16.刺客の少女:その4
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「貴方がドローフ一家を潰してくれると言う、大賢者殿か」
ケラサンの街の衛兵隊長がサイを見て、がっかりしたように言う。
「まあ、多少は鍛えているようだが、ドローフ一家のアジトを襲撃して壊滅させようというには、いささか力不足というものではないかニルヴァレン女史」
「そう言わんと、クリフォード殿に任しとき。あんたが知らんでも大賢者殿や何十人襲って来ようがケロッと撃退してまうで」
「ニルヴァレン女史がそう言うのであれば…」
「あんた等は襲撃の後、すぐさま証拠を押収するのがお仕事や。言うたとおり、警戒させるような動きはしとらんやろな?」
街の衛兵隊にはニーナを通じてドローフ一家へ襲撃する事を話をつけていた。
「しかし、本当に襲撃は成功するんだろうな。今まで証拠を押さえようにも踏み込めば返り討ちにあうだけだから、黙認されてきた一味だ。武力は本物だぞ」
「それについては、御心配ありません。私が必ず壊滅させましょう」
「そう言うことや。あんじょう任しとき」
「はあ…」
・・・・・・・・・・
「さて、乗り込むか…」
サイはとある館の前で指を鳴らしている。
「まあ、程々にしときや」
「でたとこ勝負だな」
ドローフ一家のアジトの前である。アジトと言っても人目を避けるような所に建っている訳では無い。一等地では無いが、表向きは普通の商館に見える。
ゴンゴン!
サイは一人ドアに近づくと、ドアノッカーを鳴らす。
「何もんだ?てめぇ」
出てきた男は、サイを見るなり暴力的な雰囲気を纏った。
「この一家の頭領に用のある者だよ」
言うなり、サイはドアに手をかけて力任せに押し入る。
(後は頼んだで、サイ)
「何だぁ!てめぇは!?」
「それは、さっきも聞いたよ。頭領のドローフに用がある。取り次いでもらおうか」
屋敷の中にはざっと5,6人の男がいるが、だれも、はいそうですかと頭領に案内する事は無い様だった。
「はっ!イカレ野郎が」
一人が殴りかかってくるが、腕をとって殴りかかってくる勢いのまま投げ飛ばす。
「コイツ!囲んじまえ!」
今度は複数が、同時に殴りかかってくるが、関節を極めて受け流して体ごと投げ飛ばして他の男たちにぶつけてやる。
「強ぇぞ。出し惜しみするな…」
男たちの誰かがそう呟いた。剣呑だった男たちの態度が温度が下がったように冷静に冷酷になったように感じる。やがて男たちの指先は黒い鉤爪に変じたり、まくった腕に鱗が生えるものまで居た。
「これを見たからには生きて帰れるとは、思うなよ」
「そこまで浸食されていながら、自分の力と思うとは業が深いな」
男たちは呪われ、魔物と変じた我が身を武器としていた。
「ぬかせ!」
「鋼よ、力を!」
『はいよ、サイ』
たちまちサイの両腕は鈍く光る鋼鉄に変わり、襲い掛かる男たちの鉤爪を鋼の指で握り潰して無力化していく。
「てめぇ…」
両手を潰された男が床に跪いてうめく。
「これ以上、力に頼る事はお勧めしないな。大人しく捕まって刑を償った方が手間が無くていい」
「ふざ…ケンナ!」
男たちの姿が次々に魔物そのものへと変じて行く。
「自ら魔物になる事を望むか…鋼よ、浄化の焔を頼む」
『はいよ、サイ』
男たちは温度の無い白い焔に焼かれて浄滅していく。
「おっと、拾っておかないとな。後でニーナにどやされる…」
サイは男たちを浄滅させた所から、淡々と魔石を拾い上げる。
「鋼よ、ありがとう」
拾い上げた魔石の一つを精霊に手渡す。
『これくらい何でもないさ』
鋼の精霊はそう言って姿を消す。
「さて、ドローフはどこにいるのかな?案内が居なくなってしまった…」
サイは心底面倒そうに呟いて、二階の大きそうな部屋に当たりをつけて上がっていった。
「さて、ドローフはいるかい?」
ドアに手をかけて扉を開く。
パァン!カーン!
ドアの中には拳銃を構えて震える男がいた。
サイの手は勝手に鋼鉄に変わり銃弾を弾いていた。
『もらいすぎだったから勝手にやったけど、余計だった?』
「いや、助かったよ」
鋼の精霊がとっさにサイの腕を鋼鉄に変えて守ってくれていた。
「…ば…化け物め」
「ドローフだな?」
サイは相手の動揺を無視して尋ねた。
「…そうだ!おっと動くなよ弾はもう一発ある!」
「無駄だと思うがね」
サイは無造作に歩を進める。
パァン!
