第157話 お正月を満喫します!
三が日の浅草寺は初詣客でごった返していた。メル子の出店がある仲見世通りは人で埋め尽くされ、大量のロボマッポ達が参拝客を誘導していた。
「朝からなんでこんな人ごみに来ないといけないの……」
紋付袴を着た黒乃は青い顔で参拝客に揉まれながら歩いていた。
「お正月ですから! 初詣はしませんと!」
赤い着物を着たメル子は黒乃の手を引いて歩いていた。頭には花飾りがついた櫛を挿している。
「お嬢様ー! どこですのー!」
叫んでいるのは紫の着物を着たアンテロッテだ。どうやらマリーとはぐれてしまったらしい。
「アンテロッテー! ここですのよー!」
同じく紫の着物を着たマリーはなぜかメル子にしがみついていた。
「こらこらマリー。うちのメル子にしがみつかないでくれる?」
「いやですわー!」
「じゃあ私もアン子にしがみつこうかな」
「それもいやですわー!」
いつもの四人は浅草寺の境内に足を踏み入れた。境内の中程まで進むと人だかりができている場所があった。
「ほらメル子、常香炉だよ。あの煙に当たると穢れが落ちるんだよ」
黒乃はメル子の手を引っ張って巨大な香炉へ連れていこうとした。
「ぎゃあ! やめてください!」
「なんでよ」
「煙に当たったらボディの内部に煙が入り込んで故障をしてしまうのです!」
「気にしすぎでしょ」
メル子とアンテロッテはジタバタともがいて拒否をした。実際は煙で故障が起きる事などほぼないが、ロボットの間に伝わるジンクスのようなものなのだ。
さらに進むと豪壮なる本堂に辿り着く。この本堂は西暦628年に創建され、以来焼失と再建を繰り返してきた。二十二世紀現在の本堂はロボ宮大工によって最新の技術を集めて再建されている。
四人は横一列に並んで賽銭を投げ入れた。手を合わせ念入りに拝んだ。
「ふう、参拝終わり。さあ帰ろ。メル子?」
メル子は必死の形相で手を合わせ拝んでいた。
「メル子、もういいでしょ。いくよ」
「まだです! まだ三十個はお願いがあります!」
「百円でそれは多いよ! 後ろに人が待ってるから!」
三人で無理矢理メル子を階段から引きずり下ろして退散した。
次の目的地はメル子のメイド服を仕立ててもらった洋装店『そりふる堂』だ。浅草寺から数本外れた路地にある。ここまで来ると先ほどの雑踏が嘘のように消え失せ黒乃はほっと息をついた。
店に入ると艶やかなグレーの着物を纏ったルベールが出迎えてくれた。
「はわわわわ、ルベールさん綺麗〜」黒乃は目を輝かせて感嘆した。
「ふふふ、ありがとうございます」
四人はここで着物を脱ぎいつもの衣装に着替えた。着物はルベールに着付けてもらったのであった。
「ルベールさん、奥様はどちらですか?」緑のメイド服に着替えたメル子が尋ねた。
「奥様は道場の方にいらっしゃいます」
そりふる堂の隣は書道教室になっており、主人が講師を務めている。本日は道場が開放されており、子供達が大勢集まっているようだ。
「あら、みなさんいらしたのね」
「奥様! 明けましておめでとうございます!」
奥様はにこやかな笑顔で一同を道場に通してくれた。広い板張りの床の上で皆思い思いに筆を持ち、広げた半紙と睨めっこをしていた。
「わたくし書道は初めてですわー!」
「わたくしもですわー!」
「私も小学生の頃以来だな」
「あれ? あそこにいるのは……」
道場の隅っこで黙々と筆を振るっていたのは青い長髪のロボット影山フォトンであった。
「フォト子ちゃん!?」メル子は驚いて声をあげた。
「……とう」
「なんて?」
「……メル子ちゃん、明けましておめでとう」
「おめでとうございます! どうしてここにいるのですか!?」
「……先生が顔出してこいって」
フォトンのマスターは有名な書道家である影山陰子だ。影山陰子と奥様は顔馴染みのようだ。
一同は並んで書き初めを始めた。最初に書き上げたのはメル子だ。
「書けました! 見てください!」
メル子が書いたのは『明るい家族』だ。線は細いが整った字である。
「……中々上手。私も書けた」
フォトンが力強い筆使いで書き上げたのは『納税』だ。
「フォト子ちゃんすごいです! さすがお絵描きロボです!」
「……えへへ」
「納税は大事ですよね! マリーちゃんは?」
「書けましたわー!」
マリーが中学生らしい丸っこい字で書いたのは『おフランス』だ。
「字が可愛いです! 書道っぽくはないですけれど! アン子さんは?」
「書けましたのー!」
アンテロッテが書いたのは『うんこ』だ。
「うんこ!? どうしてウケを狙いにいきましたか!? 書き初めですよ!?」
お嬢様たちは床を転げ回って笑っている。
「正月早々うんこでワロてます! まあいいですけれども! ご主人様は?」
「書けた!」
黒乃が書いたのは『おっぱい』だ。
「二連続下ネタ! まあ知っていましたが! なんか……無駄に達筆です! なんでこんなに字がうまいのですか!?」
