10.家族の肖像画:その2
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「フマクル村の治水工事の件は了承した。人足集めや普請についてはクロードに任せる」
レオーネ・コルツァーノが書斎で領から届く陳情書に目を通して行く。サイは素人ながらも、一応お抱え魔術師だ。領の運営に意見を求められれば何かしらアドバイスをしなくてはならない。
だが、状況はそのような物では無かった。
「レオーネ様、その件につきましては御当主様の裁可を頂きませんと…」
「何故だ?これまで領の運営に関しては私が行っていたハズだが」
「…確かにそうですが…」
「まあ、良い。父上には私が後でまとめて許可を得てくる。準備だけは整えておけ」
「畏まりました…」
「…何なのだ、今日は一体…どう思われる?クリフォード殿」
「何でしょうかね。まあ小さな齟齬では無いですか、あまり気に病む程では無いと思いますが」
「そうだな…これから父上に裁可を仰いで来よう。クリフォード殿はいかがかな」
「同行いたしましょう」
レオーネの後に続いて、コルツァーノ家当主、アルフレード・コルツァーノの寝室へ向かう。
「父は数年前から体が弱ってね。最近では寝たきりなのだよ」
「それでレオーネ様が伯爵家を取りまとめていたと?」
「うむ、だが今日はどうも様子が変だ。
父上、レオーネです。入ってもよろしいですか?」
「ああ、今日は気分が良い。入れ…」
「失礼します」
レオーネに続いてサイも御当主の寝室に入る。コルツァーノ家当主アルフレードは食堂に有った肖像画からは、少し痩せたかなといった印象ではあったが寝込むほど体が弱っているようには見えない。
「…本日は体調がよろしいようですね。父上」
「そうだな、こんなに調子がいいのは数年ぶりかもしれん」
「早速で申し訳ありませんが、領の運営について裁可を頂きに参りました」
「見よう。寄こしてくれ」
「一応、私の方で筋道は付けてありますが…」
「そうだな。概ね問題ないが、これとこれは官吏を変えた方が良い。アリスティドとクリストフェルが適任だろう」
「…その二人でしたら既に解雇しております」
「なぜだ?二人とも優秀な官吏だったのに」
「私と方針の食い違いが多く、領の運営に支障をきたしておりましたので…」
「…そうか、あたら有能な官吏を…勿体ない事をしたな。まあ良い。お前が考えた計画で進めてみろ」
「畏まりました父上…」
御当主の寝室を辞するレオーネの顔には苦い物が含まれていた。
「今になって俺の邪魔をするのか…」
レオーネのかすかな呟きはサイにだけ届いていた。
そのまま、レオーネに続いて退出しようとするサイだったがアルフレードから呼び止められる。
「君は…レオーネのお客人かね?」
呼び止められたサイを置いて、レオーネは去って行ってしまった。
「はい。私はサイ、サイ・クリフォードと言うものです」
「大賢者、クリフォード殿だな。有名はこのおいぼれの耳にも届いておるぞ」
「レオーネ様の客とおっしゃいましたが、私は御当主様に招聘されたものと思っていましたが」
「恐らく、レオーネが勝手に私の名前を使ったのだろう。仕方のない子だ」
「失礼ですが、子供扱いされるようなお歳では無いと思いますが。それに体調を崩されていた御当主様の代わりを立派に勤めていると思いますよ」
「それでも、レオーネは子供だ。あれの気持ちの源は兄への劣等感だ。それ故に肩肘を張って自分を大きく見せようとする。ワシに言わせれば子供だ。ただ小さなころから不思議な子でな」
「不思議…ですか」
「大人たちが何くれと世話を焼いてしまう。そんな子供なのだよ。それ故に我儘に育ってしまったかもしれん」
「そうですか…私には立派な方だと思いますが」
「そうか、ところで兄のジョスエには会ったか?」
サイは黙って首を振る。
「それでは、一度ジョスエにも会って、どちらが伯爵家の後継者として相応しいか、クリフォード殿の考えを伺いたいものだ」
