まで帰ってくるのもつらかったようだ。メル子は黒乃にコップに入った水を渡した。
「やばい……この前よりすごく苦しい。なんでだろ」
「黒ボ烏龍茶は飲まなかったのですか?」
「飲んでないけど……」
黒ボ烏龍茶には油の吸収を抑え胃を守る効果があるのだ。飲まずにロボ二郎に挑むことは、銃を持たずに戦場に赴くことに等しい。
「ご主人様。どうするのですか、その匂いは。明日もお仕事があるのですよね?」
「そう、マスターアップが近いから絶対に休めない。ハァハァ」
「ではなぜ食べにいったのですか」
メル子は黒乃の行動がさっぱりわからないようだ。
「だから、やるしかないんだよ……」
「はあ」
「メル子がやるしかないんだよ」
「え? 私がですか? なにをです?」
「メル子がベロチューして、ニンニクの匂いを脱臭するしかないんだよ!!!!」
ドドーン。
メル子はあまりのアホらしさに衝撃を受けた。まさかご主人様がそんなことのために命をかけるとは思いもしなかった。黒乃はメル子の口から出てくる脱臭イオンを、直接口から吸い込んでニンニク臭を消そうとしているのだ。
「ご主人様。何度も言いますけど、それセクハラ&パワハラですよ」
「いや断じて違う。業務上必要なことです」
「なんの業務ですか……」
「稟議書を出してもいいんですよ!」
「!???」
なにを言っているのか理解できないが、黒乃がこうなってしまうと意地でもやらないと収まらない。
「そんなに私とベロチューをしたいのですか」
「世界一可愛いメイドロボとベロチューしたくない人間がこの世にいるだろうか。いやいない」
黒乃は確固たる鋼の意志を持ってメイドロボを購入した猛者だ。メイドロボとイチャイチャすることに関して、妥協は一切ない。
「私はとにかくベロチューがしたい。メル子はご主人様としたくないの?」
「いや、私は……」
「私はメル子が好きだからしたい!」
「あー……」
さすがにそこまではっきりと言われると、なんだか照れてしまうメル子であった。顔を赤くしてモジモジしはじめた。
「ご主人様、そういうのはずるいですよ。あと口が臭いです」
「だから今からそれをベロチューで消すんでしょうが!!!」
「声が大きいです」
こうして黒乃とメル子の消臭作戦が始まった。
「よいですか? ベロチューはともかくとして、ニンニクの匂いは消さないといけませんから。まずはそこを第一目標とします」
「おう!」
「ベロチューはその過程で起きるかもしれませんし、起こらないかもしれません」
「ベロチューは神のみぞ知る」
最初の作戦はこうだ。細いチューブを用意し、その両端を咥えメル子が脱臭イオンを送り込む。二人は向かい合わせに床に座り、お互いチューブを咥えた。
「ではいきますよ」
「どんとこい」
メル子はチューブに思い切り息を吹き込んだ。黒乃は思い切り息を吸い込んだ。
「どうですか? ハァハァ、イオンは届いていますか?」
「これ、結構吸うの……キツい! ぜんぜん吸い込めない!」
二人は顔を真っ赤にして空気をやり取りしようとしたが、なんの成果も得られなかったようだ。酸欠状態になり、うなだれてしまった。
「これ、消臭どころじゃない……死ぬッ!」
「別の作戦にしましょう。ハァハァ」
次の作戦はシンプルだ。もっと太いチューブを使えばいいのだ。二人は水道で使うホースを口に咥えた。
「ほえほえほえ、ほほへほえ(準備はよろしいですか、ご主人様)」
「ほひほはほはほい(いつでもきなさい)」
メル子が勢いよく息を吹き込もうとしたその瞬間。
「ぐええ! ニンニク臭い!」
「あ、ごめん。こっちから息を吹き込んじゃった」
双方向性が強すぎたようだ。これではメル子側がもたない。
「ねえ、メル子。なんか部屋の空気がおかしくない? バチバチいってるんだけど?」
「これは脱臭イオンを大量に作る際の放電によって、空気中の酸素や水分が電離してプラズマ状態になっているために起きる現象です。気にしないでください」
「これ、ホントに大丈夫!?」
次の作戦は風船作戦だ。メル子が風船にイオンを吹き入れて、黒乃がそれを吸い込む。
「脱臭イオンの寿命はそんなに長くないですから。膨らませたら、すぐに吸い込んでください!」
「ぐへへへへ、メル子と間接キッスだぜぇ」
しかしメル子が風船にイオンを吹き込むやいなや、風船が次々と割れてしまった。
「あれ? おかしいですね。プラズマのせいでしょうか」
「ねえ、ホントにこの部屋大丈夫!?」
いよいよ最後の作戦だ。メル子は扇風機を取り出した。
「私が扇風機の後ろ側からイオンを放出します。ご主人様は風に乗って飛んでいった脱臭イオンを吸い込んでください」
「なんだこの作戦!? 今メル子のAIちゃんと働いてる!?」
メル子が口からイオンを全力で放出した。すると扇風機に当たったイオンは光を放ち、それは一条の光線となって黒乃へ照射された。
「なんか扇風機からビーム出てる! 荷電粒子砲みたいになってる!」
「あああああ、げんりはまさにそれです、ああああ」
その時、奇跡が起きた。
メル子の口からの放電により、陽イオンがメル子の口元に溜まった。逆に放出された陰イオンは、扇風機の静電気を纏い黒乃まで飛び口元に帯電した。黒乃とメル子の間に、強力な磁場が形成されたのである。
「メル子!? なんか体が引っ張られる。なにこれ!? あと部屋にオーロラが見える!」
「ああああ、プラズマが空気中の酸素や窒素を励起させることによって起きる発光現象です、ごしんぱいなくー」
部屋の発光が極限まで高まった時、二人の体はお互いの磁力により引き寄せられた。中心地点で二人の口と口が激突する。
これが世界初となる『電磁プラズマキッス』である!!!!!
「やったぜ〜、メル子のファーストキッスげっと〜」
「初キッスはニンニクの香り……」
二人はそう言い残し、バッタリと倒れた。
結局ニンニク臭は取れなかったため、翌日黒乃は上司に呼び出された。




