13.刺客の少女:その1
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「狭いながらも楽しい我が家ってね」
「借家やんか。それに不便そうなとこやし」
「でも根無し草より良い暮らしだろ」
「まあ、否定はせえへんよ。せやかて長く住むつもりは無いんやろ?」
「…いいじゃ無いか。つかの間の平穏ってやつさ」
サイは森の中の一軒家、その周囲の雑草を刈りながらニーナに答える。
「辺鄙なド田舎、それもこんな森の中いうても、何処の馬の骨とも分らんあんたに家を貸そうなんて奇特なんもおったもんやな」
「村が魔物に襲われててね、祓ったお礼をって言われたんだ。それで家を借りた」
「謝礼でも受け取っとけば借金の返済になったんちゃうか?」
「田舎の村さ、謝礼といったって俺の借金からすれば雀の涙だろ。それに無理に金を掻き集めようって雰囲気だったしな。それより俺の精神的充足の方が価値がある」
「さよか、そんならそれでもええわ。そんでウチを呼び出したんは何の用や」
「用が無くちゃ呼んじゃダメか?新居を見せたかっただけなんだが…」
「大の男がすねらんとき、気色悪いわ。まあ、あんたの事やそんな事やろ思とったわ」
ニーナが酒瓶を掲げて言った。
「気が利くじゃないか、酒なんて久しぶりだな有難い」
「はいはい、奢ったるわ。ついでになんか摘みも作ったるわ。台所は勝手に使わしてもらうで」
「頼む。買っておいたチーズとか黒パンとか仕舞ってあるから適当に出してくれ」
「りょーかい。任しとき」
ニーナが家の中に姿を消していった。
サイは再び草刈りに手を動かしていった。
「ふうっ…こんなものかな…」
雑草でボウボウだった家の周囲がようやスッキリして人が住んでいる有様になって来た。いつの間にか日も傾き、森の中の一軒家は早くも暗くなり出している。
草刈りを終えて腰を伸ばしていると、サイは首筋に刺すような殺気を感じる。
(こんな森の中で、いったい何だ?)
疑問を抱いたサイに森の木立から飛来する物ががある!
「鋼の精霊よ!」
キンッ!
サイはとっさに精霊を呼び出すと、硬質化した腕で飛来したものを叩き落とす。叩き落としたそれは地面に突き立ったナイフだった。
ガサッ!
サイに向かって走る影が迫る。身を躱し、硬質化した腕で首筋を叩く。
「あちゃ、しまった。生きてるよな」
見下ろしたサイの視線の先には、ナイフを持ったまま気絶した少女がのびていた。
慌てて少女を両手で抱えあがると扉に向かって呼びかける。
「おーい!ニーナ、開けてくれー!」
・・・・・・・・・・
「で、これなんや?」
ソファーに寝かせた少女を指さしてニーナがサイを問い詰める
「さあ?」
「さあ?やあらへんわ。あんたが運んできたんやろ」
「いや、さっき森から飛び出して来て襲われたんだ」
「あんた、まさか隠し子でも作っとったんちゃうやろな。そんで自分を棄てた、あんたを恨んで…」
「変な事を言うな!大体この娘は十歳かそこらだろ。俺だって15,6の頃だぞ」
「男の15歳ならあり得るわ。うわ不潔や」
「あのなぁ、ナイフをよく見ろよ」
少女が持ったままのナイフを指し示しながらサイは言う。
ナイフの表面にはヌラヌラとした薄紫色の液体が塗ってある。
「毒が塗ってあるんか?」
「多分な」
「随分、恨まれたもんやな。『おとうちゃん』」
「それはもういいって…」
ふざけて茶化すニーナほおっておいて、サイは少女の固く握られた指をほぐしながらナイフを取り上げた。
「表にも、もう一本落ちてるから拾っておいてくれないか?」
「へいへい、分かったで」
ぶつくさ呟くニーナを見送って、サイは少女の呼吸を確かめるが、少女は規則正しい呼吸をしている。
「死んではいないようだな。それにしても一体なんなんだ」
「拾ってきたで、ついでにそっちも毒を洗い落としとくわ。渡しや」
「助かるニーナ。頼むよ」
ナイフをニーナに渡すと、少女をひっくり返して殴ってしまった首筋を診る。
「少し腫れてるか?生命の精霊よいるかい?」
『サイ、呼んだ?』
「この娘の首の腫れを治してやって欲しいんだが」
『首筋だけで良いの?体中に色々傷があるけど』
「…じゃあそれも頼むよ」
『はいはい、任せてね』
少女の体が柔らかい光に包まれたかと思うと、首筋の腫れはすっかり治っていた。
「ありがとうよ。はい、これ」
