第20話 デモンズソウルやるぞ!
「あああああ」
布団に寝たままの黒乃が唸り声をあげている。
「どうしました、ご主人様」
「ああああ、ひまー」
ウイルスに感染し三日間の自宅謹慎となった黒乃だったが、メル子の適切な処置のおかげで容体はかなりいいようだ。
食欲はほぼ普段通り。後はウイルスが体から完全に消え去るのを待つばかりである。なまじ体が動くので、布団の中でじっとしていられなくなったらしい。
「メル子、ゲームやろうぜ」
「なにを言っているのですか。病人は寝ていてください」
「いやだいやだ。ゲームやりたい」
「もう、なんですか!」
黒乃があまりに駄々をこねるので、布団から出ないことを条件にゲームを許可した。
「ふふふ。どうやら怖気付いたわけではないようだな」
「この前、大地を舐めたのをお忘れですか」
「ぬかせ! 今回やるゲームはこれだ!」
『デモンズソウル』!!
2009年にフロム・ソフトウェアからプレイステーション3向けに発売されたアクションロールプレイングゲーム。後にソウルシリーズとして、一つのジャンルにまでなった大人気シリーズの一作目である。
ダークで緊張感溢れるステージを、何度も死んで一つ一つ攻略しながら進んでいくスタイルは『死にゲー』と呼ばれるようになった。
またオンラインを通じたマルチプレイにも対応しており、ステージを攻略中のプレイヤーを助けたり邪魔したりもできる。
「また百年前のゲームですか」
「サーバーサイドもまとめてアーカイブされているから、プレイヤーが一人でもいれば勝手にサーバーが立ち上がるのだ」
「敵対プレイで勝負をするのですね」
「私は自分のデバイスにコントローラー繋げて遊ぶから、メル子はそっちのモニタを使ってね」
「わかりました。私がホストプレイヤーですね」
メル子は曲剣を持ち、重そうな鎧を纏ったキャラクターを操作して神殿にある柱に触れた。するといつの間にか目の前には城塞が広がっていた。
「なにっ! ボーレタリア王城3か。なかなかいいステージだ」
「準備ができました」
「よし、侵入するから待ってろ!」
黒乃は布団の中で、枕の上に置いたデバイスから投射された映像を見ながら操作した。
「ふふふ、いたいた。メル子発見」
「あ、ご主人様、侵入してきましたね」
黒乃のキャラクターは柄の長い三日月型の斧に、汚いローブを羽織った姿をしている。一瞬メル子の前に姿を見せたものの、すぐに隠れてしまった。
「まずは様子を見させてもらおうか」
侵入者である黒乃はホストプレイヤーであるメル子を倒すことで勝利となる。逆にメル子の勝利条件は『生きてボスエリアまで到達する』ことである。
「なるほど、メル子はキリジ使うのか」
キリジはリーチは短いものの、振りが速く扱いやすい曲剣である。それに対して、黒乃が持っているクレセントアクスはリーチが長い大斧で、振りは遅いが一度振りかぶると攻撃を受けても止まることなく振り下ろすことができる。
その時、二体の白い霊体のキャラクターが出現した。メル子が召喚した仲間である。ホストプレイヤーは他のプレイヤーを味方として呼ぶことができるのだ。
「白ファントム喚んだか……ん?」
〈霊体アインシュ太郎が召喚されました〉
〈霊体シャーロッ九郎が召喚されました〉
「なんだこいつら!? 仲見世通りのロボットじゃん! なんでこいつらがデモンズソウルやってるの!?」
「ロボットだってゲームくらいしますよ」
「うわあああ! ロボット軍団だああ!」
「うるさいですね」
召喚された霊体二人とメル子は、お互いにジェスチャーを使い挨拶を交わした。
礼をするメル子の背後の壁の上から、黒乃が魔法を一発撃ち込んできた。
「ちょっと、今挨拶をしているのですから!」
「ケケケ、バカめ! 戦いは既に始まっているのだ」
そう言うと、黒乃は再び壁の向こうに姿を消した。
デモンズソウルの侵入者は、ホストプレイヤーと霊体二人を同時に相手をしないといけないので基本不利である。ヒットアンドアウェイは侵入者の基本戦術だ。
「もう怒りましたよ。皆さん、いきますよ!」
メル子達ロボット軍団が城を進軍していく。
