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12.家族の肖像画:その4

ブックマークならびに評価、誤字指摘いただきまして、ありがとうございます。

 その日の晩餐は気まずいものだった。御当主のアルフレードも寝室ではなく、食堂で一同に会して食事をとるが、会話は無く。空気は重い物だった。


 食事の後に、ワインが運ばれてくるが、突然(ドウ)がサイに警告を発する。


『サイ!それを飲んじゃダメ毒よ!』


「みなさん!ワインを飲まないでください。毒です!」


 サイは鋭く言った。口をつける寸前だったジョスエのグラスをそば使えのヴァネッサが弾き飛ばす。


「クリフォード殿、何を…」


 レオーネが狼狽した様子で言う。


「毒が入れられています。それも、たった今…」


「そんな事誰も…」


「精霊の目は誤魔化せません…だれかが毒を盛ったそれは間違いありません」


 沈黙がその場を支配する。


「レオーネ…お前なのか…」


 アルフレードが恐れるように尋ねる。


「父上、私は…」


「何という事を…」


 アルフレードが嘆きを呟く。


「ワシはレオーネがこの家を継ぐことには反対だ。ジョスエが継ぐべきだと今でも思っている」


「ボクは当主を継ぐことは望んでいませんよ。絵描きとしてこの家を出ることを望んでいます」


「お前はまだそんな事を言っているのか…精霊の加護を失って人望が離れたレオーネに当主が勤まるとおもうのか?」


「お言葉ですが、父上。この数年、伯爵家を納めてきたのは、間違いなくレオーネの手腕です。精霊の加護と言っても僅かに人の好意を誘導するに過ぎ無いとクリフォード殿も言っていたではありませんか」


 サイはジョスエの言葉を受けて頷く。


「それでもだ、その人を惹き付けるのに為政者がどれだけの苦労をすると思う?幼少の頃のお前は自然にそれをなしていた。ワシはジョスエ、お前こそが相応しいと思っている」


「父上、子供の頃は子供の頃の話ですよ。今の私には人を惹き付けるような魅力はありませんよ」


 レオーネは黙っているが、その周囲には瘴気がわだかまっている事をサイの目は捉えていた。


「それに精霊の助けがあったとしても、レオーネが努力していなかったとでも?私は兄として、レオーネがどれだけ努力して領主として相応しい者に成ろうとしていたか知っていますよ。父上はそれを御存じない」


「…ジョスエはそう思うのだな」


「はい」


「レオーネ…ジョスエがそう言っているが、馬鹿な事を…」


 突然、レオーネにわだかまっていた瘴気が膨れ上がる!


