03. 異人の灯火
頭の中に勝利のファンファーレが鳴り響く。
やぁやぁ異世界に強制転移されてお困りの日本人の皆さん、私はやりましたぞ!神は私を見捨ててはいなかったようです。日本人が異世界で手に入れたくても簡単に手に出来ない物ランキング1位(籠音調べ)の品が、今、私の手にあります!
お米!!!!!!
あばら家も同然の打ち捨てられた一軒家のキッチンの足下の戸棚の中に、何かがぎっしり詰まった麻袋を見つけたのが始まりでした。引っ張り出して感じる手応え。あれ、これは何だか馴染みのある感覚。
まさかと思って中身が溢れないように慎重に、けれども手早く開封すれば、中に詰まっていたのは真っ白なお米!形や艶なんかも日本で見慣れた品種と大差がなく、思わず「ほわあ~」と変な声が洩れてしまう。
いつからこの家が放棄されているのかは知らないけれど、保存状態もなかなかに良好。これを見て歓喜せずに日本人が名乗れるか!!
「あん?何だ、何があったかと思えば」
鳩尾を抑えていた男が後ろから覗き込んできたかと思えば、あからさまに落胆してため息を吐く。
「あんた、これが何か知ってんの?」
ファンタジーな世界観に似合わない食材の認知率が気になって聞いてみる。
男は興味を無くしたように投げ遣りに答える。
「そりゃどっかの国から流れてきた非常食だ。普段は不味くて食えたもんじゃねぇよ」
一瞬弾けかけたキレメーターを抑えて冷静になる。
お米で非常食と言えば糒がまず浮かぶ。戦時中に炊いたお米を干して長持ちするように作られたものだと昔学校で習った記憶があるが、このお米はどう見ても生米だ。とてもじゃないが長持ちする非常食には思えない。
「じゃああんたたちが掻っ払って来た物って訳じゃないのね?」
「んなもん盗ってくるくれーなら、すぐに食えるもんの方がいいや」
確定。あばら家とともに置き去りにされた物だ。つまりは見つけた私の物!
嬉々として献立を考えるが、お米を美味しく食べるなら原則として必要になる物を思い出してはっとする。
水だ。
水を必要としないレシピも存在するが、基本的に水分あってのお米料理だ。恐らく奴らはちゃんと炊いたお米を食べたことがないから「不味い」などとのたまうのだろう。その喧嘩買った。
「この家って井戸とかないの?」
「あーあるにはあるが、ほとんど涸れてて一滴もまともに飲めねーぞ」
「一応見せて」
鳩尾男は嫌そうにするが、「家の裏手だ」と言って案内してくれる。
入り口から出てぐるっと回り込むと、確かに古びた井戸がそこにあった。昔懐かしい滑車式で汲み上げる井戸だ。屋根は崩れかけているし、ロープは劣化が酷くてあちこちブサブサになっていて酷い有り様だ。使えたら奇跡なんじゃないだろうかこれ。
中を覗き込むと、底の方で何かがちらっと光るような気がする。
「前にジャスパが汲んだ時は、濁って飲めそうになかった」
「ジャスパ?」
「お前が股間蹴りあげた奴だよ」
ああ、あの唯一文明の利器に耐え抜いた奴。だって殴られそうだったからね、しょうがないよね。そりゃ一番えげつない一撃くらい食らわせるよね。
「ちなみにそれってどのくらい前?」
「さぁ、多分一月は経ってると思うぜ」
てことは1ヶ月前までは使えたってことだ。
触ると痛そうなロープを見て腹を括る。どうせ涸れかけてるみたいだし、壊れても支障ないよね。
井戸の脇に置いてあったロープに繋がるボロボロの桶を放り込み、ぎゅっとロープを握る。ややあって、パシャンと水音がしたので桶に水が入るように軽くロープを振る。暗くてよく見えないけれど、手応え的に結構入った気がする。底に付いた音も感触もなかったし、まだそこそこ水があるんじゃないかな?
