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2.領主一家の呪い:その2

「と、まあ。そんな事がありましてね。御領主の奥方様の怒りを買ってしまったと…どこの町に言っても門前払い。立ち寄ることも出来なくて行き倒れていたって訳なんですよ」


 サイは行き倒れていた事情をヨハンに説明しながら朝食を食べさせてもらっていた。


「そりゃあ、兄ちゃんが悪いよ。亡くなったとは言え、御領主様の一族に因縁を付けちまったんだ。他に言いようは無かったのかい」


「まあ、そうかもしれませんが。嘘を言っても仕方がありませんしね」


「兄ちゃん、世渡りが下手ってよく言われるだろう?」


 ヨハンの直截的な指摘に胸を突かれて、地味に傷つくサイだったが。


「…まあ、否定は出来ませんね」


「やれやれ、まあこんな辺鄙な村まで御領主様の手の者は来ないだろうよ。暫くゆっくりしていくとええ」


「助かります。あ、薪割りでも何でも雑用を言いつけてください」


 これでも体は鍛えている。雑用で恩が返せるなら何でも来いだ。


「そうさなぁ、裏の物置小屋が痛んでね。その修理をお願いしてもええかい?んで、当面そっちで寝泊まりしてくんな」


「分かりました。やらせていただきます」


「んじゃ、頼んだよ。道具屋やらは小屋にあるものを自由に使うとええ」


「それでは早速」


 サイはヨハンの家を飛び出すと、裏の物置小屋の修理に向かうのだった。


 ヨハンの家に御厄介になって三日ほど経って、物置小屋も順調に修復中、今日はヨハンについて、村で釘や板を調達に行った。


「長閑で良い村ですね」


 村の外には穂を実らせる麦の海、吹き付ける風に麦の穂がなびいてまるで、黄金の海のようだ。遠くからは家畜の鳴き声も聞こえる。

 目を村の中に移せば広場を駆け回る子供たち、そんな子供たちを、少し鬱陶しそうにしながらも客引きに余念の無い物売り達。


「そうだろう、何にも無い村だが平穏無事が一番だぁ」


「そうですねぇ」


 そんな、他愛もないサイとヨハンの会話に割り込む者がいた。


「あのっ!ヨハンさん…」


 とたんにヨハンの表情が硬いものになる。


「フレドリクか…」


「ヨハンさん…エレーナの具合は…」


「良くない。今は近づかんでくれ」


「分かり…ました…」


 フレドリクと呼ばれた青年が肩を落として去っていく。


「ヨハンさん、奥さん以外にもご家族が居るんですか?」


「あ、ああ。娘が一人な。フレドリクと付き合っているんだが、最近調子が悪くて伏せっているんだ」


 ヨハンはぎこちなく答える。


「娘は奥の部屋で寝ているが、そっとしてやってくれ」


「分かってますよ。干渉しません」


「その配慮が御領主様にも出来てりゃあな」


 ヨハンは相好を崩して言った。


「はは…」


 その後、何日か物奥小屋を修理しながらのんびり過ごすサイだったが、厄介ごとは女の姿をとって現れた。


 トントンッ


「はいはい、何でしょう」


 ハンナが扉を開けると、赤毛で気の強そうな娘が立っている。


「ウチはニーナっちゅうモンや、ここにサイっちゅーのが厄介になっとるて聞いて来たんやけど、居てる?」


 社交辞令もなにもあったもんじゃない。ハンナは面食らった様子で。


「サイさんなら、家で居候していますよ。今なら裏の物置小屋を修理してるハズですが…」


「おおきに、ほな勝手に会わせてもらいます」


「は、はぁ」


 ニーナは家の裏に回ると。


「これが、サイのおるっちゅう物置小屋やな。サイー!居るのは分っとんでー!出てきいや!」


 やおら、サイに呼びかける


「何だよ、ニーナかよ。俺は物置小屋の修理で忙しいんだ、要件なら他を当たってくれ」


 サイは物置小屋から首だけ出して答える。


「そんな邪険にしなさんな。ええ話もってきたで」


「良い話って、ニーナが儲けられる話だろ。俺はこの村でゆっくりのんびり生きるんだ」


 ニーナが持ってきて、良い話だった試しは無い。早々に追い払おうとシッシッとばかりに手を振る。


「あんたに、そんな要領のええことが出来る訳ないやん。そない出来るんやったら故郷を捨てて、飛び出さへんかったやろ。それに今回の話はあんたにとってもええ話や。儲かるで」


