7.野心の王:その3
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外の喧騒でサイは目を覚ます。いかなる状況でも休息をとれるのは過酷な生活を続けた彼にとって、誇れる数少ない美点の一つだった。
「…次はベラナードを攻め落とすぞ!」
外からはアナステシアス王のそんな声が聞こえる。
「次の戦争を起こす気かあの王様は…」
歓喜の声で応える兵士の雄叫びが聞こえる。
「国がこんなに荒れ果ててしまっても、付き従う兵士がいるなんてな…それだけのカリスマがあれば賢王にも成れただろうに…」
だが、アナステシアス王が煽る言葉は聞くに堪えない内容だ。虐げられたものには心地よく聞こえるのだろうか、それとも王の言葉にしか明日に希望を見いだせないのか…
『よく眠っていたな、サイ』
(影の精霊か、待たせてしまったかな?)
『そうでもない。影を渡るのに手間取った』
(そうか、それで見つかったかい?)
『サイの目的の人間かは分からないがな。光から目を隠せ、直接見せた方が早い』
サイは眼の前に手を翳し、光を遮る。すると地下牢につながれる初老の男の姿が脳裏に浮かぶ。幸いな事に牢番は兵士が一人きりだ。
(間違いないクリストバル宰相だ。でかした)
『造作も無い事だ』
(この地下牢までの道も分かるかい?)
『もちろんだ』
サイの脳裏に地下牢の場所が浮かぶ。
(助かったよ)
『気にするな。何かあれば何時でも呼ぶといい』
サイの眼に落ちていた影は薄くなり、精霊の声は聞こえなくなる。
「さて、ひとつ騒ぎでも起こしますかね!」
(賭けだが、このまま戦争の道具にされるのは御免だからな。それに唯々諾々としたがって、ニーナを助けられるとも思えないしな)
サイは努めて明るく言って、革袋から魔石を取り出すと精霊にお願いをする。
「大気の聖霊よ、爆ぜてこの壁を打ち壊しておくれ!」
ドカンッ!
衝撃が走り、サイの閉じ込められている部屋の壁が内側から破城槌でも叩きつけられたかのように吹き飛ぶ。室内には砕けた建材がもうもうと舞っており、サイの姿を隠す。
「何の音だ!」
あまりに大きな音に、サイを見張っていた二人の近衛が閉じ込めていた鍵を開けて入ってくる。
「何があった!」
部屋の中は粉砕した建材の埃でも視界が効かない。おまけに近衛達は埃を吸い込んでせき込んでいる。
「よっと!」
サイは手近な近衛の首筋に肘を落とすと、一人の近衛の意識を奪う。
「貴様!」
もう一人の近衛が剣を抜き放つが、埃でサイの姿は捕らえられていない。
キンッ!
肘で剣の腹を叩いて折り飛ばし、大きく踏み込みその勢いを乗せた掌打を近衛の胸に叩き込む。
「ゲハッ!」
近衛は鎧の胸を陥没させてその場にくずおれる。
「悪いね」
その場に昏倒する近衛に声をかけると、サイはネコのように足音をひそめて、影の精霊に教わった地下牢へ向かった。
・・・・・・・・・・
次の戦争に向けて兵士たちを鼓舞していたアナステシアス王の耳にも、サイが城の壁を吹き飛ばした轟音は聞こえていた。
「何があった!」
突如、弾け飛んだ城の壁が立てた大きな音に負けない大音声で、アナステシアス王が手近な兵に怒鳴りつける。
「城の壁が内側から破られたようです!」
「外からの攻撃では無いのだな!どこだ?どこが破られた!?」
「貴賓室のある場所です!」
「あの大賢者殿か!ツレの女を逃がすな!女さえ押さえおけば、どうにでもなる!」
「ハッ!」
アナステシアス王の指示を受けて、兵士が駆けていく。
「人は相手に力を使うことなど出来ないと、甘い事を言っていたが、人ひとりの力で城の壁を破るなど常人に出来る事ではない。それに破壊にも力を使えるではないか。その力は俺が正しく使ってやろう。そうすれば、俺がこの大陸の覇者になる日も遠くない。魔物?そんなもの攻め入る国と同じように蹂躙してやるわ」
アナステシアス王は何処までも傲慢に言い放った。
一方、その頃サイは地下牢を目指して走っていた。何度か城の使用人と鉢合わせしそうになるが、少し身を隠すと使用人は気付くことなく過ぎ去っていく。
(助かるよ、眠りの精霊)
『眠らせなくて、よかったの?』
(……注意力が散漫になるくらいで良いのさ)
サイの胸に古い後悔の記憶が蘇る。
『サイがここを逃げ出すまでで良いんだね』
(ああ、頼んだよ)
『頼まれた』
サイは薄暗い地下へ降りると、兵士が牢番として一人いるだけだった。サイは牢番の首筋に手刀を喰らわすと意識と鍵束を奪う。
「クリストバルさん。居ますか?」
「そこに誰かいるのかね?」
いくつ目かの牢に声をかけると、聞き覚えのある声が返ってくる。
「サイです。今、牢を開けますね」
「助かる。だがニルヴァレン女史を助けに行かなくて良かったのかね」
サイは牢番から奪った鍵で牢を開けクリストバルを助け出しながら答える。
「アナステシアス王は初めからニーナが俺に対する切り札になると考えているようですよ。俺や貴方よりもよっぽど警戒が厳重でした」
「そうか、人質か…あの方はどこまで…」
「陛下は次の戦争を起こすつもりです。おそらく俺を戦力にするためにニーナを連れて行くでしょう。俺はその行軍中を狙ってニーナを助け出すつもりです。城内に監禁されているよりは助け出しやすいハズですから」
「だが、クリフォード殿。貴方にそれが出来ますか?貴方は人に対して自身の力を振るう事に躊躇いがあるようだ」
「確かに…その通りです。だが他にニーナを助ける方法が思いつかない」
「私に考えがあります。貴方達を巻き込んでしまった罪滅ぼしだ…私がニルヴァレン女史を助け出す機会を作りましょう」
サイとクリストバルは夜陰と眠りの聖霊の力を借りて城を後にした。
・・・・・・・・・・
「それで…逃がしたのは大賢者殿とクリストバルだけなのだな」
アナステシアス王は警備を担当していた近衛を詰問している。
「はい。大賢者殿はクリストバル前宰相と共に姿を消したようで、行方は探していますが…」
「大賢者殿と一緒にいた女は逃がしていないのだな」
「はい。今も厳重な監視体制下にあります」
「そうか、ならば大賢者殿とクリストバルの追跡は打ち切ってしまえ」
「はぁ?」
「あの女を奪われぬよう警戒を続けろ、そうすればいずれ大賢者殿も戻ってこざるを得ないだろう。女は大賢者殿を従わせる切り札だ。丁重に扱え」
「ハッ!」
(大賢者とも呼ばれる者が、おめもめと引き下がるとは思えん。クリストバルの私兵でも使って助けようとでも考えているのだろうが…)
アナステシアス王は手の中で酒杯を握り潰す。
「所詮、私兵ごとき寡兵よ恐れることなど無いわ」
王は哄笑を上げる。蝋燭の灯りに照らされた影が歪んで揺らめいていたことに気付いたものは誰も居なかった。
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