9.家族の肖像画:その1
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(場違いな場所に来てしまったかな)
サイは心の中でぼやいていた。
「ささ、クリフォード殿。私の妻を紹介しよう」
そう言って、サイを自分の妻に引き合わせようとするのはレオーネ・コルツァーノ。コルツァーノ伯爵家の次男坊だ。
「これが私の妻のマレシアだ。マレシア、クリフォード殿にご挨拶を」
「マレシア・コルツァーノでございます」
「はぁ、サイ・クリフォードです」
「クリフォード殿、もっと宴を楽しんで下さい。今日の宴は貴殿を当家のお抱え魔術師としてお迎えした祝いの席なのですから」
「は、はぁ…御当主からお召しとの事ですが、ご挨拶を…」
「父上は先日来体調が思わしくなくてな、またにしてもらえないかな。今日の所は私の顔を立てると思って」
「はぁ、それならお兄様にも…」
「兄上はこういった宴席は苦手でね…出て来ないのだよ。申し訳ない」
「そ、そうですか…」
当主や次期当主である長男が居なくても、宴席はつつがなく進んで行く。サイはなんだかうすら寒い物を感じていたが、そんな思いをぶち壊す人物がやってくる。
「コルツァーノ様、ご機嫌いかがでしょうか」
「おお、ニルヴァレン商会の、妻がいつも世話になっているようだな」
「奥様にはいつも御贔屓にさせていただいております」
「クリフォード殿、こちらは当家が色々と世話になっている御用商人の」
「ニルヴァレン商会のニーナにございます。クリフォード様」
サイの背筋に怖気が走り、腕に鳥肌が立つ。
「ニーナ、こん…」
「失礼します、コルツァーノ様、クリフォード様を少々お借りしてもよろしいでしょうか」
「ん、ああ。構わんが」
「それでは失礼いたします」
強引に腕を取られ、ニーナにテラスへと連行される。
「あんた、さっき何言いそうになってんねん」
「い、いやニーナがあんまり、いつも調子が違うから…」
「アレは商売用やねん。それより何やのん、あんた似合わんかっこしてからに」
「恰好ならお前だって人の事は…」
パーティドレスを着たニーナはいつもとは違って少し良い匂いもして…
(こんな格好も似合うもんだな。なんだか新鮮で…)
「なに?ジロジロみてからに、惚れ直したか?ん?」
「…やっぱりニーナだな」
「なんやのん、んで?あんたは伯爵家に何の用なん?」
「お抱え魔術師として招かれてな。一応、今夜の主賓らしい」
「ほな、これから定期収入があるっちゅう訳やな。良かったんやないん?これでウチもおとんに今月の回収ノルマて、せっつかれんで済むわ。真面目に働きや」
「伯爵家の全財産ひっくり返しても、俺の借金は返済できないけどな…」
「何事もコツコツ一歩ずつや。大体あんたんちの借金、あんたの代で終わらせよ思ても無理やろ」
「まあ、そうなんだけどな。ことろでニーナ、お前この伯爵家どう見る?」
「せやなぁ、さっきのレオーネちゅう次男坊の奥さんは、ええお客さんやでごっつう高いモンでもバンバン買うてはるからな」
「いや、そういう事じゃなくてな…当主も次期当主も出席しない宴席にも、家人があまりにも自然過ぎてどうにも気になってな…」
「…好奇心は猫を殺すっちゅう言葉をしっとるか?」
「なんだよ突然に」
「あんたはこの家で堅実に働いて稼ぐんや、よけいなことしいな。ほなウチは戻るわ」
ヒールの音をコツコツと響かせてニーナがホールに戻る姿を、サイはぼんやりと見送る。
(ニーナのヤツは、ああ言ったがどうにも釈然としないんだよなぁ)
サイもホールに戻ると、早速レオーネがサイを来客に次々と紹介していく。大賢者と聞いて驚き、そのような者を召し抱えるコルツァーノ家を賞賛する者達。レオーネの舌はますます滑らかになっていく。
(御当主に会ってみない事には何とも言えないが、これではお抱え魔術師というより珍獣扱いだな)
サイはレオーネと来客達に適当に話を合わせて相槌を打って、面倒な宴席を乗り切った。
・・・・・・・・・・
「だーもー疲れたー」
来客も引けて、宴席がお開きになった後。サイはレオーネに。
