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第113話 囚われの勇者



 そんなレーナの嬌声と共に、ヒロに向かって牙を剥く蜘蛛。

 8つの紅の眼球がギロリと煌めいたかと思うと、その表面に人間の顔のような何かが映った。

 よくよく見るとそれは、ヒロをじっと見つめるレズンの顔。

 完全に母親に取りこまれてしまった、子供の顔。

 8つに分かれたレズンの顔面が、ひたすらヒロを見つめている。何かを訴えるかのように、涙を流しながら。



 ――助けて。

 助けて……ヒロ……



 ヒロがどんなに目を逸らそうとしても、出来なかった。

 8つのレズンの顔はそう叫んでいるようにしか見えなかったし――

 まるでその魂自体が、そこにあるように思えて。



 それを知ってか知らずか、レーナは愉しそうに笑い続ける。


「わけの分からないことばかり言うわがままな子には、やっぱりこういうお仕置きが必要よね♪

 さぁ、アラーニャちゃん。やって頂戴!

 あの時のユイカと、同じように!」



 そんな魔妃の高笑いと同時に、巨大蜘蛛は一気に突進していった。

 何も出来ない、無防備のヒロに向かって。


「あ……がぁっ!」


 ガブリと容赦なくヒロの右肩に食らいつき、服もろとも肌も肉も引き裂いていく蜘蛛。

 イブルウルフに噛みつかれた時の数倍以上の激痛が、全身を貫いていく。

 勿論、可愛らしかったモスグリーンの上着は一瞬でブラウスまで破られ、可愛かったリボンも切り裂かれ。

 噴きだした血によって、全てが紅に変貌していく。

 しかしそれはまだ、最初の一撃にすぎなかった。



「あ……う、うあ、ああぁあああぁあ!!!」



 蜘蛛は何の躊躇もなくヒロの太ももに、二の腕に、そして横腹にまでザクザクと細い足を突き刺していく。

 少年を拘束している蔓はぐらぐらと揺れ、蔓の先端の獲物――つまりヒロに蜘蛛はしがみついて彼を喰らう。そんな地獄の如き状況であった。

 そのさまはまさに、無防備な獲物に毒の棘を次々に浴びせていく怪物そのもの。

 ヒロの悲鳴と血飛沫が舞い散る中、レーナの高らかな笑い声が鈴のように鳴り響いた。


「うふふ。大丈夫よレズンちゃん♪

 この子の可愛い姿も声も、最初から最後までぜぇんぶ、貴方のもとへ届くようにしてあるから!」



 この女は一体、何を言っているのか――

 その意味すら分からないまま、ヒロはひたすら痛みによる悲鳴を上げ続けるしかない。

 目の前で揺れ続ける蜘蛛の眼球。

 痛めつけられるヒロを見ながら、眼球の中で泣いているレズン。

 蜘蛛の口腔から、滝の如く流れ続ける粘液。それはヒロの頭から顔までをべっとりと汚しているばかりか、触れた部分がチクチクと痛み始めていた。

 恐らく服や身体を溶かす成分も、わずかながら混じっているのだろう。



「だってユイカの身体は、とーっても美味しかったんだもの。なら、この子だって滅茶苦茶美味しいに決まってる。

 美味しいものを子どもに与えるのは、親として当たり前ですもの!」



 そうか。

 この女から同じような仕打ちを、母さんは――



 そう思った瞬間、ヒロの意識が急速に遠くなり始めた。

 身体中の血が一時的に大量に失われた影響か、手足が弛緩していく。

 全身が冷たくなる。

 悲鳴すらろくに出せなくなる。



 だがその時不意に、彼を拘束していた蔓が大きく持ち上がった。

 レーナの声と共に。



「あらあら、ダメよ~? まだまだお楽しみはこれからなんだから!

 ユイカも貴方も、立派な勇者でしょう?

