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第114話 触手令嬢と『親の役目』

 


 わたくしが思わずレズンを問い詰めようとした、その時。

 懐のミラスコがぶるると震えました。今度はわたくしのミラスコです。

 見ると、何故かサクヤさんからの通信が入っています。彼女は病院で治療を受け、自宅で休んでいるはず……

 何故今、彼女から? ヒロ様とわたくしを心配してくれたのでしょうか。

 通話用のボタンに触れると、焦りに焦った彼女の声が聞こえてきました。



《ルウさん! 大変!!

 今、レズン君から私にメールが来て……》

「え、えぇ?

 クズンならわたくしたちの目の前にいますが?」

《へっ? ……そ、そうなんだ。

 でも、とにかく大変なの。レズン君から私あてに、映像つきのメールが来てて。

 その中に、ヒロ君が映ってて……大変なことになってる!》



 悲鳴も同然のサクヤさんの声。

 それとほぼ同時に、再びわたくしのミラスコが震えました。サクヤさんからのメール、2通目です。

 それには映像が添付されていました。開いてみると――



「……なっ!?」



 そこに映し出されていたのは、両手両足を魔の蔓によってがんじがらめに拘束され、薄暗いどこかの洞窟のような空間に吊り上げられているヒロ様の姿。



《ルウさん、この映像何なの? 何で私のところに、レズン君がこれを送ったの?

 ヒロ君は今、どうしてるの? 無事なの!?》



 そんな悲痛なサクヤさんの声にも、わたくしは答えられません。だって、わたくしだってわけが分からないのですから。

 その間にも、ミラスコの画面状況は激変していきます。

 吊り上げられたヒロ様。ミラスコの画面が不安定にゆらゆら揺れながら正面からヒロ様の姿を映していますが、やがて急に画面が激しく揺れ出しました。

 その刹那、ミラスコの中から響きわたったものは。


『さぁ、アラーニャちゃん。やって頂戴!

 あの時のユイカと、同じように!』


 それは、女の声――

 わたくしは確信しました。カメラの死角になっているせいか画面には映し出されていませんが、これは間違いなくレーナ・カスティロス。魔妃の末裔の声です。


「その声は……!?

 ルウさん、見せてくれ!」


 声に反応したのか、会長も慌ててわたくしのミラスコを覗き込んできました。

 他人のミラスコを覗き込むのは会長らしからぬ行為であり、人間の世界では本来無礼にあたる行為でもありますが、非常事態ですから仕方ありません。

 おじい様もスクレットもソフィも、一斉に集まってきました。


 そんなわたくしたちの眼前で、がんじがらめに吊り上げられたヒロ様。

 カメラは何故か大きく揺れながら、ヒロ様に突進するかのように動きます。水を蹴とばすような轟音が響いてきますが、一体どういうことでしょうか。

 何が何だか分からないうちに、カメラはヒロ様の可愛らしいお顔の真正面に来たかと思うと――



『あ……がぁっ!』



 響きわたったものは、ヒロ様の悲鳴。

 激痛をこらえるように必死で歯をくいしばる表情がもう、たまりませ――

 なんて、そんなことを言っている場合ではありません。


 次の瞬間カメラを覆い尽くしたのは、真っ赤な血飛沫。

 何かを食いちぎるかのような音と共に、モスグリーンや白の布切れが画面を飛び交いました。大量の赤と一緒に。


「きゃあああああぁっ!!」

『ヒ、ヒロ君!!?』

「うああぁあぁ! ヒロぉ~!!」

「ぐ、おのれ……よくも!!」


 当然、わたくしの周囲でもソフィやサクヤさんの悲鳴、スクレットの絶叫、おじい様の呻きが次々に飛び交いました。

 これが偽りではなく本物のリアルタイム映像であれば最早一刻の猶予もありませんが、一体どうすれば――


 阿鼻叫喚のその時、やはり冷静だったのは会長でした。


「これも魔妃の術の一種だ。

 恐らく召喚した魔物に術で眼球を埋め込み、その眼球から現場の映像をレズンのミラスコに転送した。そんなところだろう」

「ま、魔物に眼球を!?

