14.刺客の少女:その2
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その日からサイとティエの奇妙な共同生活が始まった。
「いいか、ティエ。これがラディッシュの種だ」
「ラ…ディッ…シュ…?」
「そうだよ。カリカリしてサラダにすると美味いんだ」
「サラ…ダ…」
ティエは暗殺者としての技術は叩き込まれてきたようだが、それ以外、当たり前の人間としての扱いはされていなかったのか、言葉はたどたどしい。それに食べる事もご褒美として特別に与えられるもので、日々の喜びとしての食事も分かっていないようだった。
(まずは人間らしい暮らしをさせて、当たり前の娘として生活出来るようにさせてやりたいな)
サイはティエと一緒に食事を作り、一緒に食べて、一緒に後片づけをする。そうして日々の生活を一緒にしていくことで、慣れさせていく。暗殺者としての記憶を精霊が忘れさせたせいで、記憶の空白がそうさせるのか。それとも10歳というまだ幼い学習能力の高さがそうさせるのか、めきめきと人間らしさを取り戻していく。
今日はティエと一緒に庭先に小さな畑を作り、収穫の早い野菜を植えていく。
「さて水を撒こうな。ティエも手伝ってくれるか?」
「テツだう」
暇な時間はティエに言葉を教えて、少しずつだが最初に比べれば随分、流暢に話せるようになって来た。
「終わったら、村に働きに行くか」
「うン!」
サイはティエと手をつなぐと連れ立って、森の中の家を貸してくれた村へ働きに行く。
・・・・・・・・・・
「兄ちゃん精がでるな」
「はは、食い扶持を稼がないとですからね」
「違いない」
サイは魔物退治のお礼に森の家を貸してくれた村で、様々な雑用を引き受けていた。木の根を起こして畑を広げたり、石を運んで村を囲む石垣を修理するなど雑用を請け負う。その代わりに村で日々の食料を分けてもらっていた。
「兄ちゃん、今日は山鳥が捕れたんだ一羽持って帰りなよ」
「良いんですか?ではありがたく」
「なんもなんも、本当ならこの村は、兄ちゃんに並々ならぬ恩があるんだからな」
「家を貸してもらっただけで十分ですよ。食い扶持は働いて稼ぎますよ」
「兄ちゃんは、ずいぶん欲がないんだな」
「働くと飯が美味いですからね」
「はっはっはっ!そういうもんか」
「そういうもんです」
そんな村人とサイのやり取りをティエが石垣に座ってニコニコと眺めている。
「お嬢ちゃんもお手伝いかい?」
「お手ツだい?」
ティエはサイが野積みした石垣の隙間に、小さな石を詰めて手伝っていた。
「ティエもお手伝いだよな」
「うン」
山鳥をもらったサイはティエの手を引いて、森の家に帰る。
「さて、どう料理するかな。丸焼きかなぁ」
「まるヤキ?」
森の中の一軒家の前には人影が立っていて、人影が話しかけてきた。
「あんたに料理させると焼いただけの男料理ばっかりやなぁ…」
人影、ニーナが腕組みをして待っていた。
「遅いわ!どんだけ待たすんねん」
「遅いって…勝手に来て、その言い草はないだろニーナ」
「ニーナ!ニーナ!」
ティエがニーナにじゃれつく。
「ええ子にしとったか?ティエ。『お姉さん』がええもん作ったるさかいな。頬っぺた落ちてまうで」
ティエがびっくりしたように自分の頬っぺたを押さえる。
「ニーナの手料理か楽しみだな」
「あんたの為やないわ、ティエのためや」
「俺にも食わせてくれるんだろう?」
「そら、そやけど…」
「まあ、上がれよ。今日は山鳥をもらって来たんだ」
サイが山鳥を掲げて言った。
「おー!えーもんもらったやんか、ならニーナ様が腕をさっそく振るったらなアカンな」
「期待してるぜ」
「きタイ!きタイ!」
食卓を飾ったのは期待に違わぬ、御馳走だった。
「美味そうだな」
山鳥の中に米や香草を詰めてダッチオーブンで焼いた山鳥のローストだ。
「さ、切り分けるで」
ニーナがナイフとフォークで器用に切り分け、皿に取り分けてくれる。
「温かいうちに食べや」
「いただきます」
「いただきマス」
ティエも俺をマネして手を合わせる。
「美味い!」
