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第36話 クズ、帰宅する

※かなり激しいイジメ描写があります。苦手なかたはご注意ください。

 

 同日夜――

 カスティロス家の屋敷に、ようやくレズンはふらりと帰ってきた。


 学校での騒動の後、教師たちからは事情を聞かれ。

 いつも通り、ヒロが授業から逃げ出そうとしていたから連れ戻そうとしたら喧嘩になったと説明した。毎回それで、おつむの足りない教師どもは納得していたから。

 しかし今回ばかりは事情が違い、なかなか教師たちは首を縦に振ってくれなかった。

 多分あの、急に現れた生徒会長があることないこと吹き込んできやがったんだろう。奴の言ったとおり、さすがに親父の威光も国を守る騎士団長様には叶わねぇからな。


 手下たちも思うように動いてくれない。

 あの化物にぶん殴られた俺を助けるどころか、一目散に逃げやがった。

 そればかりか、泥まみれにされた俺に着替えも寄こさない。おかげで今日は一日、教師から借りたダサイ武闘着で過ごすハメになってしまった。

 どうせ家にも連絡は行っているだろうし、どうも帰りづらい。だから手下の家に無理矢理乗り込み、泊まろうとしたが――

 その親からやんわりと、今日は帰ってくれと懇願されてしまった。

 こんなことは初めてだった。手下の家じゃいつもこれでもかというほどの勢いでもてなされ、豪勢なメシにありつけていたっていうのに。


 ――そう思いながら、レズンは無駄に広い庭を抜け、形だけは豪奢な正面玄関にたどりつく。

 扉を開けるなり、父と母の争う声が聞こえた。



「どうして!? あの子は何もしてないわよ!

 貴方はいつもそんなことばかり、私の教育が悪いっていうの!」

「うるさい! 毎度毎度、あいつの不出来には苛々させられる!

 どうせお前が甘やかしすぎたのだろう!! 成績もこんなに落ちて、どう責任を取るつもりだ!?」



 広い廊下に響く、両親の怒鳴り声。

 廊下はかなり長いこと掃除がなされておらず、埃や髪の毛が至るところに散らばっている。開けっ放しの小部屋の隅では、この前の喧嘩の時に割れた花瓶がまだそのままだ。台所からは虫がわいている。


 ――レズンの家は、荒れ放題に荒れていた。


 メイドも執事も、雇っては解雇、雇っては解雇の繰り返しだ。だから屋敷のどこもかしこも掃除されておらず、風呂にも入れず、食事も用意されていない。かなり前からこんなことは日常茶飯事だった。

 母親に聞いたら、信用ならないの一点張り。メイドを雇っては父を誘惑すると疑い、執事を雇っては自分を襲ってくるなどと疑う。もう40にさしかかろうとしているのに何言ってやがる。そのくせ家事は殆どしない。


 ――そりゃ、親父もキレるよ。


 息子の帰宅には全く気付かず、広間で怒鳴り合う両親。

 そっと広間を素通りし、レズンは上階の自室へと、逃げるように駆けあがった。

 読みかけて放置した本が至るところに投げ出され、ベッドは全く整えられていない。

 汗の臭いがそのまま残る毛布をひっかぶり、レズンは懐からあるものを取り出した。


 毛布の中でも光を放ち始めた、薄い硝子板か鏡にも似たそれは――

 彼の、ミラージュスコープ。


 慣れた手つきでレズンは、スコープの表面に表示された魔術文字を乱暴に打っていく。

 すると、そこに現れたのは――



『い、嫌だぁああっ!

 やめろ、どうしてこんなことするんだよ、レズ……ぐぅっ!!?』



 そんな絶叫と共に、スコープの表面に現れたものは――

 学校のトイレに閉じ込められ羽交い絞めにされ、無理矢理便器の上に座らされた、ヒロの姿。

 散々水をかけられてずぶ濡れになり、真っ白な水兵服は身体に張り付いて肌が透けている。

 暴れて逃れようとするヒロの口が多くの手で塞がれ、水兵服の裾から何かが侵入していく。


 それは――冷たく輝く刃を持つ、裁ち切りバサミ。

 その柄を掴んでいるのは――他でもない、自分だった。

 腹部に当てられた刃の冷たさに、ヒロの全身が震え上がる。



『い……いや……イヤだぁっ!!

 やめて……お願いだ、レズン……あ、あぁ、あああああぁああぁあああぁ!!』



 毛布の中で延々と再生される、ヒロの悲鳴。自分たちの笑い声。刻まれる布の音。

 心地よい。とても、気持ちいい。

 レズンは心からそう思った。



 映像の中でヒロが泣き叫び、その身を汚すたびに。

 荒れ放題だったレズンの身も心も同時に、快楽で満たされていく。

 切り刻まれた水兵服の隙間から覗く、まだ幼い肌。

 刃で傷つけられたのか、肌の上に流れる幾筋もの赤。

 その赤は濡れた水兵服にも滲み、輝くばかりの純白さえも汚していく。



 もう何度、この映像を再生しただろう。

 もう何度、泣き叫ぶヒロを見て自身を満たしただろう。



 あの時の感覚は、今でも鮮明に手が覚えていた。

 レズンが羨ましかったもの。決して手に入れられないもの。

 その全てを陵辱し、破壊していく――その快感。



 ――いつからだろう。

 ヒロに、こんな感情を抱くようになったのは。



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