1.領主一家の呪い:その1
轟!
地上から一条の光の柱が天を目がけて突き立つ。
轟!轟!
幾筋もの光の柱が突き立ち、暗がりから湧き出る魔物を消滅させていく。
村で、町で、都市で、湧き出る魔物を光の柱が消滅させていく。
「■■■■■!■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」
窓も締め切った部屋の中で、手足も捻じれ、身が黒く染まった人型が悲痛な叫びを上げる。
青年は、その異形を慰めるように、あやすように抱きしめる。
異形からは絶えず瘴気が滲みだし周囲を浸食しようとするが、青年の体から溢れる白い光が優しく押しとどめる。
「俺がきっと君を苦しみから解放するから」
青年は異形に穏やかに話しかける。
「■■■■■■…■■■■■■■■」
「そうだね、でも憎みたくは無かったんだよね」
「■■■■■、■■■■■■■■」
やがて、異形の姿は青年の白い光に包まれて消滅していく。
「君の心に平穏の訪れん事を…」
いつしか、光の柱は消え去り辺りは静かになっていた。
青年は一筋の涙を流し、異形の全てを消し去った。
・・・・・・・・・・
「腹…減ったなぁ…」
青年は森の中で突っ伏して、情けない呟きとも、呻きともつかない声を発していた。
もうずっと腹の虫が不平不満を鳴らしている。もう何日も雑草を水で煮たものしか、口にしていない。
「こんな事なら、猟師の仕事も覚えておくんだった…」
黒髪に青目、整ってはいるが特別目立つ容貌ではない。服装も麻のシャツにズボン、どこからどう見ても何処にでも居そうな青年だ。
「あんたが領主の奥方様の機嫌を損ねたのが悪いんちゃうん?」
青年が倒れている脇の木の上で枝に寝そべっている赤毛の女が話かける。
「なんで知ってるし…」
青年は恨みがましい声音で、女に尋ねる。
「借金取りの地獄耳や」
女は平然としたもので、空腹で倒れている青年を一向に気にもせず。焼いた鳥のもも肉を美味そうにムッシャムッシャと食べてながら、お気楽そうに突っ込む。
「なあ、俺にそれを食べさせてはくれないのか?」
ますます恨みがましい声で青年は尋ねるが。
「ええけど、金貨5枚な」
「高い!いいとこ、屋台で銅貨5枚もしないだろ!」
「需要と供給っちゅうヤツや。あんたは肉が食いたい、ウチはあんたに売らんでも何も困らん」
女は平然としたものである。むしろ見せつけるように大口を開けて、鶏肉に齧りつく。
「ドケチ、業突く張り…」
「何とでも言いや、金さえ払えば腹がはち切れる程御馳走したるよ」
「俺に金が無いって知ってて言ってるだろ…」
青年は素寒貧の文無しであった。でなければこんな所で行き倒れてはいない。
「さて腹もくちくなったし、ウチはもう行くわ」
女は木の枝から身を翻すと、地面にスタッと軽い足音をさせて降り立つ。鶏肉の油で汚れた指を青年に見せつけるように舐めとると、歩き去っていった。
「…腹…減ったな…」
・・・・・・・・・・
「兄ちゃん行き倒れかい?」
意識が飛んでいたのか、青年は唐突にそんな声をかけられる。
「……まあ、そんなところです」
「難儀なこったなぁ、そんなに困っとるならオラん家で飯くらい食わせてやっぞ」
朴訥そうな中年の男に声をかけられる。麻のシャツにオーバーオール、農夫だろうか。
「助かります!お願いします!」
「お、おう。そんなにガッつかんでもオラの家は森を出て直ぐだ。この時間ならかみさんが夕飯の支度をしてる頃だ。安心するとええ」
青年の勢いに、農夫の男も引き気味だ。しかし、根の良い気性なのだろう。人の良い笑みを浮かべて安心させるように言ってくる。
「俺はサイって言います。薪割りでも水汲みでもなんでもしますから、飯を食わせて下さい!」
「おお。オラはヨハンだ。良かったら泊ってくか?」
おまけに泊めてくれると言う。サイは涙を流さんばかりに感謝して頭を下げる。
「重ね重ね助かります…」
ヨハンは空腹でふら付くサイに肩を貸しながら家路につく。森からの小道を歩いて行くと、こぢんまりとしているがガッシリとした家が見えてくる。
「あれが、オラの家だ。兄ちゃんもうすぐだぞ。おい!かーちゃん開けとくれ!」
「あらまあ、お客さんかい。この辺じゃ見ない顔だけど、どうしたね」
家の中からヨハンの奥さんが現れ、サイを心配げに覗き込み聞いてる。
「ハンナ、コイツはサイって言うらしい。森の中で、行き倒れてた。腹が減ってるようだから、まずは飯を食わしてやってくれ」
ヨハンがサイを支えて食卓に付かせる。
「あいよ、なんにも無いがたんとお食べ」
ハンナが根菜がゴロゴロ入ったミルクシチューを深皿によそう。シチューからは食欲を刺激するいい香りが漂う。サイはさっそく熱いシチューに貪りついた。
「ふぁ、ふぁりがとほぉご…」
「ああ良いよ良いよ、落ち着いて食べな。お代わりも遠慮なく言いな」
落ち着くと、シチューを咀嚼して胃に流し込む。何日かぶりのまともな飯に体中の血が胃に集まっているようだ。
お代わりまでしてようやく腹の虫が落ち着くと、猛烈に眠気が襲ってくる。
「兄ちゃん、お疲れのようだな。客間はこっちだ、今日はもう休むと良い」
「すいません…」
「なんもなんも、困っとるモンが居ったら助けあう。そうやってこの村のモンは生きて来たよ」