 サイは胡乱気な目で見るが、ニーナはいつも通り自信満々だ。


「それにあんたはウチの実家にぎょうさん借金があるんやで。ちょっとは返そう思わんのか」


「それを言われると弱いが、何をさせようってんだ」


 サイには金貸しをやっているニーナの実家に莫大な借金がある。もちろん、サイ自身が借りた金では無いが、遠いご先祖様が借りた金を子々孫々細々と返済しているのだ。


「死んだ領主の息子っちゅうのが、いよいよ危のうなってな。あんたの姓を教えたったら是非にってお呼びがかかったちゅう訳や」


「偶然みたいな事をいってるが、わざわざ教えに行ったんだろ」


「分っとるやないか。これも人助けや、ようさん稼ぎや」


 かくて、サイは長閑な田舎暮らしを中断して領都に連れ戻される事となった。


・・・・・・・・・・


「フランツが…フランツが…」


 領主の奥方様は涙をはらはらと落とし繰り返すが、サイの目にはハッキリと死神の姿が映っていた。しかもその鎌はもうフランツの首を刈り取らんばかりに迫っている。


「奥方様、もう息子さんは助かりませんよ。死がそこまで近づいています」


 サイの目で見るまでもない。フランツの顔はげっそりとやせ細り死相が浮かんでいる。しかも小さな黒い虫が蠢くような痣は顔の半分を覆っている。


「それに、奥方様も痣が出ているんじゃないですか」


 領主の奥方はハッとして長袖を着た腕を押さえる。


「やっぱりですか…」


「ですから、高名な大賢者クリフォード様の子孫であられる貴方に助けて頂きたいのです」


(やれやれご先祖様の高名にも困ったもんだ…)


 確かにサイのご先祖様レオニード・クリフォードは、その人ありと言われた大賢者だ。だが世間に思われている程、何でも可能な万能の人では無い。

 その力を、子孫でも稀に色濃く受け継いだサイだからこそ分かってしまう。フランツは恐らく助からない。


「とは言ってもですねぇ、原因を取り除かない事には…これは病では無く呪いですから」


「あんたなら、その呪いの原因が分るんちゃうん?」


 ニーナがまぜっかえすが、サイは取り合わない。


「呪いが解けるなら何でもしますから。どうかお力を貸していただけないでしょうか」


「…」


 正直、サイにもここまで呪いに蝕まれたフランツがどれだけ生きていられるか分からない。


「息子さんが助かるかは分かりませんよ。それでも良ければ…ご主人が亡くなる少し前の事が分る人と話をさせて下さい」


「ありがとうございます!セドリック!セドリックをここに!」


 以前、サイを屋敷から叩き出した家令が使用人に支えられて連れて来られる。どうやら彼も呪いに侵されているらしい。詰襟で隠しているが首に痣が見える。

 立っているのもツラい様子だが、話してもらわないと呪いを解く糸口が掴めない。


「家令の方、セドリックさんですか。しばらく二人でお話させていただいても?」


「どうぞ、クリフォード様」


 奥方様はセドリックに向き直って。


「分かっていますね、セドリック!包み隠さずお話なさい!」


「畏まりました奥様…」


 奥方様が部屋をでるがニーナは残っている。


「んで、なんでお前は出て行かないんだ?」


「ウチはあんたがちゃんと仕事するか奥様に報告せなあかんからなぁ、立ち合い人っちゅうヤツや」


「…まあ良い」


 セドリックに視線を移す。


「セドリックさん、御領主が亡くなる前に何か思い当たる行動は有りませんでしたか?」


「…なにも、通常どおり御公務につかれておりました」


「…それで人に呪われるのであれば、普段からよっぽど人に恨まれていたって事にしかなりませんよ。それでは誰も助ける事は出来ません。何か無かったのですか?」


「まあ、偉いさんは人に恨まれてナンボってもんやしな」


「…ニーナお前は黙ってろ」


 サイは頭痛を堪えるように、こめかみを指で揉む。


「ご主人様は…痣が現れる一ヵ月程前に鹿狩りに行かれました…」


「そこで何かあったと?」


「分かりません。その日は一向に獲物が現れず、ご主人様が大層お怒りの様子でした。同行した私も、地元の猟師も振り切って、お一人で森の中へ入って行かれました」


「その後は?」


「しばらくすると、それまでとは打って変わって上機嫌で森の中から出ていらっしゃいました」


「鹿を仕留めたのですか?」


「いいえ、手ぶらでした。なにがあったかは、私共にも分かりません」


 正直分からない事だらけだ。


「他には何か無いですか?」


「他にこれと言っては…」


「そうですか…鹿狩りに行った場所は、どこですか?」


「コタオの村近くの森です」


 サイは思わず天井を仰ぐ。


「どないしたん?」


「ヨハンさんの村じゃないか…」

読んでいただきまして、ありがとうございました。

引き続き読んでいただければ幸いです。


今回の作品は次回作の序章になります。前作と作風を変えてみましたがいかがでしょうか?

現在、続きを書いております。早ければ10月中旬過ぎには投稿したいと考えです。

お待ちいただければさいわいです。

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