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8.野心の王:その4

ブックマークならびに評価レビュー、誤字指摘いただきまして、ありがとうございます。

 ロムロニア王国のベラナード公国の砦近くに兵を進める。一触即発のピリピリした空気が漂っているが、アナステシアス王は傲然と余裕をもって構えていた。


 足元には縛られ、剣を突きつけられたニーナがいる。


「命乞いをしろ。大賢者殿を呼ぶのだ」


 アナステシアス王はニーナに命じる


「お断りや、あんたの事なんぞ聞いたらへんわ」


「ならば死ぬ事になるぞ」


「あんたにウチは殺せん。この戦争に勝つためにはサイの力が必要やからや」


「それでも殺すと言ったら?」


「サイが怒り狂うやろね」


「その怒りの矛先を敵にぶつければ良い」


「そない都合よく行くかいな。その前にあんたがくびり殺されて終いや」


「どこまでやせ我慢が続くかな」


 兵士の突きつける剣がニーナの首の皮を薄く切り裂く。


(ゴメンなぁサイ。こんな事に巻き込んでしもうて。ウチが死んでもそれはあんたの性やない。自分を責めたらアカンよ)


「ふんっ!わが軍が劣勢になって。娘、お前の命が危うくなれば大賢者殿も出て来ざるを得ないだろう」


 不意に剣が引っ込められる。


 その様子をサイとクリストバルは戦場から少し離れた場所から見ている。


「クリストバルさん!まだですか?ニーナが…」


「クリフォード殿、落ち着いてください。じきに機会が来ます」


・・・・・・・・・・


 アナステシアス王が剣を掲げる。


「敵は我が国の富を奪い肥え太るベラナードだ!」


 王が騎乗したまま自軍の前で剣を掲げて兵を鼓舞して回る。


「蹂躙しろ!奪ったものがそのまま褒美になるぞ!殺せ!奪え!」


「オオオオオオオオオオッ!」


(士気は高い。大賢者殿の出番はないかもしれんな)


 そう思ったアナステシアス王が陣幕に戻ろうとしたその時だった。


 トッ!


 あまりに軽い音だった。だがその衝撃は大きな波紋となってロムロニア軍に広がった。


「悪逆非道のアナステシアス王に報いをくれてやったぞ!祖国を奪われた奴隷兵たちよ!いつまで項垂れて、汝らを虐げた王に従うのだ!」


「黙れ!」


 弓の一撃でアナステシアス王を糾弾した兵士は四方八方から滅多刺しにされて絶命する。


 だが、ロムロニア軍の一角は勝手に動き出し正規兵へと襲い掛かる。


「俺達の祖国を返せ!」


「家族を返せ!」


 ロムロニアに侵略され兵士として徴用された者たちだ。


「貴様ら!ロムロニアに受けた恩義を忘れたか!」


「隊列を乱すな!乱したものは反乱分子として処分する!」


 既にロムロニア軍は真っ二つに割れて混乱の極みにあった。


(なぜだ…なぜ俺に従わない…)


 胸に矢を受け落馬したアナステシアス王は軍以上に混乱していた。


(俺は死ぬのか…なぜ俺が死ななくてはならない!俺はこの大陸の覇者となる男だ!こんな所で潰えるのは嫌だ!!)


「クリフォード殿、今です!」


 クリストバルがサイに叫ぶ。


(クリフォード!貴様か!!貴様が俺を殺そうとしたのか!!!)


 サイは駆ける!陣幕にいるはずのニーナに向かって!


(貴様だけは許さん!俺の野望の邪魔をする奴は誰であろうと絶対に許さん!!)


「ゥオオオォォッン」


 大地を揺るがすような咆哮がロムロニア軍を揺らす。アナステシアス王はその(四つ足)で大地を踏みしめると心肝を寒からしめる雄叫びを上げる。


「なんだあれは!」


 前線の兵士から驚愕の声が上がる。


「ガウァッ!」


 光を飲み込む漆黒の巨狼が戦場を見下ろしている。前足で軍勢を薙ぐと、それだけで数百の命が消し飛ぶ。全身からは黒い瘴気を発して兵士たちを浸食する。

 戦場から兵士の呻き声がしては次々と静かになっていく。


(我欲に飲まれたかアナステシアス…)


 サイは足を止め、大精霊を呼ぶ


「シュリエルス!」


『御前に』


 白い光を纏い、虹色の翼を背中からいくつも生やした大精霊が傅く。


「あれは我欲の果てに人としての生も失ったものだ。送ってくれ」


『御心のままに』


 大精霊は何処からともなく取り出した大剣を握り、黒い巨狼にむかって飛翔すると一刀の下に首を切り落とす。


 サイは再び陣幕に向かって駆け出す。巨狼の出現によって瓦解したロムロニア軍を掻き分け走る!走る!