 だったらもっと、私やレズンちゃんを楽しませてくれなくちゃ~」



 蔓はヒロを拘束したまま、周囲に張り巡らされた水面へと、ざんぶと彼を叩きつける。

 血と共に、盛大な水飛沫が上がった。



「うふふ~

 この池の水は全部、私のとっておきの魔力をかけて作ってあるの。

 だから大丈夫! どんなに酷いケガをしても、一瞬で治っちゃうから!」





 **




 ところは変わり、再びグラナート家。



「さて……クズン・カスティロス」

「気持ちはすごく分かるけど、レズンとちゃんと呼ぼう、ルウさん。

 そうでなきゃろくに話も出来ないよ」

「あぁ、申し訳ありません!

 わたくしとしたことが、ヒロ様への心配が過ぎるあまり、脳内で常日頃から頻繁に使用していた呼び名をそのまま喋ってしまいました!」


 ヒロ様がレーナに連れ去られた直後、わたくしたちはすぐに対策を練るべく、例の大出力連装エネルギー砲――

 もとい、魔鍵解錠装置の前までワープしてまいりました。

 恐らく打倒レーナの鍵となるであろうクズンも連れて、です。


 ちなみにクズの大元たるカスティロス伯爵は、疾風の如く素早い会長の指示により既に騎士団により拘束、連行されていきました。

 怪我をしているにも関わらずそこそこ乱暴な拘束でしたが、カス伯爵自身が未だ抵抗をやめなかったから仕方ありません。カスには相応しい末路でしょう。


 わたくしと会長、そしておじい様。さらにはソフィやスクレットの眼前に座らされ、今やまさしく針の筵も同然のレズン。

 それでもヤツは不満げにふんぞり返ったまま、わたくしたちの誰とも視線を合わせようとしませんでした。

 会長。コヤツをどう呼ぼうとも、話は一向に進まない気がしますよ。



 それでもわたくしは改めて、レズンの前に座り直して息を整えました。

 ちなみにわたくし自身は再び人間の美少女姿になっております。そうしなければこのクズが、わたくしとまともに会話が出来るとも思えませんから。



「レズン・カスティロス。単刀直入に言います。

 貴方の母親、レーナの居場所を教えてください。

 貴方以外に、クズ親……もとい、レーナの行方を知る者はいない。

 つまり、今のヒロ様を助けられるのは貴方しかいないのですよ」

「……」


 わたくしがこれほど下手に出ているのに、それでもそっぽを向いて黙り込むクズン。

 あぁ、悔しい。非常に悔しいです。

 コヤツに頼らなければ、ヒロ様の救出がおぼつかないとは。

 本来なら伯爵ともども、コヤツも騎士団に連行されて当然なのですが。


「ヒロ様は貴方の心を救うべく、敢えてレーナに捕まったようなものです!

 それなのに貴方は、何も感じないのですか?

