第141話 決闘ですわー!
ボロアパートの小汚い部屋の窓に映るどんよりとした曇り空を黒乃は見上げていた。冷たい風が吹きすさぶのが暖かい部屋の中からでもわかる。
「なんか降りそうだね」
「クリスマスは雪になるかもしれませんよ」
小汚い部屋には小さなもみの木の鉢植えが置かれている。メル子が買ってきたものだ。どうやらメル子はクリスマスパーティをする気満々である。
その時激しく扉が打ち鳴らされる音がした。
「ぎゃあ! 誰ですか!?」
「なんだなんだ?」
黒乃は立ち上がり、扉の覗き穴から外の様子を伺うとホッと息をついた。
「なんだ。お嬢様たちじゃん」
「びっくりさせないでください」
黒乃が鍵を外すと、勢いよく扉が開かれた。
「どういう事ですのー!」
「事と次第によっては戦争ですわよー!」
「ええ!?」
「何が起きましたか!?」
お嬢様たちは部屋に無理矢理上がり込んできた。金髪縦ロールが乗っている白い綺麗な顔が赤く火照っているのが見てとれた。
「なになにどうしたのさ。落ち着いてよ」
「またゴキブリロボでも出ましたか!?」
「これですわー!」
マリーは手に持っていた封筒を黒乃に突きつけた。どこにでもある茶封筒で既に封は切られている。
黒乃は封筒を逆さまにして振った。一枚の紙切れが封筒から滑り出てきた。
「あれ? これって」
「読んでくださいまし」
「ゴホン。
ゲームスタジオ・クロノス代表の黒ノ木黒乃と申します。
この度は弊社にご応募いただき誠にありがとうございます。
さて選考の結果ですが厳正なる選考の結果、誠に残念ではございますが今回はご希望に沿いかねる結果となってしまいました。
ご希望に添えず大変恐縮ではございますが、ご理解いただきますようお願い申し上げます。
マリー様のより一層のご活躍をお祈り申し上げます」
「お祈りしてますわー!」
「お祈りしてますわー!」
「お祈りしていますね」
黒乃はいそいそと便箋を折りたたみ封筒に収めるとマリーの手に持たせた。
「お祈り申し上げます」
「どうしてお祈りしていますのー!?」
「お祈りされる筋合いはございませんわー!」
どうやらお嬢様たちは先日の面接の結果に相当のご立腹のようだ。
「なぜ祈っているのかさっぱりわかりませんわー!」
「平たく言うと『不合格』って事だね」
「じゃあなんで不合格と言わずにお祈りするんですのー!」
「お嬢様に対する侮辱ですわー!」
黒乃とメル子は顔を見合わせて頷いた。二人で深々と頭を下げてこう囁いた。
「「お祈り申し上げます」」
マリーはアンテロッテから白いハンカチを受け取るとそれを床に叩きつけた。
「決闘ですわー!」
「ここまで侮辱されたからには決闘で決着をつけませんと気が済みませんわよー!」
「いや日本では決闘は禁止……」
「おフランスでは認められていますのよー!」
「決闘章典には八十四条の規則が定められていますのよー!」
「うそこけ!」
——浅草部屋。
稽古場の土俵の中では力士達が熱心にぶつかり稽古をしていた。巨大な体と体が打ち合う振動で窓ガラスが揺れる程だ。
その稽古場にマワシを締めて現れた黒乃達四人。
「黒乃山! お久しぶりッス!」
稽古中の大相撲ロボが土俵から出て黒乃を出迎えた。
「おう大相撲ロボ! 今日は悪かったね」
「そんな事ないッス! しかと立ち会うッス!」
力士達は土俵から離れ壁際に座った。メル子とマリーが土俵に入ると大きな歓声が起きた。
「身長的にメル子対マリー、私対アン子の勝負にするからね」
「望むところですわー!」
マリーはやる気充分だ。マワシをバシンバシンと叩き四股を踏む。土俵の中央で腰を落として睨み合った。大相撲ロボが二人の間に立った。
「メル子ー! 容赦はしませんわよー!」
「マリーちゃん! 負けても泣かないでくださいよ!」
大相撲ロボの合図で二人は土俵中央でぶつかり合った。ポヨンという可愛い音が稽古部屋に響き力士達は大喜びをした。
「ふぬぬぬぬですわー! メル子重いですわー!」
「なんて事を言うのですか!」
両者の身長はほとんど変わらないものの、人間とロボットでは体重に大きな差がある。圧倒的にメル子が有利である。
マリーはメル子のマワシを下手でなんとか握った。しかし密着するとメル子のIカップに顔が埋もれてしまう。
「苦しいですわー! 息ができませんわー!」
「もぞもぞしないでください!」
もがけばもがく程マリーの顔はお乳の谷間に入り込んでいった。力士達が大歓声を上げた。
しばらくするとマリーがストンと膝から崩れ落ちた。大相撲ロボはメル子に軍配を上げた。
「勝者メル子。決まり手『乳殺し』」
「お嬢様ー!」
黒乃とアンテロッテが土俵に進み出た。土俵中央で睨み合う。
「ぐふふ、アン子覚悟しなさい」
「負けませんのよー!」
立ち合いアンテロッテは普通に黒乃の顔を張った。
「ぐええ!」
丸メガネが吹っ飛び地面に落ちる。まあまあ綺麗な顔があらわになり力士達はなんとも気まずい反応を見せた。
二人はそのままがっぷり四つに組み合った。
「こらー! アン子! 乙女の顔を張るやつがあるか!」
「つい手が出てしまいましたわー! ごめんあそばせー!」
「てか私の命より大事な丸メガネはどこ!?」
その時、パキンという音が聞こえた。
「あ、黒乃山。自分やってしまったッス」
「大相撲ロボ貴様ーッ!」
