15.刺客の少女:その3
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「サイ!起きとるか!?」
朝っぱらからのニーナの大声に、居間のソファーで眠っていたサイは転げ落ちる。
「ッてー!なんだよ。ニーナ、だしぬけに」
「いいからこっち見いや!」
そう言うニーナはティエを背中を向けて立たせる。ティエは何か痒いのか首の後を指先でポリポリと掻いている。
「どうした、虫にでも刺されたか?」
「いいから、ちゃんと診いや」
ニーナがティエのうなじの髪をかき分けて示す首筋をサイは見る。
「これは…」
うなじには黒い痣があった。だが、ただの痣ではない。小さな虫が蠢くようにぞわぞわと動いている。
(呪いの痣…なんでこんなものがティエに…いや…)
「生命の精霊よ。いるか」
『なぁに?サイ』
「少し前にこの娘の傷を治しただろう』
『そうね、覚えてるわ』
「その時消した記憶を見せてくれ」
『あんまりサイには見せたくないわ』
「構わない。見せてくれ」
『分かったわ。でも落ち着いて、気持ちを乱さないでね』
「ああ、頼む」
『それじゃあ、見せるわよ』
妖精のような姿の生命の精霊は、その小さな掌をサイの額に押し付ける。
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「■■■■!…悪魔め!」
「…俺が死んでも呪ってやる!」
「妻を、息子を返せ!」
「父さん!母さん!」
「兄貴を!いつか殺し■■■!
死を無感情に見下ろす、低い視点。そして生き残った者も迷いなく、次々と刃で刺し貫いていく。
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「こんなものが、ティエの記憶だって言うのか」
サイが怒りで歯を食いしばって、言葉を漏らす。
『サイ、落ち着いて…』
「……」
サイは深く息を吸い込んで、吐き出す。
「すまなかった、ありがとう」
『もう大丈夫な様ねサイ」
「ああ…この記憶はティエは忘れているんだろう」
『あのね、サイ。自分を苛む記憶は消せても、殺された人の怨嗟は消えないわ…』
(殺した人間の怨嗟が、今になってティエに返って来てるって言うのかよ。なにも知らずに言われるままに、手を汚した女の子に…)
「ありがとう生命の精霊よ」
サイは腰の革袋から小さな魔石を精霊に手渡す。
『無茶はしないでね、サイ』
大きなため息をつくと背筋を伸ばす。
「なんか、分かったんか?」
「今夜、話すよ…」
ティエはキョトンとサイとニーナを見上げていた。
「ティエ、今日も村に仕事に行くぞ。ニーナは…準備を頼めるか」
「シごと!シごと!」
「準備言うたかて、たいしたモンが…!分かったわ、任しとき…」
村へ仕事に出たサイは、村長の家に行き。頼みごとをする。
「分かりました、他ならぬサイさんの頼みです」
「手をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」
その日のサイは仕事をしながらも気がそぞろで、捗らなかった。
「サイ、どうシたの?」
ティエもサイの変化を感じ取っているのだろう。気遣うように聞いてくる。
「何でもないよ。ちょっと気になる事があるだけさ」
「きになルこと?」
「大丈夫さ。そうだ、今日は鶏を買って帰ろうか、昨日の鳥に米を詰めたヤツ美味かっただろう?また食べたく無いか?」
「たべタい!おいしカった!」
「そうだろう。またニーナに料理してもらおう」
「うン!」
仕事もそこそこに、鶏を一羽かって森の一軒家に帰るサイと、馬で戻ってきたニーナが帰ってくるのは同時だった。
「別れの晩餐かいな…」
ニーナが俺が下げた鶏を見て言う。
「馬鹿言うな。ちゃんと全部かたずけて帰ってくるさ」
「そうやね…」
・・・・・・・・・・・
昨日のようにニーナに鳥の香草米詰めのローストを作ってもらう。だが、燭台に灯した蝋燭は昨日と変わらないのに、部屋は少し暗く感じられ、会話も少なかった。食後のお茶を飲みながらサイは切り出した。
