6.野心の王:その2
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クリストバル宰相の私室に、断りもなくズカズカと踏み込んだ偉丈夫はサイに向かって声をかける。
「そなたが、世に聞く大賢者、クリフォード殿だな。俺はアナステシアス・ロムロニアだ。遠い所、よく来た」
態度もデカいが、声もデカい。
(これがアナステシアス王か、いかにも野心家といった雰囲気だな…)
「クリストバルよくやった。クリフォード殿が加勢してくれるならば、次の戦争は勝ったも同然だな!」
「それについてアナステシアス陛下に申し上げたき事がございます」
「なんだ、クリストバル。また戦争には反対だと言うのだろう?戦費の返済が滞っている事も聞き飽きたぞ。勝てば良いのだ、勝って略奪すれば良い。奪って金にすれば、問題なかろう」
「そうやって国を広げた結果が現在でございます。兵は疲弊し、民は塗炭の苦しみに喘いでおります」
「兵など占領地からいくらでも徴兵すればいい。戦争に勝ってしまえば、民草などまた手に入る。問題ないではないか!」
(だめだコイツ、国を治める気が全くない)
それでも宰相は諦めずに説得を続ける。
「確かに勝てば一時的に国は潤うでしょう。ですが、次も勝てますか?周辺国はロムロニアを警戒して軍備を強化しておりますぞ。今までのように電撃的に戦って国を奪う事は出来ません」
「そのために大賢者殿を呼んだのだろう?」
「いいえ、荒廃を食い止め国を滅びからお救いいただくためにお呼びしたのですよ」
「国が滅ぶだと!なにを言っておるのだ」
「陛下にはこの国の状況が分っておられません。これからは内政に力をいれ自力で国力を安定させる。その時期なのですよ」
「それには時間がかかるのだろう!侵略してしまえば一瞬で解決するではないか?なあ、大賢者殿?」
不意に話を振られたサイだが、基本的には宰相と同じ事を言うしかない。
「陛下は国に魔物が跋扈している事についてはどのようにお考えでしょうか?」
「魔物だと…そんなものは兵士に倒させれば良いではないか」
「魔物はそれでは居なくなりませんよ。恐らくこの国自体に問題があります」
「この国の問題とな、申してみよ」
「宰相殿が言った通りですよ。長い時間をかけて国を治めるしかありません」
「つまり大賢者殿も戦争には反対だと言うのだな」
「…そもそも私は人間相手に力を使う気はありませんよ。それにこの国には魔物を祓う手伝いに来ただけです」
「しかたが無い。それではその気になってもらおう。近衛よ!この者等を拘束せよ」
部屋に兵士が乱入してくる。
(なんとまあ、短慮な王様だな。ここは逃げるしかなかろう、体を鍛えておいて良かった)
サイは捕縛しようと襲ってくる兵士を殴り飛ばし、肘を叩き込んで無力化しながらニーナに声をかける。
「ニーナ!俺が引き付ける。なんとか逃げろ!」
「頼んだで!」
ニーナが身を翻し部屋から逃げようとするが、追加の兵士の一団が闖入する方が早かった。
「…女を捕らえよ。さすれば大賢者殿と言えど抵抗できまい!」
(しまった!ニーナが遠い)
乱闘にニーナを巻き込むまいと、自分に兵士を引き付けたのがまずかった。後から部屋に闖入した一団がニーナに迫る。兵士は彼女の腕を捻り上げ、床に跪かせる。
「何すんねん!離しや!」
ニーナが気丈に抵抗するが兵士は腰の剣をスラリと引き抜くと、彼女の首元に沿える。
「ヒッ!」
荒事には慣れていないニーナの喉が笛のような音をたてる。
「これでどうかな?大賢者殿。俺の言う事を聞いてくれる気になっただろう」
「ッ!」
見れば、クリストバル宰相も同様に捕縛されている。精霊に助けを頼むにもこれでは二人が切り捨てられる方が早い。
「後悔する事になりますよ…陛下」
「俺は常に戦って欲しい物を手に入れてきた。今度もそうするだけだ」
アナステシアス王は、傲然と胸を反らし勝ち誇る。
「大賢者殿は貴賓室にでも軟禁しろ!失礼の無いようにな。女は別室だ」
「ニーナに何か危害を加えでもしたら、全力で抵抗させてもらうぞ」
「何もせんよ。大賢者殿が大人しくしてさえいればな…」
俺は近衛に両腕を押さえられ、指示された部屋に連行される。
「馬鹿なヤツだ。陛下に立てつこうなんて」
「この部屋で頭を冷やすんだな」
近衛に部屋の中に投げ込まれる。
(ってて、乱暴なヤツらだ。ニーナも無事だと良いが…)
俺が最初から武器らしい武器を持っていなかったからだろうか、腰に下げた革袋は取り上げられなかった。革袋から爪の先ほどの魔石を取り出すと。
(風の聖霊よ、俺の声が届くかい?)