「今夜はお疲れでしょう。客間を用意させましたので、お休みください」
そう言われて、服も着替えずにベッドに身を投げ出したのだが。
(今夜は俺が主賓だった事を差し引いても、今後も宴席の度に珍獣扱いで連れまわされるんだろうな…)
憂鬱になるサイだったが、肉体的な疲れよりも慣れない多くの人に引き合わされた精神的な疲れでウトウトし始めてしまう。
『サイ?サイ?』
精霊が呼ぶ声がサイにだけ聞こえる。
「…ん、んん。誰だい?」
『瞳よ。サイ、ここは良くない気配がするわ』
目の前に小さな瞳が忽然と浮かんでいる。
「良くない気配ね…」
『そう、なにか強制する意思を感じるわ』
「誰がしているかは分かるかい?」
『ううん、ごく自然にうっすらと促されている。そんな感じよ』
「ありがとう、瞳。強制する意思を打ち消すことはできるかい」
『分かったわ、サイ。安心して』
「頼んだよ」
サイはいつもと違う服装をしていても手放さなかった革袋から、魔石を取り出し『瞳』に渡す。精霊はスッと姿を消したが、伯爵家からずっと感じていた違和感が消え去る。
「今度こそは、ちゃんと寝ますかね」
サイは珍しい寝間着なるものに着替えてベッドに潜り込むと、深い眠りに落ちた。
・・・・・・・・・・
「おはようございます。クリフォード様」
使用人が窓を開けて空気を入れ替える。日の光が差し込んで爽やかな朝だ。
「おはよう。今日は俺は何をしたら良いのかな?」
「ご主人様からは伺っておりませんが。まずは身支度を整えられませんと…」
使用人が甲斐甲斐しく世話を焼こうとするが。
「自分でするよ、長い事一人だったんだ。顔を洗うのも人にやってもらうなんて性に合わない」
「左様ですか…」
そう言って、顔を洗って髭を当たって寝癖を整えるが。
「……着るのは…手伝ってくれないか…」
貴族の装飾の多い服は、普段雑な服しか着ていないサイにはどこから腕を通すのかも分らなかった。
「畏まりました。クリフォード様」
使用人はクスリと軽い笑みを浮かべて着付けを手伝っていく。
「悪いね」
「いいえ、これも私共の仕事ですから」
(お抱え魔術師ならローブでも用意してもらおうかな。師匠はいつもローブだったしあれなら楽そうだ」
そんな益体もない事を考えながら、サイは使用人の成すがままにされて着替えを済ませた。
「食堂にお越しください。そろそろご主人様もいらっしゃると思います」
「そうしよう。ありがとう」
使用人は静かに頭を下げてサイを見送った。
「さて、食堂ね…適当に歩いて誰かに聞けば良いか…」
ちょうど廊下の前を行く使用人がいる。
「すまない。食堂の場所を教えてくれないか」
「は、はい。ご案内します」
使用人を少し驚かせてしまったようだが、食堂へ案内される。
「こちらになります」
使用人は扉をノックしてから開けてサイを掌で促す。
「ありがとう」
食堂にはまだ人の姿は無かった。サイは仕方なく広い食堂を眺めて回る、テーブルには白いクロスがピンと張られ、品の良い燭台が据えられている。
壁に目をやるといくつかの肖像画が並んでいる。右に行くほど、小さく古い額縁に辺りをつけて一番左の肖像画を眺める。
(この方が現御当主なのかな。なかなかの人物のように感じるが、まあ絵だしな…)
「おはよう、クリフォード殿。先に食事をされていても良かったのに」
レオーネが食堂に入ってくる。
「おはようございます。レオーネ様」
「昨夜はお疲れのようだったな。いや、貴方のような高名な方を当家に迎えられて、つい自慢したくなってね」
「大丈夫ですよ、あの程度…」
レオーネが自然な足取りで上座の席に向かうが、使用人は他の椅子を引こうとして戸惑っていた。
「どうした?」
「いえ、申し訳ございません。レオーネ様…すぐに朝食を用意させます」
「うむ、そうしてくれ」
サイも使用人に椅子を引かれてテーブルに付くが、その日の朝食は配膳からなにからどうにもギクシャクとしていた。
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