「ンー!ンーー!」
米に鳥の肉汁が染み込んで、しかも香草で肉の臭みが消えて最高に美味い。
「落ち着いて食べやティエ。サイ…あんたも子供みたいに…」
そんな事を言いながらニーナは満更でもないようでニコニコしている。
「ウチも食べんと無くなってまうな」
そうして三人で食卓を囲んで舌鼓を打った。すっかり日が落ちて森の中の家の外は真っ暗だったが、家の中は明るい光に満ちていた。
・・・・・・・・・・
サイが料理の洗い物をしていると、テーブルの方からニーナがティエに言葉を教えてくるのが聞こえてくる。
「おーい、洗い終わったぞ」
「ごくろうさん。飲むんやろ?」
ニーナが酒瓶を掲げて聞いてくる。
「その前にティエをベッドで寝かさないとな」
ニーナに言葉を教わっていたティエだが、昼間の疲れが出たのだろう。こっくりこっくりと、いつの間にか舟をこいでいる。サイは両手で優しく抱え上げると寝室に運び、ベッドに寝かしつけるとテーブルに戻ってくる。だが、そこにいたニーナは真剣な表情ををしていた。
「その顔じゃあんまり良い話じゃ無さそうだな…」
先ほどまでティエに話しかけていた柔和な声音とは、うって変わってニーナは渋い声をだす。
「せやね…なにから話たらええか…」
「ゆっくりで良いだろ、夜はまだ長い」
サイはコップにワインを注いで手渡す。コップを受け取ってニーナが話し出す。
「おおきに、まずはティエの事や…」
ニーナはワインで口を湿らせると話し出す。
「あの娘は、暗殺組織に育てられた子供や」
「まあ、そうだろうな」
「暗殺組織ちゅうのは、まあよくあるモンや。問題はその背後や」
サイもワインを一口、流し込む。
「何があった?」
「あんた救済の月て覚えてるか?」
ゴホッゴホッ!サイは思い切り咽る。
「…その様子やと覚えてるか」
「当たり前だろう!」
サイの脳裏に剣で刺し貫かれる養父の姿が思い出される。
「落ち着きや…その末端が関わっとるらしいわ」
「らしいって、確証は無いのかよ」
「濃紺のローブの男と接触してたんまでや」
「濃紺のローブ…やっぱりあいつ等じゃないか…」
サイは絞り出すように声を出す。
「どこにでもある色や、決めつけは良くないで…」
サイを気遣うように、サイが硬く握りしめた手をニーナは両手で包み込む。
「なあ、逃げへんか?」
「仇を…あいつ等をほおってか?」
「ウチは…もしも仇を見てもうた時のあんたが心配や」
「……」
「また、あんな事になってもうたら…また、あんたの居場所は無くなってまうで」
「ティエはどうする…」
「街の孤児院にでも預けたらどうや?まだ今なら別れられるやろ?」
「……」
「長く一緒におると、そんだけツラいで。早い方がええ」
(そういってもサイはティエを手放せんやろね。ティエもサイから離れられんやろうし…)
「それとも、あんたのあの姿をティエに見せる気か?」
「…暗殺組織は壊滅させる。仇は…今は諦める…」
「せやな、そこらへんが落としどこやろね…何にしても、いつまでティエと一緒におる気やのん」
「独り立ちできるまでは…と思ってたんだが」
「いつまでこの村におれるか分らんのに?」
「ティエが望めば、放浪の旅でも一緒に連れて行くさ」
「さよか…」
「それで?暗殺組織について教えてくれ」
「近くの街のドローフ一家や、暗殺に人攫い悪どい事は一通りやっとるな」
「要はそいつらを叩きのめして、俺達に二度と手を出せないようにすれば良いんだろ」
「あんたが言うと簡単に聞こえるわ。でもやれるんか?」
「叩きのめすだけならな」
「報復に来るに決まっとるやんか」
(この分やと、殺るんは無理やろな)
「それこそ、逃げるさ。それでも手を出してくるなら何度でも叩きのめす」
「せやな…ほな、ウチは一足先に休ませてもらうわ」
「ああ、おやすみニーナ」
ニーナがひらひらと手を振って寝室に姿を消す。ひとり居間に残ったサイは。
「…救済の月か」
つぶやくその目には、いつもの穏やかな色は無かった。
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