「ティエ、話があるんだ」
「なニ、サイ?」
「俺とニーナは出かけてくる。しばらくお留守番していてくれないか?」
「おるスばん?」
「そうだよ。しばらくしたら帰ってくるからな」
ティエの表情がジワリと歪む。
「かエってくる?ティエのことすテない?」
「棄てたりするもんか、ちゃんと帰ってくるよ」
「ホんとうに?」
「本当だとも、帰ってきたらまたニーナに料理作ってもらおうな」
「まかしとき、腕によりをかけて美味しいモン作ったるで」
ニーナもサイに調子を合わせて努めて明るい声でティエに話しかける。
「それまで村の村長さんの奥さんが、面倒を見に来てくれるから良い子でお留守番するんだぞ」
「ウん、ティエいいコにしてるよ。だかラ…」
「ああ、出来るだけ早く帰ってくるから」
「ウん…」
それでもティエは不安なのだろう。グスグスと鼻を鳴らしてなかなか泣き止まない。しばらくグズっていたティエだが、泣き疲れたのだろうか、静かにスースーと寝息を立てて寝入ってしまった。
サイは優しく抱きしめると寝室に運んでベッドにティエを寝かしつける。
「ティエは眠ったかいな」
「ああ、それじゃあ…話そうか…」
「大体、察しはつくけどな」
ニーナがワインを注いだコップを手渡しながら言う。
「そうだろうな…ティエは…今まで暗殺者として殺した相手からの怨嗟で呪いをかけられている」
「そうやないかと思たわ、ほんでも記憶はあんたが忘れさせたんちゃうんか?」
「ティエが忘れても、死んだ者は忘れない。そう、精霊に言われたよ」
「…さよか、ほなどうやってティエを助けるんや」
サイは拳を強く握りしめる。
「死者たちを説得する」
「…死者をってそんな事できるんかいな」
「やってみないと分からない。死者の怨嗟の矛先が変われば…おそらく…」
「矛先って…ティエに暗殺を命じたモンかいな」
「そうだ…」
拳を強く握りすぎたのだろう。サイの爪が皮膚を突き破りテーブルに小さな染みを作る。
「そんな事して、あんたは大丈夫なんか」
ニーナはサイの拳を両手で包み込み、少しでも力を抜くように撫でさする。
「多分、大丈夫だ。精霊たちが護ってくれる」
「アホウ!あんたの気持ちの問題や!本来恨まれるべき人間に、殺されたモンの恨みを押し付ける…そないな事、出来もせんウチ等はいい気味や思ってまうかもしれへん。
せやけどあんたは、あんたはちゃうやろ。それが本当に出来てまう。呪いを受けるべき人間がのうのうと生きとる。それでも、そんなんにでも自分の意思で呪いを押し付けて…あんたの心は大丈夫なんか…それが心配なんよ…」
ニーナはサイの拳を少しでも、ほぐそうと両手でこする。
「ニーナ…ありがとう。それでティエが助かるのだったら…おれは…やるよ」
「そうか、あんたの気持ちが変わらんのなら、ウチは最後まで付き合うたるわ…」
涙で滲ませた瞳を見せないように、ニーナは立ち上がりながら言った。
「すまない」
「あんたがツラいんはこれからや。格安にしといたるさかい、ツラかったらいくらでも甘えたらええわ」
そう言ってティエが眠る寝室に姿を消した。
「ありがとうニーナ」
サイは呟いてワインを飲み干すとソファーに横になった。
・・・・・・・・・・
「それじゃあ、俺たちはしばらく留守にします。ティエの事を頼みます」
「あいよ、任しときな」
村長の奥さんが頼りがいのありそうな、厚みのある胸をたたいて受け負ってくれる。
「ティエもおばさんの言う事をよく聞いて、良い子にしてるんだぞ」
「うン…はやくかえっテきてね」
「分ってるさ」
サイはティエの髪をクシャクシャに撫でて、それから屈んで涙を拭ってやる。
「また、ニーナの御馳走を食べような」
「うン…」
「それでは行ってきます」
「気を付けるんだよ」
「きヲつけてね」
「ああ」
サイとニーナは馬に跨り、森の中の一軒家を後にした。
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