「大賢者なんて呼ばれていますが、私はただ力を持つだけの魔術師ですよ。後継者選びに口を挟めるような人間ではありません」
「ただ、外の人間から見た評価だけで良い…少し喋りすぎた様だ。申し訳ないが休ませてもらおう」
「ご負担をおかけしたようです、失礼します」
「うむ、兄弟の事を見比べてやってくれ…」
サイはそっとアルフレードの寝室を辞した。
「兄弟ね…」
サイは呟きながら、伯爵家の自分に与えられた部屋に戻ろうとするが、慣れない豪邸に迷ってしまう。
「まいったね。どうも」
ぼやきながら、歩いていればその内、使用人にであるだろうと思いブラブラとしていると不意に明るい一角に出くわす。
中庭になったそこにはテラスがあり、日の光が降り注いでいる。
テラスには線の細い美男子がイーゼルに向かって筆を動かしていた。その傍には腰から長剣を下げた護衛と思しき、引き締まった体つきの女性が控えている。
サイが興味深そうにテラスを覗き込むと、美男子の方が、今サイの存在に気付いたようで、おや?といったように顔を向ける。護衛の女性は最初から気付いていたかのように油断なく、サイを見つめている。
「貴方は、弟が呼んだという…」
「サイ・クリフォードと申します」
「大賢者と名高いクリフォード殿か!一度お会いしたかった」
「そのような大層な者ではありませんよ。ただの魔術師です」
「おっと、ボクはまだ名乗っていなかったね。ボクはジョスエ・コルツァーノという。こっちはボクのそば使えのヴァネッサだ」
ジョスエが護衛の女性を示して言う。
「では、貴方が伯爵家の次期当主という…」
サイがそう言うとジョスエの顔は少し曇ったが、顔を興味で輝かせてサイに尋ねる。
「貴方のような方なら色んな場所に行ったことがあるのだろう?是非聞かせてもらえないだろうか?」
「お望みとあれば」
サイは、麦の穂が風を受けてうねる黄金の海、羊飼いが狼から羊を守って放牧する様子、商人の街で活気にあふれる人々、水揚げされた様々な色の魚の事。
ジョスエに望まれるままに、旅をしてきた街を人々の暮らしを話していく。それをジョスエは目を輝かせて聞き入っている。
「羨ましい事だ。外の世界にはなんと美しい物が溢れているのだろう」
「美しい物ばかりではありませんよ…」
「そうだろう。だがそれもこの世界の一端だ。そこには興味の対象が満ち溢れている!」
やがて話題はジョスエとレオーネ兄弟の事に移っていった。
「レオーネとボクは子供の頃は仲の良い兄弟でね。絵を描くボクのマネをしていたずら書きをしては、今は亡き母に怒られていたものさ」
「だったというと、今は…」
「ボクはレオーネに避けられていてね…」
(だから宴席の時にもジョスエは呼ばれなかったのか)
「一体、何時からなんですか?」
「父が伯爵家の後継者について口にするようになってからかな…」
「順当に行けばジョスエ様が継がれるものと思いますが」
「そうだね。だがボクにとっては伯爵家よりも魅力的な世界があった」
「それが絵ですか」
「そうだね、ボクにとって絵は何物にも代えがたい物だ。それこそ伯爵家を捨ててしまってもね。いや、伯爵家を継いでしまえば絵を描く事を諦めるしかなくなる。だから父には伯爵家を継ぎたくないと言ったのだけどね」
「御当主様はさぞやご立腹なさったでしょうね」
「ご立腹なんてもんじゃないさ。もうカンカンでね、おかげで一時は絵筆まで取り上げられてしまったよ」
「それはそうでしょう」
「でも、ボクはレオーネにこそ伯爵家を継いで欲しいと思っている。多分レオーネも伯爵家を継ぐことを望んでいる」
「確かにレオーネ様は伯爵家の実務を切り盛りしていますしね」
「そうだろう。レオーネが継いだ方が伯爵家は安泰だよ」
ジョスエは屈託のない明るい声で笑って言った。
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