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第115話 クズ、更生の芽?



 わたくしは黙って身をかがめ、そっとレズンのミラスコを取りました。

 触れる直前に念のため何回かつついてみましたが、特におかしな兆候はありません。

 レズンも一切それを奪い返そうとはせず、ただわたくしの行動を横目でじっと睨んでいます。泣きはらした真っ赤な目で。

 人によってはイケメンと称されることもあったレズンですが、多分こういうぐちゃぐちゃの泣き顔さえも女子によっては「カワイイ」だの「母性が刺激される」などと評価されることもあるのでしょう。恐らくそれもあって、コヤツはさらに増長したに違いありません。

 わたくしには全く信じられない感覚ですけどね! 鬱陶しいし忌々しいし、何より気持ち悪いだけですわ!!

 こんな心根が根底から腐りまくったクズンなぞより、心の芯から勇者なヒロ様のほうが断然、笑顔も泣き顔もカワイイに決まって――


「ルウさん。

 そのミラスコ、ちゃんと調べてみてくれ。ヒロ君の映像のメール、送信先はどうなってる? できれば僕のミラスコに情報(アドレス)を送ってほしい」


 そんな会長の言葉が、わたくしの思考を現実に引き戻してきました。

 た、確かにそうです。今はクズンの泣き顔評価などしている場合ではありません!

 わたくしは改めてミラスコの画面を見据えました。レズンのミラスコにレーナからこの映像が送られてきたのだとすれば、この送信元に間違いなくヒロ様はいるはず!


「あ、一応念のため、コピーはしないで送信元の情報を手打ちしてくれるかな。だいぶ面倒だけど」

「分かりました、お任せください! わたくし早くもミラスコの操作には慣れてしまいましたので!!」


 わたくしはすぐさまその送信元の情報を読み取り、会長へと送信しました。

 送信元の情報――つまりアドレスと呼ばれているものはいつもわたくしたちが使っているようなそれとは違い、一見意味をなさないように見える文字が数十文字ほど書かれています。世間でよく問題になる迷惑メールのアドレスと一緒ですが、状況が状況だけに何やら呪文の如くにも見えました。

 会長の心配はもっともです。何しろ魔妃からのメールですから、何が仕掛けられているか分かりません。

 しかし少なくともこの映像はレズンへと送られた上、さらにレズンからサクヤさんへと送られた。何か他に異変があれば、サクヤさんからすぐに連絡が来るはず。だから恐らく、このメール自体に罠が仕掛けられているということはないでしょう。

 何よりこの映像はレーナにしてみれば、(そう考えるだけで吐きそうですが)愛する息子へのとっておきのプレゼント。そこに罠があるとは思えません。



 ……ですが分からないのは、一体何故、レズンがこの映像をサクヤさんへ送ったかという点です。

 若干訝しく思いながらも、わたくしは光の速さでアドレスを打ち込んで会長に送信しました。

 その間にもレズンはずっとうつむいたまま、誰とも会話をしようとしません。

 やがて会長とおじい様の声が交互に響きました。


「なるほど、了解した。

 ルウさん、安心してくれ。この情報を騎士団に送れば、すぐに場所は分かるはずだ」

「大丈夫じゃ、ルウラリア!

 先ほど使った魔鍵解錠装置を応用すれば、場所さえ分かれば一瞬でヒロの元にいけるぞい!」


 会長もおじい様も、頼もしいことこの上ないです。

 ヒロ様の悲鳴が未だに流れ続けているのは痛ましいですが……もう少しだけお待ちください、ヒロ様。必ず助けに参ります!!


