No.0010 施術開始
「まずは足を温めます。靴を脱いでお待ちください」
「う、うむ……」
俺は浴槽に設置された蛇口からお湯を出し、たらいにお湯を貯める。
それを素足になって待機しているアテナの足元に置いた。
「そのたらいの中に足を入れればいいのか?」
「そうですね。ゆっくりお湯につけてください」
そう言うと、アテナはたらいに足を入れる。
まぁ即席の足湯をイメージすると分かり易いだろう。
「んっ……気持ちいいな」
数分足を温めた後、彼女の足を撫でるように、優しく汚れをもみ落とす。
「慣れない靴で足を圧迫してたから、余計にそう感じると思いますよ」
「そうだな……それに、こうして誰かに触れられるのも新鮮だ」
足を酷使しているわりに、足裏はとても柔らかい。
足の形も綺麗なものだ。これならそんなに力入れずともいいだろう。
俺は足をお湯から出し、タオルで軽く水気を取る。
「それじゃ仰向けになって楽にしてくださいね」
「こ、こういうのは初めてだから、優しく頼むぞ」
これだけだとちょっとした大人の会話だよな。
まぁ本人は仰向けに寝るだけで、おそるおそるといった様子だ。
何というか……しおらしくて可愛いんですけど。
っといかん。余計な思考は厄介事を生み出し兼ねないからな。
今は施術に集中せねば。
彼女の顔と身体にタオルを掛ける。
顔のはアイマスクみたいなもんだ。明るいと視覚的に落ち着かないからな。
「蒼翔、もしいかがわしい事したらタダじゃおかないからな」
「仕事柄、施術に関しては矜持を持ってやってるから心配無用ですよ」
「そ、そうか……じゃ、じゃぁお手柔らかに頼むな」
まぁ気持ちわからないわけでもない。
目隠しされて、足を露わにしてマッサージを受ける。
しかも無防備な状態で、だ。
された事ないだけに、気分的に落ち着かないんだろうな。
「それじゃ始めます。まずは左足から、クリームを塗っていきます」
両手にクリーム(っぽいもの)を馴染ませて、左足を包み込むように塗る。
かかとからつま先まで、足裏から足の甲まで、ゆっくり、ゆっくりと。
「んっ……それだけで気持ちがいいな……んっ」
現実的には、仕事中に喘ぐような声を出す人はほとんどいない。
まぁそういうお店じゃないから当然といえば当然なんだけどさ。
「人に触れられるだけで、こんなに気持ちいいなんて……くぅん」
だがこうして慣れない人は、声に漏れてしまう事はある。
思わず出てしまうのは、それはそれで仕方ないと思う。
でもな、ものには限度ってもんがあるんだよ。
「蒼翔、お前の手……んふ……癖になりそう……だ、あぁん」
「あの悪いんすけど……少し静かにしてくださいね」
あんまり艶めかしいと変な気分になっちまうっつーの!!
これでも拉致られて以来、息子のケアもしてねぇんだからよ!!
「あぁん……すまん、つい声に出てしまってな……遠慮せず続けてくれ」
「ちゃんとやりますから、出来るだけ声は控えめにお願いします」
「うむ、善処ぅん、する」
すでに善処されてないし!?
まぁ気にしたら負けだ。俺は施術に集中しよう。
彼女の足には満遍なくクリームを塗りたくった。
こうする事で、足裏をなぞる指を滑りやすくするのだ。
本来ならクリーム自体、保湿効果だったり、血流を良くしたり、皮膚を柔らかくする成分を含む物もあるが、今回使ってるのはミナーヴァの謎めいた私物だから度外視。
足裏は場所によって手の使い方を変える。
基本は指先、または指の第二関節を尖らせるように曲げて、ゆっくりとツボを押す。弱くても効果はないし、強すぎても痛いだけで逆効果になりかねない。痛いと気持ちいいの中間点を探し出すのに一苦労するのだ。
「少しづつ力を入れていきますね…………いかがですか?」
「……ん、もう少し……あ、それくらいが気持ちいいな」
アテナが丁度いい加減を示した。
俺はそれにもう少しだけ力を入れる。
「くっ、たわけが……少し……痛いぞ」
「すみません。これくらいで大丈夫ですか?」
「あぁ、それくらいで頼む」
足の指が軽く反り返る程度の痛覚を覚えたアテナに叱られた。
だが、俺にとってこれは計画通り。
これで力加減を調整していける。
あとは時間を掛けて、揉みほぐしていくだけ。
一般的に、足裏の神経は全身に繋がっている、と言われている。
それは内臓だったりどこぞの神経だったり様々だ。
それを『反射区』、いわゆる『ツボ』ってやつだ。
ただ、それをゴリゴリと刺激すればいいという事でもない。
弱っている内臓や部位があれば、該当する反射区が硬くなってたりするので、それをじっくりと刺激を与えていく。
指先から手根まであらゆる手段を講じて、痛すぎず、優しすぎず。
それによって弱った部分を活性化……すなわち正常な状態に導くのだ。
だが、今回に限って言えば、ちょっとそれは自信がない。
それは何故か……というのは後でアテナに聞くから、今は気にしないでくれ。
今はゴリゴリとした足裏を解していくのみ。それに注力する。
ちなみに、だ。
よく勘違いしてる人がいるんだけどよ……
マッサージの類は『改善』であって『完治』ではない。
良くなったからそれで終わりじゃないんだよ。
そうならないように普段から身体をケアするのは本人だ。
皆の衆はそれを踏まえて、マッサージ師やセラピストを崇めるがよい。
……って誰に言ってんだろ俺。
~~~~~
「すぅ~~~……うふん、すぅ~~~……」
数分後。
やはりアテナは寝た。
大抵の人はどんなに元気でも、こうして寝てしまうのだ。
逆を言えば、フェーリングが合わないとリラックスできずに寝れない。
とりあえず俺の施術はアテナにフィットしたみたいだ。
さて、本当なら足裏に続いて脛や脹脛もやりたいが……
敢えてやらないでおく事にする。
うまくいけば、今後の交渉材料に使えるからな。ふっふっふ。
さぁおおよそ解れた。
足裏が熱いくらいに熱を帯びている。血行が良くなった証拠だ。
あとは温めた濡れタオルでクリームをそっと拭き取って終了だ。
起きてからどんな反応するのか楽しみだぜ!!
施術を文章で伝えるのって予想以上に難しいですね(-_-;)
わかりにくい部分があれば、教えていただけると有難いです。
今後の参考にして、改善していきたいと思います。
ムチウチ症が治って腰痛が再発した沖田久遠でした_(:3」∠)_