サイの目の前に小さなつむじ風が現れる。
『見ていたよサイ、怪我はない?』
(俺は大丈夫さ、それよりもニーナの様子を確認したくてね)
『いつも一緒にいる女の子だろう?いいよ見に行ってこよう』
(俺の言葉は伝えられるかい?)
『あの娘には素養が無いよ。見てくるのが精一杯だね』
(分かった。頼んだよ)
・・・・・・・・・・
ニーナはイライラと爪を噛んでいた
「あんの王様、あないな分からず屋やったとは失敗やったわ。…それにしても、サイのヤツ…襲われても魔術を使わんやなんて、やっぱり人間相手には使いとうないんやな…」
外には大勢の警備の気配がする。ニーナが何か事を起こせば、すぐさま取り押さえられるだろう。
取り押さえられるだけならまだしも、自分が危害を加えられるような事になったら…
「アカン…それだけはアカン…サイのヤツの歯止めが効かんようなってまう…」
ニーナは自分の古い記憶の中でも色褪せずに残っているサイの姿を思い出してしまう。自分を呪い憎み絶望の暗闇に沈んでいくサイを…
「あんなこと二度とさせてまうもんか…」
沈痛にニーナは呟く。
一瞬、サイ自身が自分を助けに来ることも夢想したが、いくらサイが体術を鍛えているからと言って大勢の近衛相手に敵うはずがない。
ましてや人間相手の直接の魔術の行使は、サイ自身が望む訳がない。
「それにしても、このままやとサイは早晩戦場で力を使わされてまう。ウチはそのための人質っちゅう訳やな。例えサイが逃げだしたかてウチが大人しゅうしとけば、あの王様はサイが結局は言う事を聞く思とんやろな。サイ…ウチの事は気にせんと、あんただけでも逃げや…」
・・・・・・・・・・
『あの娘の様子だよ』
(ありがとう、風の聖霊よ)
『また何かあったら呼んでよ。サイ』
(ああ、ありがとう)
サイの前から小さなつむじ風が消える。
「俺だけでも逃げろ…か」
ニーナを助け出す方法を考えるが自分よりも、よっぽど警戒が厚い。
(俺が逃げ出しても、最悪ニーナを人質にすれば良いと考えてるんだろうな。嫌な事には頭が回るなアナステシアス王は…眠りの精霊を頼っても、注意をそらすのが精々だしな)
サイはあれこれとニーナを助ける方法を考えるが良い手は思いつかない。
(俺だけで逃げてなんとか出来るか?なんとかニーナを助け出さないとだが、俺より…そのためには誰か助力が要る。この国で助けを求められるとすれば、クリストバル宰相くらいだが…)
サイは再び魔石を取り出すと精霊に呼びかける。
(ひそやかなる影の聖霊よ、いるかい?)
『お前の影の中に』
燭台の蝋燭が作る弱い影がサイの呼びかけに答えるように濃くなり、サイにだけ聞こえる返事を返す。
(影の聖霊よ、探してほしい人がいる)
『誰だ?それは』
(さっき話していた初老の男が分かるかい?)
『さあてね、俺達はあんまり人に興味は無い』
(そう言わずに頼むよ。たぶんこの城のどこかに閉じ込められていると思うんだが)
『他ならぬサイの頼みだ。探してみよう』
・・・・・・・・・・
「戦争だ!戦争だ!次はベラナード公国を攻め落とすぞ!」
「オオオオオッ」
「勝てば、略奪に暴行なんでも、し放題だぞお前達!」
「オオオオオッ!」
アナステシアス王が兵士の士気を煽る。
「今、我が国が困窮しているのはベラナードが富を独占して、我が国を滅ぼそうと暗躍しているからだ!」
「オオオオオオオッ!」
「見よ!荒れ果てた大地を!それもベラナードが仕掛けた奸計だ。しかし!そんなものはここに集った勇士たちが踏み潰し、蹂躙してしまえば関係ない!アヤツ等の実り豊かな国を奪ってしまえ!」
「オオオオオオオオオオッ!」
もはや、論理ではない。自分たちが貧しいのは他者が富を独占しているから。だから本来自分たちが得るはずだった富を奪って何が悪い。
アナステシアス王は王としては愚かだが扇動者としては才能があったようだ。論理のすり替えにも気付かず兵は何処までも士気を上げていく。
戦争は間近だった。
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