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第14話 少年、白濁液にまみれる

 

 始業時間から少し遅れて、教室に入ったヒロ。

 教師はまだ来ておらず、生徒たちは勝手気ままに騒いでいた。

 しかしヒロの姿を見るなり、彼らは一瞬静まり返る。

 蜘蛛の子を散らすが如くヒロから遠ざかり、生徒たちは自席へ戻りながら遠巻きに彼を見つめる。中にはクスクス笑っている者もいた。

 そして一番後方の、自分の席に座ろうとして気づいた――



 机と椅子に、生卵がぶちまけられている。



 これも毎度のことだ。卵が油になったり泥になったり、はたまた罵詈雑言の落書きだったりすることもあるが。

 思わずため息をつきながら、教室のちょうど真ん中あたりを睨む。

 そこではレズンとその手下たちが、ニヤニヤ笑いながらヒロを眺めていた。

 ハンカチを取り出して机と椅子を丁寧に拭いていると、すぐに彼らはヒロに寄ってくる。


「おいおい~、せっかく綺麗にしてやったのに、勿体ねぇことするなよなぁ」

「そうそう。新鮮なマジックターキーの卵だぜ」


 正面から堂々とにじり寄ってきたレズンが、ヒロの紅い髪を乱暴に掴んだ。


「い、痛っ……!」


 レズンの握力はかなり強い。これだけで、髪の毛が数本ちぎられる音がした。

 そのまま強引に上半身を持ち上げられ、子分たちに両腕を押さえられてしまうヒロ。

 ハンカチまでレズンに取り上げられてしまった。

 汚れた机にこぼれた卵の白身を、そのハンカチで適当に拭きながら――

 それをべっとりと、ヒロの頬に塗りつけるレズン。

 腐った卵の嫌な臭いで、息が詰まりそうだ。


「や……やめ……っ!」


 ヒロの必死の抵抗も虚しく、生卵は額にも髪にも塗りつけられ、その手はやがて細い首筋から襟元まで伸びていく。

 ドロドロと顎から滴った白身が、スカーフまでもを汚した。


「ていうかさ。

 あの女、どっから連れてきた。

 お前みたいな落ちこぼれに、何であんな娘がついてくんだよ」

「し……知らない……!

 あいつが勝手に来ただけだ。理由なんか、俺には――!」

「へぇ。

 答えないなら、身体に聞いてやってもいいんだぜ?

 今日はお前の為に、イイモン用意してあるんだ」


 そう脅しながら容赦なく、ヒロの襟元からその内側にまで侵入していくレズンの手。

 他の生徒は見て見ぬふり。これもいつものことだ。

 昨日休んでしまった分、今日の弄りはどれほどのものになるか。

 冷たい指が胸元を汚していく気持ち悪さに、ヒロは思わず震え上がったが――

 その時。



「あぁ、ここが憧れの教室でございますね!

 ヒロ様と共にここで学べるとは、何という僥倖!!」



 甲高い声と、勢いよく扉が開かれる音と共に。

 彼女が――美少女に変身したルウが、サクヤと一緒に堂々と教室に入ってきた。

 その後から身体を丸めて申し訳なさそうに入ってきたのは、セミロングの茶髪に眼鏡の女性教師。

 まだ若く、眼鏡を取れば多少美女にも見えるかも知れない容姿だが、とにかく存在感が薄い。


「あ、あの……

 皆さん、静かにしてくださ~い。彼女は本日転校してきた……」


 声が小さく気も弱い為か、教師の声はろくに後方まで届かない。

 いつもはそれをいいことに、レズンたちもヒロを弄るのをやめようとはしなかったのだが――

 ルウの声を聞いた瞬間、レズンは警戒心も露わに、前方を睨みつけた。

 同時に子分たちの手も止まる。中にはヒロの背中から服を引っ張り、強引に脱がそうとしている輩までいたのだが。



 彼女の方も勿論、ヒロのただならぬ様子に気づいたものの。

 ぐっと両拳を握りしめ、懸命に笑顔を貼り付け、堂々たる自己紹介を始めた。



「皆様、初めまして!

 わたくし、ルウラリア・ド・エスリョナーラと申します。

 ヒロ様と魂と共にする者ですわ!!」



 一瞬、教室内にざわめきが広がる。

 前方の男子生徒の殆どは、ルウの容姿に見惚れて思わず鼻の下を伸ばしている。

 それを静めるかのように、彼女の声は凛と響いた。



「隠してもいずれ分かることですから、最初に申し上げます。

 わたくし、今こそこのような容姿端麗の人間の美少女ですが、本来は触手族の魔物。

 それも、由緒正しきエスリョナーラ一族の直系でございます。

 故あって、ヒロ様のお屋敷に居を構えておりますわ」



 堂々たるルウの言葉に、レズンたちさえもヒロから手を離し、彼女を睨んだ。

 エスリョナーラという単語に、生徒たちの一部が思わずびくりと身を縮める。それは殆どが、耳が尖っていたり尻尾が生えていたり全身毛むくじゃらだったりといった、多少なりとも魔物の血を引いた生徒たちだった。


「エスリョナーラ……まさか……」

「とんでもない奴が来やがった……何で?」

「しかも直系? マジヤバイよ」


 だがそれ以外の人間の生徒たちには、その名の意味はほぼ分からない。

 すぐにレズンはニヤリと笑い、生卵で汚されたままのヒロの頬をつつきながら、耳元で囁く。



「なぁるほど……

 つまりあいつは、お前専用ペットってことかよ。

 まーた変態ジジイが連れて来たんだな、あの骸骨や毛玉みたいな出来損ないを。

 納得♪」



 かなりの小声のはずだったが、それを聞き逃すルウではない。


「聞こえておりますよ、レズン。

 わたくしの聴覚を馬鹿にしないでもらいたいですね」

「なっ……!」

「わたくしの大切なヒロ様から、その汚い手を離していただけます?

 でなければ――

 実力行使に出てもよろしいのですよ?」


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