 だとすれば、この映像は魔物の目、そのものということですか?」

「多分ね。

 どうしてレーナがわざわざレズンに映像を寄越したのか、そして何故レズンのミラスコからサクヤさんのところへ映像が送られたのか、それは謎だが――」


 その間にも、ヒロ様へのいたぶりは止まりません。

 ミラスコからはヒロ様の悲痛な絶叫が次々に響いてきます。同時に画面を埋め尽くす赤。

 破られるブラウスの間からちらりと覗いた鎖骨。裂けたズボンの裾からちらちら見える細い足首にふくらはぎ……

 本来ならば大層キュート!と絶賛しているところですが、これほどの血しぶきを前にしてはそれどころではありません。

 早く、早く何とかしなければ――


 ですが、さらにミラスコから聞こえたものは、魔妃のけたたましい笑い声。


《うふふ……大丈夫よレズンちゃん♪

 この子の可愛い姿も声も、最初から最後までぜぇんぶ、貴方のもとへ届くようにしてあるから!》


「……なるほど?」


 酷く冷静に呟く会長。吐き捨てたと表現しても過言ではないでしょう。

 ですがこの言葉でわたくしにも、何となく見えてきました。レーナの目的が。

 ヒロ様をとらえ、痛めつける映像を息子のレズンに送ることで、ヤツのご機嫌をとろうとでもいうのでしょう。

 それがレズンの為。そう信じて。



 ――ですがそんなもの、断じて愛などではありません。

 少なくとも、親が子へかける愛情などではありえません。

 子が悪さをしたらしっかり叱る。

 子が人様の子供に悪さをしたら、それはいけないことだと教える。

 わたくしの『あの』父上でさえ、そういう教育は非常に厳しかった。それはもうイヤというほど。

 それが親の役目であるはずなのに――



 レズンの父親は、一方的に我が子に暴力をふるうばかりで。

 レズンの母親は、愛情とすら呼べない一方的な妄執を我が子に押しつける。

 この世を生きる上で何が悪いのか、何をしたらいけないのか。レズンに教えられる人間は誰もいなかったのです。

 今のようなクズに成り果てるのも当然の道理でしょう。



 しかしそんな母親の声に対して、今のレズンはというと――

 ただじっとミラスコを握りしめながら、ぶるぶる震えているばかりでした。



「お……俺……

 こんなつもりは……こんなつもりじゃ……!」



 わたくしたちに背中を向けながら、ひたすらそればかりを呟くレズン。

 こんな言葉がヤツの口から出るとは思いませんでした。自分のしたことの醜悪さを、ようやくほんの少しだけ、わずかながらでも自覚できてきたのでしょうか。ヒロ様の大量出血を目撃することによって……

 わたくしから見れば、レズンの所業とレーナのそれと、今のところそれほど差があるように思えませんが。どちらも等しく醜悪で、残酷で、クズです。


 わたくしは思わず、レズンの肩を後ろから掴んでいました。


「レズン!

 反省したところで、今更です。ヒロ様を救えなければ何の意味もありません!」

「ぐわぁっ!?」


 わたくしの掴み方がよほど強烈だったのか。さすがのレズンも情けない悲鳴をあげました。

 瞬間、その手からミラスコが滑り落ちていきます。


 ヒロ様の恥辱の画像が大量に残されているであろう、レズンのミラスコ。ヒロ様の痛みの記憶そのものと言っても過言ではありません。

 これを何としても消滅させるべく、わたくしたちは手を尽くしていました。

 わたくしなどはこれを入手する為に罠にハマり、あろうことか魔妃に操られ大罪を犯しかけた。

 そのミラスコが今、ほんのちょっと触手を伸ばせば簡単に手に入るところにある――


「俺は……

 俺は、もう……どうしたら……!」


 しかもレズンも何故か、そのミラスコを取り戻そうとはしていません。

 膝をつき、ただただ震え続けるだけ。

 ですがその叫びは、次第に激しくなっていきます。

 コヤツに対しては完璧に閉じてしまって久しいわたくしの心さえ、ほんの少し届いてしまうほどに。



「もういい……もういいんだ、俺は!

 俺は確かに、ヒロがこうなるのを望んでた!

 ヒロのこういうぶざまな姿をずっと夢見て、滅茶苦茶にしてやりてぇってずっと思って、そして……!!」



 そして、夜な夜な思い描くことでヒロ様を汚した。

 レズンは黙りこくってしまいましたが、その台詞の続きぐらいはもう、わたくしにだって想像はつきます。

 さらに言うならば、コヤツはヒロ様に対してその妄想を実行してしまった。

 夢見るぐらいで済ませておけばまだ良かったものを、現実にコヤツはヒロ様を、身も心も散々に傷つけ、踏みにじり、汚した。

 それは誰が何と言おうとも、たとえその両親の育て方にどれほど原因があろうとも、決して許される行為ではありません。

 ――ただ、その罪をようやく自覚できるようになったことだけは、少しだけ評価してあげてもいいですが。




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