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第16話 かかってこいや!

 今日の夕食はペルー料理で、セビーチェというものだった。レチェデティグレという魚の出汁を使うのだが、浅草では手に入らなかったので鯛で代用した。

 メル子の料理は日本人でも食べやすいようにアレンジされているので、黒乃はとても気に入っている。

 しかしなぜ南米の料理が多いのかは謎だ。


「メル子と私で森にハイキングにいくとするじゃん」

「はい、いいですねえ」

「結構な森の中なわけよ。他に誰もいないような」


 夕食後のまったりとした時間に、突然黒乃が語り始めた。メル子もセビーチェをお腹いっぱい食べたので、エネルギーを食べ物の消化の方に回しているせいか、眠そうな目をしている。


「そしたらさ、熊が出てくるわけよ。でかいのが。ヒグマよ、ヒグマ」

「本州にヒグマはいませんよ」

「いたとしたらの話だよ! そしたらどうするのよ!?」


 なぜか黒乃は白熱している。黒乃は幼い頃から妄想に入り込んで一人でヒートアップする癖があるのだ。


「どうするって、逃げますよ。ヒグマは怖いですもの」

「逃げるの!? 私を置いて!? ご主人様よ!?」

「ちょっと声が大きいです。でも二人ともやられるよりは、どちらかが生き残った方がいいでしょう」

「発想がドライすぎる! どこの世界にご主人様をエサにして逃げるメイドがいるのさ」

「メイドロボはエサにはなりませんのでしょうがないです」

「ぐうの音も出ない!」


 黒乃は正論を言われてテーブルに突っ伏した。

「お茶をください」と要求するとメル子は黒乃の湯呑みに日本茶を注いだ。


「私としては戦ってほしいのよ。ロボットなんだからさ」

「メイドロボは戦闘用ではありませんから」


 お茶をぐいっと飲み干して黒乃は言った。


「でもなんかあるでしょ。戦う術が!」

「そもそもロボットには特別に人間を守る義務がないのですよ」

「え? そうなの?」

「新ロボット法に定められているのは、人間が人間を守るのと同じ義務をロボットが持つということだけです」


 一般的な救命の義務はあるが、ロボットが自分の身を挺して人間を守る必要はないのだ。


「じゃあメル子は私がピンチになっても守ってくれないの?」

「……一応良心に基づき、やるだけはやってみますが。これでも柔道と剣道は修めていますので」

「え、凄い! 何段なの?」

「一級です」

「微妙! ロボットに伝わる火星の伝説の格闘術とかないの〜?」


 また漫画の読み過ぎだとメル子に怒られてしまう黒乃だった。


「ほらー、なんかあるでしょう。護身用のギミックとか」

「まあ、あると言われればありますね」

「どんなのどんなの」

「防犯ブザーとかフラッシュライトですよ」


 思ったより現実的なギミックだったので、黒乃は少しがっかりした。


「どうせ口でピロロロロって言うブザーなんでしょ?」

「はい! よくわかりましたね。得意技ですよ!」


 やってみてと要求してみたが、今は夜だからとたしなめられてしまった。


「じゃあフラッシュの方はどうなのよ。まさか目が光るとかじゃないよね」

「さすがご主人様! 正解です!」


 ビカッ!

 突然真正面にいるメル子の目から猛烈な光が迸った。あまりの眩しさに黒乃は椅子から転げ落ちて床に這いつくばった。


「うわああああ! 目があああ!」

「出力が強すぎましたか。大丈夫ですか?」

「加減してよ〜」

「上位モデルのメイドロボのフラッシュは火がつく強さらしいですよ」

「絶対嘘だ。それもうレーザーじゃん」


 黒乃はフラフラしながら立ち上がり、椅子に座り直した。


「結局メル子が強いのかどうなのか、全然わからん」

「なぜそのようなことが知りたいのですか」

「よし、じゃあ直接戦ってみよう」

「私とご主人様でですか?」


 黒乃は右腕の肘をドンとテーブルの上に乗せて手をメル子の方へ傾けた。


「なるほど、腕相撲で勝負ですか」

「いっとくけど私結構強いからね。背高いし」

八又(はちまた)産業の最先端ナノボーンを舐めないでくださいよ」


 メル子もメイド服の袖をまくり肘を乗せる。そして二人とも椅子から立ち上がり中腰になった。


「手加減……しませんよ」

「かかってこいや!」


 二人の手が合わさる。

 黒乃は指をグニグニと動かしポジションを探っている。


「ご主人様、いいですか。始めますよ」

「ちょっと待って」


 黒乃は指をグニグニさせている。


「指をグニグニさせないでくださいよ」

「もうちょい……」


 メル子の手が白くて小さくて柔らかくてあまりに可愛かったので、手の感触を堪能していたのだった。


「よし! レディ、ファイ!」


 二人は同時に腰を沈め、左手でテーブルの淵をしっかりと掴み力を込めた。

 両者の手は中央の位置のまま動かない。力は拮抗しているようだ。


「馬鹿な! その小さなボディのどこにこれほどのパワーが!?」

「どうしました? そんなものですか?」


 このままではまずいと思った黒乃は、ある一点を見つめた。この前屈みの姿勢なら丸見えであるあの一点を。点というより線を。


「ご主人様、どこを見ているのですか!?」

「ムフフ」


 メル子は慌てて左手をテーブルから離し谷間を隠す。


「今だ!」


 踏ん張りがきかなくなったメル子を一気に攻め立てるべく、体重を乗せていく。


「ご主人様、卑怯ですよ!」

「ほざけ! 勝った方が勝ちなのだああ!」

「でぇい!」

 

 ビカッ!

 掛け声と共にメル子の目が光り、フラッシュライトが炸裂した。


「ぐわあああ! 卑怯だぞ!」

「どの口が言うのですか」

 

 黒乃は思わず目をつむり下を向いた。

 視界を塞いでしまえば谷間は隠さなくてよい。見事な作戦である。


「今です!」


 メル子は渾身の力を込めて黒乃を仕留めにいった。しかしその瞬間、ボロいテーブルの足が二人のパワーに耐えきれず折れてしまい、テーブルが盛大に倒れた。

 二人はその勢いで重なり合うように床に転げ落ちた。


「あいたたたた。大丈夫ですか、ご主人様」


 黒乃の上に覆いかぶさるようにメル子は倒れていた。黒乃の顔の上にユサユサしたものが乗っている。


「これがラッキースケベか、フゴフゴ……」と言い残すと黒乃はガックリと力を失った。


「一応倒れる時に私を庇ってくれたのですね……」


 メル子は上体を起こしながらつぶやいた。


「ではヒグマに会った時は、私がメガ粒子熊よけスプレーでご主人様を守りますので」


 メル子は倒れている黒乃の頭を抱え起こした。黒乃は柔らかな感触に包まれながら思った。


「最初からスプレー使わんかい」


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[良い点] ラッキースケベ百合いただきました!
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