5.野心の王:その1
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「ロムロニア王国ねぇ…」
「世間知らずのあんたでも知っとったか…」
ニーナの憎まれ口はいつもの事だが、今回は精彩を欠いていた。
「それ位はな、あれだろ?元は辺境の小国で、周辺と戦争して領土を増やしたって国だとか」
「せや、まあ大国にとっちゃあ遠くでチワワがキャンキャン吠えてる程度の国やけどな」
「なんかロムロニア王国に恨みでもあるのか?おまえは」
「…ちい兄さんがな、そのロムロニアの戦争特需に投資したんよ、おとんに内緒でな。ほしたら回収が焦げ付いてまってな、おとんがカンカンやねん」
「戦争なんかで儲けようとするからだ。自業自得だろ」
「…それについてはウチもおんなし意見や。せやけど身内の事やんか、ほっとけんやろ?」
「まあ、なぁ」
「ウチを助けるとおもうて!このとおりや!」
(コイツが俺に頭を下げて頼むなんて、よっぽどの事なんだろうな…)
あのニーナが殊勝に頭を下げている。
「…仕方が無いな。で、俺は何をすれば良い?」
顔を輝かせてパッと跳ね起きると
「助かるわぁ、サイ。そんでな、ロムロニアは今戦争どこの騒ぎや無いねん。国が荒れて人心が纏まらしいへん。そんで作物が取れんし、おまけに魔物も跋扈しとる。あんたには、それをなんとかして欲しいねん」
「で、いくら出すんだ?」
ニーナが黙って指を二本立てる。
「おー!二割も借金取り消しにしてくれるのか。太っ腹だな」
「アホぬかせ!金貨2,000枚や。あんたの借金二割も帳消しにしたら、ウチがおとんにシめられてまうわ!」
「…なんだよ。国に貸し付けてる金の回収の割に渋いじゃないか」
サイが不平をならすと、ニーナも負けじと。
「金貨2,000枚やで、普通の家族が何年暮らせる思とんや!」
「そ、そう言われればそうだけどな」
「とにかく、あんたには魔物をなんとかしてロムロニアの政情を安定させて欲しいんよ。そしたら後はウチ等が金を回収するさかい」
「分かったよ。行けば良いんだろ」
サイは結局ニーナの懇願に負けて、ロムロニア王国へ行くこととなったが。
「これがロムロニア王国ねぇ」
「これは、酷いわ」
作物は立ち枯れ、人々は活気が無い。おまけに空はどんよりと曇っていて暗鬱といった村が続いている。道端に無気力に座り込んでいる人達があちらこちらに見受けられるほどだ。
街に入っても状況は変わらない。ここはロムロニアが最近攻め落とした国の王都だった街だ。今ロムロニア王とその重鎮が前の国の王城を前線砦として常駐しているという。
ニーナについて元王城という砦へと歩みを進めるが、道行く人影もまばらで商店に並ぶ食料品も数が少なく、萎びている。目を裏道へとやれば、生きているのか死んでいるのか分からない倒れた人までいる。
「ロムロニア王国自体に問題があるんじゃないか?」
サイには魔物を退治すれば、それでお終いとはとても思えなかった。
「魔物がおるさかい、みんな暮せんようなっとるんちゃうん?」
(魔物がだけじゃないとおもうがなぁ、魔物が現れるには理由がある。ロムロニア王の治世が上手くいって無いんじゃないか?国が荒廃して人心が乱れているから魔物といった形で現れているんじゃないか)
サイが考え込んでいると。
「ま、まあロムロニアには話を通しとるさかい、まずは行こか…」
ニーナが現実逃避するように元王宮に歩き出す。
やがて、二人は砦に着くが、当然のように門番に止めれる。
「ここはロムロニア王のおわすところだ。貴君の正体を明らかにせよ!」
ニーナが一歩前に出て、なにやら書状を広げる。
「ウチはニルヴァレン商会のニーナちゅうもんや、クリストバル宰相に用があって来たんや。話は通っとるはずやで、確認してや」
「分かった、確認してくる。少し待て」
二人いる門番の一人が元王城の中に駆けていく。ほどなく門番が確認をとったのだろう。