「ふんっ!」
足腰を踏ん張ってロープを引っ張る。桶の大きさからいってそんなに量は入らないと思うけど、何せ井戸の水汲みなんて初めてなものだから要領がわからない。滑車はギシギシ言うしロープはいつ切れてもおかしくないし、何より傷んだロープのブサブサが手のひらに食い込んで痛い。
しかし女は度胸、とにかくがむしゃらに引っ張って引っ張って引っ張りまくると、やっとロープの揺れの間隔が小さくなってきた。
何とか滑車もロープも無事なうちに桶を引っ張り上げて、水が飛び散るのもお構いなしに地面に勢いよく置くと、orzの格好で全身を使って荒く呼吸を取り戻す。昔の人凄い。皆これで水汲んでたんだ。先人は偉大だ。
ちなみに鳩尾男は興味なさげに私が水を汲んでいる様子を見ていた。助けは期待してなかったけどなんか腹立つな。
息が落ち着いた頃合いに問題の汲み上げた水を覗き込む。屋根の下だとよくわからないので草だらけの地面の上に移動したけれど、夜空に光る月は三日月で光が弱い。
仕方なくスマホを取り出してライトを起動すると、ギョッとしたように鳩尾男が仰け反った。
「何」
「そ、それ……いや、さっきの音は」
「鳴らして欲しいの?」
「いや、やめてくれ」
某有名クラシックがトラウマになったらしい。
改めて汲んだ水を照らすと、キラキラと光る水面の向こうに桶の底が見えた気がした。
「んー?」
「なんだ」
「これ濁ってなくね?」
「なんだと?」
鳩尾男も膝をついて桶を覗き込む。水に手を突っ込んで掬い取り、両手に湛えた水をじっと見たかと思うとぐいっと飲み干した。
「飲める」
「マジか」
いや飲めることもそうだけど、躊躇なく飲んで確かめたことが驚いた。生きてきた環境的に体で確かめる癖でもついてるのかも知れない。
「濁ってるって大したことなかったの?」
「いや、あの時はほぼ泥水だった。桶の底なんかとてもじゃないが見えなかったぜ」
1ヶ月の間に浄化されたということだろうか。何にせよ、これなら使える。
嬉々として水を移せる入れ物を求めて家に戻ると、残った男どもがキッチンの周辺で何やら家捜ししていた。
私と目が合うと、全員ピタッと動きを止める。
「何やってんの」
純粋に疑問に思って聞くと、顔面殴られ男が視線を泳がせてもごもごと答えた。
「な、鍋とか皿とか……さが、探そうかな、と……」
ガタイのいい男が縮こまって目を泳がせながら、皿らしき器を抱えてる絵面はなかなかシュールだ。パッと見泥棒にしか思えない。
まぁ丁度良かった。鍋があれば貰おう。
ファミリーサイズの土鍋くらいの大きさの鍋を探し当てた男から戦利品を奪い取り、井戸に舞い戻ってまずは洗う。埃だらけじゃ料理以前の問題だからね。洗剤とか贅沢なことは言いっこなしだ。
綺麗になったところでもう一度、今度は鳩尾男にも手伝わせて水を汲む。この井戸あと何回保つだろうか。朝起きたらご臨終、みたいなことになってないと良い。
ヒビ1つ入っていない鍋いっぱいに入れた水を鳩尾男に運ばせて再び家に戻ると、いくつか食器を発掘していた男たちと目が合ったのでとりあえず全部洗いに行かせた。汚れが少しでも残ってたら急所を潰すと脅せば、涙目で赤ベコの如く首をカクカク振って頷いていた。衛生面>>>男たちの急所である。慈悲はない。
さて次なる問題になるのが火元の確保なのだが、当然の如くガスコンロもIHもないので火をくべて使う系のアレである。パンやパイやピザを焼く時に使うような石窯めいたものも壁に備え付けてあったが、そちらは最終手段として置いておく。
とりあえず古式ゆかしい日本式の竈を想定して覗き込んだのだけれど、どうやら様子が違う。耐熱レンガを積み上げて作られたそれの小窓のような入り口から入れるものは、薪とは異なるようだった。竈のサイズに対して、薪を入れるにしては少々狭いというか、平べったい。そこに赤ん坊の拳ほどの大きさの黒い石が敷き詰められていて、中央にだけ窪みがあった。
日本の竈すら使ったことがない身としてはお手上げなので、素直に鳩尾男に聞いてみることにした。
「ねぇこれさ、どうやって使うん?」
「あ?こんなもんも使え……なんだこりゃ魔石式じゃねぇか」
呆れたように竈を覗き込んだ男の言葉に首を傾げる。
「魔石式?」
「金持ち連中に流行った型だ。薪じゃなくて火の魔石を入れて使うんだよ。薪を使うのに比べて温度調整がしやすいからってな」
「その魔石ってどこで流通してんのさ」
「けっ。店で売っちゃいるが大抵はお抱えの商人から仕入れてるって話だ。どっちにしろ俺たちに手出し出来る代物じゃねぇ」
なるほどブルジョア嗜好な訳ね。ここってそんな金持ちが住んでたの?それにしては家自体はこじんまりしてるし建ってる場所は街外れ。井戸の近くには荒れ果てた畑みたいなのもあったし、結構庶民的な印象だったんだけどな。
しゃーない、と石窯の使用も検討すれども非常に自信がない。何とか薪とかで代用出来ないものか……でもただでさえ慣れないものを下手に扱って事故でも起こしたらなぁ……。
<<コロコロコロコロコロッ>>
その瞬間、頭の中でダイスロールの音が響いた。来たよ来たよ来ましたよ無駄に当たりを引くアイデアロールが。溺れてはいないが藁にも縋ろう。
丁度良く帰って来た食器洗い組とすれ違うようにして外に出る。
井戸の近くに移動して、その辺に落ちている手頃な石ころを拾い上げた。
今更問題だが私と芹奈ちゃん。どちらも聖女として喚ばれたのか、どちらかが聖女として喚ばれたのか。
どちらでも良いからこの世界に私たちの召喚を許可した神よ、慈悲と責任持ってこの場を切り抜ける術を私に与えたまえ。
ぐぐぐっと力を込めて握り締めるが、手が痛くなるだけで石には何も変化が起きない。当然か。それとも本気が足りないかな?