「闇の精霊よ!瘴気を遮る盾となれ!」


 サイは素早く闇の精霊を呼び出すと、瘴気以上の濃い闇でアルフレードとジョスエを護る。


「兄さんが悪いんだ!俺はなんでも出来る兄さんが羨ましかった。父さんに褒められるのはいつも兄さんだった!俺は惨めな出来損ないだ!」


 レオーネは慟哭する。


「レオーネ…そんな風に思っていたなんて…」


「兄さんには人望があった!みんな兄さんに惹かれて、兄さんの才能を誉めそやした」


「…後継者なんかボクは望んでいなかったよ。ボクは絵さえ描ければそれで良かったのに」


「『後継者なんか』だって!俺が望んでも手に入らない物をそんなものだって!」


「……」


「兄さんは絵の才能が有って、次期当主としても立派だった。兄さんが羨ましかった。妬ましかった。兄さんに手が届かない事が悔しかった。兄さんが憎かった!」


「レオーネさん!それ以上はいけない!」


 サイが生の感情をぶちまけるレオーネを静止する。いつの間にかレオーネの白目は黒く濁り、体からは黒い瘴気を放ちだす。


「でも、この数年家を支えていたのはレオーネ…お前だよ」


 ジョスエが穏やかにレオーネに語りかける。


「父上の手もボクの助けも無く、この伯爵家を切り盛りしていたのは、確かにレオーネ、お前だ」


「…それは兄さんに負けたくなかったから!だから!」


「それでも良いじゃないか。そうして、お前は領の皆を幸せにしていた。誇れ!我が弟よ。間違いなくお前は伯爵家の当主の器だ」


「…兄さん、俺を認めてくれるのか…」


「馬鹿だなぁボクは何時だってお前を認めていたさ」


「兄さん…」


 レオーネから噴き出していたはいつの間にか瘴気が収まり、白目の濁りも消えていた。


「さて、決着を付けないといけないね」


 ジョスエは静かな口調で話しかける。


「俺が伯爵家を出るよ、兄さん」


「そんなことはボクが許さない。ボクは憧れの放浪の画家になるのだからね。伯爵家はレオーネ、お前が継ぐんだ」


「でも、俺は兄さんを毒殺しようとした。それは、もう消えない事実だ…」


 レオーネは項垂れ、罪を告白する。


「…証拠は無いんだろう?クリフォード殿」


「そうですね、毒に気付いたのは俺だけです。誰が仕組んだことかも知っている者は居ません」


「そういう事だ、レオーネ。ボクは伯爵家の後継者の座を狙った疑いで、レオーネお前に決闘を申し込む」


「え…」


「そうだな、ボクの代理人はそば仕えのヴァネッサに頼むとしよう。彼女の剣の腕はそれなりの勇名を誇っている。代理人としては申し分ないだろう。レオーネ、お前はクリフォード殿を代理人として立てるんだ」


「いくらヴァネッサといっても大賢者であるクリフォード殿相手には…」


 レオーネは呆然としてジョスエに反駁する


「クリフォード殿、ヴァネッサはボクにとって大切な人だ。ちゃんと手加減してくれるんだろう?」


「それはもちろんです」


 全てを察したサイが胸を張って請け負う。


「そんな…それでは兄さんが…」


「そうさ、ボクは弟に毒殺されかけたと思い込んで、その恨みから決闘を申し込んで、返り討ちにあうのさ。もう伯爵家には居られなくなる」


「そんなことをしたら…」


「家を出るしかないだろう?伯爵家は頼んだよレオーネ」


 ジョスエは片目を瞑ってレオーネに語りかける。


「兄さん…くっうううっ…」


 レオーネが咽び泣く。


「肝心な時に涙脆いもの子供の頃とちっとも変っていないよ、ボクの弟よ」


 ジョスエが蹲ってしまったレオーネを抱きしめる。


 アルフレードはそんな兄弟を見つめ、黙って頷いた。


・・・・・・・・・・


 数日後、決闘は執り行われ、ジョスエは伯爵家を追放された。


 ジョスエの立ち去った部屋には、父親を中心に、兄弟二人が支える家族の肖像画がイーゼルに残されていた。サイはその肖像画を瞼に焼き付ける。


「お世話になりました」


「クリフォード殿、なにもお辞めにならなくても…」


 レオーネが伯爵家のお抱え魔術師を辞するサイを引き留めている。


「私は全てを知る唯一の人間です。この家にはいない方が良い」


「申し訳ない…」


 立ち去るサイをレオーネは頭を下げて見送っていた。


「首になってもうたな」


 伯爵家を出て辻を曲がったところにニーナが立っていた。


「そうだな」


 サイは肖像画を思い出し、瞑目する。


「ニーナに相談して良かったよ。コルツァーノ家は一緒には居られなくなってしまったけれど、親兄弟の繋がりは切れることなく済んだよ」


 静かに開いたサイの目は現在では、無く過ぎ去って、もう取り戻せない遠い情景を見ているようだった。


「あんたに感謝されるなんて、さぶいぼでるわ」


 ニーナが憎まれ口を叩くが、その目は優しくサイを見つめていた。


「そう言うなよ。俺だけでは出来なかったことだ」


(あんたがそう言うなら、ウチに言う事は無いわ…)


「さよか、それにしても折角の安定収入やったのに惜しい事したもんやな。また働き口を探さなあかんね」


 ニーナは明るく言って、感傷を吹き飛ばすようにサイの肩を強く叩いた。

読んでいただきまして、ありがとうございました。

引き続き読んでいただければ幸いです。


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