「通ってよし!」
ニーナたちは門を通ることを許されるが、そのときサイの耳は捕らえた。
「…アナステシアスの犬が…」
サイは思わず振り返るが、門番に変わった様子は無い。少なくとも表立っては。
「犬ね…」
ニーナについて元王城に入って行くサイだったが、その言葉は耳に残った。
使用人に案内されて、宰相に会いにいくニーナとサイだったが。
「略奪の後みたいだな」
元王城を飾っていたであろう、絵画やタペストリーの後と思しき壁の後。元はそれなりに豪奢なものが使われていたであろう燭台も粗末な物が乱暴に据え付けられている。
「みたいやのうて、略奪したんやろな。戦争に勝ったモンの権利や」
「世の習いとは言え、酷いもんだな」
「しゃーないやろロムロニア王国にはそうしてでも、ウチの実家が投資したモンを返済してもらわんな商売あがったりや」
「お前にとっては、そうかもしれないけどな…」
言いたい放題の俺達には頓着せずに、使用人が宰相の部屋に着いた事を知らせる。
「クリストバル様、ニルヴァレン商会のニーナ様をお連れしました」
「入ってもらえ」
扉の向こうから初老と思われる。男の声がする。
「どうぞ、お入りください」
「おおきに」
先に立って扉をくぐるニーナだったが、使用人の目には彼女を蔑む色が浮かんでいた。
部屋の中の男は立ち上がってニーナを出迎える。
「おお、ニルヴァレン商会からこんな前線の街までお越しいただくとは、ご足労でしたな」
「いいえ、当商会が貸し付けております資金の回収の件でございます。火の中でも参りましょう」
(ニーナが他所行の言葉で、喋っている。コイツこんな話し方もできたのか)
「その話ですがね、もう少し待って頂きたいのですが」
「もう少しですか…私が兄から伝え聞いた所では、ロムロニア王国はしばらく内政に力を入れるので、返済計画を提示していただける物と思っておりましたが」
どうも雲行が怪しくなってきたらしいが、ここはニーナの戦場だ。そう思ってサイは口を閉じていた。
「そのつもりでしたがね、占領戦略が思うようにいっておりませんでな。税収が上がらないのですよ」
「道中、占領地を見せて頂きましたがそのようですね。それを解決するためにお呼びした方が来ております」
(ニーナが俺の事を『お呼びした方』だって!いつもならコイツ呼ばわりなのに)
サイは動揺を押さえて、手で促すニーナの後を継いで話し出す。
「俺…いえ私はサイ、サイ・クリフォードと申します」
「サイ・クリフォード…ですか、大賢者と名高いクリフォード殿とお見受けしますが」
「卑賎の身ながら、そのように呼ばれる事もあります」
「して、クリフォード殿を呼ばれたという事はニルヴァレン商会には何か考えがおありで?」
「クリフォード殿にはこの国の立て直しを担ってもらいます。聞けば、ロムロニア王国は国のあちこちで魔物は跋扈していて、国を治めるのに苦慮されている様子。大賢者のお力で魔物を祓い民を安堵し、長期に渡って融和政策を進めて国力を安定させる事から始めるのがよろしいかと…」
(なんだ、ニーナのヤツ分ってるじゃないか。『クリフォード殿』とか『大賢者』とか言われると背中がむず痒くってしかたがないがな)
「ニーナ殿の言われる通りですな。王にはそのように進言しましょう。ニーナ殿、返済には時間がかかると思いますが…」
「ニルヴァレン商会は最終的に返済いただけるならば、それで構いません」
「感謝いたします。まずは国の平定に力を尽くすことに致しましょう」
(やれやれ、どうにか穏当に話しが纏まりそうだ)
サイがそう油断した時だった。宰相の部屋の扉が断りも無くバーンと大きな音を立てて開け放たれ、大音声が響く。
「クリストバル!大賢者を招いたと聞いたぞ!」
王冠に豪奢なマント姿の男が言い放つ。どうやら穏当に事は進まないようだ。
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