もう一度、石を握り締めて今度は火を強くイメージする。火を宿す石。見たことはないが火の力を持つ魔石。私と彼らに一時の食事を与えてくれる石。
ギブミー白米!!!!
ありったけの願いと欲望を込めてむむむむむっと石を握り締めると、キーンと高く澄んだ小さな音がして拳の中身が熱くなりだした。見れば、握った指の隙間から赤い光が洩れだしている。
ゆっくりと開いてみると、拾った時には確かに黒くて何処にでもありそうな石ころだったものが、濃淡様々な赤色が複雑に絡み合うキラキラとした綺麗な石へと変わっていた。
あまりのことに呆然として、思わず石を三日月の光に翳して見る。すると、少しの月明かりなのに澄んだ光が赤い石の向こうから差し込んできた。
知らず、感嘆のため息が私の口から溢れ出る。
聖女パワーだかなんだかわからないけれど、石がとにかく変身したことだけは確かだ。しかも何だか結構綺麗なものに変わったことで私のテンションは一気に上がった。
「ねぇ火の魔石ってこれ!?」
大興奮のまま鼻息荒く家の中に飛び込むと、私の勢いにぎょっとした男どもが私の手の中にある石を見て更に目玉をひん剥いた。
「な、なんだこりゃ!こんな上等なもん見たことねぇぞ!」
「おい、本当に魔石なのか?俺見たことないんだよ」
「間違いない、魔石だ。前に魔石運搬の仕事をしたことがあるからわかる。ただ、あの時はもっとくすんだ色をしていた」
最後の冷静な考察はきちんとした合法的な仕事であることを祈る。
それはそれとして魔石である可能性は高いようだ。早速試したいところだがそもそもどうやって使うんだろうか。教えて鳩尾てんてー!
「ガ・ナ・ル、だ!さっきっから鳩尾だの顔面だのもっとまともに呼べねーのか!」
やべ、心の声のつもりがいくらか洩れ出てたらしい。
鳩尾男改めガナルに怒鳴られたが、そもそも自己紹介とかしてないんだからしょうがないじゃないか。
「ガナルね、覚えた。んで股間蹴ったのがジャスパで、えーっと」
「俺、ウィルズ」
「俺はラウロだ」
顔面男がそっと挙手したのに続いて、顎を赤くした男も名乗る。2人して発言が必要最低限なのは、それぞれやられた箇所が痛むからなんだろう。いやー、悪ぃっ☆
「あたしは籠音ね。よろしく」
「カゴネ?変わった名前だな」
「成りも変わってるし、ほんとお前どっから来たんだ?」
「遠い遠いとこから遥々誘拐されてきたんだよ」
ふっ、と遠い目をして疲れ気味に笑う。嘘じゃないし事実だし。王子のことは未だに思い出すだけでイラッとくるから脳内から追い出す。お前に割く思考スペースが勿体ねぇ。
「はー、奴隷商人にでも拐かされた口か?」
「まぁ遠からずって感じかね。そっから逃げ出して今に至るよ」
話を切り上げる為に竈に近付く。魔石をさっきの窪みのスペースにセットして、そっからどうやるんだ?
「確か、この黒い石に触れて魔力を流し込むんじゃなかったか?」
頼れる鳩尾男、ガナルが教えてくれる。が、出たよー魔力ー。今さっきただの石ころを魔石(仮)に変身させといて何をって感じだけど、そんなものが自分にあるのか甚だ疑問だ。
コンロでいうところの温度調整をするつまみのような部分に光る、つるりとした黒くて丸い石に触れる。魔力、うーん魔力。とにかく何かこう、力を流し込むイメージでやってみる。ダメなら、後ろでおっかなびっくり見守ってる図体だけのヘタレどもにも試させるのみだ。あとは原始的な焚き火とか。まぁ、なるようになれと昔の偉い人も言った。
いざ、点火!
目を瞑って黒い石に指先だけでそっと触れ、とにかく流し込む、流し込むイメージをする。すると背後で、おおっ!と叫ぶ男どもの声が響く。
それに釣られて目を開くと、セットされた赤い石から眩い光が溢れ出していた。マジでか。
光ってるだけではわからない、と言いたいところだが、石の光が強くなればなるほど近くで火が燃え盛っているような熱が伝わってくる。
「馬鹿、流し過ぎだ!」
ガナルに怒鳴られて思わず手を離す。が、熱は一向に引く気配がない。慌ててもう一度石に触れて、下がれ、下がれ!とひたすらに念じる。
すると光が収まり始め、終には元の綺麗なだけの赤い石に戻った。
「はー……すっご」
「凄い、じゃねぇよ!どんだけ魔力流し込んでんだ!」
「そんなこと言ったってこんなんやったの初めてなんだからしゃーないじゃん!」
現代日本に魔力などない。筈だ。
「ったく、大丈夫かよこれで……」
「とにかく火が使えて水も確保出来たんだから、ちゃっちゃとやるよ」
異世界クッキングの前に基本のライフライン確保で時間をロスしてしまった。
おかしいな。
予定ではお料理作って新キャラぶちこむ筈だったのに。




