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第18話 副業始めます!

「あかーん!」


 休日のお昼。

 黒乃はデバイスをいじりながら叫んだ。昼食後の余韻が吹っ飛んでしまったメル子は少しむっとした。


「なにがあかんのですか。エンパナーダ(アルゼンチンのミートパイ)はイマイチでしたか?」

「エンパナーダは美味しかったよー。メル子のエンパナーダは世界一だよー」

「そうでしょうとも。私のエンパナーダより美味しいエンパナーダは存在しませんよ」


 メル子はダージリンティーを淹れながら自画自賛した。ポットから爽快感のある香りが立ち上ってくる。ボロアパートの二階の部屋にしては高級すぎる香りに、黒乃は落ち着きを取り戻した。


「いやー、家計だよ家計。家計があかんのよ」

「ここのところ出費が多かったですものね」


 メル子のメイド服や紅茶、メンテナンスキットなどを購入したため、だいぶ貯金が減ってしまった。


「残業もほとんどしていませんよね」

「だってだって。早く帰ってメル子に会いたいんだもんっ」

「かわいっ」


 メル子はブリブリするご主人様に紅茶を差し出した。黒乃がそれを一口含み、ふーと息を漏らしたのを確認すると、メル子は切り出した。


「実は私、副業を考えているのです」

「え!?」


 突然の報告に動揺し、ソーサーにティーカップを置く時にカチャリと大きめの音をたててしまった。


「計算しましたところ、月の労働時間に余りが出そうでして」

「まあ、この狭い部屋のお仕事だもんね」

「余った時間でお仕事をしようかと思っています」


 黒乃は思った。メイドロボの副業ってなんだろう? お掃除のバイトだろうか。AIを活かしたデータ処理? 可愛すぎるから、いかがわしい仕事だったらどうしよう?


「いいいいい、いいんじゃないかな。やややや、やってくれたら家計も助かるし」

「よかったです! ご主人様ならそう言ってくれると思っていました」


 メル子はほっとした様子で話を続けた。


仲見世通り(なかみせどおり)に店を出そうかと思っています」

「え!?」


 仲見世通りとは、浅草の浅草寺と雷門をつなぐ観光客で溢れる超人気スポットである。食べ物屋や土産物屋が通りを埋め尽くしている。そこに店を出すとなると、相当な大事である。


「あそこに店を出すなんて、そんなことできるんだ」

「はい。仲見世通りはロボットが経営している店が結構あるのですよ」


 メル子のように、余った労働時間を使って副業として店を出したいというロボットが多く、彼らが集まり仲見世ロボット協会が生まれたのだ。

 ちなみに新ロボット法によりオンラインでのAIの集会は禁止されているが、オフラインは合法である。


「店を一軒持つのではなく、週に何回か店を貸してもらうのです」

「なるほど。一つの店を複数人のロボットで持ち回りで使うってことか」

「そうです」


 それならなんとかなりそうな気がしてきた。少しテンションが上がってきた黒乃は、なんの店をやるのかを聞いてみた。


「料理屋ですよ! 私の得意な南米料理を出します!」

「おお!」


 俄然現実味をおびてきたメル子の副業案にノリノリの黒乃に対して、メル子は今だとばかりに核心を告げた。


「というわけで、ご主人様」

「ああ、うん。なに?」

「初期投資やらなにやらありますので」

「うん」

「お金をください!」


 ペコリとメル子は可愛く頭を下げた。


「おお……うん。はい」黒乃は目を見開いた。

「任せとけ!」


 黒乃の貯金が全部飛んだ。



 ——雷門。

 本日も相変わらずの人、人。その人ごみの中で、一際浮いているのがこの二人。白ティー丸メガネ黒髪おさげのお姉さんと、金髪巨乳メイドロボである。

 大正の女学生をモチーフにした和風メイド服は、浅草の町のイメージを損なうものではないが、やはり目立つ。


 その時、二人組の男性が近づいてきた。ナンパか!?と黒乃は警戒をした。メル子のために戦う覚悟はできている。


「あの〜、どこのお店のメイドさんですか?」

「あ、私メイド喫茶のメイドではなくて、こちらのご主人様に仕えているメイドです」


 そう言われた二人組は、慌ててそそくさと立ち去った。あしらいは慣れたものである。

 

 二人が雷門にきたのは店舗の下見をするためである。既に店のオーナーのロボットには話が通っているらしい。メル子の仕事の早さには驚かされる。


「オーナーさんは調理ロボのクッキン五郎さんです。共同出資者の大工ロボのドカ三郎さん、探偵ロボのシャーロッ九郎さん、学者ロボのアインシュ太郎さんなどがいます」

「そいつらの名前付けた奴ら、人権侵害で訴えられろ」


 メル子と黒乃は仲見世通りを歩き始めた。しかし黒乃の足取りが重いようだ。


「どうかしましたか? ご主人様」

「うう、人ごみは苦手で……」

「しょうがないですね。では私に掴まってください」


 そういうとメル子は後ろに手を差し伸べた。黒乃はメル子の背後に回り、その手を握った。そのままメル子に引っ張られるようにして歩き出す。

 小柄なメイドに長身の女が連行されているような構図は、ますます周囲の注目を集めてしまったが、それでも黒乃は幾分心が落ち着いた。


 目的の店舗は仲見世通りのほぼ中央にあった。


「クッキン五郎さん、お疲れ様です」

「おう、メル子ちゃん。その人がご主人様かい」

「はい! 黒乃様です」


 白くて長いコック帽と白いコックコートが完璧に板についているこの男がクッキン五郎のようだ。イタリア風の顔立ちで、実際イタリア料理を提供している。


「あ、ども。えへへ、メル子の主人の黒乃です。えへえへ」

「おう! よろしくな」


 二人は裏手に回り、店舗の中を見せてもらった。狭いながらも調理器具は一通り揃っているし、ガスも水回りも万全。調理は問題なくできそうだ。

 メル子とクッキン五郎は細かい打ち合わせをしているようだ。黒乃はそれを黙って見ていた。


「ご主人様、お待たせしました」


 一通りの話が終わり、メル子が戻ってきた。挨拶を終えた二人は、再び前後に隊列を組んで歩き出す。


「思ったより早く始められそうです。買う道具も少しで済むかと」

「そうか、よかった」

「後はメニュー表を作ったり、南米の飾りなんかも置きたいですね。あれご主人様、どうかしましたか?」


 黒乃は少し上の空だった。


「あ、いや。なんでもないよ。お店うまくいくといいね」

「ご主人様、なにか変ですよ」

「そうかな?」


 メル子は黒乃を見ずに握った手の感じから様子を察した。


「ははーん、さては寂しいのですね?」

「ええ? なんでよ」

「私が一人でなんでもやってしまうからですよ」

「うーん、そうかも」

「心配しないでください。お店をやるのはご主人様がお仕事をしている間ですから。帰ってきたらちゃんと家にいますよ」

 

 黒乃は少し笑顔になった。


「そういうことじゃないんだけど」

 

 黒乃は少し強くメル子の手を握った。


「私もご主人様を頼りにしていますから」


 メル子はその手を強く握り返した。

 寂しさと優しさが手のひらを通じて混じり合い、身体中にふわりと溶けて広がっていくのを感じた。


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