サイは生命の精霊に小粒の魔石を渡す。
『ついでにサービスしておいたよ』
「…何したんだ?」
『人を殺めた記憶をね…』
「……」
『余計だったかな?』
「いや、ありがとう」
『良かった、じゃあね』
少女を仰向けに直すとサイは呟く。
「しかし、どうしたもんかな…」
「洗ってきたで。しっかしあんたもよう人の恨みを買うもんやね」
「買おうとして買ってる訳じゃない」
サイは顔も不本意と書いているかのように渋面になる。
「でも、実際襲われとるやんか。心当たりはないんかい?」
「…ありすぎて見当がつかないな」
くぅ~
少女のお腹から可愛い音がして、空腹を訴える。
「ま、まずは気が付いてもらわんことには話にならんわな」
「傷は直したし、そのうち気が付くだろ。それにしても腹が減ったよ」
「ウチもペコペコや、料理は出来とるさかい。食べよか」
「そうするか」
少女の事はひとまず置いて、サイとニーナは炙ったチーズをのせた黒パンや干し肉を一口大に切ったものを摘みながら酒を飲む。
そうして夜も更けていくが、やがて少女の鼻が料理の匂いを嗅ぎ取りヒクヒクと動き、呻き声を上げる。
「お、そろそろ起きそうだな」
少女の変化に敏感に気付いたサイが呟く。
「せやな」
少女はムクリと体を起こすと。
「シネ!」
少女は手刀をサイの喉元目がけて突き込むが、がっちりと掴み取られ防がれてしまう。
「何の恨みかは知らないが、大人しくしてもらえるかな?それに腹も減ってるんだろう?」
「……ダレ?」
どうやら記憶の残滓が記憶の残滓が少女の体を動かしたのだろう。
くぅ~
ふたたび、少女のお腹が空腹を訴える。
サイは少女にチーズをのせた黒パンを差し出す。
それでも、少女は警戒したままオズオズと手を伸ばすと、素早くパンをひったくるとガツガツと食べだす。
「お代わりもあるからな」
警戒したままだが、僅かに少女は頷く。
「なんか、野良猫の餌付けみたいやな」
「まあ、そう言ってやるなよ…君は名前はなんて言うんだ?」
サイがそう尋ねると、少女は迷っていたがやがて口を開いた。
「…ジュウバンメ」
「ジュウバンメ?ああ、10番目か…それは名前じゃないだろう…」
「デモ…ソウ…ヨバレタ」
「あー、じゃあ君の事は『ティエ』と呼ぶぞ。今から君はティエだ。俺の名はサイだ」
「…ティ…エ」
「そうだティエ」
「ティエ…」
サイは少女を指さして繰り返す。
「…アイ」
「サイだよ、サ・イ」
自分を指さして繰り返す。
「…サイ」
「そうだ。良くできたじゃないか」
「あんたら本当に父娘ちゃうんか…」
酔いの回ったニーナが茶化すとティエがニーナを見つめている。
「ニーナだよティエ、二ーナ」
「ニーア?」
「ニーナ」
「…ニー…ニーナ」
「そうだよティエ、コイツはニーナだ」
「サイ!ニーナ!サイ!ニーナ!」
ティエがはしゃいで繰り返す。
「上手いぞティエ」
「サイ!ニーナ!サイ!ニーナ!」
・・・・・・・・・・
「静かになったなぁ」
「疲れてたんだろ、はしゃいでたしな」
ティエはソファーで寝息を立てている。
「こうしてみれば暗殺者とは思えんけどな」
「暗殺者…だろうか」
「間違いないやろね…」
「子供を暗殺者に仕立て上げるなんて…」
「許せんか?」
「当たり前だろ」
「せやな…ことろでこの娘の事どうすんや?サイ」
「…しばらくは一緒に暮らすよ。なんだかティエも懐きだしたし、このまま放りだすのも嫌だ」
「あんたならそう言う思うたわ。ならウチはあんたを狙ろうたモンを調べてみよか」
「頼めるか?」
「貸しやで」
「分ってるよ」
「さよか、なら今晩はとりあえず寝よか」
「ティエと一緒で良いか?」
「どうせベッドなんて一つしかあらへんのやろ。しかし大丈夫かいな?暗殺者なんやろ」
「それなら大丈夫だ。精霊が魔術でな」
「さよか、あんたが人に魔術を使うなんて珍しいな」
「…まあな」
サイはティエの軽い体を両手で抱えると寝室へ運ぶ。
「頼んだよ。『お母さん』」
「はあ!なにゆうてん!!」
「冗談だよ。大声だすなよティエが起きる」
「あんたが変な事言うからや…」
「じゃあな、おやすみ」
「…ほな、おやすみ」
ベッドをニーナとティエに占領されたサイは居間のソファーで横になった。
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