このステージ、通称『城3』は城壁の合間を縫うようにして進んでいかなくてはならない。立体的で死角が多く、雑魚敵も多数配置されているため、どこから黒乃が襲いかかってくるかわからない。
霊体の二人はメル子を挟むようにして前後を守っている。狭い通路の先には雑魚兵士が待ち構えており、そこで戦闘になった。霊体がなんなく兵士を倒すも、物陰に隠れていた黒乃が飛び出してきた。
「今だ! 必殺『炎の嵐』!」
黒乃が地面に手を当てると周囲に猛烈な炎が巻き上がり、メル子と霊体一人が巻き込まれてしまった。炎の嵐の威力は凄まじく、一撃で瀕死状態だ。
「見たか。これがデモンズソウル最強魔法と言われる炎の嵐じゃい!」
「あっちっち! 皆さん、大丈夫ですか!」
トドメを刺すべく、続けて炎の嵐の構えに入るが、もう一体の霊体に阻まれてしまった。
「ちぃ、ここは一旦退くぜ」
「待ちなさい!」
黒乃は城壁を飛び降りどこかに消えた。
メル子達はさらにステージを進んでいくと広めの場所に出た。しかし雑魚敵も多めに配置されているいやらしいエリアだ。雑魚兵士との戦いが始まると、案の定黒乃が参戦してきた。
「今度こそ、炎の嵐で一網打尽だ!」
「そうはさせません!」
メル子は黒乃に向けて魔法を放った。雲のような靄が黒乃を包み込む。
「なんだあッ!? 酸の雲だと? 普通ホストが使うかそれ?」
慌てて距離を取る黒乃。この雲に触れると装備が破壊されて役に立たなくなってしまうのだ。
「ククク、しかし惜しかったな。武器も防具も壊れてないぜ。改めて食らえ! 炎の嵐!」
メル子達のど真ん中で炎の嵐が炸裂した。三人まとめて吹き飛ばされる。さらにトドメの炎の嵐が襲いかかり、万事休すかと思われたが……?
「あれ? なんでみんな生きてるの? てか全然HPが減ってない!?」
「ふふふ、装備欄をよくご覧になってくださいな」
そう言われて画面を確認すると、黒乃の左手に持った触媒が破壊されていたのだ。炎の嵐を使うには触媒が必要であり、それが破壊されていると威力がまったく発揮できない。
「触媒は耐久度が非常に低く、酸の雲で簡単に破壊できるのですよ」
「貴公、このゲームやり込んでいるな!?」
「答える必要はないですね」
「決着はこの先の大階段だ! 覚えてやがれー!」
捨て台詞を吐いて黒乃は逃亡した。
ゴール地点直前の大階段には強力な騎士と兵士が複数待ち構えており、ここが最終決戦となるのは間違いない。
「ここをくぐり抜ければ私達の勝ちです」
「そう簡単にいくと思うなよ」
最後の戦いが始まった。
黒乃は霊体を誘き寄せ騎士と戦わせる。騎士はモブとはいえ非常に強力で、すぐには倒せない。その隙を狙い黒乃は霊体を一体仕留めた。
「アインシュ太郎さーん!」
「ワハハハ! 相対性理論でも提唱してろ!」
さらに黒乃は、雑魚兵士に苦戦して瀕死になっているメル子に襲いかかった。しかし霊体が割って入り、メル子の代わりに消滅した。
「シャーロッ九郎さーん!」
「さあ、残すは瀕死のメル子一人だ! ダイスンスーン!」
メル子のキリジと黒乃のクレセントアクスが交錯する。
「一発や二発食らっても構わん! 大斧のスーパーアーマーでゴリ押す! 勝った!」
しかし次の瞬間、死んでいたのは黒乃の方であった。
「あれ!? なんで!?」
「ふふふふふ。かかりましたね」
「その輝き……もしかして!?」
メル子の体から鋭い光りが迸っている。
「それはまさか、窮鼠モーリオン!?」
窮鼠モーリオンとは『鋭い窮鼠の指輪』と『モーリオンブレード』を装備し、瀕死状態になることで発動する超火力モードのことである。
これにより、先にヒットしたメル子のキリジで大ダメージをくらい瞬殺されてしまったのだ。
「雑魚敵で瀕死状態になるように、HPの調整をしていたのですよ」
「そんなバカな!」
黒乃は布団の中で悶絶した。
「いやー、楽しかったですね、ご主人様」
「クソゲー……」
「え?」
「こんなんクソゲーだわ!」
「いや神ゲーですよ。ほら、今回もやってくださいよ」
黒乃はプルプルと震えながら布団の上で跪いた。
「メル子さん」
「この度は調子こいてしまって」
「本当に申し訳ございませんでした!(ございませんでした)」
ぺこぉ〜。