 ヒロ様がこれまで貴方に、どれほど痛めつけられてきたか。

 それだけではありませんよ。ヒロ様に異常に拘り続ける貴方のせいで、どれほどのかたが迷惑を被ったか分かりません」

「…………」

「それでもヒロ様は心の底から貴方を想い、貴方を信じ、今も頑張っています。

 だから貴方も――」



 口調が押しつけがましいのは自分でも分かっております。元からの性質ゆえ仕方ありません。

 しかしこれでもわたくしは怒りを必死で抑え、精一杯このクズと会話を試みているつもりなのです。

 が、その瞬間、クズンの口から出た言葉は。



「喋るな。バケモンが」



 怒りと呆れが極限を超えると無に変わる。わたくしはまさにこの時、それを実感しました。

 自分より格下の者、あるいは自分より格下と勝手に自分で決めつけている者に対しては、頑なに態度を変えない。

 そんなクズンの特性は、何も変わっていません。この期に及んでも。


「ルウさん……落ち着いて」


 さすがに見かねた会長も声をかけてきます。よほどわたくしの表情が歪んでいたのでしょう。


「会長、もうコイツ殺しましょう。

 ヒロ様に何と言われようとどんなに恨まれようと、コヤツはこの世から抹殺するのが世の為・魔の為・人の為、何よりヒロ様の為――」

「ルウラリア、落ち着くのじゃ。

 また心の声がオモテに出ておるぞ」



 そんな時、会長は解錠装置を前にしばし考え込んでいました。


「レズンもまだあの年だし、その上親からはあの扱い。

 となれば、あまりに無茶な仕打ちはどうかと思う」

「しかし……!」

「勘違いしないでほしいけど、僕はむやみに情けをかけろと言ってるわけじゃない。

 ヘタに強い怒りや憎しみを向ければ、それ以上の悪意が跳ね返ってくることもあるからね。

 どれほど相手に非があろうとも――むしろ相手が理不尽であればあるほど、理不尽な暴力となって返ってくる危険性は高い。

 結果的に、自分がさらに傷つけられる――

 それは人も魔も変わらないよ、ルウさん」


 確かにそれはそうです。今までのことを考えれば、会長の言葉は非常に説得力がありました。

 ヒロ様を守る為にわたくしは一度レズンをぶちのめしましたが、奴の行為はさらに陰湿なものとなってわたくしは罠にかかり、ヒロ様を大きく傷つけた。

 ヒロ様はレズンの為を思いあれだけの勇気を振り絞り懸命に抵抗したものの、それはレズンの欲求を増大させ、さらにヒロ様をボロボロにしていくばかりだった。

 そしてカス伯爵がレズンにふるった数々の暴力は、カス伯爵本人への刃となってきっちり返っていきました。

 許せないからと言って相手を叩きのめすのは、ヒロ様にとっては難しくてもわたくしにとっては容易いことです。しかしその結果、どういう形でその憎悪が返ってくるかは分かりません。特にレズンのような子供を相手にしては。


 そのことを、ここ最近でわたくしたちは嫌というほど思い知らされてきました。

 ソフィも会長の隣でため息を隠せません。


「どうにかして穏便に、ヒロ様をお救いする方法はないものですかねぇ……

 何も出来ないとは、長年お仕えしているメイドとしては情けのうございます」

「そんなことはない、ソフィさん。

 何度も言うけど、君がいなかったらヒロ君が森へ攫われたことさえ、今も分からなかったかも知れないんだ」

「それはそうかも知れませんが、ヒロ様に戻ってきていただかねば何の意味もありません」


 会長の励ましを受けつつも、小さな黒目をうるうる潤ませるソフィ。

 そして隣でひたすら困ったように神妙にしているスクレット。いつもあれだけ陽気に踊り狂っていた骸骨執事さえ、今はぐったりと無言で肩を落としています。


 ですが、その時。

 わたくしたちの後ろで、ぶるっと何かが震えるような音がしました。

 振り向くと、レズンが何かを懐から取り出して弄っております。わたくしたちには背を向けたまま。

 ――全く。こんな時にもミラスコですか。

 そう思ったわたくしはつい、レズンの肩を思い切り掴みました。


「レズン、いい加減にしてください!

 貴方はこの期に及んでもまだ、自分の世界に逃げ込むつもりですか!

 そのミラスコは未だにヒロ様の画像があるのでしょう? それを……」

「う、うるせぇ! てめぇに関係ねぇだろ!」


 そう吐き捨てながら、わたくしの手を振り払おうとするレズン。

 しかしその顔は先ほどより一層青ざめ、必死でミラスコを隠そうとしていました。

 よくよく見ると額には冷や汗が浮かんでいますし、その手はこわばりまくっています――



 何より、ミラスコにチラリと映し出されたものを見逃すわたくしではありません。

 あれは……まさか、執事服姿のヒロ様!? 

 しかも滅茶苦茶可愛らしいモスグリーンベースの燕尾服に、いつもの水兵服を思わせるキュートな襟元……

 今や懐かしくすら感じる修行の時さえ、あれほど可愛い執事服コスはなかったですよ!?

 な、なんというものを……何故このクズンめが?



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