 そう決意したわたくしの足元で、依然として呻き続けているレズン。

 そこへ静かに歩み寄ったのは、会長でした。


「レズン。

 ありがとう。君のおかげで、ヒロ君は助けられそうだ」


 思わぬ言葉をはっきりと口にしながら、レズンの目線にしゃがむ会長。

 そんな会長に、レズンのみならずわたくしまでも驚愕を隠せませんでした。


「……何……言ってやがる」


 よーく耳を澄まさなければ聞こえないほどの、レズンのかすれ声。

 それでも会長は赤子を諭すように語りかけます。


「君は母親からの映像を、敢えてサクヤさんに送った。僕やルウさんではなく、わざわざサクヤさんに。

 それは多分、君の意地だよね。

 僕たちと……特にルウさんとはまともに話をしたくないっていう君の意地だ」

「……!!」


 レズンは一瞬、歯を剥いて会長を睨みつけました。

 しかし泣き腫らした真っ赤な目と涙と鼻水でぐちょぬれの顔で凄まれても、最早何も怖くありません。それどころか哀れみさえ覚えます。


「ち、違う……

 お前らの……アドレス、知らなかったし……

 サクヤに送るしか……なかった」

「だとしても、直接僕やルウさんに映像を見せれば済んだ話だ。

 それぐらい君は、ルウさんや僕が嫌いだってことだよね」

「…………」


 あぁ、もうやめましょう会長。さすがのわたくしでも、こんなレズンの姿がとてつもなく悲しく思えてきました……

 こういう言葉を笑顔で言ってしまえるあたり、会長はやはり魔王の血族なのでしょう。


「でも、レズン。

 君は確かに、一歩だけ進んだんだよ。

 ヒロ君を母親と自分の餌食にするのではなく、彼を助ける為に君は動いた。

 僕やルウさんと話は出来なくとも、ヒロ君のことは助けたい。それは間違いなく、君の意思そのものだ」


 レズンは再びじっとうつむいてしまいました。

 そして、蚊のなくような声でぽつりと吐き捨てられた言葉は。


「……サクヤなら……

 サクヤだったら、分かってくれると思ったんだ。

 俺やヒロのこと、いつもすげー心配してたし……しっかりしてるし……

 だから……」


 ――なるほど。

 わたくしたちと直接会話をするのがイヤだから、わざわざサクヤさんにあの映像を送りつけたということですか。

 信じがたい理不尽な理由ではありますが、レズンであれば納得はいきます。

 サクヤさんなら一瞬で全てを理解し、わたくしたちに情報を送ってくれる。そう信じたからこそ、彼女に託したと。

 その想定どおりにサクヤさんが動いてくれたからいいようなものの、静養中にいきなりあの鬼畜映像を送りつけられた瞬間の彼女の驚愕はいかばかりか。

 サクヤさんがケガをしたのはレズンが原因でもあるというのに……

 ヒロ様に対してもそうですが、コヤツはどれだけ人様の優しさにつけこめば気が済むのでしょう。


 わたくしの形相が悪鬼の如く変化したのか、会長は慌ててわたくしを宥めてきました。


「ルウさん、気持ちは分かるよ。よく分かる。

 だけど彼が今、少しでも前に進めた。僕はそれだけでも凄いことだと思う」


 おじい様もぐっと感情をこらえながら、レズンを改めて見定めます。


「褒めそやすだけでは人は伸びぬが、蹴り落とすばかりでも人は這いあがれぬからの。

 カスティロスの一家には言いたいことは山ほどあるが……

 ようやく出てきた希望の芽まで、わざわざ潰すこともあるまい。それをやればあの伯爵の二の舞じゃて」


 むぅ……

 おじい様がそうおっしゃるなら、わたくしは引き下がるしかありません。

 ヒロ様にユイカ様といった何よりも大切な家族を、カス一家により滅茶苦茶にされた。そんなおじい様がおっしゃるのであれば。


「何より、ヒロの居場所がこれで分かる! 

 後は騎士団に即刻分析してもらい、解錠装置のワープ機能で再び突撃するまでじゃ!!」


 そう――今はヒロ様の救出が何より優先すべき最優先事項!

 お願いします。もう少しだけ頑張ってください、ヒロ様……

 わたくし未来の妻として、必ずや助けに参りますから!




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