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第111話 ぐったりします!

 休日の朝。ボロアパートの小汚い部屋の窓から、冬の日差しがメイドロボを照らした。金髪ショートカットの小柄なメイドロボは床に仰向けに横たわり、うつろな表情で天井を見ながら、なにやらぶつぶつと呟いていた。


「メル子、朝ご飯できたよ」

「……」


 ご主人様である黒ノ木黒乃(くろのきくろの)は、珍しくキッチンで料理をしていた。今日の朝食はライス、インスタントの味噌汁、塩辛の卵焼きだ。


「メル子、起きて」

「ふぁい……」


 いくら呼んでも一向に起き上がろうとしないので、メル子の元までいき顔を近づけた。


「まったく、どうしちゃったのこのメイドロボちゃんは。さあ起きて」

「……」


 メル子は黒乃から顔を背け、知らんぷりを決め込んでいる。


「この〜、あんまり駄々こねるとおっぱいつついちゃうぞ」

「お好きにどうぞ……」


 黒乃はメル子の(アイ)カップをつつきまくった。ぷるんぷるんとお乳が縦横無尽に揺れまくり、黒乃はその動きに合わせて顔をクネクネと動かした。


「さあ、ほら、起きて!」


 黒乃はメル子の両腕を掴むと引っ張り上げた。しかしメル子は完全な脱力状態のため、上半身を起こすのに思いきり力を込めなくてはならなかった。

 黒乃は朝食の皿から卵焼きを指で摘むと、メル子の口に押し当てた。


「はい、食べて。メル子の好きな塩辛の卵焼きだよ」


 するとメル子は少しだけ口を開けたので、その瞬間を狙って押し込んだ。


「どう? おいしい?」

「おいしいです」


 黒乃はメル子の背後から腕を回して抱き起こすと、テーブルまで無理矢理歩かせた。椅子に座らせると、ようやく朝食を食べ始めた。


「ちゃんと食べないと、メイドさんのお仕事できないよ!」

「ふぁい……」


 メル子は一通り食べ終えると、再び床に仰向けになった。黒乃は呆れてその様子を眺めた。

 いつもであれば、朝食が終われば部屋の掃除である。しかし、メル子はまったく働こうとしない。


「メル子、掃除して。ほら、埃とり棒持って」


 黒乃は埃とり棒をメル子の手に握らせたが、床から持ち上げることすらしない。


「メル子! お掃除しなかったら、そんなのメイドさんじゃないよ!」

「だって……」


 メル子はもごもごとなにかを言っている。黒乃はメル子の口に耳を近づけた。


「なんて!?」

「だって、この小汚い部屋なんて、すぐお掃除が終わってしまうではないですか……ペンションは大きくてお掃除のし甲斐があったのに……」

「なんちゅうこと言うの!?」


 黒乃は理解をした。メル子はしばらくの間、北海道のおしゃれで大きなペンションでメイドとして働いていた。メイドとしての能力を最大に発揮できる、天国のような環境だったのだ。

 ところが、いざボロアパートに戻ってみると、メイドの職場とは程遠い小汚い部屋が待っていたのだ。つまりメル子は『やり甲斐』を失ってしまったのだ。


「昨日は『やはり実家は最高です。明日からバリバリ働きますよ!』なんて言ってたのに、この有様かい」

「お掃除なんて、丸いお掃除ロボにやらせておけばいいんですよ〜」


 メル子は床をゴロゴロと転がり始めた。


「参ったな。こりゃけっこう重症かも」黒乃は頭を抱えた。



 お昼。小汚い部屋のドアベルが鳴った。床に寝転んでいたメル子はその音に驚きビクンと震えた。


「お、きたきた」

「?」


 黒乃が扉を開けると、マリーとアンテロッテが立っていた。


「ご機嫌よう! ランチを持ってきましたのよー!」金髪縦ロール、シャルルペローの童話に出てきそうなドレスを纏った少女が、バスケットを前に突き出して挨拶をした。

「ご機嫌よう! わたくしが腕によりをかけました特製ランチですのよー!」金髪縦ロール、シャルルペローの童話に出てきそうなドレス風のメイド服を纏ったメイドロボが、その後ろでドヤ顔で挨拶をした。

「「オーホホホホ!」」


 二人は玄関で高笑いを炸裂させた。


「うるさいです……なんですか」

「待ってたよ。さあ、上がって上がって」


 三人は床で寝転ぶメル子を取り囲むように座った。


「ほら、メル子。お友達が遊びにきてくれたよ」

「お友達って、いつものお二人ではないですか……珍しくもなんともありません」


 マリーとアンテロッテは顔を見合わせた。


「メル子、どうしたんですの? メイドロボはもう辞めたんですの?」

「お嬢様、メル子さんは社会不適合ロボにジョブチェンジしたのですわー!」

「「オーホホホホ!」」


 二人の渾身の煽りも、メル子には届かないようだ。


「私はこれからメイドロボではなくて、単なる美少女ロボとして生きていきますよ」

「自分で美少女って言ってますの」

「すごい自信ですの」


 黒乃はポンと手を叩いた。


「まあまあ、じゃあお昼にしようか。ほら、アン子がなにか作ってきてくれたよ。アン子、なに作ったの?」


 アンテロッテは持ってきたバスケットにかけられたナプキンを開いた。


「ご覧あそばせ! クロックムッシュですわー!」

「おお! なにそれ!?」


 クロックムッシュとは、パンにハムやチーズを挟みフライパンでこんがりと焼いたホットサンドイッチだ。 


「本来はベシャメルソースをかけるのですが、わたくしアレンジをいたしまして、北海道でお土産にもらったウニをベースにしたソースにしてありますのよ」

「おフランスと北海道のコラボレーションですわー!」


 メル子が起き上がろうとしないので、アンテロッテが無理矢理上半身を起こし、その胸にメル子の頭を寄りかからせた。マリーがクロックムッシュを持ち、メル子の口に無理矢理押し込んだ。