ヨハンに案内された客間のベットに横になると、サイは数日前の事を思い出しながら眠りに落ちた。
・・・・・・・・・・
「ご主人様がお亡くなりになってからというもの、この屋敷では不吉な事が続いていましてね」
家令に先導されて、領主の立派な…と言うより華美過ぎて、審美眼の無いサイにもいささか下品に見える屋敷を案内される。
「そうなんですか」
「跡継ぎのフランツ様までご主人様と同じ奇病にかかられて…薬師や祈祷師、果ては貴方のような怪しい…いや失礼。魔術師までとにかく手当たり次第に治療にお呼びしている次第なんですよ」
サイも病気は専門外である。あまりに正直すぎる物言いに、白けながら。
「そーですか」
平板な声で答える。
家令は豪奢な扉の前にサイを案内する。扉が豪奢ならドアノブ高価そうだ、金無垢で出来ている。
(売ったらいくらになるだろう…)
サイがそんな不埒な事を考えながら控えていると。
「こちらでフランツ様がお休みです。くれぐれも失礼の無いようにお願いします」
「はいはい。分かりましたよっと」
家令が扉を開けて中に案内されるが、ムッと強烈な死臭がする。
「どうですか?」
「彼の体を見ても?」
死臭だけでは無い。部屋に入った瞬間、サイの感覚は呪いの陰を感じ取っていた。
「どうぞ。あ、丁寧にお願いします」
サイは近づいてフランツを観察するが、歳の頃は20くらいだろうか。フランツは高熱があるのか、意識が無いようで眠りについている。
布団をめくり、フランツの寝間着をはだけさせると上半身が露わになる。そこには黒い痣が点々と染み付いていて、痣は小さな黒い虫が蠢くようにぞわぞわと動いている。
鳥肌が立ちそうな痣だが、それよりもサイには枕元に立ち、フランツの首に鎌を当てている死神の姿が見えていた。
「失礼ですが、ご主人の時はこの症状が出てからどの位で?」
おそらく、領主も同じ呪いに侵されて亡くなったのだろう。あたりをつけて、家令に聞いてみる。
「三週間もされた頃に…」
「ご主人は誰かに恨みを買うような事はありませんでしたか?」
サイを話を聞きつけたのか、やおら部屋の扉がバン!と大きな音をたてて開け放たれる。
「主人が人の恨みを買うですって!大方、下賤な者どもの嫉妬に決まっています!」
「…この方は?」
過美が服を着て歩いて居るような女性が姿を現す。ドレスに刺繍された、金糸銀糸に宝石で目がチカチカしそうだ。
「亡くなったご主人様の奥方様です」
「主人が恨みを買うですって!失礼な、そんないわれれはありません!」
奥方様はカンカンにご立腹の様子だ。
だが、サイの目には領主の奥方の後ろに鎌を構えた死神の姿が見えている。
「失礼ですが、こちらの御領主様は誰かに相当の恨みを持たれたようですよ。おそらく死因も、その呪いのせいでしょう。同じ症状とのことですが、呪いをかけた者は御領主だけでは満足出来なかったのでしょうね、御子息にも呪いがかけられていますよ」
「主人に恨みを持つなんて!なんて不敬な!可愛そうなフランツ…」
「ついでに言いますと、奥方様、貴方にも呪いがかけられていますね。症状が現れるのも時間の問題でしょう」
「なっ!…そ、それで呪いを祓うことは出来るのでしょうね!」
領主の奥方は衝撃を受けたようで、足元をフラつかせながらも気丈に言い返す。
「さあ?それは御領主が恨みを買うに至った経緯を調べてみない事には、なんとも」
サイとしても、呪いをかけた相手が分からない事にはどうにもならない。
「呪い返しと言う物があると聞いていますよ!直ちに我が家にかかっている呪いを払いなさい!」
「俺にそんな事は出来ませんよ。呪いをかけた相手を説得するしかありません」
「だから恨みを買うような覚えはありません!」
それでは話は平行線だ。
(厄介な話に首を突っ込んだかな…)
サイは領主の息子の病を払えば、謝礼がもらえると言う話で集められた者たちに加わった事を後悔していた。
「そうは言っても実際、そうとしか言いようがありませんが」
「ルイス!この者を叩き出しなさい。今は無き旦那様に無用の疑いをかける不埒者です。どこの町にも入れないように手を回しなさい!」
奥方様はヒステリーを起こして家令に鋭く命じる。すかさず、家令がサイの腕を掴む。
「失礼、退室していただきます」
これでも、サイは小さな頃から農作業や自主鍛錬で鍛えている。抵抗しようと思えば振り解けるだろうが、叩き出されておいた方が面倒が無いだろう。
「大方、我が一族にあらぬ疑いをかけて金銭を無心しようとしたのでしょう!浅ましいこと!」
「多分、後悔する事になりますよ」
「…さっさと摘まみ出しなさい」
「畏まりました。奥方様」
もう一人現れた使用人と家令に、左右から腕を取られるとサイは強制的に連れ出される。
「さっさとこの街を出ていくことをお勧めしますよ」
家令が憐憫を浮かべた顔で、そう言った。
屋敷から力ずくで叩き出されたサイは、埃を払って立ち上がった。
「やれやれ…腕のいい祓い師でも現れると良いですがね…」
読んでいただきまして、ありがとうございました。
引き続き読んでいただければ幸いです。
今回の作品は次回作の序章になります。前作と作風を変えてみましたがいかがでしょうか?
現在、続きを書いております。早ければ10月中旬過ぎには投稿したいと考えです。
お待ちいただければさいわいです。