No.0006 ミナーヴァ
今話はミナーヴァ視点となります。
「くあっ……そ、蒼翔! ちょっと待って!! お願いだから待って!!」
蒼翔に肩を突き飛ばされた私は、そのままバランスを崩して尻もちをついた。
肩とお尻の痛みに思わず涙目になる。
それでも彼から目を離ず、必死に懇願した。
だけど結局、彼は振り向く素振りもなく家を飛び出してしまった。
「いたたた……あんなに怒るとは思わなかったわ……」
私はじんじんと痛むお尻をさすりながら立ち上がった。
そのまま一度目を瞑り、さっきのやり取りをリフレインする。
『俺は誰のものでもねぇ! 俺の人生を勝手に決めるな!!』
私は彼の言葉を、脳内で反芻する。
確かに、私は彼の人生を勝手に決めてしまっていた。
まさに売り言葉に買い言葉ってやつ……よね。
「……また失敗しちゃったのね……」
『また』。その接続詞の通り、今回が初めてじゃない。
私は、いわば前科持ち。彼の人生を狂わせてしまった張本人でもある。
―――だから、私は彼に拘っている―――
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
私は3年ほど前、蒼翔が住んでいる街へと赴いていた。
その理由は……強いて言うなら『神の出張』かしらね。
神が各世界に直接足を運ぶ事は、実はよくある話。
だけどそれに人々は気づかない……いえ、気づけない。
時として神は居る。そこには居ないけれど、そこに居る。
言葉ってなかなかに難しいわね。……奥深いわ。
とにかく、神は各世界の理に直接干渉してはいけない。
それが神たる私達の、絶対的な鉄則とされている。
それなのに……私はその鉄則を破ってしまった。
地球という世界の理に、直接干渉してしまった。
いえ、正確には干渉したくてしたわけじゃなかったの。
理由はわからない。だけど、私の存在に気づかれてしまった。
相手は、車を運転していた男性。
同乗していた女性は気づいていたかはわからない。
私は気づかれないからと高を括って、いつも通り道の真ん中を歩いていたわ。
神は見えない、聞こえない、触れられない、いわば幽霊みたいなもの。
でもその男性とは目が合った。
私が地球上に住む人なら、おそらく轢かれていたと思う。
でも、車は私をすり抜け……そして電柱に衝突した。
咄嗟の事で身体が強張ってアクセルを踏み込んでしまったのかも知れない。
車の前半分は大破し、2人の男女も即死だった。
地元警察は居眠り、または操作ミスによる自爆で処理したみたい。
だけど本当の理由は、車を運転していた男性のせいではない。
そのきっかけを作ってしまった私なのだ。
そしてあまりにも理不尽な結末をその身に受けたのは、残された家族。
それが、神代蒼翔とその妹の2人だった―――
神は、世界の理に直接干渉してはいけない。
それはその世界に存在し得ない者だから。
でも私はそれを破ってしまった。ひとつの家族の人生を狂わせてしまった。
気づかれた理由はわからない。でも事象こそが絶対不変の真実が事実。
私は神域の頂に立ち、我ら神々の長である絶対神ゼウス様に報告した。
たとえ神でも、絶対的鉄則を破った処罰は受けなければならない。
事の経緯を説明した後、ゼウス様は一言だけ言ったわ。
「貴女の生命をもって償いなさい」
神に命という概念はない。不老にして不死。
自ら命を絶つ事も叶わない。それが神という存在。
もはや呪われているといっても過言ではないとさえ思う。
だから、私は私なりに考えた結論はこうだった。
「私の全てを掛けて、事故死した彼の家族を救済する」
……脳筋とか言うのやめてよね。
結局、ゼウス様のいう『私の生命』はわからない。
だけどそこまで言うのなら、何をしてもいいと解釈したわ。
『神』ではなく『ひとりの女性』として干渉すればいいのよ。
無駄に長生きしていると、神だって悪知恵は働くのよ?
……だから脳筋とか言わないでよね!?
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「そうよ、私はこんな事で心折れる程弱くはないわ!!」
私は、彼を初めて見た時の事を思い出した。
事故死した夫婦の事を調べようと思って、照遠鏡を使った時の事。
鏡に映し出されたのは、葬儀中、泣くのを堪えている彼の姿。
さすがにモラルに反するから読心術は使わなかったわよ?
だけど、ふいに思ったのよね。
綺麗な子だなって。
もしかしたら、私はこの時に……いや、何でもないわ。
「こうしちゃいられないわ! 彼を必ず説得するんだから!!」
彼が飛び出してから、少し時間が経ち過ぎたわね。
でも家を出た先は一本の小さな並木道しかない。
「迷子になりにくい造りでよかったわ……これならすぐ見つかる」
いつか蒼翔の意思で私のモノになるって言わせてやるんだからっ!!
覚悟なさい蒼翔!!
お読みいただきありがとうございますm(__)m
本当なら話を進めたかったのですが、一部伏線を回収したかったので……
次回からまた蒼翔視点に戻ります。
以上、花粉症再発に伴うくしゃみ連発の影響もあり
なかなかムチウチが治りきらない沖田久遠でした_(:3」∠)_