黒乃はアンテロッテを無造作に地面に転がすと大相撲ロボに掴み掛かりバックドロップを炸裂させた。
脳天から土俵に叩きつけられた大相撲ロボは軍配を上げた。
「決まり手『行司殺し』で黒乃山の負け」
大相撲ロボはばたりと倒れて動かなくなった。
——ボクシングジム。
「まったく大相撲ロボのやつ。丸メガネを真っ二つにしよった」
「災難でしたね」
黒乃は米粒を使い折れた丸メガネのフレームを繋げていた。形状復元ナノフレームが使われているので、適当な有機物でくっつけておけば元通りに復元するのだ。
「やあ黒乃山」
声をかけたのは褐色肌の美女マヒナだ。肌に張り付くスポブラとパンツの間から見える筋肉に汗が光っている。
その隣に控えているのは褐色肌のメイドロボノエノエだ。ピンクのナース服風メイド服に黒のエプロンをかけている。タオルを持ちマヒナの汗を拭き取っている。
「うちでスパーリングがしたいなんてどういう風の吹き回しかな」
「いやー、ちょっと決闘をね。うへへ」
メル子とマリーはヘッドギアとグローブを装着した。エクササイズ用の衝撃吸収ナノジェルが入ったグローブだ。小学生でも安全にスパーリングができる。
二人はリングに上がった。ジムの練習生達がリングを取り囲み歓声を上げた。
「じゃあ2分1ラウンド制でいくよ。ダメージは入らないから有効打の数でポイントをつけるからね」
「今度こそ負けませんのよー!」
「吠えずらかかないでくださいよ!」
ゴングが鳴った。両者とも軽快なステップでリング内を回る。メル子は様子見の左ジャブを送った。マリーはそれをダッキングでかわし起き上がり様に左右のフックをみまった。それは正確にメル子の両乳を射抜いた。ポヨンポヨンとお乳が揺れまくる。
「やりますね。てい!」
メル子は上半身を振って揺さぶりをかけてから左右のワンツーを繰り出した。マリーはそれをダッキングでかわして両乳にフックをくらわせた。ポヨンポヨンとお乳が揺れまくる。
「どうしておっぱいばかりを狙うのですか!」
「必殺技ですのよー!」
「そんな技効くわけがないです!」
しかし次の瞬間メル子の動きがピタリと止まった。時間が停止したように指一本動かす事ができない。
「体が動きません!?」
「これは!? そうか!」マヒナが解説を始めた。
「お乳を一定のリズムで揺らす事によりお乳に特定の周波数の振動が発生! それがメル子の人工心臓の振動と逆位相になっている為心臓の動きが打ち消されてしまっているんだ!」
「それガチの殺人技じゃろ!」
マヒナは慌てて二人の間に割って入り両手を振った。
「マリーの勝利! フィニッシュブローは『バストブレイクショット』!」
「やりましたのー!」
「さすがお嬢様ですわー!」
次は黒乃とアンテロッテがリングに上がった。両者コーナーポストで作戦を練る。
「ご主人様! 金的です! 金的を狙ってください!」
「アンテロッテー! 親指を目に突っ込んで殴り抜けるのですわー!」
「スピードではアンテロッテ。リーチでは黒乃山が勝ります。この勝負目が離せません」ノエノエが緊張の面持ちでリングを見つめた。
ゴングが鳴った。両者静かにリング中央で拳を合わせる。
アンテロッテが先制の一撃を打ち込んだ。黒乃はそれをガードを固めて受ける。アンテロッテは細かい打撃を浴びせかけるが全てガードされてしまった。痺れを切らしたアンテロッテは大振りの右フックを打ち込んだ。それをグローブで滑らせると懐に入り込みクリンチをした。両者ロープ際で揉み合う。
「ブレイク!」
マヒナが二人を引き離そうと割って入った。しかし黒乃は全く離れない。
「黒乃山! ブレイクだ!」
腕を黒乃の顔にかけて引き離そうとするがビクともしない。
「こら黒乃山! 離れろ! すごい力だ!」
「離してくださいましー!」
結局ゴングが鳴るまでの二分間、黒乃はアンテロッテにクリンチをし続けた。リングの上には仁王立ちをする黒乃と疲労困憊で仰向けに倒れたアンテロッテとマヒナ。
「勝負は残酷……最後に立っていた者が勝者なのです。フィニッシュブローは『メイドロボちゅきちゅきホールド』で黒乃山の勝ちとします」ノエノエが勝者の宣言をした。
日が傾いた曇りの夕暮れの町を四人は歩いていた。全員満身創痍である。
「結局決着がつきませんでしたわ……」
「悔しいですわ……」
お互いを支え合って歩くお嬢様たちを見て黒乃は笑みをこぼした。
「マリー達はなんでそんなに勝負にこだわるのさ。そんなにうちの会社に入りたかったの?」
マリーはツンと顔を背けた。
「別に入りたくないですわ」
「じゃあなんで面接に来たのよ?」
「……楽しそうって思っただけですわ」
「マリーちゃんは中学生なのですから無理して働く必要はありませんよ。学校を楽しんでください」
「学校は学校で楽しんでいますわ」
雲の切れ間から夕日が差し込み黒乃とメル子の背中を赤々と照らした。お嬢様たちはそれを見ながら歩いた。
「学校は楽しんでいますけど……なんか負けたくないですわ」
「負けるって?」
「お二人はいつも楽しそうですわ」
「いや、マリー達も楽しそうに見えるけど」
マリー達は立ち止まった。ぼそりとつぶやく。
「……どちらが楽しいか、勝負ですわ」
「なんて?」
「なんでもありませんわ」
雲間から差し込む微かな夕日は四人を等しく照らしていた。