「どうですの、メル子。おいしいですの?」

「おいしいです……」

「メル子さんに、こんなにおいしいお料理作れましてー?」

「無理です……ブー! ゲホッゲホッ!」


 メル子はクロックムッシュをマリーの顔面に噴き出した。激しくむせる。


「ギャーですのー!」

「こら、メル子! ちゃんと起き上がって食べないからでしょ!」

「ゲホッゴホッ! ごめんなさい……」

 

 メル子は再び横になってしまった。


「完全に生きる気力を失っていますの」

「これは時間をかけて直すしかないんじゃありませんこと? もしくは、ロボット心理学療法士のマヒナ様に治療を依頼するとか」


 黒乃は頭を捻って悩んだ。


「うーん、それはちょっと。メル子の顔面に拳をめり込ませて更生ってのも、かわいそうだよ」


 メル子はその話を聞くとうずくまり、頭を抱えてプルプルと震え出した。


「怯えていますの」

「メル子、大丈夫だよ。マヒナ呼ばないよ」


 結局、お嬢様たちの手に負えるものではなかった。



 夕方。黒乃はボロアパートの倉庫から台車を引っ張り出してきた。メル子を担いで台車に乗せると、ゴロゴロと音を立てながらどこかへと移動を始めた。メル子は台車の上で体育座りをしている。


「お、メル子が運ばれてる。メル子〜、どこいくんだよ〜!」

「キャキャキャ! 巨乳メイドロボが荷物みたいに運ばれてる〜」


 近所のクソガキどもがその様子を見て囃し立てた。メル子は拳を一瞬上に掲げたが、すぐに力無く下に垂れてしまった。


「ご主人様……どこにいくのですか?」

「こういう時は、大先輩を頼ろうかと思ってね」


 黒乃は台車を押して浅草寺方面へと向かった。大きな通りから何本か外れた路地へと入る。台車が石畳の上を通るとガタガタと激しく揺れ、メル子は振動で具合が悪くなった。

 青ざめた顔で前方を見つめるメル子の目に、紅茶店『みどるずぶら』が入ってきた。物静かな路地に佇む落ち着いた雰囲気の店。正面はガラス張りになっており、外からは壁一面に敷き詰められた紅茶の棚が見える。カウンターの上には、茶葉が詰まった瓶が整然と並べられていた。

 黒乃は先に店に入ると、紅茶屋を仕切るメイドロボ、ルベールを呼んだ。メル子はその様子を眺めていたが、ガラスの向こうにルベールの姿が見えると、ヨロヨロと立ち上がった。


「お、一人で立ってる」


 黒乃が扉から出てきた。その後ろにヴィクトリア朝のクラシックなメイド服を着たメイドロボが続く。人形のように整った顔立ちに黒髪を結い上げキャップの中に収めているので、大人びた雰囲気が強く表れている。


「メル子さん、こんにちは」

「……こんにちは」


 メル子は視線を合わせずに応えた。美しさが溢れるルベールに、覇気を失った姿を見られるのは恥ずかしい。それでもメル子は、黒乃に手を引かれ店の中に入った。テーブル席に着くと、ルベールは紅茶を淹れてくれた。


「アールグレイをストレートでお楽しみください」


 二人は紅茶を飲んだ。ベルガモットの爽やかな香りが鼻の奥で花開いていく。


「うーん、いい香りだ」

「おいしいです」


 メル子はルベールを眺めた。優雅な動作で茶葉の手入れをしている。カップを磨き、カウンターを拭き、瓶の中の花を整える。

 店は黒乃達の部屋よりも小さい。しかし、やることは無限にあるようだ。黒乃とメル子はその立ち居振る舞いに、うっとりと見惚れた。


「ルベールさん」メル子は呼びかけた。

「はい、どうかしましたか?」ルベールは敢えて手を止めずに応えた。

「ルベールさんはもっと大きなお店で働きたいと思ったことはありますか?」

「……働いていた時期もありましたよ。でも今はこのお店が私のお城ですので」

「お城……」


 ルベールはカウンターの外に出て、窓際に飾られた小物達の手入れを始めた。


「このお店は私が奥様からいただいたお城です。私はお城勤めのメイドロボなんです」


 ルベールはふふふと笑った。


「えへえへ、お城にしては小さいですね」

「はい、それでも手一杯です」


 メル子はカップの紅茶に映った自分を眺めた。床に寝転がっていたので自慢の金髪がボサボサだ。


「小さくてもお城……」


 二人は店を出た。日が落ちた静かな路地をガラガラと台車を引いて歩く。するとメル子は台車のハンドルを握った。


「ご主人様、乗ってください」

「なんで!?」


 黒乃は言われるがままに台車に体育座りをした。メル子が台車を押すと、石畳の振動がもろにケツに伝わり、即具合が悪くなった。

 台車を押す金髪巨乳メイドロボと、台車に乗る長身丸メガネ白ティーおさげ。謎の組み合わせは、浅草の町の人々の目を多いにひいた。

 




 翌日、黒乃が仕事から戻るとメル子は夕食の準備をしていた。ふぅと安堵の息を漏らし荷物を床に置くと、ふとなにかの香りが鼻をくすぐった。


「お? なにこれ?」


 窓際を見ると竹細工の壁掛けが掛かっており、小さな瓶が収まっていた。その中には一輪の花が添えられていた。


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