「ニーナ!」


「遅いわ…サイ…」


 戦場の先では首を落とされた黒い巨狼が光の粒子となって消えていく。


「憎まれ口がきけるなら大丈夫だな、ニーナ」


「あたりまえやんか…ウチの仕事は…あんたから借金をとりたてることや…こないなとこで死んでたまるかいな…」


 サイはニーナを背負うと戦場の先に向かう。


 巨狼の姿は消滅し、後には徐々に光に浄滅されつつあるアナステシアス王が横たわっていた。


『大賢者殿、俺は間違っていたのか?』


「たぶんな」


『だが、勝っていれば人々は祝福してくれた。国は富んだ』


「あんたは、その陰で犠牲になった人たちを無視するべきじゃなかったんだ」


『それでも勝ち続ければ…』


「同じだよ…勝っただけあんたが背負うべき物は重くなっていったんだ。あんたはその重みから逃げて…勝利に逃避しただけさ」


『ならどうすれば良かった!』


「さあね…もうあんたには関係のない事さ。シュリエルス、頼む」


『御心のままに、我が主よ』


 アナステシアス王だったものが光の柱に飲まれて消滅する。後には拳ほどの昏い炎を宿した魔石が残る。


「死してなお、野望を捨てきれないか…シュリエルス持って行ってくれ」


『御意』


 シュリエルスはサイから魔石を丁重に受け取ると、その姿は幻のように解れて消え去る。


「さて、クリストバルさん。説明してくれますね。彼は誰ですか」


 既にロムロニア軍もベラナード軍も巨狼に恐れ慄いたのか光の柱に圧倒されたのか、戦場からは消え去っている。サイの元にクリストバルが歩みよって言った。


「アナステシアス王に矢を射たのは、私の息子です…」


「息子さんを犠牲にしたのですか…」


「あれの妻は、この国に最初に滅ぼされた国の出身でした。戦争になる以前に息子と結婚したのですが、義娘は故郷が滅んだ事を悲しんでその果てに亡くなりました。以来、息子は王と私を恨むようになりました…」


「…それは」


「私は息子を唆したのです。王を殺す機会をやろう…と」


「…これからどうするつもりですか」


「出家して、私財をなげうってこの国を支えるつもりです。義娘を見殺しにして息子に憎まれた国ですが、私が生まれた国です」


「アナステシアス王の跡取りはいるのですか」


 クリストバルは黙って首を振る。


「国は滅ぶかもしれませんよ」


「それでもです」


「そうですか、お元気で…」


 ニーナを背負ってサイは歩き出す。クリストバルは黙って頭を下げて見送った。


・・・・・・・・・・


「戦費の回収し損なってもうたな」


「そうだな」


「『そうだな』やあらへんわ。あんたも働いとらんさかい。報酬はないんやで」


「なんでだよ!ニーナについて行ったし、本来の目的が果たせなかったのは成り行きだろ!」


「貸し付けた戦費の回収に失敗しました。その上あんたに金貨2,000枚も払うたらウチはおとんに殺されてまうわ!」


「そんなのそっちの都合だろ!」


「アーアー聞こえへんわ!」


「このっ…こんな事なら助けなきゃ良かったよ!」


「ウチは助けてなんて頼んでへんわ。あんたが勝手にやったことやろ!」


「…なんだよ、城に閉じ込められてメソメソしてたくせに…」


「なっ…勝手にウチのこと見とったんかいな。この覗き魔!出刃亀!金払いや!」


「金が欲しいのはこっちだよ!魔石も結構使ったのに…」


「……手ぇ出しや」


「なんだよ、こうか?」


 背中のニーナがごそごそと何かを探っている。


「おとんには内緒やで…」


 俺の掌に魔石のかけらをジャラリと落としながらニーナが言った。


「おい、これ…」


「近くに居った兵士が瘴気に飲まれて魔物になってな。ウチに襲い掛かろうしたんやけど勝手に障壁にぶつかって消滅してん。あんたがやったんやろ…」


「…バレてたか」


「せやから、これはあんたのモンや。それから…ありがとな…」


「お、おう…」


 サイは背負ったニーナの確かな重さを感じながらロムロニア王国を後にした。

読んでいただきまして、ありがとうございました。

引き続き読んでいただければ幸いです。


面白かった、先が気になると思って頂いた方がおられましたら

ブクマや下の☆☆☆☆☆から評価を頂ければ幸いです。

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