ドローフが放った銃弾がサイの腹に吸い込まれる。ニヤリとするドローフだが、サイは歩みを止めず、ついでのように腹から銃弾をほじくり出すと床に落とす。サイの腹からは血の一滴も出ていない」
「ヒッ!ヒィ…」
「だから無駄だと言ったろう」
歩み寄ったサイはドローフの頭を鋼鉄の指で掴み上げる。
「こ…殺すな。金ならいくらでも…だ、だれか殺したい奴がいれば…」
鋼鉄の指に力を込められればドローフの頭なぞ、スイカのように弾けてしまうだろう。恐怖に口が勝手に命乞いの言葉を次々と吐き出す。
「良く回る口だな…だが、俺の目的は別にあるんだ」
「ヒィィィ!」
「闇の精霊よ!死者とコイツの心を繋いでくれ!」
『良いの?サイ』
「…やってくれ」
『分かったわ…』
ドローフの白目を剥いて気絶する。サイを介してティエが殺した者たちの殺された瞬間の恨み・絶望・悲しみ・怨嗟、あらゆる負の感情が流れ込む。その魂の一つ一つに語りかける。お前達が本当に恨むべきはここに居るのだと。
「ッ…クッ」
サイは片膝をついて頭の痛みに耐える。感情だけとは言っても何人もの死の瞬間を体験しているようなものだ。身を裂かれるような苦しみを何度も味わう。
(ティエを助けるためにコイツを生贄にするんだ。これくらいの苦しみなんか…)
やがて、痛みは過ぎ去り、死の記憶はドローフに焼きついたようだ。
ビクッ!ビクッ!
ドローフの顔が恐怖に引きつり、体が痙攣する。だが、それ以上の変化はない。
「あんたは随分と図太いんだな。あんたが殺させた者たちの怨嗟を受けても人間の形を保つのか…」
冷たく怒りにまみれた声でサイは言った。まるで自分の声では無いような気がする。
いっそこんなヤツは…そう思い精霊の力を振るってしまおう、そう囁く自分を自覚していた。だが、サイの喉は硬直して言葉にはならなかった。
「…あんたはそこで後悔に苦しんで生きると良い」
のろのろとした足取りでサイは館を後にする。
「何ともないか!?サイ!」
ニーナが駆け寄ってくる。
「…ああ、ドローフに死者の怨嗟をなすりつけてやった」
「そう…か」
「後味が悪い。二度と御免だ」
「そうやね」
力なくへたり込むサイをニーナが抱え込む。その姿を無視したように衛兵たちが次々とドローフの館になだれ込んでいく。
「そんでも、これで終わったやろ」
「そうだな」
・・・・・・・・・・
「ああ、サイさん!待っていたんですよ」
森の一軒家に帰ってきたサイとニーナを出迎えたのは、村長の奥さん一人だった。
「何があったんです?」
「ティエちゃんが、ティエちゃんが昨日から寝室から出て来なくなってしまって…泣き声はするんで中にはいるハズですが…」
「ティエ!」
サイは靴もそのままに寝室のドアに齧りつく。
「この!」
閂を力任せに破壊すると、寝室に上がりこむ。
「ティエ!どうした!」
寝室の中は瘴気で満ちていた。
「ニーナ、女将さんを外に」
「任しとき!」
「サイ!」
ティエがサイの首に抱きつくが、その指は黒い鉤爪になっていて皮膚を切り裂いて血が滲む。
「コワイヨ!サイ!」
ティエの全身に呪いの痣は広がり、足も螺子くれて異形の物に変じている。
「コワイ!ミンナ、ティエヲニクンデル!」
「ティエ…どうして」
『ごめんねサイ、私も説得したんだけど…」
「闇の精霊…なんで…」
『死んだ瞬間の怨嗟はそこで固まってしまうのよ。道理では無いの…』
「そんな…」
「サイ!タスケテ!」
『その娘は、もうすぐ人ではいられなくなるわ…』
「…ティエ、人の恨みは怖いな…」
「サイ…」
「怖いのが無い場所に行くか?」
「サイトイッショ?」
「ッ…まだ一緒には行けない」
「…マタアエル?」
「ああ、いつかきっとな…」
「ジャア、マッテル…」
ティエが俺の腕の中で弱々しく喘いている。
「シュリエルス!」
『御身の側に』
白い光を纏った無貌の男が傅いている。
「ティエを送ってあげてくれ」
『御心のままに』
森の中の一軒家は光の柱に包まれ、巨大な柱が天に登る。
「ティエ…」
「こわいの…なくなったよ。サイ」
「今は一人で待ってくれるかい」
「うん、まってる」
ティエは柔らかな笑顔を浮かべると光の奔流に消えて行き、後には空色の魔石が残るだけだった。
「シュリエルス…ティエを送ってやってくれ…」
シュリエルスは魔石を恭しく魔石を受け取ると姿を消した。
・・・・・・・・・・
サイは黙って家の離れに石を積んでいる。ティエの墓だ。
「そこにティエはおらんのやろ?」
ティエは光の柱と共に悲しみの無い世界に行ったはずだ。
「ああ、でもティエは人間として死んだ。そう思わせてくれ。これは俺の感傷だ…」
サイは墓の側にマーガレットの苗を植える。季節になれば花を咲かせるだろう。
「これで寂しく無いと良いな、ティエ」
精霊に頼むと、毎年花が墓を飾ってくれるようにサイは願った。
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