「ええ? そう? 知らんけど」
「まあ、本当にお上手ね」
「あ、奥さん。どうもえへえへ」
次に黒乃達がやってきたのは隅田川沿いにある隅田公園だ。園内には子供達が詰めかけ、凧揚げやコマ回し、羽根突きなど正月の遊びを満喫していた。
「ご主人様! 見てください! あんなに大きい凧が上がっていますよ! 凄いです!」
「はっはっは、なに言ってるのさメル子。あんなの小さい、小さい」
「いや、かなり大きいですよ……ってええ!? なんですかその凧は!?」
黒乃が手に持っていたのは幅三メートルもある異様に巨大な凧であった。
「今からやるのは『凧揚げ』じゃないから。『ロボ揚げ』だから」
「ロボ揚げ!?」
黒乃は地面に凧を広げるとメル子にその上に寝るように促した。
「ご主人様!? なんですかこれは? ご主人様!?」
凧の上に寝転がったメル子の腰、両腕、両足にベルトを括りつけた。完全に凧とメル子が一体となった形だ。隣を見ると同様にアンテロッテも縛り付けられていた。最後の仕上げに首の後ろのコネクタにプラグを接続した。
「よっし、準備完了。じゃあいくよ」
「ご主人様!? いくよではないのですよ!? こんなもので飛ぶわけがないです! 力学的に飛ぶようにはできていません! 降ろしてくだ……飛んだ!?」
隣を見るとアンテロッテが乗った凧がふわりと宙に浮かんでいるのが見えた。みるみるうちに上空へと上がっていく。
「なぜ飛んでいるのですか!? おかしいです! ニュートンとベルヌーイに謝ってください!」
「オーホホホホ! メル子さんも飛んでいらっしゃいなー!」
黒乃が紐をクイクイと引っ張るとメル子が乗った凧が浮き始めた。
「ぎゃあ! 浮いた! そんなわけありません! ご主人様! 降ろして! 死にます!」
メル子はグイグイと上昇していった。黒乃の体がガンガン小さくなっていった。そのままズンズン上昇を続けアンテロッテの高さに追いついた。
「メル子さん、ご機嫌よう」
「ぎゃああああ! ご機嫌よう! 降ろして!」
いよいよ凧は浅草の町を一望できる高さまで昇ってきた。地面の黒乃達は米粒のようにしか見えない。
「ぎゃあああああ! 高過ぎます! なんですかこれは!? 夢ですか! 降ろして!」
「やあ、メル子」
「ノエ子さん!?」
突然メル子の横に現れたのはハワイからやってきた褐色肌のメイドロボノエノエだった。同じように凧に乗って飛んできたようだ。
「やはり正月はロボ揚げに限りますね」
「そんなわけないでしょう! 助けて! あれ? なんか力が……力が抜けていきます! どうして!?」
「ロボット凧の動力源はロボット自身ですから。あまり長く飛んでいるとエネルギーが切れて落ちますよ」
そう言い残すとノエノエの凧はスカイツリーの方角へと消えていった。
「ぎゃああああ! 降ろして! ご主人様!」
黒乃とマリーはしばらくロボ揚げを楽しんだ。紐を巻き取るとぐったりとしたメル子を乗せた凧が降りてきた。ふわりと着地したが寝そべったまま全く動こうとしない。
「メル子どうだった? 楽しかった?」
「……」
最後に訪れたのはマッチョメイドのお屋敷だ。隅田公園に程近いお寺の隣にその屋敷はある。
敷地に入ると元気の良い声が屋敷の中から響いてきた。この屋敷は空手道場になっており、マッチョメイドのマスターであるマッチョマスターが経営しているのだ。正月早々生徒達が集まり稽古をしているらしい。
「黒乃 メル子 マリー アン子 あけまして おめでとう」
「おう! マッチョメイド! おめでとう!」
「明けましておめでとうございます!」
黒乃達は空手道場の稽古始めの打ち上げに招かれたのだ。稽古が終わると生徒達は手際良く道場にテーブルを設置した。次々に三段重ねの重箱が並べられていく。重箱を開けると煌びやかな料理の数々が目を踊らせた。
「うわっ、すごいおせちだ!」
「こんな豪華なおせち、どうしたのですか!?」
「ぜんぶ おでが つくった」
「綺麗ですわー!」
一行はマッチョメイドが作ったおせち料理を堪能した。黒豆、数の子、田作り、伊達巻き、栗きんとん。どれも丁寧な仕事が施されており、正月の雅な雰囲気を味わわせてくれる。
「美味しいです! ご主人様! お正月って楽しいですね!」
「私もお正月らしいお正月は久しぶりだよ。尼崎の実家を思い出すなあ」
「女将、このおせちは本物か」
「あ、美食ロボも招かれてたんだ。食い逃げするなよ」
「たのもー!」
「マヒナさんとノエ子さんが道場破りに来ました!」
「おせちは食べすぎということはない」
「ビカール三太郎さんもいますわー!」
「ウホ」
「ゴリラロボもおせち食うんかい」
「ニャー」
「チャーリー! 今年もよろしくお願いします!」
こうして浅草の町に新しい年がやってきた。人間とロボットが入り乱れるこの町は今年も楽しい事がいっぱい起こるに違いない。
そんな彼女達の幸せを祈ろうではないか。




